1035. 相容れない
「運動は、大事~、カワシマは、エイジ~」
ミクルと瓜二つのピンキーな髪を振り回し、平坦な抑揚の無い歌声を響かせる。隣には動きだけモノマネする褐色肌の青年。
知っている。このリズムとステップ。
いや知ってはいるけど。
意味が。意味が分からん。
「なななな~なななな~ななななナインゴラン~」
「ナインゴラン!? 渋っ……!」
反応するな愛莉。
本家のツッコミみたいになってるから。
「いきなり出てきてごめ~ん、まことにすいまメ~~ン…………ハハッッ!!」
その乾いた笑い声を合図に、気色悪いステップが更に加速する。俺たち二人を囲み、ぐるぐると周囲を旋回。
言いたくない。絶対に。
でも言いたい。言わざるを得ない。
関西人の悪いところが出てしまう。
だってそうでもしないと、コイツら同じことまた始めるじゃん。収拾付かないじゃん。誰かが……誰かが言わないと、終わらないんだって……!
「――――なんだコイツううゥゥゥゥーー!!」
「違う。コイツら、だ」
「黙れッッ!! 付き合ってやったやろが!!」
殴りたい。
栗宮胡桃。これで会うのは三度目だが、ちっともそんな気がしない。過剰に意識し過ぎているとも思わないが、脳裏に焼き付いている以上はもはや。
「ラップで~、栗宮を崇め奉ろうよ~」
「まだ続けるのか……ッ」
「栗宮の~良いところ~今すぐ答えてね、セイ!」
「…………テクニックとか?」
「オーケーテクニシャン、エムレ・ジャン」
「そんな踏めてねえよ韻」
「テクニシャン~エムレ・ジャン~、アザール、身軽」
「…………」
「トロサール、去る。テイッ!!」
(迂闊に乗るんじゃなかった……)
お馴染みのポーズが決まり、隣のジュリーは腹を抱えて笑い転げるのであった。頬が限界まで引き攣っている愛莉を少しは見ろ。
「A-ha-ha! 珍しく元気だナ、ヒロセ!」
「……えっ。ジュリー、日本語?」
「どうヨ! 上手くなったでショ!」
普通に日本語で話し掛けて来たので、違和感を覚えるまで若干のタイムラグ。
当時は勉強する気がまるで無く、ポルトガル語話者の俺に頼ってばかりだったのに。まぁでも、性格は変わってなさそうだな……。
「久しぶりだネ。二年ぶりダ」
「せやな……元気そうで安心したわ。ホンマ余計なことしてくれたけど」
「エッ? いまジャポンで一番人気の
「適当扱きやがって……」
そんな時代は一度も無かったよ。たぶん。
どうやらプレー内外において、栗宮胡桃から相当影響を受けているようだ。兵藤に電話したとき『いつも二人でいる』と言っていたな……よりによって一番日本語教育に適していない奴を。
「久しいな。長瀬愛莉」
「ど、どうもっ……今日はその、よろしく?」
「金言を忘れたか。醜い脂肪を削れと言った筈だ」
「いやちょっと……ッ」
「デカパイ、デパイ」
「ええ加減にしろ貴様」
おずおずと差し出した手を払い除け、愛莉の胸を鷲掴みしようとする。慌てて間に入り事なきを得たが、油断も隙も無い。普通に怒るぞ。
「……で? パクリ芸のお披露目に来るほど暇を持て余していたと?」
「それは否、ジェリー・ミナ。遺言を聞きに来たまでだ、廣瀬陽翔。貴様の命もあと三時間と持つまい」
分かり切ってはいたが、やはり挑発に来たようだ。ジュリーはずっとニコニコしているから、ワケも分からず付き合わされているだけだろう。
でも面倒くさい。この手のやり取りは後腐れの無い内海や藤村だから爽やかなまま成り立つのであって、コイツ相手に時間を使うのは……ただでさえ会話覚束ないのに。
が、言われっぱなしで試合を迎えるのも虫の居心地が悪い。この女には手を付いて謝らせたい案件が山ほどある。
良いだろう。乗ってやる。
そろそろ火を点けたかったのも本当だ。
「よう言いますわ。天下の栗宮胡桃がここまで2ゴールとは、落ちたモンやな。コンディション不良かなんか知らへんけど」
「浅ましい俗物の戯言を真に受けるか」
「……言われた通り、ここまで来てやったぜ。生意気なメスガキを泣かせるのが、あの日から楽しみで仕方ねえ」
「よく喋るな。思春期か」
「厨二よりかマシやろ」
「…………聞いて呆れるな。かつての天才が」
「あぁそうかい。俺はとっくに呆れとるで。あの天才少女、栗宮胡桃がつまらねえ芸人にハマってるなんて、マスコミが知ったらどう思うか……」
「……ジョ〇マンを侮辱するか、貴様」
ようやく人間らしい顔色になった。
そこかよ、怒るポイント。
「まぁ良い。天上天下唯我独尊の栗宮とてこの数か月、なんの準備も無しにのうのうヌクヌクエンクンクと過ごしてきたわけではない。コイツだ」
「とんでもねえ化け物引っ張り出しやがって」
「金はすべてを解決する……」
「だって生活費に学校へ通うお金、道具代も出してくれるって言うからサ!
本人もそうだし、一族は輪を掛けて貧しい。日系人だが日本との関わりは限りなく薄かった彼がわざわざこの国へやって来た理由は、お金以外に無い。
一見陽気なブラジリアンでしかない彼もまた、凡人には到底理解し得ない、底知れぬ狂気を抱えている。つまるところハングリー精神だ。
「ヒロセには教えてあげるヨ。ボク、決めたんダ。この大会でモットモット有名になっテ……ヨーロッパでプロになるんダ!」
「プロって、どっちの?」
「どっちもサ! 大会が終わったラ、トリーヅカと一緒に愛知ミュートスに入ル! ヨーロッパのクラブと提携しているからネ、そこから幾つか渡り歩いテ……リスボンに行くんダ!」
「リスボン……ポルトガルの?」
「あのチームはサッカーとフットサル、両方とも強いんダ! まずフットサルで結果を出しテ、サッカーチームに移ル! そして活躍すル! するとボクはどうなると思ウ、ヒロセ!?」
拳で胸を強く叩き、ジュリーは朗らかに笑った。
「サッカーとフットサル、両方のセレソンになるんダ! まだ誰もやったことがナイ、初めてのプレーヤーになル! マー、ちゃんと調べてないかラ、もしかしたらいるかもだけド! でもドージシンコーしてる奴ハいないだロ!」
いっぱいに輝いた瞳で、壮大な夢を語る。
確かに聞かない。幼少期にストリートでプレーしていた選手は多くいるが、サッカーで成功してもフットサルを続けているパターンは無い筈だ。
「ボクのfamíliaはチョー貧乏だからネ……ただ有名な、普通のプロになるだけジャ養えないんダ。オンリーワン、ユイーツムニの存在にならないトいけなイ! 年俸、広告収入、グッズ収入、そして知名度! 全部世界一ならないとネ!」
「…………凄いな、それ」
「ジャポンと関わりがあるのもヨイ! ニホンジン、金遣い荒いからナ! アイツらすぐなんでも買ウ! 特にマユとカ!」
「舐めんじゃねえよ大和の民を」
その言葉に偽りの影は見えない。
彼は本気で両立を目指しているようだ。
「……お前の入れ知恵か」
「栗宮の野望に通ずるものを感じた。雄の頂点はコイツに譲ってやる。人類の頂点は他ならぬ栗宮だが」
「それ、今日を機に考え直した方がええで」
「心配するな。フットボール星人が火星から攻めて来たら、栗宮とコイツで責任を持って止めてみせよう。貴様も交代枠に入れてやっても良い」
「ヤなこった。俺は地上に残るね。地球が滅ぶまでアイツらと一緒におるわ」
「…………やはり相容れないな。貴様とは」
「同感や」
暫し睨み合いが続く。遠くからブザーの音が聞こえ、愛莉はオドオドと頼りなさげにシャツの裾を掴んだ。っと、流石に時間を食い過ぎたか。
「……お喋りはこれくらいにしておくか。あとはボールで語ろうぜ」
「語るほどの手札が貴様にあると?」
「勿論。お前には無いものばっかりだぜ」
「…………良いだろう。精々足掻くと良い。貴様らも所詮、有象無象のJoãoに過ぎぬ」
全身を纏っていた余裕のオーラが、それを機にピタリと消えて失くなった。スイッチが入ったようだな。最初からそういう顔しとけ。
こっちはずっとキレっぱなしなんだよ。
舐めた真似してる場合か。もっと牙を見せろ。
そして、へし折ってやる。何もかも――。
「ヒロセ。キミに勝てないようジャ、ボクらのカンペキなプランにキズがついてしまうんダ……悪いケド、踏み台になってくれないかナ!!」
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