1022. 未知への挑戦(※侵入済み)


(おめでた騒動のちょっと前)



『どうしてコトネって……』

『あ? 琴音?』

『いや、気になって……だってほら』


 食堂でシルヴィアと昼食を取った帰り道。渡り廊下の自販機で、いつものように飲み物を買う琴音を発見した。


 おしるこが飲めない今は夏季限定のマンゴーティーにハマっている。が、やはり最上段に設置されているため手が届かない。



「ふぬううぅぅ……!! ……んむッ!?」


 人差し指を伸ばし過ぎたのか、思いっきり攣ってしまったようだ。そのせいでバランスを失い、今度は頭頂部を自販機へゴチン。


 そのままブッ倒れるところを慌てて救出。間一髪で支えるが、当の本人はお星さまでも回っているのか意識は遥か彼方。

 なんだこの無駄にコミカルな絵面は。お前の役回りじゃないだろ絶対にこういうのはミクルかシルヴィアだって。



「危っぶねえな……」

『やっぱりおかしいわ……もしかしなくてもこの子、結構なドジっ子よね?』

『見てくれに生命力吸収されとんねん多分』

『だからこそよ。こんなに隙だらけで、顔も整っている子の初恋相手がどうして貴方なの? 誰もコトネの魅力に気付けなかったわけ?』

『まず目の前のコイツを心配してやれよ』


 意識が戻らないので、取りあえず談話スペースのソファーへ運ぶ。


 背負われた琴音のスカートをシルヴィアが見えないようガードしてくれた。こういうところも含めてよ、と妙に納得いかないご様子。



 まぁ確かに、琴音がこれまでの人生で誰からも言い寄られなかったというのは、俄かに信じ難い事実である。


 ビジュアルは勿論のこと、当時からずっとロリ巨乳なのだ。あらゆる需要を満たし過ぎているのに。主に俺とか。


 似たようなことを以前比奈に聞いたが、曰く『あまりに堅物過ぎて容姿へ関心を向けられなかったのでは』とのことで、決定的な理由は分からないらしい。幼馴染でさえ解説不能ではもうお手上げ。



『百歩譲って、恋愛事に関心が無かったとしても……例えば男子にスカートを捲られたり、悪戯くらいはされそうじゃない? わたしもインターナショナルスクールの頃はしょっちゅうだったわ』

『生憎その手の話も聞いたこと無いな……よいしょっと』

『労わりなさいよ当時のわたしを』

『今度俺にも見せてな』

『舐めてる??』


 ソファーへ雑に放り投げる。


 スカートが短いので中身は丸見え。

 今日もご馳走様です。うわあ、我ながら。



『でもコイツ、男絡みのトラウマとか別に無いっぽいんよな。初対面のときも「比奈に手を出しそう」の一本で嫌われとったし』

『ンフッ。嫌われてたの? 可愛そうな人』

『昔はな昔は』


 これは愛莉が言っていたが、一年の頃も『なんか危なっかしい』と不安になる言動が多々あったそうだ。それこそスカートの防御や、体育の授業でやたら透けているなど、部でもよく見る光景。


 一方、周囲の男子から『琴音は隙がある』『脇が甘い』『パンツ見えた』等の下世話な話はまったく聞こえて来ない。


 なんならテツオミの二人とか『楠美はザ・高嶺の花って感じで話し掛けるのも緊張する』『直視すらキツイ可愛過ぎて』とすら言っていた。


 アレか? 男にしか効力を発揮しない、守護霊的な存在に守られているのか? だとしたら俺だけ効いてないのなんで?



「二人ともお疲れ~。あっ、琴音ちゃんで遊んでるの~? 混ぜて混ぜて~♪」

『もしかしてヒナ、変な日本語使ってない?』

『よう勉強しとるな。その通りや』


 急に現れては写真を撮り出す自称親友兼幼馴染。とすると、意識していないだけで実は比奈が守り神としての役目を果たしていた……?


 いやしかし、それなら彼女が居ないときの説明が付かない。一昨年去年は違うクラスだったし、琴音はその間もずっと超絶美少女なわけで……うーむ。



(当人が無自覚とは言え、変な目で見られるのを看過するのもな……)

「おーい、陽翔くーん?」


 これからの長い人生、神通力が通用しない瞬間もきっとあるだろう。根本的な原因が分かれば、琴音にとっても役立つ筈だ。ともすれば。



『悪いシルヴィア、保健室行って氷かなんか貰って来てくれないか。一応頭打っとるしコイツ』

『あぁ、そう言えば。ちょっと待ってなさい、完璧な日本語を駆使して氷を手に入れてみせるわ!』

『そんなモチベーションいらん思うけど頑張れ』


 一先ずシルヴィアを退かせる。

 よし、これで準備は整った。



「さあ、ええで比奈」

「んー? なにが?」

「好きなだけパンツを撮れ。俺がスカートを持つ」

「おぉ~。カッコいい顔で凄いこと言うねえ」

「琴音の人生に関わるからな」

「こんなに説得力の無い台詞、初めて聞いたかも」


 突発的な性欲増大ではない。

 黙って聞け。アタオカなのは自覚あるから。



「ええか比奈。これまで楠美琴音という人間は、原因はともかく何らかの不思議な力が働いて、世のゴミカスみたいな男共と関わり合いになることなく、今日まで平穏の日々を無傷のまま過ごして来た。せやな?」

「陽翔くんが壊した癖に」

「黙れ」

「じゃあ、今まさに遭遇しているのは?」

「故にコレや。恐らく『パンツを盗撮される』というのは、琴音がこれまで経験したことの無いレベルのアクシデント、ハプニングと言える」

「意図しないからハプニング偶然なんだよ陽翔くん」

「今から俺たちが写真を撮ろうとして、それが何らかの理由で阻害された場合……やはり琴音は『目に見えない不思議な何か』で守られているということになる。何事もなく撮れたなら、改めて対策が必要というわけや」

「おぉ~。なんだか壮大な話に」


 呆れ果てているのか、逆に興味が湧いたのか比奈は無邪気に拍手で応える。たぶん後者だ。そういうの絶対好きだもんコイツ。



「そうだねえ。実はわたしも、琴音ちゃんのパンツは撮ったこと無いんだ」

「おもっくそ〇〇撮りしとったやないけ春先」

「いざってときのカードは多い方が良いもんねえ。うんうん、なるほど……では、お言葉に甘えて!」

「途中で反論する気失くしたなお前」


 やはり後者であった。まぁ俺がどうこう言えた口ではない。それだけは間違いない。ここにいるのは犯罪者と犯罪者。


 談話スペース付近に誰もいないことを確認。琴音へ接近し、ゆっくりとスカートを摘まみ上げる。凄い状況だ。白昼堂々俺たちはなにやってんだろう。



「きゃーっ♪ 陽翔くんのえっちー!」

「お前ほどではないと信じたい」


 超笑顔でむっちゃ連写してる。容赦ねえコイツ。


 ともかくこれでミッション完了。色気のあるような無いような純白レースを見事収めてみせた。


 結局シルヴィアも帰って来なかったし、誰かが通り掛かることも無かったな……神通力も俺たち二人の前では無力か。



「んふふふふふふふふっ♪」

「脅しに使うのはやめろよ」

「えー? どうしよっかなあ~?」

「お前ホンマに親友なのか……?」

「だって琴音ちゃんの困ってる顔大好きなんだも~ん♪ ……え、あれ? あれれ?」


 フォルダを見返そうとした比奈は、途端に元気を失い小難しい顔をし始めた。なんだ、上手く撮れなかったのか?



「……ねえ、見て?」

「…………太陽の光か?」


 大窓のカーテンを閉めていなかったせいか、琴音の下半身だけ上手いこと陽射しで隠れてしまっている。それも全部の写真が。


 思わず比奈と顔を見合わせる。ちょっと鳥肌が立った。ざっと数えただけで三十枚近くあるのに、一つも収められなった……だと?



「……も、もう一回撮ろうよ!」

「せやな! それがええ!」


 同じ流れで再度シャッターを切る。スカートを摘まみ上げる動作にもはや罪悪感は覚えない。明日の昼くらいに思い出すからセーフだ。



「念のため動画も撮っておくね!」

「これやから最高やな倉畑比奈!!」


 十秒ほど撮影。

 さあ、今度はどうだ……!



「……わっ!? なにこの光!?」

「ISO感度高いねん! いちいち弄るなよ!」

「だっ、だって良い写真撮りたかったからぁ……!」

「動画は!? そっちはどうや!」

「ちっ、ちょっと待って、えっと……!」

「おいっ、そこ削除!」

「わわっ!?」


 慌てるあまり手元が滑ったのか、誤って削除ボタンを押してしまった。嗚呼、決定的証拠がデータの海へ……!



「むう……んっ……陽翔さん……比奈?」

「「今ぁ!?」」


 なんたるタイミング。いやまぁ、こちらが騒ぎ過ぎたというのもあるが。ついに琴音は目を覚ましてしまった。流石に意識があるうちは……。



「お二人とも、どうされたんですか?」

「……あ、あははは……なんでしょ~……?」

「なんやろなァ……ッ」


 寝起きの悪さには定評がある琴音のことだ。ボケっとした顔で俺たちを眺めている辺り、無意識でガードしたとは考えにくい。

 いやそもそも、太陽光の角度なんて起きていても計算するのは難しいわけで……。


 

「恐ろしいモノを目の当たりにした気分や……」

「神様のご加護があるのかな……?」

「どういう系統のヤツだよ……」

「陽翔くんにしか愛されない祝福、みたいな……」

「まぁギリ嬉しいし別にええか……」

「????」

『コトネ!! 氷持って来たわよ! すっごく丸いやつ!!』


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