1011. 嘘だけれども
フリーキック。
バルカン半島が生み出した歴史的名手、シニシャ・ミハイロヴィッチ曰く『PKとフリーキックなら、断然フリーキックの方が簡単だ』らしい。
んなわきゃない。壁があると無いでは大きな違いだ。それもサッカーならいざ知らず、この近さである。ほぼペナルティーエリアのライン上。
(下手すりゃキックインの方が視野広いな……もはや関係ねえけど)
俺、愛莉、瑞希がセットポジションに立ち、ゴールマウスを見据える。西ヶ丘は選手交代、ポジション取りにと慌ただしい。
「とにかく身体を張って止めろ! こんなに小さいゴールだぞ! 枠に飛んだって早々入りやしない! 気持ちで負けんなッ!!」
「壁は二枚だ、外に振られても動くなよ!」
投入された藤村、男子のゴレイロが大声を張り上げる。男子は二人しかプレー出来ないので、松永が居ないのは朗報だ。ただでさえ視界遮られるし。
とは言え藤村と外木場が壁役なので、見え辛いことに変わりは無い。ゴレイロもデカいし、正攻法で攻略するのはかなり難しいだろう。
「んー。じゃー、どーしよっか。いつもはハルが蹴ってるけど……」
「どうする? トリックプレー、使ってみる?」
「すぐ使えるようなやつあったっけ?」
「やらないよりマシでしょ」
二人とも俺の判断を待っているようだった。なんだよ、結局任せるのかよ。だったら決めちまうぞ。
セオリー通りならキッカーは俺。自信もある。ただ何が嫌って、目がバッキバキの藤村が至近距離で構えていて超怠い。なので今回はパス。
次点で愛莉。以前決めた実績もある。ただ前述の通り、壁役があまりにも邪魔。
ゴレイロも男だし、上手いこと掻き出される可能性もゼロではない。コースがあれば、って感じ。
となると、相手の裏を掻くという意味で……。
……瑞希かな。やっぱり。
チームの流れ的にも蹴らせたいところ。
「なんかアイデアあるか? 瑞希」
「なんかって?」
「全人類が顎を外して驚くような、とっておきのイタズラだよ。得意やろ?」
「ふへへっ。言いすぎっしょ~」
「満更でも無い癖して」
せっかく女神が地上へ舞い降りたのだ、ここは可能な限り恩恵に肖りたい。
とんでもない奴め。さっきまで鬼みたいな形相でゴールを睨んでいた愛莉が、たったこれだけのやり取りで一息ついてしまうのだから。
文香も言った。ここまではすべて、彼女へのお膳立て。このゲームは金澤瑞希のためにある。
もし外してしまったとしても、俺は受け入れる。みんなもそう思っているだろう。
勿論、外すとも思ってないだろうけれど。
だって瑞希だもの。
天才であり、真性のアホでもあり、魔法使いのようで、実は戦士の心を持つ。彼女に掛かればどんな困難も、ハッピーエンドへ様変わり。
決めた。すべて任せよう。
俺たちはいつも悪ノリする側だ。
「んーとね、ちょっと待ってー? ん~~…………ん、おっけー。いいカンジかもっ♪」
「ほう。聞かせてみろ」
「えっとね~……」
「……良いのですか、比奈。入らなくても」
「こういう大事なところは、三人に任せちゃった方が良いと思うな。わたしたちはゆっくりお茶でもしてようよ」
「それは和みすぎでは……でも、そうですね。比奈まで混ざると単なる悪知恵になって、収拾が付きませんから」
「えぇ~!? それはひどいよぉ琴音ちゃ~ん!」
守備者二人の微笑ましい、かどうかは分からないが、らしい会話をつまみにアイデアを拝聴。事の全容が打ち明けられると、愛莉は驚きを露わにした。
「……本当に、良いの?」
「あぁん? あたしが信じられねえってか?」
「いや、その……むしろ私を、なんだけど」
「ぇあ? なんで?」
「だって……今日結構しくじってるし。それに、決めたいでしょ?」
少々自信無さげに愛莉は唇を尖らせる。
まぁ、今日は中々シュートチャンスも無くて、最初のプレゼントパスも外してしまったからな。遠慮してしまう気持ちも分かる。チーム全体も『瑞希のために』という雰囲気だし。
だが瑞希は、そんな彼女をいつも通りの、ヘラヘラと能天気な面で笑い飛ばし、鼻をぷっくりと鳴らした。
「ったく、分かってね~な! あたしが今、このゲーム、このタイミングで……!」
「話聞こえるで」
「おっと! 危なっ! ……へへっ。まー、そーゆーことだからさっ。長瀬」
「……瑞希」
やや潤んだ瞳で見つめる愛莉。熱っぽい視線を向けられ『やべっ、こーゆーふいんき似合わねーんだよな』みたいなことでも考えているのか、そっと視線を外し、アリーナを一瞥する。
「……あー。これ、全部ジョーダンだから」
そう呟いて、瑞希は背中を向ける。
「最初に会ったときさ、ぜってー仲良くなれねーって思った。てゆーか、今でも怪しいよね。趣味の話とか全然合わんし。キョーツーしてるの、フットボールが好きってのと、ハルが大好きってことだけじゃん。ヤバいよね……」
「……でもさ。あたし、あなたの友達を教えてくださいって誰かに聞かれたら、最初に長瀬のこと、考えるよ」
「考え方も、生き方も、なんも違うけどさ……理由言えって言われたら、答えらんない癖に。でも長瀬のこと、親友だって、胸を張って言える」
「てゆーか、理由なんていらない。あたしたち、ハルとみんなのおかげで……よく分かんないけど、こーやって同じユニフォーム着て、一緒のコートに立って……それが理由で、全部なんじゃないかって、そんな気がする」
「……ありがとな。こんなすげー景色、あたしに見せてくれて。だからさ、もっとすげーとこ、一緒に行こーよ」
「…………長瀬なら、できるよ。信じてる」
主審のホイッスルがけたたましく響いた。
少し時間を使い過ぎたようだ。
さっさとポジションに着け、と手を払う瑞希。愛莉は今にも溢れそうな涙をグッと堪え、俺たちから遠ざかって行く。
「……むっちゃ感動したわ。久々に」
「あぁ~ん? うるせーな。茶々入れんなし」
「俺にもなんかくれよ」
「えぇ~~…………じゃー、愛してる」
「合格」
続いて待機していた比奈を呼び寄せ、ゴールラインで構えるよう指示。ベンチとスタンドから必死の声援が飛び交うなか、再びホイッスルが鳴った。
比奈には8番がマーク。二枚の壁、ゴレイロはそのやや後方に立つ。残る12番はゴール前で構えた。西ヶ丘ファイブも準備万端。
で、だからどうした。
こっちはショーの途中やぞ。
「――――遊ぼうぜ」
「いいよ~♪」
ボールを隠すよう、ゴールマウスに背を向けて立つ二人。
やり取りを合図に、ちょこんと横へズラす。
すかさず半身になり、右脚を振り被る瑞希。
壁役の藤村と外木場、ゴレイロまでも飛び出して来た。まぁ、セオリー通りのフェイクだ。愛莉に助走を取らせ、真のキッカーと認識させる。
そこを、瑞希に蹴らせる。
彼女のテクニックなら容易いだろう。
――――嘘だけれども。
「なぁあ……ッ!?」
「9番だ! 潰せっ!!」
驚愕を孕んだままコートへ横たわる藤村、外木場。バランスを崩したゴレイロ。ベンチから雄叫びを上げる松永。すべてが答え合わせのようだった。
ヒールパス。
撃つと見せ掛けて、戻した。
当たり前だろ。あんなに助走取ったのに。
蹴らせないなんて勿体ねえ。
「――いっけええ長瀬ええェェーーーーっっ!!」
力強く踏み込んだ左脚。練習でさえ滅多にお目に掛かれない、それはもうあからさまなパワーショット狙い。
だからこそ、だ。
壁、とっくに崩れてるんだから。
こちとら必死で連中ブロックしてるんだから。
思いっきり蹴れば、そりゃ入るって。
「――――ぃぃぃぃいいよっしゃああああアアアアああああーーーーっっ!!」
大砲の如き一撃が、ゴールネット天井へ突き刺さった。間もなく歓声が爆発し、愛莉はそれに劣らぬ咆哮を轟かせる。
蹴った勢い、感情のままにゴール裏へ走り出すと、堪らず俺たちも、比奈と琴音も、ベンチのみんなも全力ダッシュ。あっという間に捕まる。
「愛莉ちゃん、愛莉ちゃんっ!!」
「やりましたね!」
「最高ですセンパイッ! これぞエースの仕事!」
「美味しいトコ持ってきよって! このっ!」
『認めなさいっ! これはほぼわたしのゴールよ!』
「マジでサイコー姉さんっ!!」
「凄いですっ、すごすぎます愛莉さんっ!!」
「さすがは愛莉先輩じゃっ!」
「ううぉおおおお!! やったぜ親父ぃぃ!!!!」
「素晴らしいッ! 気紛れとは言え、この聖堕天使ミクエルが直々に褒めてやろう!」
「やってくれたな長瀬! テメェこの野郎っ!」
峯岸まで飛び込んで、てんやわんやのおしくらまんじゅう。
慌てて審判団が駆け寄って、すみやかに解散するよう促して来る。が、終わる気配が無い。
遂にブザーまで鳴らされてしまって、流石にそれにはみんな驚いてしまって、ようやく離れ出した。嗚呼、ミクルのお凸にたんこぶが。ウケる。
「ほらっ、言ったじゃん! できるって!」
「……瑞希ぃぃぃぃ~~……!」
「ちょっ、泣くなアホっ! まだ終わってねーよ!」
「だってぇぇぇぇ~~~~!!」
残された二人は互いの髪の毛を全力でワシャワシャし合って離れない。あんなこと言って綺麗な涙だこと。今日はノーメイクですか。知ってたけど。
いやでも、マジで。ホントに。
泣くの早過ぎるから。
まだ五分残ってるから。
あとちょっとだけ我慢しろ。
そしたら好きなだけ笑って良いから。
【後半09分58秒 長瀬愛莉
山嵜高校2-1西ヶ丘高校】
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