1049. 抜かった
【前半11分03秒 タイムアウト
山嵜高校2-2町田南高校】
「ふむ、複数失点は青学館との練習試合以来か。確かに上手いパネンカだが、予想出来ないほどの代物でもない。まだまだ経験が足りんな」
「反省しますぅぅ~……っ」
「構わん、切り替えろ。そもそも無失点を目指すようなスポーツじゃない。前半はこのままクローズさせろ、2-2のボックスだ。ファールを避け、勢いを削ぎ落せ。兵藤、桐谷」
しょぼくれる佳菜子を適当にあしらい、簡素な指示を与え相模は早々にベンチへ引き下がった。
球際に拘るチームスタイル故、ファールの多さはどうにもならないことだ。タイスコアでの折り返しも相模にすれば想定内。
尤も、予想以上の善戦ではある。七割方支配されている展開で、運も味方したとは言え二点をもぎ取ったのだ。一点目こそアシスト役にはなったが、スコアラーに最も警戒すべき彼の名前は無い。
(廣瀬と肩を並べるだけの才覚はあるようだな……一端の才能に頼ってばかりでは、これほど卓越したブロックは構築出来まい)
サングラス越しに捉える先には、ボードを用いガラガラの喉で指示を送る峯岸の姿。早くも声が枯れ掛けていた。
事前研究で丸裸にしたのは選手だけではなかった。山嵜の躍進を語るに、一見気怠げでやる気の無さそうな女性指揮官の存在は極めて大きい。
攻守の約束事は最低限。ディティールまで仕込むタイプではなく、これまでの戦いぶりを見るにギャンブラー気質のモチベーターという印象が強い。
だが先ほどのような、ギリギリまで陽翔を引っ張りノノを投入した機転と言い、ここぞの場面で『勝てる博打』を打って来る。可能な限り分析した上で、リターンの大きい賭けを敢えて選ぶ勝負師だ。
山嵜の強みは廣瀬陽翔を筆頭する個人技は元より、逆境になればなるほど発揮される驚異的なリバウンドメンタリティー。それらを引き出すに、峯岸綾乃は最良の指揮官なのだろう。
(廣瀬に影響でも受けたのか、それとも元々ああだったのか……後ろに奴の面影が見えるようだ)
既にゲームは再開しているが、相模の視線は一向に相手ベンチへと向いていた。クローズの意志は伝えてあるし、肝入りの兵藤も投入済み。よほどのことが無い限り、前半の間スコアは動かない。
動くとすれば、最後の最後に彼女が何か仕掛けた場合だ。この手のタイプの恐ろしさを身を持って知る相模には、それが何よりも懸念材料だった。
「あの~、えっと、その……監督ぅぅ~……?」
「なんだ」
「あっ、いやぁ~……アタシ、後半出れっかなぁ~、と」
そんな調子で思案を続ける相模を前に『今ならイケる』と踏んだのか、砂川明海が珍しく手胡麻を擂り低姿勢で語り掛ける。
先の決定機逸に加え、まゆへの厳しい指導も耳に入っていた手前、元来の勝ち気な姿がすっかり影を潜めていた。これは今でこそ減ったが、就任直後に受けた怒号交じりの厳しい指導の日々と無関係でもない。
「シューズは脱いでおけ。余計な負荷を溜めるな」
「ゲェッ!? や、やっぱり!?」
「違う。フルスロットルでやって貰わないと俺が困るんだ。自分のケツは自分で拭け。ストライカーだろう」
「あっ……う、ウっス! へへっ、危っぶねぇ~!」
見限られたわけではないと悟り、一転ウキウキでベンチへ戻って行く。そんな明海の後ろ姿を眺め、相模は人知れずため息を溢した。
類稀ば決定力は勿論のこと、前線からの守備も惜しまずこなす貴重な純正型ピヴォ。転向組の中ではまゆと双璧を成す、短い期間で著しい成長を遂げた相模の愛弟子である。信頼も厚い。
一方、直情的な性格がプレーに反映され過ぎる嫌いがあり、特にこのような膠着したゲームでは集中を欠きがちな面がある。
明海に限った話ではない。若くして代表へ名を連ねる逸材が多く揃った町田南にも、無視出来ない問題は幾つかあった。
(鳥居塚にああは言ったが……やはり口で説明するのは憚れる。プレーヤーたるもの、ヒントはコートの中で拾って欲しいものだ)
胡桃とジュリーの自由な言動を窘めず、今日まで静観を貫いているのもやはり理由があった。それこそ明海や鳥居塚を始め、このチームに足りない唯一の要素であると、相模は信じていた。
峯岸と並び、テクニカルエリアに立つ陽翔を一瞥する。顔はちっとも似ていないが、背丈はほぼ同じ。プレースタイルも瓜二つ。
(認めよう、廣瀬陽翔。素晴らしいプレーヤーだ。そしてお前を育て上げた二人が、優れた指導者であることも)
(だが忘れてくれるな。お前はここにいて良いプレーヤーではなかった筈だ……俺は違う。わざわざ降りて来たんだ、こんなところまでな……!)
思い出したくも無い、苦い記憶が脳裏を過ぎる。だがそれこそが、相模には必要だった。陽翔は奴が生み出した最高傑作。
だからこそ、叩かねばなるまい。
再びあの場所へ戻るために。
自ら作り上げた最強のチームを引き連れ、全国の頂へ立つ。すべてが間違っていなかったことを証明するため、残された手段はただ一つ。
(時間の問題だ。すぐに誰しもが気付くだろう。フットボールに必要なのは天才なんかじゃあない…………廣瀬陽翔? 内海功治? 足りないな。真の頂を勝ち取るのは、俺の教え子たちだ)
(この俺が。相模淳史が生み出した、世界中をも慄かせる、狂気に満ちた化け物たちこそ本物だ……大阪は遠いだろう。必ず名古屋まで引き摺り出してやる、財部雄一……ッ!)
【前半13分32秒
山嵜高校2-2町田南高校】
「持たれてはいるけど……刺しには来ないな」
「このままクローズさせるつもりだろう。まったく、憎たらしいったらないね。強度を試しているんだ」
栗宮未来、ジュリーを引っ込め兵藤を投入した時点で見えてはいたが、町田南は前半をこのままやり過ごすことにしたようだ。百戦錬磨の彼らとて、ファイブファールのリスクは無視出来ないのだろう。
陽動要員だった有希は一先ずお役御免。代わりに真琴が加わり、ゴールにはしっかり鍵を掛けている。ミクルが最前線から牽制し、瑞希とノノが舵取り。大きな破綻は見られない、が。
「強度っつっても、この面子はスクランブルやろ。それともまた試すのか?」
「予定は無い。分かんだろ、お前がいない時間帯の守備ブロックだよ」
「……真琴か」
「恐らく。相性の悪さを考慮しても、倉畑は迂闊に出せんしな……例の9番が立ち直っていなければ、まだ救いはあるが」
峯岸は不機嫌交じりに呟く。テクニカルエリアから引き下がりベンチに座った敵将を、横目でキツく睨んでいた。
(勝負処さえ掴んでいれば、多少のアクシデントは目を瞑るってわけか……峯岸とはトコトン正反対の采配やな)
男子二人でラインを組み安全なポゼッションに終始する姿は、傍から見れば『逆転を恐れている』と邪推され兼ねない。
だが俺たちには確信があった。相模が戦前から思い描いているゲームプランは、ここまでなに一つ崩れていない。
急転直下の栗宮未来投入。そして、俺が下がったタイミングでの交代策。すべて予定通りなのだ。
こちらが『イケるかも』『今がチャンスだ』と、矢印を相手ゴールへ向け、リスクを抱えた瞬間に牙を抜く。
同点直後、代わって出て来た兵藤が思ったより前に出てこなかったのも、云うならば伏線。敢えて膠着した展開を作り出し、山嵜の攻めっ気が膨らむよう仕向けてみせた。
時間が経てば経つほど、その用意周到さに驚くほかない。大変、非常に癪ではあるが、この前半。俺たちは相模淳史の掌の上で踊らされたようなもの。
「何分残ってる?」
「あ? スコアボード見ろよ」
「ちゃう。俺のプレータイムや」
「…………考えたくないことを。ほぼ9分」
「ため息付くなって。上出来やろ」
唯一相模にとって誤算だったのは、スコアだけ見れば同点のまま来ている現状。そして俺のプレータイムが、思いのほか残っていること。
1-2にした勢いのまま、3点目、4点目と行きたかった筈だ。だがゴールは生まれなかった。結果、思い掛けないところから同点に。
「ありがとな。あの後代えないでくれて」
「やめろ、やめろ。パニックになって、代える勇気が無かっただけさ」
「結果論上等。そういうチームやろ、俺ら」
「なに笑ってんだよ……」
無論、相模が指揮官として優れていて、峯岸が劣っていると言いたいわけではない。結果論でもなんでも、本当にそう思ったのだから。
(それ、机上の空論ってヤツかもな)
散々知恵を凝らしたようだが、どうやら運は山嵜に向いているようだ。峯岸が動けなかったおかげで、俺が前半10分以降コートに残り、一点差を保てた。
無理に突っ掛からなくても、ノノのおかげでゴールも生まれた。プレー機会の少ないミクルが点を取り、チームに勢いも生まれた。
スコアや展開は予定通りだとしても、肝心なのはその中身。点の取り方、ゲームの流れは明らかに、山嵜の方がツイている……。
「残り一分か……やはり厨二の守備力じゃコースを蓋するまでだな。世良はまだ出せんし、長瀬姉で締め」
「待った」
彼女がベンチへ背を向けた、まさにその瞬間だった。右サイドの攻防、兵藤と共に投入された19番へパスが渡り……。
「あっ……!?」
「抜かったな、イスカンダルの手先めッ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます