1032. 余裕で金取れる


「おおっ、良いね良いね! トランジションも速いし立ち位置を見失わない……! こりゃ手応えあるぞぉ~諸君!」

「知ってますッ! もう十分知ってますから!!」

「やばッ、顔上げるタイミングが……!?」

「普段の練習の七倍疲れるぅ~……ッ」


 小田切さんがフィクソの位置に入り、サッカー部+セレゾン連合軍のプレースピードは格段に上がった。流石はビルドアップに定評のある技巧派センターバック。脚はクソ遅いけど。



 昨日は一年坊主相手に互角以上の戦いを見せたファーストセットも、素早いパスワークに手を焼いている。そう、これだ。この強度が欲しかった。


 町田南はセットを問わず、とにかくパスが乱れない。そして何より速い。例え奪い切れなくとも、時間を掛けさせシュートを撃たせない守備を貫けるかが大きなポイントとなる。


 決勝トーナメントは一発勝負。決まらなければ延長、PK戦が待っている。

 そこまで持ち込めばこちらが有利……とは思わないが、奴らを少しでも焦らせるため、あらゆる可能性を探るべきだ。



「なぬぅッ!?」

「っしゃ! めっちゃ良いパス……!」

「良いねぇ! ナイストラップ、そしてシュート!」


 小田切さんから左サイドへ、腰を捻った急転直下の鋭い縦パス。

 逆を突かれたノノは反応出来なかった。オミの巻いた一撃がネットを揺らす。


 僅かに手が届かず、琴音も悔しそうに唇を噛んだ。ほぼフリーで撃たれたとは言え、あの手のシュートを防ぎ切れるかも大きな分岐点となる……残り数日でどこまで仕上げられるか。



「ノノ、交代しよう。手本見せてやる」

「お願いします~……」


 これで正式なファーストセットの構成だ。

 さて、もう一段ギアを上げるか。



「克真、そのまま入ってくれ! パワープレーや、やり方は知っとるな!」

「はいっ!」


 受ける可能性は少ないだろうが、これも試しておきたい。


 それに町田南のゴレイロ、横村佳菜子はビルドアップに参加し、カウンターの起点にもなる技術に長けた選手。数的不利の経験をもっと増やさないと。


 どちらにせよ、守勢に回るのは避けられぬ運命だ。実力者五人相手に守り切りカウンターへ繋げられれば、これほどの手応えは無い。



「愛莉ッ、食い付かないでコースをまず潰せ! 視線切らすなよ、いつ撃たれても良いよう常に準備しろ!」

「分かってるっつーの! あぁ忙しいッ!」

「サボんな比奈!! ライン下げるな!!」

「気を付けてまーす!」


 目まぐるしいパスワークに必死で食らい付く。小田切さんに乗せられて、四人のテンポもどんどん上がっていた。一瞬たりとも気が抜けない。


 っと……ここで裏か!



「潰せ瑞希ッ!!」

「あいあいっ!」

「クソッ、バレたか……!」


 先ほどの再現を狙ったか、寄せて受けるフリから瑞希の背後を狙ったオミ。だが克真と息が合わず、その隙を瑞希がロックオン。


 イーブンの競り合いとなり、両者コントロールを失ってしまう。この位置からは……比奈が一番近い!



「だぁぁーー!! 間に合わんッ!」

「陽翔くんっ!」


 テツのフォローもむなしく、ワンタッチの華麗なサイドチェンジが決まった。このスピード感で良く俺が見えていた、花丸をやろう。



「お疲れのところ申し訳ないっすね、先輩!」

「それはどうかな後輩ッ! お手並み拝見!」


 右サイド、タッチライン際。

 小田切さんとのマッチアップ。


 現役リーガーとの攻防に、見守るサッカー部たちから大きな歓声が上がった。よく見ておけ。前哨戦にしちゃ豪華過ぎて、いよいよ気絶するかもな!



「お前の癖ならよく知ってるぜ……! どれだけフェイント入れたって、最後に使うのはその左脚……じゃないッ!?」

「マジで疲れてんじゃねえよ!!」


 癖を知っているのはお互い様。カットインを警戒するあまり、縦のスペースがあまりに空いていた。


 この人デカい割に裏への警戒がおざなり過ぎるから、少し揺さぶると簡単に重心ズレるんだよな。成長が見えん。



「愛莉ッ!」

「任せなさいっ!」


 そのままサイドを突破しグラウンダーのクロス。が、ここはプロの意地を見せた小田切さん、長い脚を伸ばしてコースを巧みに変えてみせる。


 ケアに入った克真がクリアするかと思われたが、愛莉も負けてはいない。腕を目いっぱい使って克真を制し、潰れ役を全うする。



「瑞希ッ!」

「いや上手すぎ……ッ!?」


 二人ともボールに触れず、クロスはゴール前を横切る恰好に。良いぞ、素晴らしいよ愛莉。松永ヂエゴと対峙した経験が生きているのか、ポストプレーの感覚も冴えている。


 逆サイドから瑞希が突っ込んで来る。谷口がスライディングで止めに掛かるが、どうだ!



「だぁぁッッ!! 長げえな足!」

「ふぅぅ~~……危っぶな……!」


 間一髪コーナーへ逃れる連合軍であった。交錯した勢いで投げ出された瑞希は、決定機を仕留め損ねた悔しさか芝生を叩く。



「す、凄いっス……全員男子なのに、メチャクチャ圧倒してる……!?」

「ほんま上手え人ばっかじゃなあ……」

「良い攻撃ですよっ、続けましょう! ここまで来たら決めちゃってください!」


 コート脇で見守る聖来と慧ちゃんはすっかり呆気に取られている。そう、有希の言う通り。決めなきゃ意味が無いのだ。


 とは言え、小田切さんから一本取れたのは大きな収穫。元より鳥居塚に負けるイメージも湧かないが……あとは同じことを瑞希やミクルが出来るかだな。



(イケる……これなら絶対にイケる……!!)


 残すは最後の仕上げだ。

 さっさと着替えて来い、未来の日本代表。






「半年ぶりかぁ……まさか陽翔のホームグラウンドで、こうしてやり合う機会が訪れるなんてね」

「ちっとは成長したんやろな?」

「こっちの台詞かもね、陽翔……予選の結果見たけど、まだ10点かそこらしか決めてないみたいじゃない。やっぱり錆び付いちゃった?」

「いやぁ~。アシストも楽しいモンでよ」

「ふーん。この程度の大会、エゴは必要無いって?」

「馬鹿言え。これこそが最善や」

「なら確かめさせて貰おうかな……!」


 守備メインのミニゲームを何度か繰り返し、ここで小田切さんとサッカー部はお役御免。俺としてはここからは本番、メインディッシュだ。


 狭いようで広い20×40メートルのフルコート。

 俺と内海、たった二人だけ。



「でも、本当に1on1で良いの? 人数入れて実戦形式の方が効率的じゃない?」

「アイソレーション対策やからな。お前に勝てへんと、どれだけ対策しようと所詮は無駄骨や」

「じゃ、カッコ悪いとこ見せられないねっ!」

「ハッ! 代表の経歴に傷が付かなええなぁ~!」


 互いに挑発し合う俺たちを、周囲の面々はいつになく真剣な面持ちで見守っている。セレゾン大阪が産んだ二人の天才レフティーによる、たった一度のガチンコ勝負だ。余裕で金取れるなこれ。



(良いねぇ、ゾクゾクするねぇ~……!)


 例の宇宙人対策として呼んだ筈が、今となっては内海とやり合える喜びで胸がいっぱいだ。気付けば五輪代表間近まで上り詰めたかつての戦友。


 この男を止めようものなら、町田南戦へ確固たる自信を得られるだけでなく……まぁこれ以上はやめておくか。調子に乗るのは勝った後にしよう。



「なに撮ってんだよ」

「ん~? 菫に送ってやろうと思ってな」

「どうなっても知らへんで。それよりジャッジやれ」

「はいはい。怪我だけはするなよ。そして絶対にさせないように…………始め!」


 ホイッスルと同時に内海へ蹴り渡す。おいおい先生、動画撮ってる余裕があるのか? どうやらこの勝負……瞬きする暇も無えぞ!



「――掛かって来いや、五輪代表ッ!!」

「だからッ、候補止まりだって!!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る