1010. 世界中探したって
『ほらっ、ぼくの言った通り! ルビーはトラップが上手いから、ワンタッチですぐに視野を確保できる。前向きに受けることで、10番と99番が連動するんだ! あの8番、メッセージの籠った良いパスを出すよねっ!』
(廣瀬先輩、助けてください……最悪もう茂木先輩でも良い……ッ!)
興奮気味に捲し立てるファビアン。西ヶ丘のタイムアウト後、引き続きコートへ現れたシルヴィアを指差し、空いた手で克真のシャツを掴む。
精々理解出来ることと言えば、セカンドセットが後半の流れを完全に掴み取ったという客観的事実くらいか。
落ち着いて、落ち着いて、と知る限りのたどたどしいスペイン語を並べ、克真は彼の頭を優しく撫でた。
(相手セットとの噛み合いも勿論あるけど……理想的なイニシアチブの握り方だ。真琴も上手いことやったな)
ベンチで激しく肩を揺らす真琴。セカンドボールを悉く拾い続け、慧とはまた違ったフィクソとしての強みを発揮してみせた。ただ疲労を垣間見るに、今日はこれでお役御免だろう。
気になるのは終盤のメンバー構成。両アラのノノとシルヴィアは残っており、フィクソは比奈、ピヴォは愛莉へ交代している。
ラスト五分で二年コンビを下げ、陽翔と瑞希を再投入するのはほぼ間違いない。
問題は西ヶ丘の11番、外木場だ。
女性選手はプレータイムの制限が無い。
逆転に向け早くもコートへ現れる。
前半序盤の苦戦ぶりも記憶に新しい。体格差で劣る比奈は、外木場を相手にどれだけ戦えるのか。克真は思慮を巡らせた。
(あの男子の19番は、今日出るの初めてだな……背は高くないけどスピードがありそうだ。ルビー先輩の裏を取られなきゃ良いけど……)
西ヶ丘は後半、今一つ機能しないセカンドセットを頑なに使い続けた。無論、藤村らファーストセットの疲労度も考慮すべき点ではあるが。
(何が怖いって、結局点が入ってないんだよな……こういう展開でアッサリ失点するのもよくある話……山嵜の狙いはなんだ?)
【後半08分50秒 タイムアウト
山嵜高校1-1西ヶ丘高校】
「比奈センパイ、シンプルに!」
「おっけー! 愛莉ちゃん!」
斜めのくさびのパスが愛莉へ。6番に背後から捕まるが、ワンタッチで逆サイドへ叩く。ノノを経由し、シルヴィアがダイレクトシュート。
「だはぁ~~! これも入らないっスかぁ……」
「枠にさえ飛べば……」
真琴のマッサージをしていた慧ちゃんは、あと一歩の攻撃に手を止めて頭を抱えた。攻めているのにゴールが生まれない。もどかしい展開ではある。
藤村・松永を欠く西ヶ丘は相変わらずパスを繋ごうとしている。だがタイムアウト後、僅かに変化があった。
投入された男子の19番、そして外木場をサイドに走らせるような、ミドルレンジのフィードが増えている。
「峯岸の予想通りやな……」
「倉畑を食い付かせ、ミス・トラショーラスとのギャップを狙う腹積もりか」
「倉畑先輩、な」
ミクルは難しい顔で呟く。西ヶ丘は一向にラインを押し上げられないので、外木場のポストプレーで起点を作り、ゴールへ近付こうとしているわけだ。
そして比奈が外木場に対応したタイミングで、19番が逆サイドから飛び込み空いたスペースを狙う。これはシルヴィアの守備責任だが……。
「オッケーオッケー!
まさに懸念していた通りの形で、西ヶ丘は久々にシュートまで持って行った。シルヴィアのスライディングが無ければ枠に飛んでいたかも。
「おい、我が眷属! 明らかにウィークポイントではないか! あのままで良いのか!?」
「落ち着けミクル。考え無しにやっとるわけないやろ……よく見てみろよ。外木場じゃねえ。19番や」
「……なんだと?」
怪訝な面持ちでミクルはコートへ振り返る。今し方のオフェンスに手応えを掴んだのか、西ヶ丘の選手たちは活発に声を掛け合い上々の雰囲気。
シルヴィアの守備力は明確な弱点だ。無論、相手もそれを分かっていて、実際にゴールへ近付いたという結果も残して……徹底的に突きたくなる筈。
「さぁ~て……そろそろ仕事しろよォ市川……!」
憎たらしい小癪な笑みを浮かべ、指揮官は笑う。
そう、これは博打ではない。勝てるギャンブルしかしない、峯岸の真骨頂とも呼べる采配。
(恐らく誰もが気付くであろう見え見えの罠……でも奴らは気付かない。いや、気付いたとしても……そこに賭けてしまう!)
ゴールクリアランスから丁寧に繋ぐが、ノノのロングパスがズレ西ヶ丘のキックインに。またも後方から長いフィードが外木場へ送られる。
普段愛莉の相手をしているとは言え、やはり外木場には厳しい対応を迫られる比奈。ガッチリとポストプレーを完遂されてしまった。
「もっかい来い!」
「次は頼むよ~!」
両サイドから飛び込む形で、19番とシルヴィアが対峙する格好となる。今度は対面で真っ向からの勝負だ。
「ゲェェッ!? またルビーちゃん先輩が!?」
「あぁ……っ!」
聖来、慧ちゃんは悲痛な叫び声を挙げる。19番の鋭いキックフェイントに、シルヴィアの身体は大きく揺らめいた。
シュートコースが空いている。
右脚を振り被り――。
「――残念っ、そこは市川ノノ!!」
「なァ!?」
まさにそのタイミング。ギリギリのところで戻って来たノノが、右脚ごと抉り取るような深いタックルをお見舞い。
そのまま保持に成功し、すかさず比奈へバックパス。外木場のチェックに遭うが、ボールさえ握れば……有利なのはこっちだ!
「ううぉ!?」
「愛莉ちゃんッ!」
身軽なボディフェイントで外木場を振り回す。
地を這う鋭いパスがコートど真ん中を通った。
「長瀬ぇっ! いい加減決めろぉー!」
「黙って見てろっつーの!!」
8番のチャージを吹っ飛ばし、半身でゴールマウスを見据える。もう6番とゴレイロが構えているが……どうする、そのまま撃つか。
「ノノ、走って!!」
「もう来てまーーすッ!!」
「ハッ!? いつの間にっ!?」
瑞希も驚きのあまり身を乗り出す。
選んだのは左サイドへのパス。
腰を大きく捻り、飛び出したノノへ渡してみせた。いやパスも凄いけど、さっき自陣深くで守備していたのに、なんでもう上がってるんだアイツ!
「違う! フィニッシュはソイツじゃない!」
「その通りッ! ここはノノではない!」
ベンチの藤村も思わずが鳴り叫ぶ。この先の展開を彼だけが予見していたのだろう。だがもう遅い。
ダイレクトで折り返すノノ。マイナス気味のグラウンダークロスに、逆サイドから猛烈なスピードで飛び込んで来たのは……シルヴィア!
「――
「やばっ……!?」
「ファール! ファール!」
「やった! レフェリー、PKだって!」
先のリプレイのよう。左脚インサイドで流し込もうとするシルヴィアに、間一髪のところで戻った外木場が飛び掛かったのだ。
結果的に押し倒す形となり、主審はホイッスルを鳴らした。決定的得点機会の阻止だ。妥当なジャッジだろう。
外木場にはイエローカードの提示。スタンドの唸り声に引き上げられ、俺と瑞希は雑なハイタッチから力任せに抱き合った。
「よくやったわシルヴィア!」
「流石ですシルヴィアちゃん! 危うく戦犯から一転してヒーローに! それでこそ名門トラショーラス家の末裔ですっ!」
「ナイスファイト、シルヴィアちゃん!」
『フギャアアアアアアアアーーッッ!?』
駆け寄ったコートの三人に圧し掛かられ、シルヴィアは悲鳴を上げている。可哀そうに、捻ったところ押されてるだろアレ。
救急箱を拵えた聖来が飛び出す。治療中、西ヶ丘はベンチ総出で抗議しているが……まぁ覆ることは無いだろう。
「……このカウンターが狙いか?」
「それは結果論やけどな。19番のマークをノノに任せるのは簡単やった。ポジション入れ替えるだけやしな。でもそうしなかった」
「ふんっ……要するに巻き餌だろう」
「戦略と言って欲しいところやな。せやろ、監督」
待ってましたとばかりにドヤ顔の峯岸。呆れた様子で見つめるミクルの頭をポンと叩き、このように解説を始めた。
「何度かシュートを外して、明らかにマークが緩んでいたからな。そして市川も、自分で撃てる場面でも奴に預けるケースが多かった。守備の不安は言わずもがな。すると奴らはどう考える?」
「……狙うに決まっている。徹底的に」
「そこが落とし穴。何故トラショーラスがシューターに回る機会が多い? 市川がその分フォローしていたからさね。これは守備も同様。『トラショーラスさえ出し抜けば一点入る』と誤認させたのさ」
事実、19番はシュートチャンスの際、飛び込んで来るノノをまったく認識していなかった。結構早い段階から帰陣していたというのに。
外木場も外木場で『さっきと同じ展開だ』と安易に19番へ落としてしまった。そしてノノのトランジションに追い付けず、ダイレクトでカウンターを喰らう羽目になったのだ。
「サッカーならこうは行かないね。人数が多い、つまり属人性が低いということ。ところがトラショーラスという『見え見えの罠』が見つかった……食い付くのも当然さね」
「ふむ……興味深いな」
「トラショーラスのフォローは市川の専売特許。細かい指示出してないんだぜ? なのにここまでやってくれた……西ヶ丘にミスがあったとすれば、藤村や松永、外木場という『個の力』を活かそうとし過ぎた、ということさ」
峯岸は饒舌に語る。なるほど、最初から明確に強みを出そうとした西ヶ丘と、あくまで自然な流れに沿い強みを発揮した山嵜の違い、か。
確かにサッカーと比べてフットサルは、出場している選手は勿論、時間帯やゲームの流れによって景色が180度変わってしまうことも多い。
尤も、その『流れ』さえも自身の采配、そしてノノとシルヴィアの奮闘によって自ら引き寄せたと。まったく、頼り甲斐しかねえ。
「これやホンマにお膳立てやなぁ~! なぁセンセー、キッカーはもちろんミズキチ……にゃにゃ?」
「PKじゃないのか?」
眉を顰める文香と峯岸。打って変わって山嵜のプレーヤーたちが騒がしい。主審は最初、ペナルティースポットを指差していた筈だが。
『絶対にPKよっ! イエローカード出したってことはそうなんでしょう!?』
「審判さんっ、わたしが見た限りだとこの位置で……」
「いや、そこより少し外だ。ごめんねちょっと待って、チャレンジ入ってるから、確認させて貰うよ」
シルヴィアと比奈を置いて、主審は本部ブースへ駆け出して行った。どうやら先ほどの接触シーンを見直すらしい……え、チャレンジ?
「あんの? VAR」
「決勝トーナメントからな」
先に言えよ普通に知らなかったぞ。
サッカー界でも最早お馴染み。ハンドや決定的得点機会、ラフプレーなどを対象に映像を使ってジャッジを確認出来る。
実はフットサルにもある。どちらかと言うと、テニスのチャレンジシステムに近いが。
西ヶ丘が使ったようだ。わざわざ確認するということは映像班からの指摘もあっただろうし……判定変わるだろうな。
「…………訂正します! フリーキックで再開します!」
「ありゃま~~、ツいてないっスねぇ……」
「どちらにせよ絶好機さ……さあ廣瀬、金澤! 行くぞ!」
スタンドからは歓声とブーイングが交互に入り混じり。チャレンジが成功し西ヶ丘ベンチは飛び上がって喜んでやがる。クソめ、今の間だけやぞ。
「キッカーはどっちでも良い。長瀬でもな……お前らで責任持って決めろ。両方の意味で、だ」
「お二人とも、あとは頼みます……!」
『絶対決めなさいよっ! 死んでも決めなさい! 痛い思いしてなんとかもぎ取ったんだから! ていうか本当ならわたしの……!』
『はいはい、任せとけって』
ノノとシルヴィアにビブスを渡し、共にコートイン。ポイントでは早くも愛莉が待機している。蹴る気満々だなコイツ。空気読めや。
「……来たわね。ターニングポイント」
「そろそろ決めるか」
「ホントは流れのなかで取りたかったけどね。まーいいや……PKの方がマシなんじゃない? こんな怖いセットプレー、世界中探したって無いもんな!」
額を突き合わせ笑ったり険しい顔したり。
心配するな。黙って見とけ。
決まるかどうかなんて、誰も考えちゃいない。
どうやって決めるか。それだけの時間だ。
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