1005. ゲームチェンジャー


【in/out 廣瀬陽翔→市川ノノ

     長瀬真琴→倉畑比奈

     世良文香→栗宮未来

     シルヴィア→長瀬愛莉】

  


 プレータイム制限の為、前半の出番はここまで。同様に藤村も下がり、コート上の男子は西ヶ丘の6番とゴレイロのみ。


 それでも山嵜は上手く戦っていた。捌けるタイプが6番以外に居らずボールが渡って来る回数も増え、試合が落ち着き始めている。比較的には、だが。



「愛莉ちゃんっ!」

「……ッ!!」


 懐を抉る比奈の鋭い縦パス。6番のチャージにグラつきながらも、懸命なキープでポストプレーを完遂。落としにミクルが反応。



「グぬうぅぅッ……!?」

「イェスイェス! シュートで終わるの大事です!」

「クッ! そんな言葉は聞きたくないわっ!」


 バーを掠める惜しいシュート。励ますノノと対照的に悔しそうなミクルだが、甘んじて受け入れるべきだ。カウンターを喰らうよりは全然マシ。


 比奈とノノのライン、愛莉を頂点とするトライアングルの中心をミクルが自由に動き回り、何度かチャンスが生まれていた。

 愛莉が6番を釘付けにしてくれているので、その分ミクルがフリーになっている。


 だが、中々ゴールへ結びつかない。相手が男性ゴレイロというのもあるが、最後の一歩を崩し切れず、遠目から狙って外すケースも多い。



「悪くないが……最後の一工夫が足りないな」

「あと一歩なんスけどね~……!」


 もどかしい展開に峯岸、慧ちゃんも歯がゆい表情。気付けばタイムアウトを使う暇も無く、前半終了が近付いてきた。


 西ヶ丘は粘ってカウンター狙いのチームなので、男女関わらず引いて守る守備は得意な部類。

 普段より小さいゴールともなれば、ある程度割り切ってブロックを作れば守り切れるという自信もあるのだろう。


 このブロックを破壊したいが為の、愛莉の決定力でありミクルの個人技なのだが……シンプルにスペースが足りなさ過ぎる。

 さっきの比奈の縦パスだって、通ったの久々だからな。ほとんど刺せていない。



「なんか、不思議なゲームだよネ。お互い長所は消されている状況なのに、意図しない変なところで得点は生まれている……」

「変言うな。俺のゴールを」

「デモ実際そーでしょ」


 幾度となく11番とエアバトルを繰り返した真琴は、拭い切れない多量の汗を流し既に疲労困憊。事実、よく戦ってくれた。


 後半西ヶ丘がどう出て来るかはまだ分からないが、真琴が居るうちには少なくとも、ロングボール一辺倒のスタイルはして来ない筈だ。彼女がもたらしてくれた恩恵は大きい。


 それ故に、先の失点が悔やまれる。


 相手にとっては意図しない形だっただろうが、引いて守る守備でもリズムを作れると良い意味に捉えられてしまうと、こちらとしては分が悪い。結果的に選択肢を増やしてしまったから。



「痛っ!」

「ファール! 山嵜99番、プッシング!」

「なんですと!? 」


「ひえっ……これで五つ目じゃ……!」

「あと一回で第二PK、だよね?」

「市川先輩、我慢しとくれよ……!」


 有希と聖来も心配そうにコートを見つめる。

 ここだけの話、ノノも若干調子が悪い。


 誘うようにパスを回す西が丘と、プレスの強度が噛み合っていないのだ。瑞希の穴を埋めるべく必死に頑張っているが、やや空回り気味か。



「なにをビビっている倉畑比奈! 我に預ければなんとでもなるだろう!」

「ごめんごめ~ん!」


 愛莉への強引な縦パスは通らず、サイドで構えていたミクルは憤慨。あれは致し方ない。だってコース無いんだもの。そこじゃ出せんよ。


 まぁしかし、比奈もエアバトルの疲労が残っているのか。いつもよりパスが乱れる印象だ。

 彼女に限らず全員が基準値を下回っていて、違いを作れない。前半の総括はこんなところか。



「廣瀬。お前ならこの試合、どう動かす?」

「それは監督の仕事やろ」

「参考までに」


 流石の峯岸も計算通りとは行かないのか、難しい顔でゲームを眺めている。そうだな、相手の出方にもよるが……。



「正攻法や埒が明かんな。どこかしらでギャップを作る必要がある。比奈と真琴に任せて、俺が前に出るとか」

「まぁ他に無いか……栗宮もフィーリング悪そうだしな。サイドは破れてもエリアまでは攻略し切れない」

「もう一人おるやろ。突破口が」

「……分かってるさ」


 エリアのギリギリまで飛び出し、コートの面々へ指示を送る瑞希。やはりコンディションが気になるのか、峯岸はここまで彼女を使う様子が無い。



 現状一番の問題は『往なせるが剥がし切れない』ことだ。出来るのは俺と瑞希、そしてスペースを与えられた場合のミクル。カードは三枚。


 後半は俺へのマークが一段と厳しくなる。となると、代わりに仕掛けられる人材がどうしても必要だ。ただミクルは守備が不得意で、彼女が出ている間に肉弾戦を仕掛けられるとキツイ。


 だが瑞希なら巧みなドリブル突破は勿論、得意ではないが守備でも身体を張れる。

 一点突破型のミクルとの違いはここにある。様々な場面でゲームチャンジャーになれるのが、彼女の大きな強み。



「悩むくらいなら出そうぜ。気遣った末に敗退とか、マジで笑えねえから」

「……検討はする。ハーフタイムの間に動きはチェックするつもりさね」

「おいおい。慎重が過ぎやしねえか」

「このゲーム強度だぞ。アイツだって軽量級であることに変わりは無い。流れに乗り切れなかったら、そのまま穴になっちまうだろ」

「……まぁ、そうだけどよ」


 今日のコンディションに関しては峯岸がしっかり把握している。それはそれで尤もな言い分だ、ここは一先ず抑える。


 でも、お前も分かってるだろ。

 瑞希のプレーは。一番の魅力は。


 コンディションとか、相手の守備がどうとか、そういうレベルで片付けられるモノじゃない。コートに魔法をかけることが出来る。


 あらゆる常識を、概念をひっくり返す。

 それが金澤瑞希だ。


 彼女の代わりは居ない。なろうと思ってもなれない。誰にも真似出来ない。

 このファミリーにとって唯一無二で、必要不可欠な存在なんだ……。



【前半終了 ハーフタイム


 山嵜高校1-1西ヶ丘高校】



 甲高いブザーが鳴り響くと同時に、スタンドから詰まった息が一気に溢れ出したかのような、暑苦しい空気が流れ始めた。


 ロッカールームへ引き下がる両軍へ惜しみない拍手が送られる。終盤に掛けて落ち着き始めたとは言え、一進一退の好ゲームだ。


 立ちっぱなしで応援していたサッカー部の四人も、ようやく重い腰を下ろすこととなった。



「キッツイ試合だな……」

「流石に決勝トーナメントともなるとね。まぁでも、関東予選なんて全国とほぼ変わらないし、こんなものだよ」

「いきなり西ヶ丘相手だもんなぁ。負けちゃいねえけど、運悪いよな……」


 自分たちの試合より疲れる、と感想混じりに額の汗を拭った武臣と大吾は、手洗いへ向かうべく席を離れた。


 すると、先に済ませていた哲哉と克真をコンコースで発見。見慣れない外国人の子どもと、何やら対話を図っている。



「誰その子? テッちゃんの隠し子?」

「んなわけないっしょ! なんか、ヒロロンの応援しに来たんだって。先生とかなんとか言ってる」

「は? 言葉分かんの?」

「いやぁ~。ベルギー行く前にちょっと勉強したんだよねえ。ところがベルギーってドイツ語かオランダ語かフランス語で、スペイン語はまったく役に立たなかったという」

「アホかよ。凄げえけど」

「哲哉のコミュ力なら言語要らないんじゃない?」

「あ~~大ちゃんそういうこと言う~?」


 三年組がはしゃいでいる間、取り残された克真は浅黒い肌の少年に質問攻めに遭っていた。

 どうやら少年はサッカー部のジャージを見て、同じ山嵜の生徒と気付いたのだという。



『すげえ兄ちゃん! スペイン語分かんの!?』

『あははは。えっと、ちょっと、ちょっとだけ』


 週一でフットサル部の練習に参加している克真。シルヴィアの日本語の練習相手になってやれ、と陽翔にスペイン語の勉強を強要されており、簡単な挨拶程度だけは習得していたのだ。会話はほぼ成り立っていないが。


 少年はファビアンと名乗り、更にこう続けた。



『ねえねえ、ホシナの父ちゃん見なかった? アイツ予選は全部観に来てたのに、この試合は来てないんだ! 』

『ホシナ……慧のお父さん?』


 クラスメイトの有希や真琴から『保護者会が応援しに来てくれている』という話をそれとなく聞いていた克真。中でも慧のお父さんが、毎試合声を張り上げ凄まじい存在感を発揮しているという。


 言われてみれば今日は、それらしき人物が見当たらない。体育祭に来ていたあの熊みたいな大男だろうか、と一人考察を巡らせていると。



「ファビアン、年上のお友達が出来たの?」

「ハヤサカ! コイツ、ヒロノマブダチ!」

「あらあら? 廣瀬くんのお友達?」

「エ゛、早坂……!?」


 片思いしていた相手の母親が突如現れ、一転しどろもどろになる克真。有希の母親は廣瀬の名前を前にパァーっと目を輝かせる。



「あっ、分かっちゃったかも! もしかしてフットサル部の練習に偶に来てる……そう、和田くんでしょ! 有希から色々聞いてるの!」

「どど、ど、ドーモ……っ!?」

「いま、保科さんのお話してた? やっぱり有名なのねえ、まぁ目立つ人だし……そうそうファビアン。今日は用事があって来れないみたい。なんでも病院に行くんだって、昨日保護者会のグループラインに……」


 絡んできた割にほったらかされる克真であったが、この話も聞き覚えがあった。つい昨日、慧がクラス中で自慢していたのだ。


 色々と事情があって、あるクソ男を鉄拳制裁して来たと得意げに語っていた。

 そしてクラスのフットサル部勢に、カナザワ先輩が心配だと、やはり誰にも聞こえる大きな声で話していたことを思い出す。


 談話スペースで零れて来る母親への愚痴を、練習に参加する克真もしょちゅう小耳に挟んでいる。


 慧のお父さん、そして今日の試合に出場していない先輩……様々な事象が絡み合い、克真は一つの結論に辿り着いた。



(なんか、とんでもないこと企んでいるような……慧のお父さんだし、あり得るな……)


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る