1039. 怖過ぎます


「良し! 良くやったカトウ……!!」

「いやぁ~~ん! 流石にゴラッソ~~♪」

「ったく、カッコつかねーぜ……!」


 鳥居塚、来栖、砂川と順に駆け寄り歓呼の輪を広げる。対照的に、山嵜の応援団はパタリと静まり返っていた。


 いち早くノノとシルヴィアがベンチから飛び出し皆を鼓舞するが、少なくとも愛莉の耳には届いていないだろう。ショックは明らかだ。



(どこで入れ替わりやがった……ッ)


 アウトプレーになった瞬間、ジュリーはまだ俺の隣にいた筈だ。となると、愛莉へポジションの指示を送ろうとしたそのタイミング。


 まぁ、それは後付けの理由か。アシスト役となった砂川を筆頭に、チームメイトがジュリーを信頼していないと高を括ったのがそもそもの原因。



「見て、ハル。やっと立ったよアイツ」

「……相模か」


 歩み寄った瑞希は町田南ベンチへ視線を寄越す。静観を貫いていた相模が、立ち上がり選手へ拍手を送っていた。やはり仏頂面ではあるが。



「ねえハル。これが狙いかもしれないよ」

「狙い?」

「77番、ずっとパスが来なくても動き直しは続けてた……無理やり出させたんだよ。そこしかないってトコに」


 敵陣を睨みつけ瑞希は囁く。


 なるほど。確かに今大会のジュリーはほとんどゴールを個人技で奪っていて、チームメイトとの連携は二の次だった。


 つまり相模は、ジュリーに対し『味方と息を合わせろ』という類の妥協案は提示せず……あくまで他の選手たちへ、より高いレベルを求めている。

 異なる角度からチームを引き上げるべく、意図的に問題を放置した。


 栄えある町田南のスターター、A代表の誉……持ち合わせのプライドを捨て、勝利への近道を自らの意志で模索させる。


 その結果、ジュリーを最高のタイミングで活かすことが出来たのだ。



「さっきアイツ、なんて言ってた?」

「……ここからが試合開始、だとさ」

「ふ~ん……じゃあ、マジでそうかもね……っ!」


 奴らの牙は、まだ生え揃っていなかった。

 栗宮胡桃に至ってはプレーさえしていない。


 引き締めろ。一瞬たりとも目を逸らすな。


 地獄の一丁目か、それとも天国への階段か。

 すべてはこの脚に委ねられている――。






「んにゃろッ……!!」

「陽翔くんっ、負けないで!」


 再開早々、町田南に変化が現れる。自陣での細々とした繋ぎが明らかに減り、シンプルにジュリーへ預けるようになった。


 その負担は俺へ大きく圧し掛かる。無理のあるパスも増えたので、後ろ向きで受けることが多いジュリーだが……それを苦にしないのも彼の強みだ。



「Oops! やるネ、ヒロセ!」

「じゃかあしいッ! ちょこまかすんじゃねえ!」


 機敏なシザースフェイントから反転を狙うジュリー。渾身のショルダーチャージでコート外まで吹っ飛ばすが、奴は終始笑いっぱなしだ。癪。


 一度でも突破を許せば、イコール死。戦前から分かり切っちゃいたことだが、こうも傾向が強まると聊かプレッシャーも。


 幸い、ジュリーは足元で受けたがる癖があるので、裏抜けまで気を配る必要は無いが……連中がジュリーを活かし始めた手前、まったくの無警戒というわけにもいかない。



「カラスちゃ~ん! ポジション変えよぉ~」

「頼んだぞ……!」


 最後尾が入れ替わり、来栖がコート中央でキープ。鳥居塚はダイアゴナルランでサイドへ流れ……っと、パラレラか!



「ジン、こっちだ!」

「……ッ!」


 サイドラインに沿って送られたパス。ポルトガル語で平行を意味する、フットサルの基礎的な動きだ。


 瑞希の猛チャージを力技で制し、グラウンダーのアーリークロス。ターゲットはゴール前の砂川……ではなく、逆サイドのジュリー!



「んにゃろッ!!」

「比奈、セカンドボールです!」


 またも足裏で舐めて、斜めから狙って来た。左脚を伸ばし辛うじてブロック、ディフレクションを比奈と砂川が競り合う。



「きゃっ……!?」

「アァ!? どこがファールだよ!!」


 先に触れたのは砂川。ワンタッチで反転し右脚を振り抜いたが、ネットが揺れる前にホイッスルが鳴った。砂川は荒々しい態度で抗議する。


 ユニフォームを引っ張っていたので判定は妥当。ただ見逃されていたら一点モノ……トラップ一つでひっくり返してみせるとは、油断も隙も無い。



「陽翔さんっ、ここは」

「ああ、俺が蹴る…………いや待て」


 自陣中央、深い位置での間接フリーキック。

 琴音にボールを手渡されるが、待ったを掛ける。


 下手ではないがキックがやや貧弱な琴音。町田南の守備強度を考えると、逆にカウンターを喰らってしまう危険もある。なら俺が蹴るべき、だが。



「少し噛ましてみるか……琴音、すぐ俺に預けろ」

「……どうするんですか?」

「この位置なら、ファーストディフェンスは砂川の筈や。アイツやったら……」


 思い返せば、市立体育館で行ったスパーリング。三点ビハインドの絶望的状況から抜け出したきっかけは、砂川を出し抜いたあのシーンだった。


 ノノや文香にも匹敵する、猟犬の如きハードなディフェンスもまた彼女の特徴だが……ここを剥がせば面白い。



「上げろ上げろッ!! ブッ潰すぞ!!」


 予想通り砂川は、高い位置で奪い切るべくラインを上げるよう促している。忘れてくれるな。個人技の鬼はジュリーや栗宮胡桃だけじゃねえぞ。


 ホイッスルで再開。

 足裏でちょこんと蹴り渡す琴音。



「観念しやがれッ!!」

「ッ……!!」


 それを合図に猛スピードで突進。時にスコットランドの選手たちも、坊主頭の日本人相手にこんな気分なのだろうか。


 まぁでも、可愛らしいウルフカットじゃ迫力は半減か。舐めんじゃねえ、廣瀬陽翔を。



「ううぉぉっ!?」

「お疲れさんっ!」


 足裏で舐め、そこからボディーフェイント。

 反対方向へボールを押し出す。

 砂川は面白いように翻弄された。


 トップスピードで殴りに来たから、躱されても最悪、外へ大きく逃げてくれるだろうと踏んでいた筈だ。傍目には見えない防壁で、砂川が弾き飛ばされたようにも見えたかもしれない。


 いづれにせよ、彼女が最も危惧すべき事態が現実のモノとなった。ポッカリ空いたハーフスペース、これだけあれば……なんでも出来る!



「あっ、これダメですっ!? 引いてください!!」

「そんな場合ジャないっテ!」

「カトウさぁぁァァ~~ん!!」


 横村の絶叫虚しく、ジュリーがストップに掛かる。流石にこのスペースを一人で埋めきるのは無理だ。事実、右が空いている。



「比奈っ!」

「オッケー!」


 サイドへ展開。鳥居塚が前に出て来たのを冷静に確認し、比奈はグラウンダーで折り返す。意外にもジュリーの戻りが早い……ならこれはどうだ?



「フリック……!?」

「愛莉ッ!!」


 さしもの鳥居塚もこれには反応出来ない。逆サイドへ流れたボールは愛莉の足元へ。今日初めてのビッグチャンス。



「死ねデブッッ!!」

「口悪いわねっ!?」


 顔に似合わぬファール上等のタックル。だが愛莉は狼狽えない。右脚を振り抜かず、腰を大きく捻って更に奥へ。


 砂川は戻れていない。

 つまりそこには……瑞希だけだ!



「――――マジでェェェェーーッッ!?」

「おっしゃあ! ナイス佳菜子!」


 歓喜の瞬間は訪れず。頭を抱え絶叫する瑞希。

 ようやく帰陣した砂川は飛び上がって喜ぶ。


 右脚で巻いた文句のつけようがないコントロールショットは、横村の振り上げた左腕に阻まれる。


 二人の距離は一メートル弱。あれだけ至近距離から撃たれて、しかもコースも完璧だったのに……なんで反応出来るんだ!?



「コーナーです! 切り替えましょう!」


 衝撃的なビッグセーブに時が止まり掛けた。後方から見守っていた琴音だけが発破を掛けている。恐らく混戦でセーブがあまり見えなかったのだろう。


 流石に声も出ない。

 これが決まらないだと……!?



「ふぅぅ~~、危なかったぁぁ……! 怖過ぎますよこのチームぅぅ~……!」


 汗を拭い酷くビクつきながら、横村佳菜子はそんなことをほざく。いやいやいやいや、怖いのはお前だよ……ッ!


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