1037. 食らい付け


「止めろ瑞希ッ!!」


 通りで様子が変だと思った。ジュリーの奴、キックオフ前から砂川の辺りをチョロチョロしていて、中々ポジションに着かないと思ったら。


 ブザーと共に逆サイド、俺の構える間反対へダッシュし、そのまま砂川からパスを受け取ったのだ。そして、ドリブル開始。



「外したら今日パス出さねーかんなっ!!」

「任せテ、アケミ!!」


「やられたッ、兄さんを避けてきたか……!」

「瑞希センパイっ!!」


 トップスピードで殴り掛かるジュリー。辛うじて縦のコースを切ってはいるが、奴にはそんなもの関係無い。ダブルタッチを挟み更に直進。



「こんにゃろ……ッ!?」

「悪いネ! 可愛い人!」


 身長は170センチと少し。フィジカルも決して強くはないジュリーだが、華奢な瑞希を制するに不足は無かった。


 構えていた比奈も飛び出すが、それより先に右脚を振り抜いてみせる。回転の少ない弾丸ライナーが琴音を襲う――!



「危っぶなぁ!?」

「あ゛ーー!! マジで外しやがったなぁぁ!!」


 互いの9番が喧しく共鳴。シュートは僅かに逸れ、ファーポスト外側へ着弾。そのままラインを割った。続けざまにどよめくスタンド。


 琴音も必死に腕を伸ばしたが、あまりのシュート速度に反応するだけで精一杯。枠を捉えていたらそのままゴールだっただろう。



「初っ端から容赦ナシか……! 倉畑ッ、ブロックを躊躇うな! コンタクトの替えなら幾らでも買ってやる、死ぬ気で食らい付け!!」


 峯岸も早速テクニカルエリアへ飛び出し指示を送る。対照的に余裕の面持ちでサングラスを光らせる敵将、相模淳史。


 間違いない。

 アイツら、早々に試合を『壊す』気だ……!



「怯むな琴音っ! 俺に預けろ!」

「……っ! 陽翔さん!」


 ゴールクリアランスからの再開。

 だが琴音は投げる場所を迷っていた。


 どれだけ動き回っても、砂川、来栖、ジュリーの三人が離れてくれないからだ。遠方の愛莉も鳥居塚にぴったりマークされている。


 ジュリーを押し出し無理やり時間を作ったことで、ようやく投げ入れてくれた。だがしかし、怖いのはここから。



「陽翔くんっ、こっち!」

「ハルっ、セーフティーセーフティー!」


 四本パスが繋がったが、比奈がコーナーアーク付近で受けたところで終了。砂川明海の猛プレスに引っ掛かり、辛うじてキックインへ逃れる。


 早速お出まし。町田南の嵐のようなハードプレスだ。サッカー界隈ではストーミングとも言うが、まさに表現通りの速度と圧力。



「愛莉ッ!」

「ぐッ……!?」


 一枚飛ばしてロングフィード。だが鳥居塚に後ろから潰され、愛莉は苦渋の面持ち。すぐさま来栖もフォローへ入り、あっという間に挟まれる。


 瑞希へのパスは通らずタッチを割る。町田南ボールに……とんでもない守備意識の高さだ。たかが一本のパスさえ余裕が無いとは!

 


『来るわよっ! 警戒して!』

「しっかりせえはーくん!」


 時間を掛けて繋ぐ気は毛頭無さそうだ。キッカーの鳥居塚、来栖、更にゴレイロの横村と経由し、愛莉のフォアチェックを易々と回避。


 サイドへ開いたジュリーに渡ると……。



「さあヒロセ、始めようカ!!」


 わざわざパスコースを作った鳥居塚には目もくれず、今度は俺へ勝負を挑んで来る。失うのが怖くないのか……!?



「下がっちゃダメ! ハルト、前に出て!」


 簡単に言ってくれるな、愛莉。この一秒間の間に、いったい幾つのフェイクが散りばめられていると思う。こんなの飛び込んだら一瞬で終わるぞ……!



(分からへん……どこや、どこから来る!?)


 つま先と足裏を駆使した繊細なコントロールは、セレゾン時代からジュリーの大きな特徴の一つ。恐らくこの手のテクニックは、ストリートサッカーに興じていた幼少期に培われたモノだろう。


 ミリ単位の正確なタッチと多彩なアイデア、遊び心は見る者を惹き付ける一方、守備者にすればこれほど恐ろしい存在も無い。


 こっちは精々十枚の手札で戦っているのに、悠々と100枚のカードから最良の手を選び抜かれては。



(なら、その一枚を見抜くしかない……ッ!)


 後方の鳥居塚がサイドをオーバーラップ。横目で確認するジュリーだが、ここは使わないだろう。ボールの位置を見るに、左じゃないと出せない。


 最もスキルのある俺が相手だ。自信の無い左でどうこうする気は無い筈。

 どれだけフェイクを織り交ぜようと、カットインのタイミングさえ見計らえば……止められる!



「――ッ!!」

「イイ判断ダ! ダガシカシ!」


 シンプルなエラシコから一気に加速。

 やはり一人で仕掛けて来た。

 ブロックは間に合…………えっ!?



「嘘やろコイツゥゥッ!!」

「にぃに!?」

「廣瀬さんが抜かれたっ!?」


 瑞希も逆サイドから詰めていたから、ほとんどスペースは無かった筈。にも拘らずジュリーは、更に足裏でワンテンポ、舐めてズラしてみせた。


 恐るべき振りの速度。

 駄目だ、瑞希も届かな……!



「Vixe Maria!?」

「比奈っ! ナイスブロックです!」


 不規則な弾道を描き、ボールはタッチラインを転々と割る。決定機逸にジュリーは天を仰いだ。間一髪、比奈のブロックが間に合ったのだ。



「ふぅ~……! 危なかった~!」

「ナーイスひーにゃん! マジで神!」

「まだまだっ! 二人ともリスタート!」

「はいはいはい!」

「マジ愛しとる比奈ッ!!」


 すぐさま来栖がセットしたが、ジュリーを俺、砂川を愛莉がけん制し速攻も叶わず。最後尾の鳥居塚へボールは戻る。危機は脱したか……。



「ひ~恐っろしい~。三人掛かりでようやく……しかも陽翔センパイが完全に振り切られるとは」

「それもだし、膝の振りがとんでもなく速いから……たったあれだけのスペースでも、躊躇いなく狙えるんだ。内海さんには無かった特徴だネ」


 拍手に包まれるスタンドとは対照的に、ベンチのノノと真琴は冷や汗を垂れ流し一連のピンチを振り返った。


 内海以上に狭いエリアでの仕事に慣れているからだろう。相手を抜き切らなくても、コンパクトな振りで確実に枠を捉えるのだ。


 そのほとんどが威力のあるショットだから、並のゴレイロではそもそも反応さえ出来ない。比奈のブロックが間に合わなかったらと思うと……予選であれだけゴールを量産しているのも頷けるな。



「カトウ! そこじゃ出せない、もっと深い位置まで降りて来い!」

「悪いなジン! サガミの指示なんダ!」

「こんなときもあの人は……ッ! 来栖!」

「はいは~い♪」


 業を煮やした鳥居塚は縦パスを諦め、下がって来た来栖に展開。一旦ゲームが落ち着いた。砂川もだいぶポジションを下げている。


 珍しい、自陣でゆっくりパスを回すだけとは。俺がジュリーをマークしているから、迂闊に仕掛けられない……のか? いやでも……。



「はいっ、あーちゃん!」

「イイくさびダ! でもnada bomダメ!」

「えぇっ!? ちょっとぉ!?」

「取れるぞ愛莉ッ!」


 せっかく良い縦パスが来栖から入ったのに、ワンタッチで雑に返すジュリー。すかさず愛莉が食い付き、五分五分のイーブン。


 タッチを割り山嵜ボールに。

 これは……イケるか?



「瑞希ッ、狙え!」

「任せんしゃーーい!」


 逆サイドへループ気味のクロス。砂川の寄せを感知し、トラップもおざなりに右脚を振り抜く。どうだ!



「なにぃっ!?」

「さっすが佳菜子! っしゃあ、こっちだ!」


 ワンバウンドの処理しにくいシュートを、ゴレイロの横村佳菜子が左脚一本、巧みにブロック。そのまま保持すると、一気にサイドへ投げ入れる。



「だーもうっ!! これが狙いかよぉ!?」

「アケミ! 縦タテ!」

「へへっ、さっきのお返しだバーカ!」


 後方から追い縋る瑞希をグングン引き剥がし、砂川はサイドを駆け上がる。逆サイドのジュリーへクロスを上げる様子は無い。



「まゆ、ワンツー!」

「お任せあれぇ~! ごめんねぇ~あーちゃん! まゆは正直者なの~♪」


 慌ててストップに入る比奈だったが、来栖との素早いパス交換に翻弄されてしまう。電光石火のカウンターが完結する……!



「やらせっ、ません!!」

「ううぉっと!?」


 またも歓声が轟くアリーナ。

 出処は自陣ゴール前。


 砂川が右脚を振り抜こうとした瞬間、琴音がギリギリのタイミングで飛び出し身体で防いでみせた。交錯する二人、ボールはまたも外へ流れる。



「すごい琴音ちゃんっ! ナイスチャレンジ!」

「上手く防いだわね!」

「こっちの守護神も負けてねーなっ!」

「ご心配なく! さあ、キックインの準備を!」


 気を緩めることなくコート一帯を注視。ポジショニングの指示を送る。何が不安要素だ、こんな頼り甲斐のあるゴレイロがいるか。



Merdaちぇっ! ボクに出せバ、あとは押し込むだけだったのにサ!」

「だったら少しはチームプレーしろやッ! この自己中テンパ野郎!」

「もぉぉ~! ちゃんと頑張ってくれないとぉ、いくらあーちゃんでも怒っちゃうよぉ~!」


 不貞腐れるジュリーを一喝する砂川、来栖の両名。確かに俺の帰陣もやや遅れていたし、彼に出せば一点モノだった。


 それでも二人の連携に拘った、ということは……やっぱりおかしい。ジュリーだけ明らかに、チームの約束事を守ろうしていない。


 抜きん出た決定力故、これまで目にして来た映像資料では気付けなかった。そう言えばこの男、連携で崩したゴールがほとんど無いような。



(この歪な状況を、相模が理解していない筈がない……まさか、敢えて放置しているのか? 狙いはなんだ……ッ?)


 度々ベンチを飛び出し大声を上げる峯岸。それを小馬鹿にするよう座席から一歩も動かず、奴は戦況をジッと見守っていた。

 強面のサングラスから、その思考は一つたりとも読み取れない。


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