1012. チキンレース


 歓喜の瞬間から一転。

 生きるか死ぬか、300秒のチキンレースが始まる。

 

 なりふり構っていられない西ヶ丘。ゴレイロを女子に戻し松永ヂエゴを再投入。それも最前線へ置いてきた。

 というのも、後半序盤から出ずっぱりの外木場がもうクタクタで、ほとんど動けなくなっていたからだ。


 では誰がフィクソを務め、マークするのか? 真琴は既に疲労困憊だし、比奈に任せるのは危険過ぎる。松永相手では慧ちゃんのフィジカルもアドバンテージにならない。となると……。



「だらっしゃああオラアアァァアア゛!!」

(た、頼もしいは頼もしいですが……凄い形相です)


 必然的に俺の役目となる。ゴレイロが空高く打ち上げたパントキックを、松永と激しく競り合う。先に触られたが、前だけは向かせない。


 リスタートから一分、ここまでは上手く行っていた。藤村を愛莉と瑞希が二人掛かりで挟み、パスコースを可能な限り消してくれている。


 マイボールになれば比奈とポジションを交換し、決して攻め急がず瑞希を交えてパスを回す。こうすれば藤村・松永は俺たちの個人技を恐れ、高い位置から奪いには来れない。


 だが彼らも馬鹿じゃない。

 女子二人、8番と14番はスピードのあるタイプ。

 時折細かく繋ぎ、目先をズラそうと知恵を絞る。



「瑞希ッ!!」

「あいあいあいっ!」


 愛莉の激しい寄せにも動じない藤村。ググッと一気に持ち出して14番へ展開。すかさず瑞希がカバーに入る。


 恐らくリターンを貰いたかったのだろう。コースが無く、藤村は険しい表情を浮かべスピードを緩める。それだけ瑞希の位置取りが良かったのだ。



「上手いね……っ!」

「それほどでも~♪」


 本当は勝負したいだろう14番も、スペースを消され選択肢が無い。先ほどは瑞希にアッサリ出し抜かれてしまった彼女だが、思いほか冷静だ。


 無理に突っ掛かって来れば逆にチャンスを作れるだろう……だが流石は強豪サッカー部の一員。終盤の難しい展開でも、頭はしっかり回っている。


 さあ西ヶ丘、そして藤村。どう出て来る。


 後ろで回していてもゴールは生まれない……と一概に言い切れないのが怖いところだが。試行回数を増やすに越したことは無い筈。



「……っ! やっぱり来たか……!」


 8番の横パスは比奈がカット。キックインになったところで……ゴレイロがベンチへ走り出す。ビブスを纏い現れたのは12番。



「パワープレーやッ! 陣形はそのまま! こないだと一緒や、飛び込まずジックリ構えろ!! 死んでも撃たせるなッ!!」


 藤村が最後尾へ。愛莉がチェックを外しサイドへ流れていくと、ゆったりとボールを舐め一歩下がった。アウェースタンドは大いに沸き上がる。



「ひぃぃっ!? またこれじゃあ……!」

「さあ頼むぜ……!」


 東雲学園戦のシンドイ記憶も蘇る。峯岸とコートと見比べ落ち着かない様子の聖来を筆頭に、えも言えぬ緊張感が山嵜サイドへ充満し始めた。


 最後に俺が突き放しはしたが……実は前回、失敗しているんだよな。パワープレーの守備。皆見のファインゴールだったとは言え。


 もしかしなくても、現状山嵜にとって一番の課題と言えるかもしれない。勝ち進むということは、それだけ受ける機会が増えるわけだ。


 町田南のような歴戦の強者に対抗するには、もっともっと練度を上げないといけないな……って、先の話をしている場合じゃないッ!



「比奈!」

「分かってる!」


 鋭いカットインからシュートを図る8番。左脚を伸ばし、辛うじてブロックに成功。褒める暇さえない。また藤村へ戻りやり直し。


 12番がゴールマウスの脇に立っているので、俺は松永と一緒に彼女もチェックしないといけない。嗚呼、目があと四つあれば……!



「……良し、ここだ。行くぞ早坂!」

「はいっ!」


 愛莉と14番が潰し合い、キックインは西ヶ丘へ。そのタイミングで、なんと有希が代わって出て来た。え、マジで? 今この状況で!?



「廣瀬さんっ、わたしがそのポジションに入ります! 4番さんを徹底的にマークしてください!」

「どうなっても知らんぞ……ッ!」


 受け身の守備はそれほど得意でない印象の有希。峯岸はどんな意図を持って彼女を……まぁ良いか。考える余裕もねえわ。



「……っ!」

「もっと来いよ! 終わっちまうぞッ!」


 守備位置が入れ替わり、先鋒は瑞希になった。14番をチェックしつつ、藤村を付かず離れずの距離で何やら挑発している。


 え、これ、本当に大丈夫か? 愛莉は背丈があるから、その分ブラインドになって松永へのコースを消せていた側面もあるんじゃ?



「瑞希ちゃんっ!!」

「瑞希さん、コース切ってください!」

「…………舐めんな、っつーの!!」


 チャンスを見たか、藤村は強引に斜めへ切り込んで来た。実に30センチ近い身長差、身体二つ分は違う。華奢な瑞希じゃ耐えられない……!



「えっ」

「ヤバッ!?」


 素で驚いた。

 パスが、来た。藤村から。


 でももっと驚いたのが藤村と、俺の隣に立っていた松永。瑞希を振り切り、そのままシュートを撃てたはずなのに……松永を狙ったのだ。


 腰を深く捻った無理のあるキックになってしまい、そのまま俺の足元へピタリ。望外のパスミスだ。これは……狙える!!



「ア゛アアアーーーーーーーーッッ!!」



 大慌てで帰陣する藤村は、遥か頭上を通過するループシュートを眺め絶叫。誰もいないゴールマウスへ、ボールは着実に近づいていく……。



「――――決まらへんのかーーいッ!!」


 頭を抱える文香。

 シュートは惜しくもポストを掠めてしまった。


 松永にすぐ寄せられて、フォームがブレてしまったのだ。や、やっちまった……いやでも、あんなタイミングで奪えると思ってなかったし……。


 

「らっ、ラッキーラッキー! 切り替え切り替え!」

「おーい、頼むって~~!!」

「悪かったって! 俺も必死なんだよッ!」


 ベンチへ下がった外木場に窘められ、これには藤村も申し訳なさそうに歯を歪める。確かに、彼にしては珍しいミスだ。ここまでキックインからのリスタートにしろ、パスミスはほとんど無かったというのに。


 むしろ縦に付けるくさびなんて、藤村の真骨頂みたいなものだ。まさか疲れが……? いやでも、プレータイムはまだ15分と少し……。



(……あぁ、さっきのか!!)


 ベンチで一人ニヤけていた峯岸を発見し、早々に答えへ辿り着いた。ノノとシルヴィアの連携でカウンターを生み出した、あの展開と同じ理屈。


 ファーストディフェンスが愛莉から瑞希に代わったことで、藤村の視野が開けて……これなら単独で打開出来るかも、と一瞬考えた。


 いや、考える前に動かしたのだ。でも瑞希の守備が想像以上に粘り強くて、近くに居た松永が見えたから、安易に預けてしまったと。



(そうか……有希を入れることで、敢えてシュートコースを…!)


 技術面では他の子に劣る有希だが、タイマンのディフェンスはしっかり身体を張れる。必要なところに居てくれる選手。


 わざとズレを作って、そこに付け込ませるってわけか。なるほど、リスキーはリスキーだが……追加点を狙うのなら、悪くないかもな!



「やり直し、やり直し!! チャンス作れるぞ!」

「有希ちゃん、目を離さないで!」

「はいっ!」


 今度は藤村がサイドに流れ、そこから基点に攻めるようだ。比奈と有希が縦のラインを組み突破を警戒。


 効果はすぐに表れた。俺と瑞希の位置が遠いと見て、一気にカットインで仕掛けて来る。比奈のディフェンスは……どうだ!?



「やらせ、ないっ!!」

「寄せろハルっ!」

「…………クソがッ!!」


 やはり撃たれはするが、シュートは枠へ飛ばない。すげえ、マジで効いてる。みんなの奮闘が、藤村の冷静な判断を奪ってやがる……!



「落ち着け、落ち着けって……! 遠くから無理に撃ったって、これじゃ入らねえ……!」

「分かっとるわ!! こうやってちょっとずつ崩すんだよッ!! 気に食わねえなら動け! マーク外せ!!」

「俺はFWじゃないんだぞ……!」

「だとしてもッ!! 頼む!!」


 ギリギリ平静こそ保ってはいるが、こうも煮え切れない展開ではあの二人も辛かろう。だがなんとかするしかない状態だ。女性陣の個人技では、ウチの選手を出し抜くのは難しい。


 

(あと二分……120秒……ッ)


 不思議な感覚だった。一刻も早く終わって欲しいと、三分前まで心底願っていたのに。まだ『何か』起こるんじゃないかって、ワクワクしている。


 ただ耐え凌ぐだけじゃ勿体ない。

 俺たちはもう一つ、魔法をかけられる……!


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