1009. こっちを信じる
【in/out 金澤瑞希→シルヴィア
廣瀬陽翔→市川ノノ
保科慧→長瀬真琴
長瀬愛莉→世良文香】
俺と慧ちゃんは既定路線として、峯岸の交代策にはスタンドも驚いていた。ここまで動きの良い瑞希とキレの戻って来た愛莉を下げ、フィールドプレーヤーを全員入れ替える。
西ヶ丘もセカンドセットに代わるとは言え、せっかく握った流れを放り出す愚策ではないかと、観客たちが心配するのも無理は無い。なんせ今日のゲームにハマっていないノノと、失点の起点になったシルヴィアである。
尤も、それは客観的視点から見たこのゲームの展望。後半を戦うに連れベンチを筆頭に、山嵜は確かな手応えを掴んでいた。
「松永ヂエゴと外木場が下がった現状、ボールプレーヤーは男子の6番。そしてピヴォの、裏抜けの得意な8番だ。ここを狙って来る。恐らく前半との大きな違いは無い。少しでもリズムを整えたい筈さね」
「藤村こそ居ないが、同点ゴールを奪った編成とほぼ同じだ。似たような温いトランジションでぶつかれば、二の舞を踏む可能性もある……それを阻止するためのお前たちさね。やることやってこい!」
ボードを叩き峯岸が声を張り上げる。
ノノ、シルヴィア、文香と威勢の良い返事が続いた。
「瑞希センパイ、見ててくださいっ……!」
「んっ……市川?」
「ノノ、センパイより上手くないし、トリッキーな技もそんなに出来ないですけど……でもっ、センパイに貰ったモノが沢山ありますっ! それをちょっとでも表現出来れば……!」
瑞希の手を握り、ノノは固い決心を瞳に宿らせ力強く頷く。両脇から文香とシルヴィアが囲い、更にこう続けた。
「にゃっふふ~ん♪ ミズキチには世話なっとるさかいに、このままや終わらせへんで! 二年組で最高のお膳立て、用意したるわっ!」
『わたしたち三人なら、ミズキ一人よりちょっとだけ凄いんだから! 大人しくベンチで見てなさいっ!』
「……ハッ。調子乗んなコーハイめ!」
三人の背中を叩きコートへ送り出す。後ろ姿を見つめる表情のなんと感情的なこと。キャプテン冥利に尽きるってか。
初めての後輩であるノノ。同郷のシルヴィア。何かとフィーリングが合う文香。瑞希のコアな部分を引き出してくれる欠かせない存在だ。ここ一番で熱い言葉を掛けられ、さしもの瑞希も目が潤んでいる。
「ちょっと、先輩たちだけで……あの、自分も同じですから。長瀬真琴はそこら辺にいますけど……マコは一人なんで。ハイ」
照れ臭そうに頬を引っ掻くと、彼女もコートへ駆け出す。なるほど。ハートの熱さはよく似ているところかもしれない。一番弟子かもしれないな。
そう。このセカンドセットはまさに、瑞希のスピリットを体現するにうってつけの四人。戦術的要素は勿論、瑞希のもたらしてくれた勢いを維持するどころか、更にヒートアップさせてくれる……!
「
左胸をギュッと掴み、瑞希は祈るよう囁く。
ちょっと違うな。瑞希。訂正させてくれ。
この溢れんばかりのエネルギーと、未来への活力は。
他でもない、お前という名の女神によって、然るべく与えられたのだ。フットボールの神様なんかより、俺はこっちを信じるぜ。
【後半05分20秒 準々決勝
山嵜高校1-1西ヶ丘高校】
「下げて! ロングボールで良い!」
「分かってる! クソ、速いな……!」
交代策は的中した。
西ヶ丘ファイブは終始慌ただしい。
自陣深くでパスを受けた男子6番は、次の出し処を見失い半端にキープを続けている。そこへ向かうのは、なんだあれ。台風か?
「もらったああああああああ!!」
「なぁっ!?」
無理やりに右サイドへ飛ばす。アラには通らずアウトプレーになる筈が、タッチラインギリギリでノノが回収してみせる。なんて美しいパスカット!
「ヘイッ、マコちーーん!!」
「ははっ、ホントにカットしたよ! ヤバスギ!」
クレイジーな微笑みが共鳴する。すかさず後方へフォローに入った真琴、相手女性アラをワンフェイクで往なし逆サイドへ展開。
絞っていたシルヴィアが中央寄りで受ける。トラップと同時に切れ込み、二人のマーカーを置き去りに。
「捕まえてっ!」
「いや、10番が……!」
文香の狡猾な動き出しが光る。スルスルと6番から離れ、いよいよ守備の選択肢は無限大。シュートブロック、パスカット、ドリブル対応。どれを取ってもシルヴィアの技術なら、冷静に外せる!
「キメヤガレ!」
「しまっ……!?」
選んだのはラストパス。右サイドに流れた文香の足元へピタリ。ほぼフリーだ、この距離感なら……行け、決めろ!
「――にゃんとぉぉぉぉーーッッ!?」
「フミカァァァァ!?」
「ノノ先輩、セカンド!」
「はいはいこんなことだと思いましたッ!」
地を這うグラウンダーシュートはゴレイロの好セーブに遭う。流石は男子サッカー部のキーパー、コースを上手く塞いでみせた。
だがボールはエリア内を転々としている。ノノが相手アラを引っ張りながら突進するが……これはどうだ!?
「……ッ!!」
「やらせっか!」
6番の身を投げ出す渾身の守備。撃つには撃ったが、ディフレクションで力の無いシュートになってしまった。そのままゴレイロが捕球。
オーバーハンドで一気に投げ入れる。
不味い、カウンターか……!
「おぉっ! さっすが真琴氏!」
「すげえ、慧ちゃんにも負けとらん……!」
「マコくん、ナイスディフェンス!」
同期の三人も感嘆の声を挙げる。素早く落下地点へ駆け出し、8番との競り合いを完璧に制してみせた。細い身体からは想像も出来ないパワフルさだ。
ラインを割り西ヶ丘のキックインで再開。再び陣形を整え、丁寧に繋ごうとする西ヶ丘へ次々と襲い掛かる。良いぞ、良いぞ……!
「フンッ。漸く機能し出したか」
「馬鹿言え、こっからが本領や。真琴があれだけ弾き返せるなら、暫く西ヶ丘のターンは回って来ない」
「ほう、それは如何なものか。だがしかし、ノートルダム大司教を筆頭とする、労を厭わぬハードワーク。我にも学ぶべき点があると言えよう……」
珍しくミクルも面々を褒め称える。今の彼女なら重々承知だろう。セカンドセット最大の強みは、ミクルに無い要素を凝縮したようなモノ。
攻守における『強度』だ。文香は前線で絶えず動き回り、ノノはコートのどこにでも顔を出す。テクニシャンでもある真琴はバランスを取りながら、ここぞという場面でエネルギーを発揮。
唯一サボりがちなのはシルヴィアだが、彼女の自由奔放さは良い意味でアクセントにもなる。これはノノも同様で、両アラの持つ『遊び心』が、グループを一本調子にさせない。
(改めて奇跡的なバランスだな……しかもその『遊び心』とやら、いったい誰のエッセンスだ?)
『さあっ、掛かって来なさい!』
右サイドに張って受けると、対面とマーカーを無視するが如くドリブル勝負を仕掛けるシルヴィア。対応を遅らせ、縦の突破に成功。
強引なクロスに文香が突っ込む。これは潰されるが、またもセカンドボールにノノが反応。6番に激しく応戦されるも……。
「コ、コイツ……!?」
「ドりゃああああアアアア゛ァァァァ゛!!!!」
限界まで腰を落としボールを離さない。そのまま抱え込むように持ち出し、右脚を振り抜く。なんて奴だ、倒れないでシュートまで行ったか!
「あぁっ、惜しい!」
「マコ!」
「真琴ちゃん!」
今度はポストへ直撃。隙間を縫い自陣まで転がって行った零れ球を、猛然と駆け上がった真琴がダイレクトで突き刺す!
「クソ、これもダメか……!」
「いや悪くない! ええぞ真琴、続けろっ!」
惜しくも枠は捉えず。
ベンチ、スタンドからはため息が零れる。
だが良いオフェンスだった。シルヴィアの仕掛けから二次、三次と切れずにフィニッシュまで行ったのだ。
交代から一分と少し、想像以上に圧倒出来ている。セカンドセットの完成度はウチに軍配が上がりそうだな。
「倉畑、早坂! 様子を見て交代だ! ペース上げろ!」
コートサイドでアップを続ける二人に檄を飛ばし、峯岸は額から多量の汗を流しつつも、どこか不敵な笑みを浮かべる。
彼女にも見えているのだろう。今この瞬間にも、セカンドセットが張り巡らせている幾つもの伏線と、勝利への確固たる道筋が。
「こうしちゃいられねえな……俺らも暖め直すぞ」
「行くわよ、瑞希! 今日は譲ってあげるから!」
「……ばーか、仕事しろストライカー!」
愛莉の差し伸ばした手を掴み、瑞希はクシャクシャの笑顔で応える。そうだ、この一週間、俺はずっと待っていた。お前のそんな姿を。
言っただろ。一人じゃ何も出来ない、どうしようもなくネガティブなお前には……いつどんなときも味方でいる、最高のファミリーが着いている。
お前のおかげだよ、瑞希。
だから今日は、俺たちが幸運の女神だ。
さあ、舞台は整った。
勝利の歌を歌おう、みんなで一緒に。
或いは飛び切りヘンテコで、ハッピーな魔法を。
きっと、望みを叶えてくださる筈。
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