1028. 理屈じゃない


「ったく、何しに来たんだこの人たち」

「そりゃ疲れとるやろ、練習後にあんだけ動いちゃ……むしろ真琴がこの時間帯に起きとる方が意外やわ」

「仮眠取った。来るって言ってたし」

「なんでまた」

「ベツにいーじゃん」


 速攻で寝落ちした瑞希、比奈、琴音の三人に毛布を掛けてやり、真琴は小生意気に鼻を鳴らす。なんか機嫌悪そう。


 長瀬家へ移動してからは、自室で体幹トレーニング中だった彼女も加わりリビングで町田南の映像を見ることに。愛華さんは夜勤で不在のようだ。久々に挨拶しておきたかったけど、まぁ仕方ない。



「愛莉は? 寝た?」

「さあ。風呂行ってから見てない……良いよ気にしないで。それよりほら」


 ゲームのコントローラーを器用に操作し、先のシーンを再生し直す。俺が観戦出来なかった準々決勝のハイライト。

 聖来も撮ってくれたが、こちらは動画投稿サイトに公式がアップしたもの。日に日に増す注目度の一端を垣間見るようだ。



「ここも。連携で崩すより、個人技で強引に取ったゴールが圧倒的に多い。まぁ、優位な状況作るためのパスワークも流石だケド」


 テーブルにノートを広げペンを走らせる。

 あまりの集中ぶりにこちらが臆するほど。


 一ページ覗いただけでも凄まじい文量。表紙に『対町田南』と書いてある、ということは彼らの対策だけでノートを使い切る勢いか……熱心だな。


 この二か月弱、誰よりも打倒・町田南へ執念を燃やして来た真琴。いよいよ真価を目前に控え、居ても立っても居られないのだろう。機嫌が悪いんじゃなくて、気が立っていたのか。



「基礎技術の高さは言うまでもない。強いのは全員が仕掛けられて、尚且つスコアラーになれるところだ。守備もそう。一対一でほとんど負けていない……」

「土曜は忙しくなりそうやな」

「漏れなく全員ネ。マジで頼むよ、兄さん。特にこのリアーノって選手」

「ジュ、な。ジュリアーノ」

「えっ……あ、うん。それそれ」


 間違って覚えていたことに気付いたのか、途端に険しい顔がじわじわと赤く染まり、ぷいっと視線を外す。可愛いドヤ顔で間違えちゃうミスを認めようとしない強気な真琴くん可愛い。



 それはともかく、彼女も俺と同様の懸念を抱いている様子だ。町田南の最も恐ろしいところは、得点パターンの豊富さにある。


 ここまでジュリーが目立ち過ぎているので隠れがちだが、砂川明海、来栖まゆのA代表コンビも優れたフィニッシャー。流れのなか、リスタートを問わずどこからでもチャンスを引き出す抜け目なさがある。


 抜け目なさ、という点では鳥居塚も要警戒。相手が女性ゴレイロだろうとミドルをガンガン狙って来る。既に二桁近く決めている筈だ。


 ゴール前を固められれば、その鳥居塚、或いは兵藤を起点にじっくりパスを回して、相手を無理やり引き出す狡猾さも兼ね備えている。



「下手にドン引きや逆効果かもな」

「そーだネ。リスクを負ってでも回した方が良いと思う。プレスも速いし、イージーミスをどこまで減らせるか……」


 技術はさることながら、自分たちの実力に欠片の疑いも無いからこそ、自信を持って攻め続けられるのだ。

 そして偶のピンチも横村佳菜子が簡単に防いでしまうという……絶対王者の称号に相応しい、手堅いスタイルのチームと言える。



「で、コイツは? 止められそうか?」

「……分かんない。前より自信はあるケド……なんで試合出てないんだろう」

「さあ。宇宙人の考えることはサッパリやな」


 終盤でようやく出て来た背番号12番。

 以前見たときより髪ツヤが良い。染め直したのか。


 ここまでの予選、栗宮胡桃のプレータイムは累計で五分にも満たない。そのなかでもちゃっかり2点決めている辺り流石ではあるが。


 明らかに動きが怠慢なのだ。一応ゲームに参加している、という程度で、やる気がまったく見えない。なんか、ずっと眠そう。



(なにを企んでいるのやら……)


 宇宙人、とは彼女だけでなく、指揮官の相模淳史も併せて指している。ジュリーをサンパウロから連れて帰ったエピソードを兵藤に聞いて以来、ますます信用が置けなくなった。あながち外れてもいないだろう。


 今となっては練習試合に乗り込んだのが悪手だったようにさえ感じる。全国制覇を目指す上で、最も邪魔な存在が山嵜。否、廣瀬陽翔であると彼が考えているのであれば。


 どんな手段を用いても俺を潰しに来る筈だ。そしてはそれは、ここまで今一つ存在感の無い栗宮胡桃の現状と、恐らく無関係ではない。



「……初戦の前にさ。瑞希先輩が言ってたこと、最近よく思い出すんだ。笑いっぱなしでここまで来たのに、泣いて終わるのは絶対にイヤだって」


 再生を止めノートへ目線を落とす。

 思い出したのはその言葉だけではないだろう。


 市立体育館で味わった惨たらしい敗北の記憶は、多少癒えたと言えど、今も彼女の脳裏に焼き付いたまま。



「もしも、この一か月半の間で、何か笑えないことが起きるとしたら……それはきっと、アイツらとの試合だ」

「同感やな」


 町田南そのものに恨みがあるとか、決してそういうわけではない。兵藤は良い奴だし、砂川、来栖の両名も癖は強いがまだ真っ当な部類。ジュリーとは久しく話していないが、きっと相変わらず愉快な男のままだろう。


 一にも二にも、やはり栗宮胡桃。


 二重の意味で痛々しくも見える一方、奴の生き様は山嵜フットサル部が培ってきたモノを根底から揺らがせ兼ねない存在。


 そう単純な話でないことは分かっている。だが、どうしても思ってしまうのだ。あの女に敗れるとはイコール、この一年間築き上げて来たあらゆる要素を否定されるも同然。


 故にあの日、真琴の心は壊れ掛けてしまった。同じ出来事が繰り返されれば、大きな傷を負うのは彼女だけではない……。



「意識し過ぎるのは良くない。なにも相手は栗宮胡桃だけやないからな……でも分かるよ、真琴。理屈じゃないよな」

「……兄さん」

「単なる格上との戦いじゃない。今日これまでの日々が、間違いやなかったことを証明するための、そういう戦いや。負けられるわけねえ」

「……うんっ」

「心配すんな。全部終わったら、これも笑い話になる。意地でもそうしてやるさ」


 饒舌に語り過ぎたような気もするが、真琴はそんな俺の横顔を見て、少し安心したように微笑むのであった。


 あまりに多くのモノを、この試合に賭け過ぎているのだろうか。いや、そうは思わない。俺も真琴も、みんなもそう。どんな瞬間だって、決して妥協せず全力で向き合って来た。だからがある。


 もしもの話なんて興味無い。する必要も無い。この揺るぎない気持ちを貫けば、必ず得られるモノがある。


 これまで散々証明して来たのだ。

 今更なにを躊躇う。


 俺たちは勝つ。俺たちらしく、勝ち続ける。

 退路はとっくの昔に断った。他に手段は無い。



「……絶対に止めるから」

「おう。任せたぜ」

「ゴールだって決めてみせる。予選なんて、ただの通過点だ。全国でまた当たっても、蹴散らしてやるさ。こんなのに頼るまでもないネ」

「ハッ。大きく出たな」


 どこまで本気かは分からないが、ノートをテーブルの端へ投げ捨て真琴は意気揚々と立ち上がる。ただ、流石に眠たそうだ。目がグラついている。



「もう寝よ。自分のベッド貸してあげる」

「えっ。お、おん。ありがと」

「隣煩いけど我慢してネ。絶対〇〇ってるからあの人」

「ええってわざわざ言わんで」


 超良い雰囲気なのに、時折二階から聞こえて来る甲高い嬌声のせいで色々と台無しであった。凄いな、みんな下に居るのに。感心するわ逆に。



「今日に限ってあの変態みたいな寝間着引っ張り出してたから、絶対こうなると思ったよ。兄さんに聞かせてるつもりなんだ」

「妹に性癖把握されて恥ずかしくないんかアイツ」

「じゃー自分のも把握しとく?」

「…………え、なに、どした?」

「ふんっ。ジョーダンだっつーの。変態兄さんっ」


 悪戯な笑みを残し、一足先に階段を上っていく。

 クソ、小悪魔やりやがって。ドキドキさせんな。


 ……え、でも、ベッド貸すってことは、一緒に寝ろってことだよな? えっ? 待って? どこまで本気? えっ?


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