1004. 理不尽
【in/out 長瀬愛莉→シルヴィア
山嵜高校1-0西ヶ丘高校】
(藤村は残ったか……身長もグッと下がったな)
長らく似たような展開が続き、先にタイムアウトを取ったのは西ヶ丘。藤村とゴレイロ以外の面子が入れ替わっている。こちらも愛莉が下がり、俺以外はセカンドセットの陣容に。
目論見通り、西ヶ丘は成功率がグッと下がったリスタートからの放り込みを止め、丁寧に繋いで来た。
フィクソへ移った藤村を中心に、リズムを作り直す狙いだろう。ターゲット役だった11番が割と疲弊しているし、致し方ない部分もある。
尤も、やろうとしたからって上手く行くかは別の問題。こういう戦い方をされる方が、俺たちの強みは発揮しやすい。セカンドセットなら尚更。
「取り切るぞ文香、シルヴィア!」
「任しときっ!」
「ガッテンショーチン!」
頂点の文香を先鋒に、ラインを押し上げホルダーへの圧力を強める。セカンドセットの強みはなんと言ってもこの守備強度。核となるノノこそ居ないが、代わりに俺が残っているうちは穴にならない。
投入された男子の6番は、松永より背は低いがスキルフルな印象。前線へ張り出す8番へ縦パスを狙っているが……シルヴィアの寄せが早い!
「拾え真琴!」
タッチラインを割るギリギリのところで真琴が回収。隙間を縫う縦パス一本、攻め残っていた文香の足元へズバリ。
「えっ!?」
「余所見はアカンでぇっ!!」
同じく途中投入の女子12番。効果的なワンタッチの叩きに、一瞬だが対応が遅れる。なんだその巧みなヒールパスは、いつの間に会得しやがった!
「チッ、クソが! なにええパス出しとんねん!」
「外しといてなんやその言い草は!?」
巻き気味に放ったショットは枠を僅かに逸れる。藤村の寄せが気になったのと、あまりに良いパスで準備が足りていなかったのだ。失態。
まぁ良い、この調子ならまたチャンスは作れる。12番相手なら文香もポストプレーをこなせるし、連中はセカンドセットのプレス強度に対応し切れていない。似たようなミスがこれからも生まれる筈。
(ベンチの意図か、選手の提言かどうかは分からないが……みすみす強みを手放してくれるとはな)
松永と11番が下がった時点で予想出来た展開だが、ロングボールが使えないと一気に攻め手が無くなる印象だ。予選グループでも同じ流れでオフェンスが停滞していた。これはリサーチ通り。
代わった二人の女子、男子6番は足元で受けたがるタイプ。裏へ走らせるパスを出したい藤村と呼吸が合っていない。人数を掛けて前線から奪いに掛かれば……必ずどこかで窒息する。
「ああ、そうじゃなくて……!」
西ヶ丘のキックイン。裏のスペースを狙った藤村の縦パスは、8番が反応し切れずラインを割った。これも噛み合っていない。
琴音、真琴と繋ぎ自陣で組み立て直し。
守備時はどう出て来る……?
「行ってみる?」
「ええで。やるか?」
「それは兄さんの仕事デショ!」
あくまでゾーンを意識しただけの守備陣形。真琴もここが攻め時だと感じ取ったのだろう。付けたパスをダイレクトで返される。
生意気言いやがって。なら、やってやるよ!
「よし、仕掛けろ廣瀬!」
「追加点イケますよ!」
スタンドから飛び交うサッカー部の声援を背に、右サイドからドリブルで侵入。6番が対応に入るが……。
「マジでッ!?」
「馬鹿っ、レフティーだぞ!!」
藤村のフォローも一歩間に合わず。アウトサイドの深い切り返しに6番は着いて来れない。撃てるか……いや、奥がフリーだ!
「シルヴィア!」
「モロタデェ!」
ファーポスト目掛けダイアゴナルの動きで飛び込む彼女へ、アウトに掛けた低いライナー性のパス。折り返せば一点モノ。
が、そう簡単には行かず。伸ばし切った左脚のパスはやや威力が足りず、ゴレイロにキャッチされてしまった。惜しい、でも悪くない展開……。
「んっ!?」
「来るよ兄さんッ!!」
手応えも束の間、西ヶ丘は即座にカウンターへ打って出た。西ヶ丘が、というか藤村だ。ゴレイロのスローイングを受け取り、サイドを爆走。
文香のファーストチェックが間に合わず、俺が対応しなければならない。この間に6番と8番も自陣へ侵入、あっという間に数的不利の状況に。
「ハッ、俺とタイマンやるつもりか!?」
「調子乗んな!!」
受け渡す気は毛頭無さそうだ。セレゾン時代はドリブルの不得意なイメージが強かった彼だが、思ったより迫力がある。だが利き足の右を切れば……。
「ううぉ!?」
「はーくん!?」
予想通りカットインからミドルを狙う藤村。振り抜いたショットは左腿でブロック……するも、想像以上に強力で身体を持っていかれてしまう。
イーブンのセカンドボールは真琴と6番の奪い合い。これがまた、悪いところへ零れた。制したのは6番。
落ち着いて逆サイドへ展開され、フリーの状況を作られてしまう。って、シルヴィアが戻って来ない……?
『ああんっ、もう! 痛ったーい!!』
「うわアイツ!?」
相手ゴール前で座っている。滑って折り返したときに内腿を火傷したのか。いやお前、せめてゲームの状況だけでも見ろって!?
「止めろ琴音っ!!」
「……っ!」
真琴もブロックに入れない。
8番が右脚を振り抜く。
腰が入ったグラウンダー性の鋭いシュート。懸命に右腕を伸ばす琴音だが、僅かに届かない。シュートは指先を擦り抜け……。
「はーくんセカンド!!」
「いや無理ッ!?」
辛うじてポストへ直撃。したのだが、その跳ね返りが琴音の伸ばした腕に当たってしまい、重心の逆を突かれてしまう。
零れ球は詰めていた藤村の足元へ。
冷静に押し込まれる。
「あっちゃ~……運悪過ぎるって……」
真琴の力無い呟きと共に、アウェースタンドへ歓声が広がった。先制ゴールから五分弱、早くも同点。俺がコートに立っている間は、パワープレーを除いて初めての失点だった。
「ルビルビのばか! あほ! とんちきっ! 痛いんならコート出えや!」
『仕方ないじゃないっ! 痛いものは痛いのよ!』
結果的に穴を作ってしまったシルヴィアを文香が叱責する。応急セットを持って行った聖来が窘めているが、バレンシア語、岡山弁、エセ関西弁の三か国語で果たしてコミュニケーションが成り立つか否か。
まぁただ、シルヴィアが悪いとは一概に言えないところ。藤村のドリブルを早めに止めておけばこうはならなかっただろうが、数的不利の状況では他に選択肢も無かった。真琴も潰し切るには難しい距離感だったし。
言わずもがな琴音に非は無いし、文香にはそもそも守備責任が無かった。致命的なミス無しにゴールを奪われたのは……ちょっと痛いな。
「仕方ありません。切り替えましょう」
「しゃあな……あの野郎、ええモン拵えやがって」
「今後も要警戒ですね……」
ベンチに祝福される藤村を琴音と二人で眺める。東雲学園と違って男女の隔たりも無く、ムードは中々に良さそうだ。
当時からミドルシュートには定評のあった彼だが、精度の割に試行回数が少なくて財部に怒られていたっけ。
そうそう。ああやって無理やりでも撃ってみると、何かしら起こるんだよ。クソが。マジで怠い。癪。
「難しいですね……この五分間、順調に攻めていたのは我々でした。二点目が入ってもおかしくない展開でしたが」
「あるあるやな。お互い研究されている勝負なら尚更、想定外のところから動いたりするモンや……」
割に合わない。フットサルらしさを突き詰めて優位に立ったのに、フットサル特有の狭さとスピード感で同点まで持っていかれるとは。しかも相手は意図していないという理不尽さ。
理不尽、という意味ではお互い様か。奴らのハイボール戦術も、俺の個人技も広義では似たような存在。
ともするとこの試合。
勝負を分けるのは細かいディティールではなく。
(瑞希が欲しいな……)
ビブスを脱いで再投入に備える愛莉へ、手振りを交え指示を伝えている。試合に出れなくてもこうやって、勝利のために必要な役割をこなしてくれる、本当に頼り甲斐のあるキャプテンだ。
でも、やっぱりコートで見たい。
彼女が一番輝くところで。
【前半09分50秒 藤村俊介
山嵜高校1-1西ヶ丘高校】
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