1025. 匠の技


「い、嫌だッ、もうやめてくれェェ……!」

「動いちゃダメっス! 今日の疲れは今日落とす! チェストォォォォ!!」

「んホおおオオオ゛゛オォォ゛ォォ゛オオ!?」

(すっごい顔……)


 台座に寝そべるミクルは絶叫している。慧の動きがアクロバティック過ぎてプロレス技みたいに見えるケド、あんなんでも正式な施術らしい。


 関東予選は週末に二試合ずつ。連日試合ばかりというのも珍しくない育成年代ならむしろ余裕のある日程だが、それでも疲れは溜まる。兄さん以外女子だから、全体の疲労度も無視は出来ない。


 そこで慧のマッサージ。大会が始まってからは、地元へ帰ったら速攻で銭湯、そして慧のお店へという流れが確立されつつある。


 ただ、この光景を見ていると……。

 ヤだなぁ次は自分かぁ……。



「んふぅううっ!? ふむぅうっぅ、ぬふっっ、んほほほおおォォっっ!?」

「いや~栗宮ちゃんも溜まってるっスね~♪」

「ひっ、ぐうぅぅぅうううううっんんっ♡♡」

(あのミクルが完全にメ〇顔に……)


 理屈はよく分からないケド、慧のマッサージは女の子にとって非常に気持ちの良いものみたいで……受けた人は全員あんな感じになる。


 琴音先輩をはじめ、暇を縫っては通っているヘビーユーザーもいるくらいだ。気持ちいいだけでなく中毒性もあるらしい。


 ちなみに慧のお父さんは、自分たちの施術には関わって来ない。基本兄さんの相手をしている。

 男に触れられないのは助けるケド、隣から聞こえる痛々しい悲鳴を前に手放しで喜ぶのも微妙なところ……。



「んあへええぇぅぇぇ……っ♡」

「ふぃ~~っ! おっし栗宮ちゃん、施術完了っス! ほんじゃ次、真琴氏!」

「あー、うん……」

「わしが退かすよ……」


 台座で魚みたいにビチビチ跳ねているミクルを、聖来が背負って移動させる。移動と言っても床にタオル敷いて寝かせるだけだケド。雑だな扱い。


 最初の犠牲者となった有希は既に死んでいる。明らかに出ちゃいけないところから液体っぽいものが……嗚呼もう口に出すのも嫌だ。



「ねえ、ちょっとで良いから手加減してくれない」

「はぁーん? 手抜きしろって言うんスか!?」

「じゃなくて、醜態を晒すのが嫌なんだよ。人の手で〇〇たくないんだって」

「良いじゃないスか! 気持ちいいっスよ!」

「これを見てよくそんなことが言えるな」


 なにがシンドイってコレだ。

 罪の大きさを自覚していないのでタチが悪い。


 慧はマッサージに精通するあまりか、気持ちいいという感覚を『ただただ気持ちいいモノ』としか認識していない。その手の経験が無いのか……?



「ほらほらっ、明日も試合なんスから巻きで行くっスよ! はい寝て!」

「はぁぁ~~……」

「長瀬さん、がっ、頑張りんせえ……!」

「いやもう頑張る以前の問題だって」


 どちらにせよ抗えぬ運命だ。


 それに実際、慧のマッサージを受けると驚くほど身体がラクになる。いやまぁ、そりゃ直後はあんなんだけれども。


 復活した頃に良いタイミングで眠気が来て、朝は信じられないくらいシャキッと目覚められる。過程はともかく、効果は保証済みなのだ。だから迂闊に『自分は結構』とも言い出せない。


 ……まぁ、なんだろ。うん。


 人に見られるのが嫌ってだけで。

 案外気に入ってる自分が居ないことも……。



「行くっスよー! そりゃッ!!」

「はうぅんっ!?」


 初っ端から変な声が出る。

 だっ、ダメだ、我慢しろ……!



「ここっスね今日痛めたとこ! しっかり解すっスよ~!」

「まっ、待って慧……! かふ、くぅうんっ♡」

「長瀬さん、こんな高い声も出るんじゃな……」

「解説するなぁぁああァァ……っ!!」


 真横に立ちマジマジと観察して来る聖来。顔を真っ赤に腫らしつつも目線は一切外さない。


 この子、いっつも最後に施術を受けるんだよな。というか自分の前に。なんなら見るの楽しみにしてない……?



「ハッ、ホッ!! いよっと!!」

「んんっ、ンッ、んん――――へぁぁっ……!♡」

「やれどっこぉぉぉぉい!!」

「あひぃぃいいんんっ♡」

「そしてコイツだああああ!!」

「んほおお゛おおオオォォォォ……っっ!!♡♡」

「す、すげっ……」ゴクリッ


 身体中に血が廻っていくのが分かる。ハードワークで凝り固まった筋肉が、一突きのたびにスライムみたいに柔らかくなって……。


 あらゆる刺激をダイレクトに、為すがままに受け入れてしまう。頭のなかが『きもちいい』でいっぱいになって、なにも考えられなくなる……。



(あ……兄さんの、声……っ?)


 向こうも慧のお父さんにイジメられているみたいだ。なんて、一瞬だけ兄さんのことを想像したら……。



「んぅ……にい、さんっ……♡」

「ほえっ? あいあむ保科っスけど?」

「もっと、もっとぉぉ……!♡」

「幻覚でも見えてるんスかね……? まーいいや。ほんじゃお望みどーり……もっとォォォォォ!!」

「お゛ホおおおぉぉ゛オオっっ゛!?♡」


 身体に空いた穴がスッポリ埋まったみたいだ。

 ありもしない妄想が頭を支配していく。


 うらやましい。もしこの感覚があーいうのと同じだとしたら、姉さんもせんぱいたちも、にいさんといつもこんなことしてるんだ。


 わかってる、わかってるよ。じぶん、そーいうキャラじゃないもん。でも、やっぱりきたいしちゃうよ。いっつもかっこつけてるけど、じぶんだってほんとはおんなのこで、にいさんはおとこで。


 としのさも、ねえさんのことも、ぜんぶどうでもいい。ねーにいさん、はやくしてよ。はやくじぶんのこともめちゃくちゃにしてよ。

 じゃないとじぶん、けいみたいなおんなのこに、すきかってされて――――。



「…………はれっ? 真琴氏?」

「……きっ、気絶しとる……っ」



*     *     *     *



「今日もエライ目に遭った……ッ」


 ビカビカ喧しく光る看板が心底憎たらしい。効果は抜群なので文句こそ言えないが、やはり慧ちゃんパパの手腕は少々強引が過ぎる。


 さて、そろそろ一年組の施術も終わる筈だ。アパート組と近場に住んでいる聖来ははともかく、真琴を駅まで送ってやらないと。


 何故かは分からないがアイツ、施術が終わったあと妙に色っぽくなるから困る。まぁ慧ちゃんのテクニックを前に誰もが無力なわけだが……。



「…………にい、さん……っ」

「お、終わっ……おい真琴ッ!?」


 自動ドアを潜り、フラフラの足取りでこちらへ近付いて来る真琴。そのままバランスを崩し、俺の胸元へ力無く飛び込んだ。



「大丈夫か!? 他の子は!?」

「まだきぜつしてる……っ」

「気絶って、今日も全開やな慧ちゃん……なあ、ホンマ大丈夫か? 一人で電車乗れるか? 愛莉に迎え来るよう言っ……」

「はうぅぅん……♡」

「うぉほッ!?」


 腕を背中に回し、人目も憚らず抱き着いて来る。不味い、ここ結構人通り多いんだよ。帰りのサラリーマンが怪訝な目で俺たちを見て……って、それよりもまずコイツだ!!



「またかっ!? またやられたのか!?」

「かえるのやだ……とまる……」

「せやな有希ん家あるしな! そっち行こうな!?」

「んぅぅ……っ!! にいさんと、いっしょ!」

「おうっふ……!」


 あまり力を込められないのか、ずるずる身体が落ちて行ってしまう。ちょっ、おま、顔!! 明らかに近づけちゃいけないところへ!?



「アホやめろっ!! スリスリするな!?」

「にいさんっ、にいさんっ♡」

「目がトんでやがる……ッ!」


 完全に発情していますありがとうございました。


 クソ、どうしてか慧ちゃんのマッサージは真琴に一番効くのだ。それも俺に逢ってしまったら最後、クールビューティー長瀬真琴の威厳は跡形もなく崩れ去る。こんなところまで姉に似なくて良い。


 普段は有希にアパートまで連行して貰うのだが、今日は何故かまだ療院から出てこない。ヤバいって、この真琴を相手取るのはヤバいって。しかもなんか、いつもより状態悪いし……!



「ねえ見て、汗かいちゃった! けいのマッサージ、すっごくすごいんだよ!」

「そのようですね……」

「おふろはいろ! にいさんあらって!」

「……ハッ!? なに!?」

「いっつもねえさんにしてるみたいに! ぜったい! やくそくしてっ!!」


 やたら子どもっぽい言葉遣いを引っ提げ、胸板にペタペタと頬擦り。嗚呼、いつもクールな真琴がこんな可愛らしい上目遣いを……!



「……そっ、そうか。お兄ちゃんとお風呂入りたいのか! そうかそうか!」

「うんっ! にいさんといっしょ!」

「仕方ない妹やなあ! ほんならちゃーんと洗ったるから、大人しくするんやぞお~!」

「わああいっ! にいさんだいすきっ!!」

「っふ……ッ!?」

「えへへへっ……♡ にいさん、にいさんっ♡」


 駄目だ。ゴリ押しでこっちのペースにしようとしたら、可愛いの暴力で逆に持っていかれた。もう終わりだぁおしまいだあ……!



「――――はい確保っ!!」

「わああああぁぁ!? にいさん、にいさんっ!?」

「ったく、こんなことだと思ったわ!」

「愛莉ッ!?」


 まさに救世主。すぐ近くの東口階段から愛莉が猛ダッシュで現れ、素早く真琴を引き剥がしてくれた。何故ここに!



「どうしてここが分かったんや!」

「決まってるでしょゼ〇リーよ! あと聖来から助けてってライン来たの!」

「神様ァァ……!!」

「ほらっ、帰るわよ真琴!!」

「やだぁぁぁぁ!! にいさんがいいーー!!」

「あーばーれーるーなーー!!」


 長い格闘の末、無理やりエレベーターに乗せられ姉妹の姿はやがて見えなくなった。助かった、危機は去った。


 いや違う。むしろ真琴の貞操が危機だったんだ。

 俺は加害者でしかないんだいつだって。



「……………むっちゃ可愛かった……っ」


 まぁ惜しい気はしている。


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