1021. 伸びしろ
愛莉部長による〇〇〇禁止令が行使され数日。夜にあの五人がやって来る機会もめっきり減り、日々のルーティーンにも変化が現れた。
それ自体への不満と言うより、単に温もりが足りなかった。一人で過ごす夜があまりにも寂しくて、アパートの住人へ頼る機会が増えている。
が、ノノはYou○ubeの撮影で忙しいし、有希も『夜に二人きりなんて、恋人でもないのにダメですっ!』とそれらしい理由を付け入れてくれない。ミクルの相手も漏れなく介護なので落ち着かない。
となると、残す希望は文香だけとなる。
「これも読んだか……なあパワ〇ロやろ」
「ええよぉ~。でもランニングとかせえへんの?」
「雨やし外。いま風邪引いたら洒落ならへんて」
「あー。せやなぁ」
漫画にゲームと暇を潰せるものは沢山ある。
何より文香の存在だ。日中は構ってやれない時間も多いから、埋め合わせではないが一緒に過ごせる良い機会だと思う。
ただ、最近……。
「ほんじゃ、ここ!」
「っ……お、おう」
「にゃっふふ~ん♪ 特等席やで~♪」
壁に背を預けていると、膝の間に躊躇いなく飛び込む文香。
俺が来る前にシャワーを浴びたのか、少し湿った癖毛がふわりと揺れ動き、柔らかいフレグランスな匂いが鼻先を擽った。
どこで買ったのか聞きたくなる謎デザインのTシャツを越え、細いのにぷにぷにした白い二の腕が俺の腕に当たる。
当人曰く『チャームポイント』だという小ぶりなお尻が膝にスッポリ埋まって、動くに動けない。
「ほんならウチはタイガースでぇ、はーくんはマリーンズ! にゃはははっ! 今日もウチが仇討ったるからなぁ~♪ ……はれ、はーくん? どした?」
「……い、いや。なんでもね」
「はぁ~ん? まぁええけど~」
(……ムラムラするぅぅぅゥ……ッ!!)
なんかもう、存在自体がエロい。
くっ付いてゲームするくらい、なんならゴールデンウィーク頃まで当たり前の光景だった。箱根への逃避行以降も、距離感はさほど変わっていない。
なのに最近、文香のことを女の子として、どうしても過剰に意識し過ぎてしまう自分がいる。もうコントローラー放り投げて今すぐ押し倒したい。
家出事件の直後も暴走していた自覚はあるが、ここまで露骨に性欲に支配されてはいなかった。
どうしよう手が震えている。
文香、気付いてないのかな。
(絶対悪影響出てるわ……ッ)
ここ数日、散々『誰でも良いわけじゃない』『それだけが目当ての関係じゃない』と必死に律しては来たが、多分そういう話でもないのだろう。
ハッキリ『禁止』になってしまったから、そのせいで余計なモノが溜まっているのだ。耐性が無さ過ぎる。猿以下の俗物め。
「にゃっはーーッ!! これやこれっ、このバッティング! ウチが見たかったんはこのTSUY○SHIや! ニシオカちゃうでえボケぇ!!」
「くっ……」
駄目だちっとも集中出来ない。
初回先頭打者ホームラン打たれた。
いよいよ人のせいにしたくもなる。だって最近の文香、すっごく『女の子』って感じでむっちゃ可愛いし……幼馴染とかそういうの抜きにしても余裕で可愛いし普通に一緒にいて居心地良いしなんなら部屋に出入りするたびにちょっと期待していた節が無いわけでもないし向こうだって俺を受け入れているからこそこの距離感なわけで俺との関係を見直した結果こうして覚醒しているわけでソレに関しては文香の伸びしろそのものっていうかこうなるのも必然だったわけでありましてこの期に及んで文句言われる筋合い無いって言うかいやまずそもそも夜に部屋で二人きりって状況からして期待しちゃっても仕方な……。
(――――ハッ!?)
落ち着け。思い留まれ。
チン行(〇ン〇で行動)は男の恥。
間違ってもこの昂りを、文香にぶつけてはいけないのだ。ただでさえ俺のセクハラ染みた言動を嫌がる傾向にあるんだぞ。
彼女の望みはソレが一番ではない。ようやく幼馴染のままここまで来れたというのに、俺が先走ったら全部終わりだ……耐えろ、耐え抜け……ッ!
「へへーん♪ はいフォアボール~♪」
「アホッ、押し付けるな……!」
「ヤキ入れたってん感謝せえな~♪」
だら~んと首を後ろに振り、上目遣いでこちらを覗く文香。ぶらぶら身体を揺らし、その度に絶妙な振動が下半身へダイレクトに伝う。
――――嗚呼、駄目だ。全開だ。
「はい来たぁぁマー〇ン砲ぉぉぉーー!! にゃっふっふ~♪ このままやコールドやでぇ~?」
「もう終わりや……!」
「終わらへんねんなあウチの攻撃はぁ! ゲームは現実と違いま~す一打で二度死ぬクソ助っ人はおらへんねんで~!」
黙れコン〇ッドの話なんか誰もしてねえ。
すると文香。『はにゃっ?』と気の抜けた声を漏らし、ピタリと動きを止める。そして、視線を落とした。やばっ……!?
「……スマホ踏んだ?」
「踏んだ踏んだ踏んだむっちゃ踏んだ!! 今すぐ立て立ち上がれ世良文香!!」
「お、おー。そんな怒らんでもええやん」
少々不満げな様子ではあるが、素直に膝上から退いてくれる。たっ、助かった……スマホと勘違いするなんて、想像以上に純粋な女……ッ!
「にゃっ? はーくん、スマホ」
「…………え?」
「スマホ。そこ」
指差す先には、ベッドの端っこから落ちそうになっている……俺のスマホ。
し、しまった……! そっちで弄って置きっぱなしだったんだ! 不味いッ、これじゃ今のが嘘だとバレて……!
「……なんか隠してへん?」
「そのようなことあろうはずがありません!!」
「いや、むっちゃ怪しいがな。なあ枕潰さんといて?」
流石に挙動不審にもほどがあったか、或いは枕を下半身に押し付けているのが気に食わないのか、露骨に眉を顰める文香。
何故だ。どうしてなんだヒロセハルト。これほど危機的な状況に陥って尚、まだ収まってくれないのか。実は内心バレたがっているとか、比奈みたいな特殊性癖を拵えた覚えは無いぞ……!
「なあ、さっきから変やって! はーくんが言い出したんに全然集中してへんし……どーしたん?」
「……頼む。記憶を失ってくれ」
「無茶苦茶言うやん。なあホンマどうしたん?」
唇を尖らせ、こてんっ、とあざとく首を傾げる。
え? は? 待って?
なに今のムーブ? クッソ可愛くね??
(……これは逆にもう、行くべきでは……ッ?)
彼女とてまったくの無知というわけではない。あの日の夜『そういうのはまだ』と意思表示はしたのだから、いつかはという気持ちもある筈。
幼馴染がどうこう、もはや意味の無い問答だ。俺は文香が大好きだし、文香も俺が好き。こうなることも自然の摂理では? そうだよな?
(そうだ……文香は禁止令を知らない……!)
とんでもない裏切りではある。
だが文香が喋らなければ問題は無い。
バレなきゃ犯罪じゃないんだ……ッ!!
「…………枕、返すな」
「その辺ほっぽっとい――――ニャッ゛!?」
飛び出した目玉はさながらギャグ漫画の如く。
突如現れたソレに、文香は言葉を失っている。
「……ケツ当ててんじゃねえよ。チャームポイントやろ。もっと丁重に扱え」
「にゃっ、にゃにゃ、にゃあぁァ……っ!?」
「そうしないとなァ……こうなっちまうんだよ文香ぁぁぁぁァァアア!!」
「ニャーーーーーーーーッッ!?」
あまりのスピードに文香は反応さえ出来ない。あっという間にマウントを取られしまい、硬いベッドの上へ放り投げ出される。
結局押し倒してしまった。
もうええわ。知らん。突き抜けよう。
「あっ……あかんっ、アカンアカン!! あかんてはーくんっ!? 犯罪っ、犯罪やってこんなん!!」
「ほう。嫌と申すか」
「だっ、だってぇぇ……!!」
手首もしっかり固定した。これでは動けまい。
暫しの間、真っ直ぐ見下ろしてやると、次第に抵抗が弱まり視線をあちこち外へ寄越し始める。諦めが付いたか。そうだそれで良い……!
「……やらしいこと、するん?」
「むっちゃする」
「うぅっ……イヤぁ……」
「ホンマに嫌ならちゃんと抵抗しろ。そういう曖昧なんオッケーや思われるで」
「…………むうううう」
酷く言い淀んでいる。涙目でこちらをチラチラ。
なんていじらしい、可愛いの塊か。
こんなに愛おしい生き物を、俺という奴はタヌキ呼ばわりに始まり散々邪険に扱って……なんとまぁ節穴な男だ。
いや。確かに可愛いは可愛かったが、ここまでじゃなかった。きっとこの街で過ごした、俺やみんなとの時間が……彼女をここまで魅力的に仕立て上げたんだ。そうに決まっている。
こんな彼女を、もっともっと見てみたい。そうだ。この計り知れない伸びしろとポテンシャルを、俺自身の手で引き出してみせる――――。
「…………きもい」
「……え?」
「目ぇきもい……」
「え?」
「…………せいりてきに、ヤ。いま」
……………………
「…………なんでそんなこと言う?」
「ほんまやもんっ」
……………………
「……ねえ見てこれ」
「あ。小さなっとる」
「この状況から回避するん凄いなお前」
「ええから退いて?」
「…………ごめん」
「なんかごめんなウチも」
「うん」
「……そーゆうときウチから言うわ。なっ?」
「うん」
「…………退いて?」
「うん」
そさくさと拘束を解き、ベッドから立ち上がる。
そのまま玄関へ直進。部屋を出た。
「…………こういうパターンあんねんなぁ~……」
どうしよう。まぁまぁな土砂降りだけど、やっぱりランニングしようかな。
それとも死のうかな。
ちょっと考えて良い?
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