1041. 重過ぎる


「縦っ、あ、いや、カットインですぅぅーー!」


 ゴール前にベタ引きし絶叫する横村。愛莉は早々に仕掛けた。左アウトで押し出し力づくで来栖まゆを制しに掛かる。


 敵陣から全速力で帰還しただけあって、ここばかりは来栖の足取りも鈍い。

 ダイナミックなボディーフェイントに易々と翻弄された。ユニフォームを引っ張り強引に止めようとするが。



「こんのクソデブううううゥゥーーッ!?」

「いちいちうるさいっつーの!!」


 単純なパワーや体格差だけではない。ゴールへの執着、エネルギー諸々。すべて愛莉が上回った、そんな勝負だった。


 重戦車の如く来栖を弾き飛ばし、あとは左脚を振り抜くだけ。流石に分が悪いと踏んだか、来栖は力づくのチャージを諦め、身体を大きく広げる。


 逆サイドで俺を見ていたジュリーも、マークを捨てブロックへ。横村も前進しコースを塞いでいる。


 笑止。無意味な抵抗と知れ。

 長瀬愛莉は、ここからだ。



「ちょっ……嘘でしょぉぉおお!?」


 直角どころの騒ぎではない。ほぼほぼ180度真反対に切り返す、長瀬愛莉、伝家の宝刀。切れ味抜群のシュートフェイント。


 悲鳴を上げる来栖を筆頭に、横村、そしてジュリーの三人はものの見事に引っ掛かり、成す術も無くコートへ沈んで行った。



(それやッ、愛莉!)


 数少ない女性陣の長身選手。初戦で望外の注目を集めてから、彼女はずっと厳しいマークを受けていた。見てくれに留まらず、一年間磨いてきたポストプレーはどのチーム相手でも大きな脅威となっている。


 鳥居塚を当てれば無効化出来ると、そう思っていたか? とんだ見当違いだ。彼女の本質は、対峙する者を無意識のうちに一歩引かせてしまう、鋭利なまでに研ぎ澄まされたゴールへの執着。


 さあ、残すは無人のゴールのみ。


 振り抜いた右脚は地面に着地。

 弾丸ライナーがマウス右隅へ……!



「――――なぁああっ!?」

「鳥居塚!?」


 目を疑った。

 現れたのは町田南が誇る守備の重鎮、鳥居塚仁。


 既にシュートは放たれていた。だがギリギリのタイミングで帰陣し、インパクトと同時に横っ飛び。背中でブロックしてみせたのだ。


 ボールは弧を描き、ゴールマウスを越えて行く。絶体絶命の危機を救うスーパープレーに、町田南ファイブは無論、スタンドも拍手喝さいの大騒ぎ。



「う、うそっ……」


 対照的に、ゴールを確信した山嵜サイドは水を打ったよう静まり返った。当然の反応だ。あの展開で決まらないなんて、誰も思いやしない。


 会心の一撃が藻屑の泡と消え、愛莉は力無く呟く。あれだけ頼もしく見えた背中が、僅か数秒の間で小さくなってしまったようだ。



(あ、あり得ねえッ……確かに、砂川と纏めて振り切った筈やろ!?)

 

 愛莉が来栖相手に仕掛けた瞬間、奴はまだハーフウェーラインを越えていなかった。そこからギアを上げて、ゴール前まで戻ったわけだ。


 背中に当たったのは偶然だろうが、あのタイミングで身体を投げ出したこと自体に大きな意味がある。ここぞという局面での、まさに究極の献身。



「危っぶね~! 超サンキューだわジンッ!」

「助かりましたぁ~!」

「さ、さっすがカラスちゃん、頼れるぅ~……♪」

「ヘラヘラするな……! あんな分かり易いフェイクに騙されて、恥ずかしくないのか! 曲がりなりにも町田南のスターターだろう!!」


 全力トランジションで疲労困憊の来栖を強引に引き上げ、面々へ発破を掛ける鳥居塚。

 慌ただしい展開に冷静沈着とまではいかないものの、溢れんばかりの闘志とリーダーシップは感服の一言。


 横村佳菜子の優れたセービング技術だけではない。やはりこの鳥居塚こそ、未だ大会無失点を貫く強固な守備陣の中心なのだ……。



「愛莉、忘れろ」

「……ごめん。本当に、ごめん……ッ!」

「忘れろ言うとるやろがッ! またチャンスは来る!」

「でもっ……ここだけは、ここだけは絶対に決めなきゃいけなかっ……!」

「愛莉ッ!!」


 呆然と立ち尽くす彼女へ、強い語気で叱責する。ハッと我に返り、悔しさを滲ませた苦痛の面持ちが目前へ現れると、同時にブザーが鳴った。


 山嵜のタイムアウト。ポジティブなソレではないにしても、立て直しは必須だろう。


 最悪だ。ワンプレーで流れが一変しちまった。



(ちょっとは喜べやボケが……!)


 色めき立つアリーナとは距離を置き、敵将、相模淳史は穏やかな顔でサングラスを外し、シャツで拭っていた。


 まるで一連のプレーを予期していたと言わんばかり。栗宮胡桃に至っては、相も変わらずベンチで寝そべり、欠伸まで噛ます有り様。


 勘弁してくれ。

 これが奴らにとってのだなんて。


 考えたくもない。だが事実、重過ぎる。

 今のプレーは、あまりにも重い。


 開始五分。

 ゲームを掌握したのは、町田南だ――。



【前半04分47秒 タイムアウト


 山嵜高校0-1町田南高校】



「凄っげえな……あの2番」

「いるんだよね~。ここしか無いッ、ってとこで完璧にブロック入って来る、バカみたいにしつこい奴。もうFWの天敵よ。絶滅しないかな」

「いや、オレを見ながら言わないでよ……あんなのマネ出来ないって」


 アリーナを埋め尽くす絢爛な音響も、サッカー部率いる山嵜応援団の耳には届かない。

 日頃から陽翔の美技に見慣れているクラスメイトの三人も、今ばかりは鳥居塚の背中から目を離せなかった。


 西ヶ丘との準々決勝後、町田南の試合を観戦した筈の三人と克真だったが、それ故に動揺は激しい。


 綱渡りの戦いでこそ真価を発揮する、鳥居塚をはじめ町田南ファイブの恐るべき執念に、ただただ圧倒されるばかり。


 そんななか、比較的マシな顔をしていた和田克真。空元気の感こそ否めないが、健気に声を飛ばし山嵜ベンチをサポートする。



「こっからですよ、こっから! 真琴ッ、早坂さん! 気持ちで負けないで! 慧もしっかり準備してこう!」


 一瞥しスルーを決め込んだ真琴はともかく、手を振り上げ応える有希と慧を見て、克真はホッと胸を撫で下ろした。


 前半五分、試合はまだまだこれから。それにここからの一手で、ゲームの流れが大きく移り変わる可能性もある。


 同級生が多く控えた、セカンドセットをはじめ控え組のポテンシャルをよく知っている克真。ゲームを左右するポイントは、実はここかもしれない。そんな予感をずっと抱えていた。



「やっぱりベスト4ともなると大変だね~。全然詳しくないけど、相手がすっごい強いのは分かるよ」

「大丈夫です。ウチの選手層は他のチームと比べてもかなり厚いですから。特にセカンドセットの強度は、町田南にも劣らない」

「へぇ~、そうなんだ?」

「関東どころか、全国でもトップレベルの強豪校と聞いていますが……」


 一列後ろで小難しい顔をしていた生徒会役員の橘田と奥野。自信を見せる克真へ興味深そうに問い掛ける。


 サッカー部の先輩三人に話しているつもりが、思い掛けない女性陣からのリアクションに一瞬ビクつく克真。が、気を取り直しこのように話を続けた。



「えっと……勿論、向こうの控えも凄いんですけど。やっぱり真琴と市川先輩が居ますし。伸びしろっていうか、こういうゲームでこそ輝くタイプですから」

「あぁ~妹ちゃん! カッコいいよね~!」

「なるほど、長瀬さんの……確かにあの子が控えているのは頼もしいですね。でも、市川さんもですか?」


 学年問わず有名人の真琴はともかく、あまり関わりも無く今大会それほど目立っているわけでもないノノの名が挙がり、橘田は首を傾げる。



「市川なぁ。確かにアイツ、上手いは上手いけど……」

「オフザボールで輝くタイプだからねえ。町田南のプレス相手だと、ちょっと相性が悪いかも?」

「手癖も悪いしな~」


 釣られて武臣と哲哉もこう語った。サッカー部の元マネージャーで、練習中のミニゲームで肩を並べたこともある。プレースタイルをよく知っているからこそ、この展開での投入に不安もあったのだろう。


 一方、克真の意見に同意した人物が一人。大会前に目撃した紅白戦、出色の活躍を見せた彼女の姿を、谷口大吾はよく覚えていた。



「いや、あの子なら……廣瀬くんがコートに残るなら、あっちのももっと出て来るだろうし」

「山嵜、まだノ―ファールですからね」

「うん。レベルの高い試合だと尚更、そういうところから動いたりするものだし……向こうの9番、この後も残るっぽいね」


 ブザーが鳴り、一度目のタイムアウトが終了。

 ゲームは新たな局面を迎える。


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