1034. 誰も想像出来ない
「にしても、まさかジュリーと対戦するなんてね。巡り合わせって本当にあるんだなぁ……小田切さん、そろそろ元気出しましょ?」
「構わないでくれェェ……ッ!」
「あーあ。センパイったらプロ泣かせちゃって」
「知らんし謝るの俺やないし瑞希やし」
アイソレーションの特訓で彼にも手伝って貰ったのだが、瑞希とミクルにまぁまぁ負けてしまい、さっきからずっとこの調子だ。さっさとネギチャ丼食え冷えちまうぞ。
ご指名のあったノノも引き連れ、有希のバイト先へ二人を連れて行った。流石にシーズン中、こちらも試合直前とあってラーメンは食べられないが、内海はネギチャ丼だけで満足そう。見かけに寄らず大食漢。
「なんなら俺よりジュリーと付き合い長いやろお前。他に弱点とかねえのか?」
「長いって言っても、半年程度しか変わらないしなぁ。基本コミュニケーション取れないし……左はずっとチョコレートだったけど」
店主が無言で差し出して来た色紙にサラサラとサインを書き連ね、内海はこのように話す。小慣れてる。構図からしてウケる。
チョコレート、とは日本で言う『逆脚がオモチャ』『つっかえ棒』みたいな言い回しのこと。欧州では『子どもの好む(容易に対策できる)狙い処』みたいな意味合いで使われるらしい。詳しくは知らん。
要するに、ジュリーは左脚をまったく使わない。
というか何故か蹴れない。
同じ人間の所業と思えないほど扱いが下手だった、俺もよく覚えている。右脚が使えないレフティーは結構多いが、右利きでは珍しいかも。
「右脚一本であれだけやれちゃうんだから、ほとんど関係無いと思うけどね。ジュリーはなんて言うか、もう……」
「才能の一言やな。あれは」
「陽翔が言うくらいだからねえ」
栗宮胡桃と対峙した際ガリンシャのエピソードが話題に上がったが、どちらかと言えば近いのはジュリーの方だ。
球離れが悪い癖に、まったくボールを取られない。そしてアッサリ決めて来る。一番対処しにくい怠いタイプ。
「まぁでも、気紛れなのは当時から変わってないと思うよ。パスが来ないと露骨に機嫌悪くなるし。その辺りは、えーっと……」
「市川ノノまたの名をノートルダムですッ!」
「ノッ、ノートルダムさんに期待かな……?」
「すっかり忘れてましたっ! 写真撮りましょうシャシン! 部のTwi〇terに上げるんで!」
「あぁ~、良いけど広報さんに許可を……っ」
冬に一回会ってるだろ今更キョドんな。
彼女と真琴にもチャレンジして貰ったが、最終的に敗れはしたもののある程度までは着いて行けていた。きっと大きな自信になっただろう。
二人に限らず、相手を過大評価し過ぎず堂々と立ち向かえば……奴らの個人技も必ず封じ込める筈だ。そして、仕上げはオレ。
(早くブッ倒してえ)
待ち切れない。次の試合がこんなに楽しみなのは、ちょっと記憶に無いくらいだった。勝てるかどうかも分からないのに、楽観的過ぎるだろうか。
でも仕方ないだろう。
日本一のチームと戦えるんだ。
これで燃えないなんて、流石に嘘だろ。
一向に凹んだままの小田切さんを哀れんだのか、連絡先を交換したノノは『あとでお仕置きしてくださいね♪』と余計な口を挟み一足先にアパートへトンズラ。俺一人で彼らを駅まで送る。
京都は暫くオフらしいが、セレゾンはカップ戦があって二日後にはもう試合だそうで。今の監督、ターンオーバーやらないからきっとスタメンだろうな。プロ一年目だってのに内海も大変だ。
「全国は? 観に来るか?」
「そうしたいのは山々だけど、中断期間も二部はリーグ戦だからな……今日も時間縫って来たし、あんまり期待しないでね?」
「俺の誘いを断るか。偉くなったな」
「ちょっとだけね」
「移籍決まったら教えろよ。オランダやっけ?」
「ゲッ。もう情報流れてるのか……まだ分からないよ、オファー来るかもって段階だし。でもそうなったらすぐ教える」
固く握手を交わし健闘を誓い合う。俺の背中を追っ掛けていただけのヒョロヒョロ坊やが、すっかり大きくなったものだ。なんて、誰目線やねん。
「小田切さん、アンタも。二年連続でレンタルたらい回しはシンドイっすよ」
「ホントそれな~。セレゾン片道切符多いから怖いんだよ……まっ、お前が帰って来るまでは定着してるけどな?」
「帰らねえよ。あんなクソ弱小チーム」
「おっ、言ったなァ!? 見とけよぉ数年後には俺ら黄金世代と財部さんで、日本サッカー界牛耳っちゃってるからな!」
「アンタその世代ちゃうやろがい」
「良いんだよ細かいことはッ!」
京都でも不動のレギュラーとしてプレーし評価は上々。
来季は問題無く大阪へ戻れるだろう。
我ながら単純とは思うが、こうして頑張っている奴らを見ると……やっぱり元気も湧いて来るものだ。こんな感情が俺に残っていたのか。大発見。
「良いよ戻らなくて。でもせめて、名古屋くらいまでは来て欲しいね!」
「ついでに京都も寄ってけよ~!」
「あっ、シューマイ! 買っときます?」
「良いねぇ横浜土産! でもこの辺、あんま横浜って感じじゃねえよな」
「県南ですからね、ほぼ横須賀と言っても……」
改札を潜った二人は別れを惜しむ暇も無く、売店のお土産に夢中であった。雰囲気
全部ぶち壊しだ。さっさと失せろ視界から。
精々待ってろ。なるべく遠いところで。
今度はこっちが追い掛ける番だ。
でもそこは、プロとか海外とか、そんな小さな枠組みで語れるような場所ではない。誰も想像出来ない、もっともっと、美しい世界。
辿り着いてみせる。みんなと一緒に。
* * * *
「近いな」
「近かったねえ」
土曜日。ついに決戦の日がやって来た。
一向にジャージとの折り合いが付かない眼鏡をスッと外し、比奈はアリーナの外観をぐるりと眺める。レンズを通さず直接見てみたかったのだろうか。
有難いことに、会場はほぼ地元と言って差し支えない場所。というか、冬に真琴と観戦へ訪れたあの体育館だった。
改修工事が終わったばかりで、ほんの最近リニューアルオープンしたばかりらしい。やはりフットサルやバスケのプロリーグで使用されており、収容人数は約3,000人。設備、規模共に国内有数の会場と言える。
一か月に及ぶ関東予選の締めくくりとして申し分ない環境。これだけ良い場所でプレー出来るのなら、全国へ行っても気後れしないで済みそうだ。
「準備は自分たちで進めてくれ。小谷松は私とスタンド。カメラ忘れるなよ」
スタッフに誘導され一階の武道場へ。聖来を連れ峯岸は、先に行われる川崎英稜と市原臨海の偵察へと向かった。
「ここにも客席があるんだねっ……!」
「ネっ。凄い」
荷物を置いたユキマコの二人は興奮気味に周囲をキョロキョロ。こちらも武道場もイベントで使用されるので、観客席が用意されている。
空間を二分するよう白いパーテーションが敷かれている。向こうには町田南がいるわけだ。出来れば直前まで顔合わせたくないな。主に栗宮胡桃。
「おしっ。ほんならもう、着替えと準備終わった奴から軽く始めようか。俺待たなくてええから、揃ったら愛莉中心にアップな」
「ハルトは? どっか行くの?」
「いや別に着替えやけど」
「……あ、そっか。ハルトって男か」
「急に女忘れ過ぎな??」
今まで狭いロッカールールに仕切りを作りほぼ一緒に着替えているようなものだったので、もはや違和感すら持っていない愛莉であった。
こんな近距離で男女一緒に着替えるのおかしいから普通。さっきからずっと威嚇してる文香とシルヴィアを少しでも見習え。
「待ってハルト、私もお手洗い」
「あんま近付くなよ。どこにマスコミほっつき歩いとるか分からんからな」
「わっ、分かってるって……!」
どうかな。怪しいな。こないだ俺が下に居るのに〇〇ってたの知ってるからな。
手洗いはロビーを出てすぐに見つかった。頭上では早くも喧しいBGMが轟き、その盛り上がりぶりが伝わって来る。第一試合はもうキックオフか。
「どっちが勝つかしら」
「さぁな……愛莉は知ってるか? 市原臨海のエカチェリーナって奴。なんか有名らしいやん」
「偶にニュースで話題になってるわよね。すっごい美人の女子サッカー選手って」
「んっ。サッカー? フットサルやなくて?」
「だって、市原臨海って女子サッカー部のチームでしょ? 違ったっけ?」
「いや確かそうやけ…………あ?」
長いコンコースの奥から、誰かがやって来る。
俺も愛莉も足と会話を止めてしまった。
どうしてかって、だって。
「……なに、あれ?」
「踊っている……のか?」
恐らく二人組の男女だ。腕をぐらぐらと広げた、ダンスとも呼び難い不思議なステップを踏みこちらへ近付く。
そして、徐々にその姿が明らかとなり……。
「ひうぃごー、かもん……ひうぃごー、かもん……!」
現れやがったな、宇宙人共。
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