1027. 静かにしようね
(ジャイアントキリングか……舐められたモンやな)
公園へ到着すると、ノノからまとめサイトのリンクの載ったメッセージが届いていた。休憩がてら元の記事と一緒に読んでみる。
所謂サッカー系のまとめサイトというやつらしいが、今大会に関する記事が既に幾つもあって、表題はだいたい栗宮胡桃、次点で俺、という感じ。
準々決勝のハイライト動画が載っている。これは西ヶ丘戦の、松永ヂエゴをぶち抜いたシーンだ。
松永ショボいな、いや廣瀬が上手い、所詮高校生レベル、などと好き勝手書かれている。黙っとれ無知な外野め。
とまぁ棘も出る頃合いだが、裏を返せば悪口だろうと何だろうと『度々話題に出ている』時点で、結構凄いことだとは思う。
そもそもフットサルだ。サッカーとは人気も知名度も雲泥の差。しかも新設の、男女混合という特殊なルールの大会。
これほど多くの人々が関心を持っている。という意味で、この大会は既に成功したようなもの。
自身がムーブメントを作り上げたとも、その中心にいるとも思わない。ただ、一年間みんなと一緒に目指して来た晴れ舞台が。
こうやって大勢の人に認められていると、少しだけ実感出来て。嬉しいは嬉しい。
無性に湧き上がる喉の渇きは、飽くなき存在証明の表れか否か。いや、今に関しては本当に水分不足。自販機で水でも買おう。
(懐かしいなこのベンチ……ちょうど一年前、ここで初めて愛莉のこと、名前で呼んだんやっけ。いや、もうちょっと前やったか……)
長瀬家とほど近い公園はこの一年間、俺の隠れた自主練スポットとしてすっかり定着した。
自宅と公園間のランニングは欠かせない日課。最近は夜が忙しくてサボり気味だけど。ご愛嬌。
目の前に墓地があるので、夜は滅多に人が来ないのもポイント。変な目立ち方はしたくない。我が儘はコートとベッドの上だけと相場は決まっている。
(ええ加減新しいの買おうかな)
休憩終了。
草むらから取り出すはボロボロのサッカーボール。
フットサル用のモノと感触がだいぶ違うので、最近はあまり触れないようにしていたのだが。なんとなく気分が乗って、つい。
落ちていた石ころを適当に放り投げ、仮想ディフェンスとしてドリブルの練習。相手はいないが妥協はしない。トップギアでやることが重要。
さっきまで八中体育館で練習していたが、正直、全然足りなかった。身体はいつになくキレている。疲れも無い。週末が待ち遠しい。
その一方で、今のままでは何かが足りないと、ある種の焦りも感じていた。
上手く表現出来ない。ボール蹴ってる間は他のこと考えられない。峯岸が言っているのは多分こういうところ。
(ついにアイツらが相手か……くじ運悪いわ)
俺と瑞希、愛莉は病院へ直行したので、残りの三試合をチェック出来なかった。代わりに偵察をしてくれたみんなから聞いただけだ。
気になることは幾つかある。堀の所属する埼玉美園を破ったのは、他でもない弘毅や白石姉妹率いる川崎英稜だった。
前回の対戦から相当レベルアップしていると、みんな口を揃えている。
詳しくないが、エカチェリーナというスター選手を抱えているという市原臨海も無視は出来ない。女性中心の華やかなチームだと聞いた。
ただ今は、そんなのどうでも良い。
考えれば考えるほどため息も零れる。
次なる相手は、町田南高校。
高校フットサル界の絶対王者。
(準々決勝で20点取るとか……実力差どうなっとんねん、遠慮という言葉を知らんのかアイツらは)
なにが怖ろしいってここまでの予選、栗宮胡桃がほとんど出場していないのだ。
彼女抜きでも5試合で100ゴール近く決めている。バスケやラグビーの試合じゃないんだぞ。ちょっと異常な得点力だ。
さっき見た記事では『負傷やメンタル面の問題が』云々と書かれていたが、ここまで来ればだいたい分かる。あの奇天烈宇宙人のことだ、単に準決勝へ照準を合わせているだけなのだろう。
尤も、栗宮胡桃以上に警戒しなければならない存在も浮上している。そう、ジュリアーノ・カトウ。
元セレゾンの同期であり、町田南の新たな得点源。予選で決めた得点のおよそ半数が彼によるもの。つまり、単純に問題が増えている。
(ジュリーに対応出来るのは俺しかおらへん……ったく、最悪や。栗宮胡桃さえ潰せばなんとかなるところを……)
俺が町田南に対してどこか強気に出れていたのは、栗宮胡桃を複数人で潰せば、残りの面子はどうにかなるという前提で研究を進めていたから。
市立体育館で戦った際に、鳥居塚との1on1をはじめ対等にやり合える根拠も見つけた。
それぞれ個の実力では劣るかもしれないが、チームとしては十分に戦える。そう思っていた。
だがジュリーだ。
アイツはマジでヤバい。
兵藤には調子の良いことを言ったが、実は一対一のディフェンスでアイツを止めたことが無かった。攻める側ならこっちの圧勝なんだけど。
「せやねんなぁ、一人で練習しても……」
要するに、今やるべきはディフェンスの練習。俺がボールを持っていても仕方ない。なるほど、焦ってしまうのはこれが原因か。
ドリブルの対応なら瑞希やミクル相手に対策すれば……とも思うが。申し訳ないことに、流石に奴とは違う。性差以上のモノがある。言葉を選ばず言えば、練習にならない。
(せめて内海辺りで試せれば……あれ、アイツ今、こっち来とるんやっけ?)
セレゾン時代、単純なドリブルスキルでチームトップを争っていたのが、俺とジュリー、そして内海功治である。
技術のジュリー、スピードの内海、間合いの俺、と言ったところか。一番の長所こそ異なるが、内海くらいのレベルに肌感で慣れておけば、ある程度は対処出来るかもしれない。
時に内海。もうすぐ始まるオリンピックに向け、トレーニングキャンプに召集され現在は都内に居る筈だ。登録メンバーに怪我人が出て、彼が追加召集されるかもしれないとネットでは専ら話題。
……呼んでみるか?
いやでも、流石にそんな余裕無いよな……。
「ほら、やっぱりいた」
「うえぇ~! なにここ寒ぅ~!」
「すぐ目の前がお墓なんだねえ」
「比奈、ここはダメですっ、帰りましょう! 呪われてしまいます……ッ!」
立ち止まりボーっと考えていると、背後から聞き馴染みのある声が聞こえた。確認するまでも無い、三年組の四人だ。
「なんやみんなして。暇なんか」
「準々決勝の映像、アンタの家で観ようと思ったら居ないんだもの。だったらこっちかなって」
わざわざ俺を探しに来たようだ。トレーニングウェアのままだった愛莉は、俺の足元からボールを奪い軽快にリフティングを始める。
「水臭いわねっ。どうせカトウって人をどう止めようとか、そんなこと考えてたんでしょ? 頼りなさいよ私たちにっ!」
「いやぁ……せやかてなぁ」
なんで分かんだよ。愛かよ。ちょっと怖いよ。
別に一人で解決しようとしたわけではない。必要ならみんなにも頼んで対策は練るつもりだった。が、愛莉はやっぱり不満なようで。
「私だって、変に意識しちゃいそうで怖いけどさ……! でも、だったら尚更! ちゃんと研究するか、なんも考えないでボール蹴るか、どっちかにしなさい!」
「そーそー。どーせ週末は来るから。しょぎょーむじょー。平家平家」
ボールをダダンッ! と蹴り潰し指を差す。
瑞希もヘラヘラ笑いながら賛同する。
心なしか、普段より二人の距離が近い。直近の出来事で絆が深まったのか、それとも墓地の雰囲気が怖いのか。たぶん後者。
……まぁでも、愛莉の言う通りか。余計なことに頭回すより、今出来ることを全力でやった方が良い。ジュリーと内海の件は一旦忘れよう。
「しゃあな、ポリさん呼ばれるまで暫くやるか。愛莉、遅いし家泊めろよ」
「ふふんっ。そう言うと思って、お母さんには話しておいたわ!」
「なんかテンション高くねコイツ」
「久々に泊まってくれて嬉しいんじゃない?」
「比奈っ、比奈、比奈ッ!? いっ、いま草陰で、なにか動きましたっ!!」
「はぁ~い静かにしようねえ~」
約一名ちっとも頼りにならない奴もいるが、弾丸ライナーでも叩き込めば真面目な顔に戻るだろう。可愛いなクソめ。集中出来へんわ。
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