1007. ズル賢く、エレガントに
「おー、でっかー。私とおんなじくらい?」
「それくらいはあるな……良かったな外木場、秘密兵器仲間だぜ」
「いやいやー。褒めてもなんも出ないってー」
後半のスターターとして慧がコートへ現れると、暫しの休息に浸かっていたスタンドは一段と活気を見せる。アリーナを興奮の渦へ巻き込んだ壮絶な空中戦が、更に激しさを増し帰って来ると誰もが確信したからだ。
一方、キャプテンマークを巻き直しコートに立つ藤村だけが、依然ベンチに留まる山嵜の背番号7番に疑惑の視線を向けている。
一週間に及ぶ山嵜対策のなかで、陽翔の次に『要警戒』の判を押されたエースプレーヤー。にも関わらず前半は温存され、まだ出てくる気配が無い。
「……アップはしてたっぽいけどな」
190センチ超の大男、松永ヂエゴが背後から近付き鈍い声を掛ける。彼にしても考えることは同じだった。4番、つまり慧の投入は『自分たちの戦い方に合わせる』と宣言しているようなもの。
本来の山嵜は、人もボールも能動的に動かす徹底したアタッキングスタイル。長所を存分に発揮し予選を勝ち上がって来た。ともすれば、慧の投入と後半のスターターが意味するところは……。
「想像以上にダメージ喰らってるってことだな」
「……あぁ。こっちのペースでやれる。廣瀬の一発は怖いが……そこさえ押さえれば、俺たちの勝ちだ」
「へっ。ブチ抜かれたのは何処の誰だよ」
「任せろ……同じ手は喰らわない。最悪ファールでも潰してみせる……」
「マジで頼むぜ」
のっしりと長い歩幅でスタートポジションへ向かう松永の背中を、藤村は口角を吊り上げ眺めていた。無論、先制ゴールのインパクトを忘却してしまったわけではない。彼には勝算があった。
陽翔の危険性は変わらない。
それでも、ある程度は軽減出来る。
誰よりも『勝負処』を弁えている男だ。その感覚はまさに天賦の才。小学生の頃から莫大な才能を間近で見せつけられて来た藤村は、恐ろしさを身を持って知っている。
だが学んだのは長所だけではない。短所も同じように見て来た。その圧倒的な存在感が嘘のように失われる瞬間が、少なからず存在する。
(奴の本質はスペースメイクとポジショニング。技術はあくまで付け合わせだ……サッカーならともかく、コートの狭いフットサルでは特長も生きにくい)
予選のゲームを見る限り、個人技に依存した強引な突破はほとんど仕掛けていない。遠距離のシュートも百発百中というわけではない。
陽翔のスピードと技術を持ってすれば、存在しないスペースをこじ開けるなど造作も無い。だが問題は、その『後』のスペースが埋まっていることだ。
要するに、低い位置で閉じ籠り『蓋』をしてしまうことで、陽翔一人に決められる可能性はグッと減らせる。
得点源の愛莉をはじめ女性陣の調子が今一つな現状、陽翔がフィニッシャーにさえならなければ、早々ゴールは生まれない。
前半のアイソレーションが何よりの証明だ。
ゴールこそ奪われてしまったが、煮え切れない展開に彼は『味方に頼らない』という選択を下した。これこそ藤村が考える、山嵜攻略の糸口。
共にプレーしたセレゾン時代。経験した数少ない敗北のうち、大半がゴール前を固められ攻め手を失ったゲームだった。
この手の『アンチ・フットボール』とも呼ばれる類は、なにを隠そう西ヶ丘サッカー部の十八番でもある。
(あんな大勢の女に囲まれて、さぞ暑苦しいだろうよ。必死にバランス取ってるみてえだけど……最後まで続けられるか?)
自軍の戦い方に合わせたネガティブな人選。
そして陽翔へ圧し掛かる莫大な負担。
間違いない。風は西ヶ丘に吹いている。
藤村の脳裏には、甘美な勝利の絵が浮かぶ。
(変わったのはお前だけじゃねえ。自分の良さを、エゴを捨ててでも結果に拘る……セレゾンには無かったマインドを、俺は西ヶ丘で手に入れたんだ……ッ!)
【関東予選:準々決勝 後半開始
山嵜高校1-1西ヶ丘高校】
大まかな流れは前半と変わらない。山嵜がポゼッション率を高め、西ヶ丘はキックインと同時にロングボールで応戦。
こちらがボールを落ち着かせると、藤村と松永がラインを組み撤退戦へ。またパスを繋ぐ。アウトプレーになったらロングボール。その繰り返し。
「でぃやああああアアアアっっ!!」
「ナイス慧ちゃん!」
唯一の違いは、西ヶ丘のキックイン位置が明らかに下がったことだ。交代的中。慧ちゃんの強靭なフィジカルがこれ以上無いほど活きている。
「ううぉっと!?」
「はいはいはぁぁーーイ!!」
11番の外木場と身長はほぼ一緒なのだが、ここまですべて跳ね返している。実際に並んでみると、線の太さが全然違った。慧ちゃんの方が1.5倍は分厚い。決して太っているとかそういうわけではなく。
「おいおい、なんだよあの4番……ッ」
コートの清掃中、同じサイドに立つ藤村が呆れ顔で呟く。まさか空中戦で後れを取るとは思っていなかったようだな。ざまぁ。
「驚いたか? ウチのスーパールーキーや」
「はあ? 一年? マジかよ、デケェとは思ってたけど……とんでもねえ隠し玉持ってやがったな」
「アホ抜かせ。なんやねんあの11番。予選グループ出てなかったやろ」
「外木場? 元々ラージリストだったんだよ、怪我人が出てソイツと入れ替わったんだ……ここだけの話、バスケ部から引き抜いてまだ一年弱」
妙に饒舌な藤村である。あれほどの逸材を出し惜しみしていたのは技術面の問題か。確かに足元の収まりはそこそこと言ったところだな。
とは言え、経験が浅いという点では慧ちゃんも同じ。今のところ地のパワーで押し切ってはいるが、いつまで防波堤として機能するかは未知数。
「余裕やな」
「まさか……! いつロベルト・バッジョが化けて出て来るか、気が気でしょうがねえよ」
「まだ死んでねえわボケ」
「お前こそ喋ってる場合か? 悪いけどこの試合、勝ち筋しか見えねえぜ……!」
清掃が終わり試合再開。自陣深くへ駆け出し俺から距離を取ると、逆サイドでのキックインを受け取る。ターゲットは……いや、違う!
「ヂエゴ、ワンツー!」
「コース切れ愛莉!」
僅かに生まれていたスペースを、奴は見逃さなかった。愛莉の寄せは一歩間に合わず、松永からダイレクトでパスが返って来る。
肩を全力でぶつけ止めに掛かるが、藤村はよろけることなくタッチライン沿いを突き進む。流石プロ入り目前の逸材、体幹も強い……!
「チッ……!」
「オッケーオッケー! ナイスチャレーンジ!」
外木場の暢気な掛け声に、藤村は不服な面持ちで片腕を上げ応える。シュートはギリギリのところでブロック。タッチを割った。
前半の失点シーンと同じ形だ。二の舞を演じるわけにはいかない、上手く守れて良かった……だが問題はこの後。
「真琴、慧ちゃん! 集中しろッ!」
「分かってるよ!」
「ドンと来いっス!!」
キックイン。藤村から供給されたループパスは、慧ちゃんと外木場の頭を越え逆サイドへ。ファーへ走り込んだのは松永……やれせるかッ!!
「ハルトっ!!」
「グゥッ……!?」
辛うじてヘディングで逃れたが、背後から圧し掛かられ、激しくコートと衝突。受け身が取れず犠牲となった左腕が酷く痛む。
松永はすぐさま立ち上がりピンピンしている。今更ではあるが、フィジカル自慢の相手に真っ向勝負は無理があり過ぎる。
何度も言わせるな、俺は技巧派だ。
守備は得意じゃない! やるけれどもッ!!
「オラァァァァ!!」
「ちょっ、兄さんッ!?」
「わーお!! ナイスガッツっス!!」
ロングレンジから藤村の弾丸シュート。枠へ飛んでいたが、渾身の顔面ブロックで防ぎ切る。痛いは痛い。だが知らん。痛覚など吐いて捨てろ。
零れ球を愛莉と12番が奪い合う。
ラストタッチは相手のようだ。山嵜ボール。
「交代だ! 長瀬妹!」
ベンチサイドから峯岸が呼び寄せる。
ビブスを脱ぎコート脇に立つのは。
………ついに来たな。待たせやがって!
「へへっ。鼻真っ赤じゃん。ウケる」
「笑っとる場合か! ホンマ頼むって、流れ変えてくれ!! もう守備ムリ!」
「あはははっ! はいはい、分かったって! ったく、しょーがないな~♪」
「痛っ゛た!?」
琴音からキャプテンマークを貰い受けそのまま渡すと、わざわざ痛めている左肩をグーパンでブッ叩いて来る。満面の笑みで。鬼か。或いは悪魔め。
いや、そうだった。お前は出逢ったあの日からずっと小悪魔で、勝負の鬼で、最近は専ら天使で……この世の存在とは思えない、そんな奴だったな!
「ねえ、ハル」
「アァ!? んだよ。遅延でファール取られるぞ……!」
「お願い。魔法、かけて」
キャプテンマークを巻き、スッと肩を落とす。見る者を深淵へと引き込む、エキゾチックな瞳が、俺を真っすぐ貫いていた。
はぁ。こんなときにお前って奴は、まったく。
なにが魔法だよ。かける側だろ、むしろ。
まぁでも、俺も似たようなものか。
なら、かけ合うくらいがちょうど良いかもな。
「…………日本語? 原詩?」
「いーよ、なんでも! ほらっ、早く早く!!」
やめだやめだ。力比べはもう懲り懲り。
ここからはズル賢く、エレガントに行こう。
空中戦? 温いね、まだまだ。
こうやって手を繋いでいれば。
俺たちは、空さえも飛べるんだから。
「……どんなときにも、忘れないように!」
「……望みを叶えてくださる言葉!」
「「スーパーカリフラジリスティック、エクスピアリドーシャス!」」
【in/out 長瀬真琴→金澤瑞希
山嵜高校1-1西ヶ丘高校】
※※※
本日、連載四周年を迎えました。日々のご愛読、誠にありがとうございます。伴いまして、作者からちょっとしたお知らせがございます。詳細は近況ノートかTwitterへ。
https://kakuyomu.jp/users/akihirayama/news/16817139557631007152
https://twitter.com/akihirayama/status/1557279332296302592
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