1029. 死合
退屈な終業式が終わり、山嵜高校は夏休みへ突入。
成績表を前に涙を溢す文香、慧ちゃんを慰めるのも程々、浮かれる生徒たちには目もくれず、週末の準決勝へハードなトレーニングが再開された。
「ボールアウトは全部こっちから! コンタクト気にしねえで、本気でやれよ! お前らの練習でもあるんだからな! はいスタート!」
カンカン照りの下、新館裏コートにオミのホイッスルが響き渡る。ビブス組が自陣からパスを回し始めた。対するはファーストセット+ノノ。
素早いフォアチェックを前に、パスワークには早くも乱れが生じている。テツオミの二人が怒号を飛ばすと、主に一年生が中心だというビブス組は冷や汗を垂らしつつも、更にトレーニングへ没頭するのであった。
「悪いな、付き合わせて」
「全然。ウチも結構な大所帯だし、紅白戦出れないと実戦形式でボール蹴る場所も中々無いからね。むしろ助かってるよ」
「せやかてお前らも来る必要あんのか?」
「ありあり。大アリだって。廣瀬くんとガチでやれるんだから、こっちの方が楽しいに決まってるでしょ」
「私情やなぁ~」
隣で観戦する谷口は爽やかな笑顔を垂れ流しタオルで汗を拭う。それはもういかにもな好青年ぶりだ。殴りたい。逆に。何故か。
そんなわけで準決勝までの一週間、サッカー部が練習に付き合ってくれることになった。紅白戦から漏れたリザーブ組と、親交の深いクラスメイト三人。そして克真が顔を出している。
全国まであと一歩というところでインターハイを敗退してしまったサッカー部。兎にも角にもレベルの高い相手と手合わせしたいと言うことで、こちらが提案するまでも無く誘ってくれた。
「ちっ! やるな一年ぼーず!」
「おかげさまで、鍛えられてますからッ!」
サイドで激しくやり合う瑞希と克真。慣れない人工芝、重たいボールの影響で苦戦するサッカー部員が多いなか、引っ張るのはやはり彼だ。
主にフィクソの位置で構えつつ、隙を見つければ果敢にドリブル突破を狙っている。春先と比較しても、パススピードに動き直しの速さ、そして何より正確なポジショニング。すべてにおいてレベルアップしている印象だ。
インターハイ予選を主力として戦い、チームの軸として責任感も芽生えているのだろう。誰よりも声を出しビブス組を纏めている。
今更にもほどがあるが、みすみすサッカー部に渡したのはあまりに惜しかった。まぁでも、この特殊な環境で揉まれたからこその現状か。フットサル部に入っていたらこうはならなかったかもな。
「あっ……す、すいませんっ!?」
「いいよいいよ~!」
競り合いでビブス組の一人が比奈を押し倒してしまう。が、比奈は気にする素振りも無くプレーを再開。よしよし、問題無さそうだな。
「やっぱりフィジカル?」
「それもやけど、一番は展開の速さ。女子中心やとパススピードがどうしてもな」
「あぁ、なるほど……筋力の差もあるからね」
これまで戦って来たチームのほとんどに言えることだが、基本的に女性選手は華奢でパワーが無いので、キックに脅威を感じないことが多い。
フローリングコートのおかげで多少は誤魔化しが効くが、それでもまだ遅い。町田南との大きな違いはここ。全員が速くて強い、正確なパスを出せる。それだけでギャップを作れてしまう。
このタイミングで男子のプレースピードに慣れておけば、町田南の鋭いパスワークに目が廻る心配も無い、という算段だ。尤も、本家のスピードはこんなものじゃないだろうが……。
「避けるなッ! 強引でも撃ってけ! こういうところで日和ってるから、最終的にゴールが取れねえんだ! シュート第一!」
「遠慮しないで良いんだぞ~!」
ファーストセットの高速プレスに手を焼き、ビブス組は中々前進出来ない。痺れを切らしたテツオミが発破を掛けると、一人がサイドからドリブルを仕掛けた。確かあれはフロレンツィア四人衆の一人だったか。
「むぐぐぐぐっ!」
「クッソ、強ええ……!」
対峙するノノが強引に止めに掛かるが、押し切られシュートを撃たれてしまう。ただ正面の甘いコースだ。
が、インパクト自体は強烈。琴音はキャッチ出来ず、パンチングで逃れる格好となった。悪くない、むしろ良い判断ではあるが。
「楠美さんがキーパーやってるとこ未だに慣れないなあ……ギャップ凄いよね」
「まぁあんな
「あぁ、観たよ準々決勝。鳥居塚だっけ? エッグいミドル撃つよね」
「アイツだけじゃねえけどな」
次第に調子付くビブス組。マークを躱し切らず遠目から狙うようになって来た。枠外へ逸れる回数も多いが、着々と琴音の出番が増えている。
「ふぬっ……!」
「ナイス琴音ちゃん! リカバリー気を付けて!」
「心得てますっ! 瑞希さん、セカンドボール!」
「はいはいはいはいっ!!」
流石の反射神経で悉くセーブしてみせるが、暑さも相まって疲労も蓄積。腕が痺れているのか、頻りに肩を回している。そしてその度に揺れるおっぱい。だいたい分かる、サラシちょっとズレ出してるな。
まぁそれはそれとして、このように週末からは、彼女の仕事量も段違いで増えて来るわけだ。
加えて町田南の女性陣。特に砂川明海に関して言えば、並の男よりよっぽど良いシュートを持っている。
琴音に限らず、これまで以上に肉体的負担が掛かるハードな戦いが待っている。肝心なところで力負けしないよう、更に強度を上げなければ。
「ここまでパワープレーの時間帯を除いて、劣勢のゲーム自体ほとんど無かったからな……耐える守備もしっかり磨いておかねえと」
「マジで強かったよ町田南。あんなレベルの高いチームがいるなんて、全然知らなかった。栗宮胡桃もちょっとしかプレーしてないのにさ」
「気になるなら週末も来いよ。どうせ出てくっから」
「勿論。身内の試合となると怖いところだけど……第三者として見たら、こんなに面白そうなゲームも無いからね」
生徒会の二人も連れて来るよ、と谷口は朗らかに笑う。癪だ。笑ってる場合じゃねえんだよこちとら死合の覚悟やっちゅうに。
「おりゃァァあ!!」
「ううぉっと!?」
いつの間にかセカンドセットと交代していた。中央でパスを受けた克真へ、真琴が強烈なタックルをお見舞いする。
男子顔負けのハードなプレーに、ゲームを見守っていた残るサッカー部勢も感嘆の声を挙げた。
気合入ってるな。昨晩ニコニコで添い寝していた可愛げの欠片も無い。まぁいつも通りの彼女と言えばそうだが。
「廣瀬くんが噂のジュリアーノをマークするとして……栗宮胡桃は、やっぱり真琴が潰さないとだよね」
「ウチの決戦兵器や。頼り甲斐あんだろ?」
「うん。あれだけ良い守備が出来るなら、本当に止められるかもしれない……いやマジで、助っ人で呼びたいかも」
「んははっ。セレクションまで受けたのにな」
セカンドセットへ交代し、更にギアが上がった。中心はやはり真琴。獰猛の二言が何よりも似合う、恐ろしく激しい守備対応だ。
飄々とゴールを陥れる町田南ファイブにとって、彼女やノノを筆頭とする見境無しのハードワークは大きな攻略のカギとなる。彼らの『いつも通り』を可能な限り潰してみせれば、勝機は必ず転がって来る筈だ。
「キミは? やらなくて良いの?」
「このセットが終わってからな……本番前に怪我させたらとか、余計なこと考えんなよ。ガチで潰しに来い」
「良いね、そうじゃなくっちゃ!」
さて、俺も俺でやることをやろう。県トレ経験のある実力者とは言え、谷口に負けているようではジュリーを止めようなどと机上の空論。
決戦に向け、使えるものは何でも使いたい。願わくば、奴にも一つ協力していただきたいところだが……おっ。返信来た。
「誰?」
「日本サッカー界の至宝」
「至宝って……へぇ~、やっぱり仲良いんだ?」
「そりゃもうマブダチよ。こんな無茶振りに応えてくれるんやからな」
「無茶振り?」
どうしても我慢出来なくて、声を掛けてしまった。
でも本当に来るアイツもアイツだ。
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