1008. 一進一退


 直後、西ヶ丘は12番を下げスターターだった14番を再投入。指揮官からボードを交えた細かい指示を受けていた。


 前半ノノを相手に上手いこと対処してみせた選手だ。恐らく守備的なプレーヤーなのだろう。このタイミングでの交代ということは……。



(どこまで研究しているか……)


 藤村、松永がそれぞれ俺と愛莉をマークし、慧ちゃんは外木場と真っ向勝負。

 ここまで五分五分かやや不利な状況で踏ん張っている以上、イニシアチブを取るには残された四人目の働きがカギ。


 前述の通りノノは本調子でなく、ミクルもハマり切らない現状。瑞希と14番の攻防は、このゲームの大きな分岐点となる。



(俺もアイツらも、前半のプレータイムは十分キッカリ。ラスト五分のために中盤は温存される筈……それまでに一点。いや、二点は必要や)


 元より繋いで回すスタイルではない彼らだし、より高度なスキルが求められるパワープレーに頼るような展開にはしたくないだろう。

 ロングボールを放り込む『余裕』のあるうちに、なんとか突き放したい。


 様子見する時間は無い。

 ようやく主役が揃ったのだから。


 遠慮は無用。フルスロットルで……仕掛ける!



「頼むぜ瑞希!」

「任せんしゃいっ!!」


 左サイドに構える彼女へ、後ろ向きで受けさせるマイナスのパス。

 14番は奪い切るチャンスと見たか、一気に距離を詰めて来た。最後尾の松永もラインを上げる。

 

 パスコースは作らない。敢えて。

 晒された方がやりやすいだろう。


 さあ、ショータイムだ。

 今日はどんな魔法を見せてくれる――?



「ほらほらっ! 取りに来なよっ!」

「ッ!?」


 中へ持ち出すかと思われたが、取り止めてバックステップを踏みながら足裏でボールを引き、対面の14番を挑発。


 ゴールラインがもう間近だ。

 相手は一歩踏み出し、強引に脚を伸ばすが……。



『ちょっとミズキ! 持ちす……なぁああっ!?』

「Whoa! オッシャレーっ!!」


 ベンチから飛び交うのは悲鳴か歓声か。一度二度と跨ぎボールを止めると、右足で引き、左つま先で浮かせ、更にリフトアップ。



「――あはっ♪」


 前屈みの14番を嘲笑うかの如く、細い身体が外側をスルリと抜けていく。落下と同時につま先で絶妙なコントロール。



「抜いた!!」

「マジかよっ! なんだ今のっ!?」


 スタンドの観衆は大いにどよめく。


 バックスシザースからのヒールリフト。それもほとんどスペースが無く、奪われれば即失点という状況で、完璧に決めてみせた……!



「ハルっ、ワンツー!」

「行って来い!」


 トップスピードで左サイドを駆け上がる瑞希。即座にフォローへ回りワンタッチで返却、一気に敵陣へ侵入。


 ただワンツー自体は予測していたのか、松永ヂエゴがすかさず対応へ入った。二回りもデカい相手に、今度はなにを魅せる?



「速いぞ7番!」

「すげえっ、松永に負けてねえ!」

「撃てるか!?」


 目にも止まらぬ連続シザース。カットインと見せ掛け、大胆なダブルタッチで更に縦へ。サイドを打ち破りに掛かる。



「うわっ、上手い!?」

「そこ狙ったか!」


 ほとんど覆い被さる形で止めに入った松永を、瑞希はまたも翻弄する。つま先でチョコンと押し出し、股下を通してみせた。


 しかしドリブルコースは力づくで塞がれ、これ以上の侵入は叶わない。それでも瑞希は冷静だった。中の様子がしっかり見えていたのだろう。



「決めろ長瀬っ!」

「サンキュー!」


 愛莉が並走していたのだ。松永の背後を取り、コロコロと彷徨うセカンドボールを左脚で力いっぱい振り抜いた。


 藤村のスライディングは間に合わず。

 左四十度の強烈なショットは……!



「――――あぁっ!?」

「決めろやボケ!!」


 アリーナは歓声とため息で大きく揺れる。

 シュートは僅かに、ポストを掠めた。



「うわぁ~~……空気読まね~」

「アァッ!? しょうがないでしょっ!? 私だって外すときは外すわよ!」

「いやぁ~。絶対入る流れだったって~」

「こっちもそう思ってるつーの!!」

「はい逆ギレ~」


 外した悔しさか、試合中におちょくられて怠かったのか分からないが、憤慨する愛莉を瑞希はヘラヘラと笑い飛ばす。


 絶好機こそ逸してしまったが、見たところフィジカル、メンタル共にコンディションはまったく問題無さそうだ。極めていつも通りの瑞希。峯岸はなにを心配していたのだろう。


 ともかく、これで西ヶ丘のディフェンスは再考の余地を迫られた。俺以外にここまで一人で打開出来る奴が居るとなれば、今のままでは大問題。



「しっかりしろよヂエゴ! 女相手だぞッ!」

「分かってる……コイツ、相当やるぞ」

「んなん知ってるわ! お前が『廣瀬の次に危険だ』って散々言ったんだろうが……! どうするッ、ライン下げるか!?」

「いや、このまま……引く方が危ない」


 出し抜かれた側だというのに、何故か松永の方が冷静である。まぁでも良い判断だ。警戒して引き篭もったら、いよいよ攻め手が無いもんな。


 いずれにせよ瑞希の登場で、流れは大きく変わった。いや、俺たちらしく戦えるようになった、と言う方が正しいか。


 これだよこれ。なあ藤村。

 こういう姿を、俺は見せつけたかったんだ。



「ハッ。大慌てやな」

「うるせえ! 良いから黙ってろ……ッ! やらせねえ、お前の好きにはやらせねえぞ……!!」


 お前らの、だろ。訂正しろ。即刻。


 俺はもう、一人で戦っちゃいないんだから。

 あの頃とは違って。



「ええで瑞希ッ! 飛ばしてけよ!」

「たりめーだろっ! 着いて来いよ、ハルっ!」


 そう。彼女も同じように。



【後半04分13秒 タイムアウト


 山嵜高校1-1西ヶ丘高校】



 一進一退。

 まさにその一言に尽きる。


 陽翔、瑞希を中心とした流動的なパスワークで山嵜がゴールへ迫れば、藤村・松永のコンビが力づくで跳ね返し。


 藤村がロングフィード一発でチャンスを生み出せば、慧が外木場と激しく競り合い、セカンドボールを両アラがハードに動き回り回収。


 フィニッシュまで待って行く回数は山嵜がやや多いが、チャンスの数で言えばまったくの五分。どちらにゴールが生まれても不思議ではない。



「まさか慧がここまで機能するなんて……」

「凄いよね、4番の子。初心者なんでしょ?」

「多分まだ三か月ちょっととか……まぁ、11番も似たようなものだと思うんで、その辺の影響もあるかもですけど」


 今度はスルーパスに身を投げ出して対応し、辛うじてタッチラインへ逃れてみせた。


 大声で称える大吾を皮切りに、スタンドからは拍手が沸き起こる。同時にブザーが鳴り、タイムアウトへ入った。


 最前列で見守る克真も、数か月前までリフティングの一度も出来ないズブの初心者だった慧の成長ぶりに目を細める。



(裏ケアはかなり怖いけど……でも、対人戦は全然やれてる。ピヴォの特訓が活きてるのかな)


 ゴレイロの基礎練に加え、エアバトル要員として愛莉と瑞希にポストプレーを徹底的に仕込まれている慧。シュートストップの為に鍛え学んだ腕の使い方も、良い方向へ作用しているようだった。


 巧みな足技とドリブルでアクセントとなる瑞希に観衆の注目が集まる一方、慧のフィクソとしての存在感は見逃せない。


 彼女が水際を力づくで跳ね返してくれるおかげで、陽翔と瑞希も余計な配慮をすることなく、セカンドボールの回収に集中出来るのだ。


 技術は無いため配給役こそこなせないが、西ヶ丘相手に限ってはあまり必要が無かった。なんせ両アラが陽翔と瑞希である。

 ただただ普通のパスを出すだけで、勝手に落ち着かせてくれるのだ。この上ない相乗効果が生まれていた。



「これ、どうなるかね」

「え。どうなるって?」

「なんて言うのかね……こう、動かし方?」

「スコアの? そのうち一点入るだろ。ウチが決めるかは分かんねえけど……」


 大声を出し過ぎて疲れたのか。隣の武臣と哲哉は一旦席に座り、暢気に語らい合っている。哲哉の釈然としない物言いに克真は首を傾げた。



「なんか引っ掛かりました?」

「んー? いやぁ……だってほら、もうすぐ五分だから選手入れ替わるでしょ? 代わりに入って来るのって……誰よ?」

「セカンドセットじゃないんですか?」

「それはそーなんだけど。誰がヒロロンと金澤ちゃんの……あと4番ちゃんの仕事をするのかってことよ」


 電光掲示板を指差す哲哉。現在タイムアウト中。選手交代が行われるとしたらここか、ワンプレー後のタイミング。



「確かにな。妹がフィクソに入るとして、まぁピヴォは長瀬ちゃんのままでも、10番でもなんとなるとして……」

「そうですね……アラも代えますかね?」

「廣瀬はラスト五分まで出せねえんだろ? ってことは、金澤ちゃんが残るとしても、あと一人は代えなきゃいけない」

「……誰だろう。ミクルかな?」


 大雑把に言えば、陽翔と瑞希の連携。そして慧の奮闘で掴んだ後半の勢いだ。交代を機にエネルギーが失われる可能性もある。


 ベンチを注視する克真と武臣。答え合わせはすぐに訪れた。ビブスを脱ぎコートへ飛び出したのは、この試合今一つ存在感の無い二人。



「おっ、市川じゃん」

「今日ハマってないんだよね~。ちょっと心配」

「瑞希も交代か……あっちの子って確か、ブランコスの監督の娘さんっていう?」

「シルヴィア先輩ですね……」


 脳裏を過ぎる一抹の不安。西ヶ丘は女性ゴレイロを据え置きで、男子二人をそのまま入れ替えて来た。性差だけ見れば非常に不利な状況。


 加えてその相手がノノとシルヴィアだ。巧みな連携を発揮しコートをかき乱す名コンビだが、何かと暴走しがちな面があることを、週一限りの練習参加と言えど克真はよく知っていた。



(そうか、金澤先輩を残さないのか……何か作戦があると良いんだけど……)


 さながら指揮官の如く頭を捻る克真。

 すると、誰かが彼の腰回りを叩いた。



「あれ……キミ、さっきの?」


 少し離れた位置で応援していた、交流センターに集まる外国人子ども応援団のリーダー。ファビアンは満面の笑みを浮かべ、歌うように言った。



『大丈夫だよ、そんな顔しないで! だってルビー、すっごく上手いんだ!』


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