1033. 着いて来れるか?


 内海功治ウツミコウジ


 今、日本サッカー界で最も有望視されている若手プレーヤーだ。黄金世代と騒がれるセレゾン大阪ユース生の最高傑作としても名高い。


 右ウイングとしての評価は既に国内トップレベルと言っても良い。昨年二種登録でプロデビューを果たし、親善試合ながらA代表へ選出された実績が何よりの証拠だろう。


 特徴はなんと言っても、爆発的な加速からいとも簡単に右サイドを攻略する、日本人離れしたドリブル。希少価値の高いレフティーなのもポイント。


 のほほんとした素朴な顔立ちをしているが、誰が相手でも直球勝負を厭わないメンタルの強さも評価に値する。フィジカルを押し出したチームが多い二部で結果を残せているのも納得だ。



 小学生まではトップ下が主戦場で、俺が上の世代から帰って来ればベンチに座るのがお決まり。だがジュニアユースに昇格すると財部によってウイングへコンバートされ、一気に才能が開花した。


 なんでもファンの間では『浪速のモハメド・サラー』なんて呼ばれているとか。確かにスタイルはよく似ている。


 でもコイツ、実は生まれが新潟で関西弁も一切話さないから、浪速って感じじゃないんだよな。喋っても面白くないし。とことん生真面目な男である。



「おぉっ! なんという鋭さッ……すごい……!」

「生で観るとエグイ迫力だな……ミクルが標準語に戻っちゃうくらいだからネ」

「なっ!? しまった!?」


 代表キャンプの疲れなど微塵も感じさせない。

 初っ端からトップギアで俺を攻略しに掛かる。

 

 辛うじてバックステップを踏みコーナー付近まで追いやったが、まだまだ余裕の表情だ。止められてからの仕切り直しも上手いんだよな。



「やっぱ陽翔の守備は不安だなぁ~」

「生意気言いやがって……ッ」

「まぁでも、コースは無かったからね。一応合格じゃない? 次はどうなるか分かんないけど……!」


 ボールを捏ね繰り回し不敵に笑う。


 半年前に対戦したときも少し思ったが、以前より態度に棘が出て来た気がする。自信の表れか、或いは俺の真似なのか。後者なら改めろ即刻。



(右で仕掛ける気配は無し……僥倖やな。逆脚やけど、ジュリーも似た傾向にある)


 内海を呼んだのはこれも理由の一つ。巨大な才能の持ち主とは言え、外から見ただけで分かるような弱点は存在する。

 それを把握した上で、この爆発的な才能を止められるか否か……俺にとって大きな試金石だ。



「危ないハルトっ!?」

「すっげー……ハルでもギリギリかよ……!」


 反発ステップから一気にカットイン。その間もシュートフェイントを幾つか織り交ぜ、その度にバランスを崩し掛ける。


 あくまで俺を躱し切るまでは、シュートを撃たない腹積もりのようだ。内海は感心げに眉を吊り上げ笑いを溢した。



「へえ……前やったときより軸がブレていない。相当鍛えたんだね、体幹」

「それなりにな……!」

「僕もファーストディフェンスは財部さんに口酸っぱく言われててさ。重心が後ろへ傾くと、スピードアップされたとき着いて行けないんだよ。攻めてるときは考えもしなかった。気楽なポジションだよね、僕ら」


 偏に春先から始めた筋トレと、ミスター・アレクことコロラドの下で学んだ、フットサル特有の守備技術の賜物だ。


 コースを制限する動きと、ブロックへ入る際の投げ出し方。足の構え、重心の置き場所からしてまったく異なる。

 トランジションの観点から考えたとき、過度なゾーンディフェンスは相手にシュートチャンスを与え兼ねないからだ。


 両方を必要な場面で適切に繰り出せるよう、日々のトレーニングに加え弘毅とやり合うなかで学んで行った。


 と言っても、専門的な指導を受けた回数は極僅か。元より守備は下手くそ。まだまだ付け焼刃の頼りない代物に過ぎないが……。



「お前が舞洲で言っていたこと、最近よく思い出すよ……相手や大会のレベルは関係ねえ。俺がすべてを出し切らへんと、全国制覇なん到底ムリに決まっとる。都合の良い妄想でしかねえんだよ……!」

「そこまで言ったっけ?」

「口の悪い選手は大成しないらしいなッ!」

「陽翔に言われちゃおしまいだねっ!!」


 今度はこちらから奪いに掛かる。だがそう簡単に失う様子は無い。足裏を駆使したバックステップも挟みつつ、器用に追撃を躱す内海。



「その動き……!」

「驚いたっ!? これ練習し始めてからマジで取られなくなったんだよね! サンキュー陽翔!」


 挑発気味に笑い飛ばす。ドリブル成功率がリーグトップになったといつの日かラインで自慢して来たが、フットサルのエッセンスを取り入れたのか。通りで慣れないボールでも苦戦しないわけだ。


 これだから成長期は。恐ろしい速度でトップレベルへの階段を駆け上がってやがる……だからって、負けて良い理由にはならねえけどなッ!



「おっと!?」

「油断してんじゃねえボケがッ!!」


 ギャンブル気味のスライディングに、流石の内海も後手を踏んだ。交錯の末、ボールはタッチラインへ流れていく。全力ダッシュで並走する二人。



「邪魔だよッ!!」

「お前じゃボケッ!」


 激しいショルダーチャージの応酬。先の一歩を譲るまいと、壮絶な肉弾戦が繰り広げれられた。今度は揃ってスライディングで飛び込む。


 ほぼ同時に触れて、ボールは高く舞い上がった。先に立ち上がったのは俺……この野郎、おもっきしユニフォーム引っ張りやがって!



「ファールやぞ殺すぞッ!!」

「やらせないよッ! 死んでもねッ!!」


 これがまた隠し方が上手い。峯岸が確認出来ないよう、彼女に見えない位置から引っ張っているのだ。マリーシアまで拵えやがったか。


 無論、内海に出来て俺に出来ない道理は無い。反転した隙に肘をガッツリぶつけてやる。クソがッ、ちょっとは痛がれよ!!



「犬の喧嘩のようになって来ましたね……」

「あはははっ……もう凄すぎて……っ」


 比奈と琴音に至ってはもはや呆れている。観戦していたサッカー部員たちからは声も上がらない。泥沼の戦いをしている自覚はあった。


 だが敢えて言うのなら、これがお前たちに。そして山嵜フットサル部に足りない唯一の要素だ。俺は知っている。


 真の戦いとはつまり、戦争であり殺し合い。

 より狂気を孕み、イカレたままの奴が勝つ。


 

(それだけは譲れねえなァ……ッ!!)


 栗宮胡桃。そしてジュリー。


 奴らの武器は華麗なテクニックやドリブルとか、そんな怠い括りで語れるようなものじゃない。内に秘めた禍々しいほどの『狂気』。


 ありがとう、内海。

 お前を呼んだ甲斐があった。


 俺があの場所で、一番で居続けられたのは。そして大阪を離れて一年、美しい少女たちに囲まれた日々を生き長らえて来れたのは。


 生まれながらに染み抜いていた、この溢れんばかりの狂気を。今も尚抱えていたからだ。それを引き出すに、お前は最高の相手だった。



 相手に、なったんだな。ついに。

 マジで嬉しいよ。気付けば自慢の同期だ。


 こんな狭い国、いい加減息苦しいだろ。

 さっさと海外でもなんでも行っちまえ。


 ――俺に敗れた記憶を抱えて、だけどな。



『ウソッ!? 無理やり撃つ気なの!?』

「アカンはーくんっ! 怪我するでッ!!」


 スコップしボールを蹴り上げる。頭上へ到着したソレを、誰かさん顔負けのアクロバットなジャンピングボレーで迎え入れた。


 対する内海もシュートを予見したか、身体が大きく広げブロックへ。もうフットサルの勝負じゃねえな。カンフーだこんなものは。



 そうさ。これくらいやらないと。

 お前が築き上げたモノには勝てねえよ。


 ところが、最後に明暗を分けるのは。


 血みどろの戦いの中で見つけた、ほんの僅かな遊び心だったりする。最近スーパーナニーに鍛えられたばっかりでな。まぁ運が良かったわ。



「――うっそおおぉぉーーッ!?」

「しゃぁぁああ嗚呼ああアアァァ!!!!」


 飛び上がった内海の足元を抜く、ワンバウンドの弾丸ライナーがネットへ突き刺さった。勿論狙っている。距離離れてたんだもの。そりゃ狙うさ。


 長い戦いに終止符が打たれ、新館裏コートには言葉とも取れぬ謎の歓声、否、奇声が飛び交った。


 一年前のサッカー部戦を思い出すようだ。雨は降っていないが、汗の量で言えばトントンだな。



 ――さぁ、どうだ。

 みんな、着いて来れるか?


 土曜はこんなんじゃ済まねえぜ。

 そこは地獄すら生温い、狂乱天国だ。


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