1031. マブダチ


「うわっ、茂木先輩が……!?」

「すげえ……あれで女子ってマジかよ……ッ」


 サッカー部に協力を仰ぎ、連日ハードなトレーニングが続いている。大半は一対一の守備練習。


 仮想・ジュリー、栗宮胡桃の猛特訓だ。主な対象はフィクソの真琴、比奈、そして俺をはじめアラの五人。


 縦へ強引に抜け出したテツを、真琴が鋭い出足で制す。サッカー部の下級生たちは大いにどよめいた。



「もうやだぁ~自信無くなっちゃうぅぅ~!!」

「普通に負け越すなよテッちゃん……」

「だって妹ちゃん上手いんだも~ん!」


 結局外へ大きくクリアされ、この勝負は真琴の完勝。成績はほぼ五分五分だ。芝生へガックリと寝転ぶテツをオミが呆れ面で引き起こす。


 スピードこそ彼には敵わないが、狭いコートでいかにコースを制限するべきか、真琴もよく考えて対応出来ている。攻撃に繋げられなくとも、相手の勢いを削ぎさえすれば十分な仕事と言って良い。


 栗宮胡桃とのマッチアップを機にフィクソへコンバートされ、粘り強く耐える対応を徹底的に磨いてきた。成果は如実に表れている。



「葛西くん、よろしくねっ?」

「ヴッ……よ、よろしく」


 今度はオミと比奈の一対一。副キャプテン二人が女子相手に連敗しては格好も付くまい、下級生からの期待を一身に背負いオミはやや緊張気味。


 あ、いや、違う。アイツちょっと前まで比奈に片思いしてたんだった。違う意味で緊張してるわ絶対そうだわ。



「ひーにゃん、利き足意識してジックリ見てこー! ブロックさえ出来ればイイんだから、ラクショーだよ!」


 瑞希の声援に乗せられ、更に腰をグッと落とす。右利きのオミは左サイドからのカットインを狙っている。さあ、どこまで対抗出来るか。



「上手えなぁコースの切り方」

「油断してたら……取っちゃうよ!」

「うおっと!?」


 右脚がヌルッと伸びて来たからか、オミは慌ててボールを引き戻す。

 どうにか距離を保ち仕切り直すが、この時点で比奈の勝ちみたいなものだ。女相手に恥ずかしがってんじゃねえ集中しろ出来ねえなら帰れ。



「いくら廣瀬くんの肝入りとは言え、こうも苦戦するのも情けないなぁ……」

「や~いざまぁ見ろ~」

「返す気にもならないって……はぁ、これじゃメニュー考え直さないと……」


 こちらは俺相手に全敗を喫し落ち込んだままの不甲斐ない谷口キャプテン。まぁ仕方のないことだ。相手が悪すぎる。



 しかし、精鋭揃いのサッカー部相手にここまで渡り合えるとは。勿論全勝とは行かないが、少なくとも物怖じしている奴は誰もいない。


 日頃のトレーニングで瑞希やミクルを相手取っているからか、想定していた以上に目が慣れている印象だ。予選を戦うなかで自信も付いたのだろう。



「調子良さそうだな。これなら制圧は出来なくとも、イラ付かせるくらいはワケねえだろ」


 隣へやって来た峯岸も満足げに目を細める。これだけのパフォーマンス、コンディションを持ってすれば町田南とも十分戦える筈だ。


 ……まぁ、町田南相手には、だけど。

 あの二人は別枠みたいなものだからな……。



「で、もう休憩か? 茂木辺り相手にもう少し蹴っておけよ。足りてねえだろ」

「やるさ、勿論。ただ……サッカー部には悪いけど、もっと良い相手が見つかったモンでな」

「誰?」

「アイツら」


 正門へ繋がる細い道から、見慣れない制服姿の青年とジャージを着たのっぽ、計二人が姿を現した。この場所で本当に合っているのかと、不安げに周囲を窺っている。


 すると俺を見つけて、ホッと一息付きこちらへ歩み寄って来る。ネタバラシする暇も無く、下級生の誰かが叫んだ。



「えっ……内海!? 内海功治ウツミコウジだッ!!」


 

「……マジで? よく呼んだなお前」

「マブダチよマブダチ」


 日本サッカー界の未来とも称される超有名人のご登場に、サッカー部は勿論のこと峯岸も驚きを隠せない。新館裏コートは騒然としている。



「すっごい行きにくいね、ここ。観念してスクールバス乗っちゃったよ。追い出されるんじゃないかってヒヤヒヤした」

「良かったな制服着とって。どこの?」

興北コウホク。セレゾンと業務提携してる……って、通ってたでしょ一年の頃」

「ハッ。欠片も覚えてねえ」

「相変わらずだなぁ…………久しぶり、陽翔」

「案外元気そうやん、五輪落選組」

「一言余計なんだよっ!」


 雑談片手にハイタッチを交わすと周囲は更にざわついた。一年坊主らと来たら、セレゾンで同期だったことをロクに知らないのだ。なんなら俺の方が有名やったのに。



「ちっ、ちょっと兄さん……!? なんであの内海功治がこんなところに!?」

「呼んだら来た」

「世代別の代表をどーいう扱いしてるワケ!?」

「アァ? 実績なら俺の方が上やぞ」

「馬鹿だなぁ本当にバカだなっ!!」


 真琴は大阪遠征に参加しなかったから、内海と顔を合わせるのは初めて。さしもの彼女も動揺しているようだ。


 こうなるとなんとなく分かっていたので、真琴以外の部員にだけ彼らの協力をコッソリ伝えている。ドッキリ大成功。まぁ聖来や慧ちゃんはそもそも誰か分かっていないだろうが。



「おやっ? センパイ、もう一人の方は」

「やっと気付いてくれたァァ゛……!! よし廣瀬っ、今味わった屈辱はこの子を紹介するってので手を打とうじゃないか!」

「関知しないので勝手にやってください。可哀そうに、わざわざ代表のジャージ着て誰にも気付いて貰えないとか」

「どーせ知名度一番低いよッ! 悪かったな!?」


 そう、もう一人。

 谷口より長身で松永ヂエゴよりは低い。

 イケメン故に女性サポ人気も上々とか。


 同じくセレゾンの元戦友、小田切航オタギリワタルである。一応二個上の先輩。年上扱いしたことはほぼ無い。



「あぁっ、京都にレンタル移籍してるセンターバックの!」

「そうなのよぉ~! おい廣瀬ッ、マジで連絡先!」

「なんかキャラ変わってへんかこの人……?」

「久々の東京で浮かれてるとか……?」


 二人は開会の迫るオリンピックに向け、代表チームのトレーニングパートナーとして直近まで都内のキャンプに参加していた。


 ラージリストにも入っていたらしいが、内海はそもそも飛び級だし、小田切さんのポジションはオーバーエイジが加わる激戦区。

 惜しくも落選となり、キャンプが終了し所属チームへ合流するところを捕まえた次第。


 両者クラブで定位置を掴み、立派なプロとして活躍している。内海に至っては二部とは言え得点ランキング一位タイ、海外からオファーがあるとかなんとか。仮想・ジュリー、栗宮胡桃として不足の無い相手というわけだ。



 余談も余談だが、大場もそこそこ点は取っているがキャンプには呼ばれず。久しぶりの再会とはならなかった。一応連絡取ったけど。


 また小田切さん共々京都へレンタル中の黒川は、愛莉と観に行った開幕戦以降ゴールが無い。宮本に至っては先日のリーグ戦で一発退場した。ざまあ。



「したら内海は着替えて貰って……小田切さんはもう動けるんすよね?」

「当然! 超楽しみだったんだぜ!」

「いや実は、コイツらの相手をして欲しいんです。次の対戦相手に良いディフェンダーがいるもんで」

「え、女子相手? 怪我させるのは嫌だぞ」

「その心配は万に一つも不要です……ファーストセット、あとノノも! アップやり直しとけ!」


 呼ばれた面々には既に周知済み。俺との対戦を熱望していた小田切さんには申し訳ないが、彼には仮想・鳥居塚として大いに役立って貰う。文句は言わせまい、このあと飯付き合ってやるんだから。


 

「悪い谷口、テツオミ起こしてくれ。小田切さんと四人でフルコート頼むわ」

「それって……オレらがプロと一緒に?」

「ええ経験やろ。付き合わせとる詫びってことで」

「……いやぁ、凄いなあ。やっぱこういうところがモテるんだろうなぁ~……」

「関係無いから絶対」


 そんなこんなで、ただでさえ賑わう裏コートに特別ゲスト二人まで招かれ、更なる特訓が始まった。


 大人げないとか思うなよ。たかが絶対王者め。こちとら使えるモノはなんでも使って、完膚なきまでに叩きのめす覚悟だ。


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