1058. 本質


「ノノ、ワンタッチ!」

「お任せをォ!」


 13番を背負ってのポストプレー。

 すかさずフォローに入ったノノがワンタッチで浮き球を供給、これで入れ替わりを図る。胸トラップから前進。


 鳥居塚ほどではないがガッチリしたプレーヤーだ。男子なのにここまでプレータイムが与えられていない、つまりマンマーク要員である可能性が高い。


 守備の責任を放棄し前へ出て来た俺をマンマークで潰し、攻撃の芽を摘み取る……前半の戦い方と言い、相模の戦略は徹底している。



「重っも……!?」

「舐めとんちゃうぞボケッ!!」


 肩を掴まれ無理やり引っ張り倒そうと躍起な13番。だからどうした。俺がここで倒れるようじゃ、それこそ山嵜はおしまい。


 ノノも、あの日峯岸も、内海も財部も言った。

 このチームに必要なのは廣瀬陽翔。

 気の利くグッドプレーヤーなんかじゃない。


 ジュリーを、栗宮胡桃を見ただろう。好き勝手放題やって、チームに利をもたらしてみせた。余計な気遣いなどこのコートには不要。


 圧倒的なまでに、突き抜ける。

 それだけが正攻法。

 全国の舞台を掴み取る、唯一の手段――!



「シュート来ますぅぅ!!」

「分かってる! 佳菜子準備!」


 身体を倒しブロックに向かう兵藤。13番こそ振り払ったが、バランスを崩し無理やりシュートを撃つ以外の選択肢が無い。


 彼もそれが分かっていたから、強気な一歩を踏み出すことが出来た。同じような形で決定機を防いだ前半のイメージも、脳裏を過ぎった筈だ。


 ならば、超えるしかない。

 上回るしかない。


 このアリーナで、誰一人想像し得ない……俺だけが見える、ゴールへの道筋を。自らの手で引き寄せる!



「あっ……! ち、違げえ! フェイクだ!?」


 スライディングでクリアするよう放ったシュート。しかし何故か、ボールが飛んでこない。砂川の声に反応した兵藤も、恐らくここで気付いた。


 ゴール前ガチガチに固められて、馬鹿正直に撃つわけねえだろ。そういうときはこうやってんだよ……!



「えっ……股下ッ!?」


 身体を大きく開いた、足元の僅かな隙間。

 足裏でちょこんと舐め、辛うじて兵藤を振り切る。


 一対一。ただギリギリでエリア外という場所で、横村との距離はほとんど無い。立ち上がる前にスペースを埋められてしまうだろう。


 なら、立たずに撃てば良い。



『ダメだカナコ! 前に出ないでッ!!』

「……はへっ?」


 ベンチからジュリーが叫んでいた。

 とっさのポルトガル語を聞き取ることも出来ず、横村はすっ呆けた表情とは裏腹、ルーズボールへ突撃の真っ只中。 


 そのままキャッチに行く腹積もりだろう。ほとんど寝そべるような姿勢になっていたから、ある意味で約束された代物でもあった。


 ヒントはミクルから。

 小柄な守護神へ、痛快な一撃。



「嘘っ、そこからループ!?」

「ナイスアイデア!」


 左足首を捻り、つま先に乗せる。

 重たいボールがふわりと浮き上がった。


 バネみたいに跳ね飛ばしたループショットが、愛莉と瑞希の驚嘆に乗せられるよう、スローモーションで枠へと向かう。


 ストライカーの嗅覚だろう。唯一事態を予期していた砂川が全力ダッシュでゴールマウスへ戻るが、あと一歩間に合わず。


 渾身のクリアは不発。

 空振りと共にネットへ絡まり、ラインを割る。


 そして時計の針が、突然動き出した。



【後半05分09秒 廣瀬陽翔

 山嵜高校4-5町田南高校】



「……タイムアウトだ! レフェリー!」


 爆音の歓声、駆け寄って来たノノやシルヴィアには目もくれず、さっさとボールを回収し再開を促した。


 が、ここで相模。

 すかさずスタッフを呼び寄せる。


 ブザーが鳴った。まぁ仕方ない。町田南としてもこのタイミングは本意でないだろうが、このままの流れで試合を進める方が嫌なのだろう。


 万雷の拍手に迎えられベンチへ引き下がる。自ら給水ボトルを手渡し、峯岸は額の汗を拭って早々に話しを始めた。



「良くやった! もう気付いているだろうが、ここからは失点上等。守備のリスクは考えるな。とにかくシュートさね、それしか無い!」

「えっ……でも先生、まだ栗宮胡桃が!」

「温いこと言ってんじゃねえ! 一点差でも負けたら敗退だ! 三決で時間食ってる余裕なんかねえんだよ! お前は良いからアップしろ!」


 不安がる愛莉を一喝し、他の面々にも発破を掛ける。おずおずと引き下がる愛莉に、今度は真琴が近付いた。



「姉さん、よく聞いて。この調子だとラスト五分、兄さんにはプレー出来ない。ここから制限いっぱいまで出ないといけないからネ。だから……」

「……真琴?」

「姉さんが決めるんだ。栗宮胡桃がなんだよ、ウチで一番点取れるのはあの人と、姉さんだろッ! いつまで呑まれてるんだよ!」


 肩を掴み熱っぽく訴える。そんな二人のやり取りを、俺とノノは並んで眺めていた。姉妹共々、これ以上なにか言う必要も無いだろう。



「サンキュー、ノノ」

「いえいえ。インフルエンサーを志す者として、来栖まゆだけには負けられませんからね……っ!」

「んなこと後で考えろや」

「はい、そうします。簡単ですよ。ノノが目立てば目立つほど山嵜の勝つ確率も、投げ銭の総額も増えるってわけです!」


 普段に増して悪戯な笑顔が弾ける。ニヒルと評しても良い。追撃弾で勢いが出て来たと言え、山嵜ベンチはビハインドとは思えないくらいの雰囲気。


 みんな少しずつ気付いて来たのだ。

 このゲームの本質に。


 いや、最初から分かってはいたが、やはり呑まれてしまう部分はあった。それは町田南の圧力であったり、ジュリーや栗宮胡桃の圧倒的個人技。若しくは全国の懸かった試合というプレッシャー的要素もある。


 守備のリスクを無視出来ない愛莉の不安がる気持ちも、決しておかしいことではないのだ。それが普通の感性で、一般的なメンタリティー。


 でも、それじゃ勝てない。

 そんな次元はとうに通り越した。



「妹、お前もラインを上げて高い位置で刈り取る意識を持て。栗宮胡桃は半分無視さね。とことんやり切れ!」

「はい、分かってます!」

「メンバーはまだ入れ替えないからな……仕事は分かっているな、トラショーラス!」

¡Claro que sí!もちろん! ガッテンショーチン!」

「廣瀬が流れを作ってくれたんだ、絶対に絶やすなよ! 多少ラフな形でも、強引な仕掛けでも良い! 奴らに落ち着く時間を与えるな! 攻めて攻めて攻めまくって、冷静さを奪うんだ! お株を奪ってやれ!!」


 再びブザー。

 円陣を組み、再度コートへ散らばる一同。


 町田南も選手の入れ替えは無い。ジュリーが出たがっているようだが、まずは流れを断ち切る方を選んだようだ。



「何遍も言わせるな愛莉ッ! 俺を見ろ!!」

「っ……ハルト……」


 力強く我が胸元を叩く。俺の5番じゃない、自分の背負っている番号をもう一度自覚しろ。そんなメッセージを込めて。


 相手キックオフで試合再開。早速、兵藤がラフに蹴って来た。やはり後ろで回すのはリスクが高いと踏んだか。


 俺が前に出ることで、システムは1-3に近い形。頭を越えるボールを入れて、砂川が収めれば一気にチャンスになる。


 リスクを減らしつつ追加点を狙える、理に適った攻め方ではあるが……果たして今の真琴相手に、そう簡単に行くかな!



「ハァァ!!」

「ナイスクリアです、真琴さんっ!」


 ターゲットになった栗宮胡桃はロクに競ろうともしない。しっかり弾き返し、またもボールは俺の元へ。



「チィっ! やっぱ上手え……!」

「シルヴィア、リターン!」


 すぐさま砂川のチェックに遭うが、細かい足技でスルリと躱し、右サイドのシルヴィアへ展開。ワンツーを……いや、自分で行くか!



『さあ見てなさいっ! こんなわたしだって、栄えある山嵜の一員なのよ!』


 大きく蹴り出しスピード一本、直球勝負。

 内海の得意技でもある反発ステップだ。


 いきなりトップギアに入ったことで、13番の出足は遅れてしまう。ファールを恐れ強く当たりに行けない。行った、抜き切った!



「ノノォォーーッ!!」

「だぁっフ!?」


 腰を鋭く捻りセンタリング。しかしゴール前のノノは、兵藤のブロックに遭い潰されてしまう。クリアは砂川が拾……っと!



「ううぉ!?」

「やらせっか!!」


 早速峯岸の注文通り、高い位置で刈り取ってみせた。カウンターの芽を摘む激しい守備。これこそフィクソ・真琴の最大の強み!



「行くよ、兄さんッ!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る