1053. 怒涛の攻勢
「……っ! アイソレーション、か?」
自陣バイタルエリア付近。ジュリーと栗宮胡桃は、二人でボールを囲い隠すよう立っている。同時に鳥居塚、来栖の両者が前線へ。
だが様子がおかしい。アイソレーションは本来、一人がドリブルで仕掛け残る三人がフォローする戦術。何故、二人ともボールの傍に?
あと、仕掛けるにしても時間を使い過ぎ。こうして様子を窺っている間は、インプレー扱いで時計の針も進んでいるのに……まぁ有難いが。
「このセットでタイマンは分が悪いが、交代は無理か……! 集中しろ、姉貴に目にモノ見せてやれ!」
穏やかでない心情へ無理やり蓋をするよう、峯岸は強い語気で発破を掛けた。ブロックの船頭はミクルだ。彼女が対応するしかない。
「未来って守備側の練習してたっけ……?」
「片手で数える程度やな……でも、制限なしの1on1なら期待出来る。瑞希相手でも互角にやり合えるくらいや」
一際心配そうなのが真琴だ。町田南のアイソレーションは対策済みで、二人のマークは主に俺と彼女がそれぞれ務めるよう、予め決まっていた。
尤も、コートに居ない時間帯もあるわけで、このタイミングで仕掛けて来ることも予想の範疇。
だからこの一週間、内海やサッカー部に鍛えて貰ったのだ。誰が相手でも渡り合える自信はある。
「……どっち?」
「栗宮……っぽいな」
ただ誤算もあった。
予想していた『形』ではないのだ。
ボールは栗宮胡桃が保持。が、ジュリーがすぐ後ろにピッタリ着いたまま。縦並びになる様は、どこかで見覚えがあるような、無いような。
「トレインの応用か?」
「トレイン?」
「セットプレーで偶に見るやろ。全員一列に並んで、そこから飛び出すやつ。あれに似ている」
「でもジュリアーノ一人しかいないのに?」
「狭いコートなら、一人で十分ってことかもな」
足裏で舐め回し、ジリジリと侵入。
正真正銘、胡桃とミクルの姉妹対決だ。
だが背後には無粋な邪魔者……。
「貴様に何が出来る、ミクル」
「……ッ!?」
「言った筈。次は容赦しないと。姉妹の絆を壊したくないのなら――――退け」
沈黙の重なるアリーナ。
嫌でもこちらまで響いた。
恐怖か、それとも反骨心か。苦渋の面持ちで歯を食い縛るミクルにも、勿論届いていただろう。ただでさえ小柄な身体が、殊更に小さく見える。
負けるなよ。同じ血を分けた姉妹だろ。胡桃に出来ることが、ミクルに出来ないわけない。姉より優秀な妹もいると、証明してやれ。
「そうか…………Joãoがお好みか。残念だ」
無慈悲な宣告。
皮切りに、稲妻が降り注いだ。
「ミクル!!」
「止めろ厨二ッ!!」
「ビビってんちゃうでミクエルッ!!」
右インサイドで押し込み急加速。一気に縦を突いてきた。肩と肩が激しくぶつかり、バチンッと火花が飛び交うが如く。
初動は成功した。幼少より彼女のプレーを見慣れているメリットもあるだろう。ミクルの対応は遅れていない……!
「切り返っ……!」
「違う! 縦やミクル!!」
真琴を遮りありったけの声を飛ばす。やはりそうだった。アウトで切り返すフリだけ。奴の狙いは左サイドの攻略。
ここまで来れば純粋なスピード勝負。クロスさえ上げさせなければ、ミクルの勝ち。チャンスは潰えたと、その瞬間までは思った。
(あっ)
楽観的だった。
たった数秒前のやり取りさえ、忘れていた。
奴の後ろには―――アイツがいたんだ!
「愛莉ッ、ジュリーを潰せ!!」
アイソレーションが始まってから、ジュリーは栗宮胡桃の後ろを離れない。
まるで自身がドリブルをしているかのように、まったく同じ歩幅、ステップを踏んでいた。
サイドを抉ろうと一歩前へ。だがこれはブラフ。目にも止まらぬ脚裁きから、栗宮胡桃が選択したのは……バックヒール。
ただ後ろに戻したのではない。同時にジュリーが影から外れ、ゴールへ向かって動き出したのだ。結果、完璧な落としになった。
「クゥっ……!?」
「惜しいネ! あとハンポ!」
ダイレクトで左脚を振り抜くジュリー。
愛莉のブロックは間に合わなかった。
いや、その言い方も違う。シュートを止めに行ったのに、グラウンダーで更にファーへ流されては、意味を成さない!
「こっちが本命か……!」
後方には比奈、そして鳥居塚。完全なミスマッチだ。その余りある体格差を利用し、比奈のチャージをいとも簡単に往なしてみせる。
至近距離、エリア内からのショット。
鳥居塚が左脚で狙う!
「琴音ちゃ……っ!」
コートへ引き摺り倒された比奈。縋るような叫びが木霊し、やがて破裂と一体化した。シュートは……琴音の指先に触れ、ポストへ直撃。
またも飛び出したビッグセーブ。
ただ、落ちた場所が悪かった。あまりにも。
「やばっ……!?」
「嗚呼ァァアア゛嗚呼ァァァァアア゛!!」
あのメンヘラぶりっ子来栖まゆとは思えない。鬼の形相と咆哮を飛ばし、セカンドボールへ胸から突っ込んで行く。
瑞希は脚こそ伸ばしたが、クリアには至らず。
怒涛の攻勢丸ごと、ネットに突き刺さった。
【後半01分11秒 来栖まゆ
山嵜高校3-3町田南高校】
「止められなかったか……ッ」
アリーナに喧騒が舞い戻る。転倒もなんもその、来栖は即座に立ち上がり、半ば発狂しながらベンチへ飛び込んで行った。
峯岸の悔恨に溢れた呟きが、山嵜ベンチを漂う。ミスマッチが幾つかあったと言え、あれだけ警戒していたアイソレーションで失点か……。
『流石ね……クリミヤクルミ』
『いや、アイツもだが……それより』
『あんな必死な顔、今日初めて見たわ』
悔しそうに唇を噛んだシルヴィア。
俺と同様、何か違和感を抱いたらしい。
(確かにキレのある、完璧なドリブル突破や。トレイン擬きでジュリーを活かすところまでも、まぁあり得る話……忘れとったけどな)
引っ掛かっているのは他の連中。まずジュリー。前半は好機と見れば必ず自分でシュートを撃ったのに、シンプルに鳥居塚へ預けた。
そしてシルヴィアが気にするよう来栖も。華やかさを何より重視する彼女が、まるでノノのような根性丸出しのプレーを選択するとは。
(いやそもそも……栗宮胡桃に引っ張られて、ジュリーの存在を見落したのは百歩譲って……自分を『囮』にするような戦術を受け入れる女か?)
このアイソレーションの形を、事前に磨いていたから? いや、そうじゃないと思う。
鳥居塚のシュートは琴音に防がれているし、来栖が突っ込むところまでは想定していないだろう。
チームプレーや約束事では片付けられない。
もっと極個人的な、大きな変化がある。
「切り替えましょうっ! まだ同点ですよ! もう一度勝ち越しましょうっ!」
有希がテクニカルエリアへ赴き、セットの面々に喝を入れる。それに合わせてベンチ組も元気を取り戻した。山嵜はまだまだ折れちゃいない。
だがしかし、この違和感を放置して良いものか……単なるアイソレーションからの事故と捉えるのは、危険かもしれない。
「交代は?」
「……厨二は流石に下げよう。前半ラストから出ずっぱりだからな。姉をピヴォに戻して、妹を倉畑と並べる。バランスは取れる筈さね」
「バランスって、同点やぞ」
「……イヤな予感がする。これ以上、色気を出すべきじゃないかもしれない」
峯岸もそうみたいだ。
突如コートに充満し始めた、表しようの無い不穏な空気を感じ取っている。
ネガティブなマインドと言えなくもないが、今は他の手を打てない。
俺をギリギリまで温存する以上、現在コートに立つ愛莉と瑞希は最も攻撃的なカード。ジョーカーのミクルも使ってしまった。
「頼むで真琴」
「任せて……もう好きにはさせない」
ミクルと交代しコートへ駆け出す真琴。比奈も隣にいることだし、ある程度は栗宮胡桃潰しに集中出来る筈だ。理に適った交代策。
その一方、帰って来たミクルもどうしても気になる。野生動物みたいな低い唸り声を上げ、薄い目でコートをジッと睨んでいた。
「良くやったよ。失点はしょうがない。クロスを上げさせなかった時点でお前の勝ちや。そう悔しがらなくて……」
「それでは意味が無いッ……77番にパスが出ることも、すべて見通していた。我がかの半身と対等に渡り合ったと、本気で思っているのか……ッ!?」
涙を力任せにギュッと絞り、彼女は振り返る。
視線の先に、栗宮胡桃の姿は無い。
「あろうことか手を抜いていたのだ、我が半身はッ……! 奴だ、奴の指示に決まっている!」
「ミクル……!?」
「我が眷属よ、今すぐ、今すぐにでもコートへ! 事態は喫緊しているッ! 喰い殺されてからでは遅いのだッ!!」
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