1003. よりによって
「ふむ、アイソレーションか……揺さぶりを掛けるなら悪くない時間さね」
「……ハルっ! やっちゃえ!」
色めき立つスタンドと瑞希の声援を背に、足裏でジリジリと前進。改めて相手の4番、松永ヂエゴと向き合う。
お呼びが掛かったから来たわけではなかろう。ここまで俺のマークは彼が担うケースが多く、藤村にしても一対一の守備は得意分野と言うほどでもない。
自陣で一対一の状況が生まれると、互いを奮い立たせるような声が矢継ぎ早に幾つも飛んで来る。
それもその筈。元天才レフティーと世代別代表によるガチンコ勝負だ。まぁ好きなように楽しめ。
(この男を早い時間に潰せれば……)
ここまで山嵜は、藤村と松永ヂエゴのディフェンスラインを一度も突破出来ていない。フィジカルで勝てないというのもあるし、リスタートから徹底的に狙って来る攻撃のせいで、リズムがブツ切りになっている。
どれもこれも、男二人に時間と空間を制圧されているからだ。ともすれば、アイソレーションはまず『攻めの時間』を奪うに有効な戦術。
そして彼を上回りチャンスを作り出せれば、相手は個人技による打開を恐れ必然的にラインが下がる。空間も掌握出来るというわけだ。
「デケえな。アンタ。足元見えてんの?」
「それなりに」
対峙する松永は低い声でポツリと返すだけ。挑発に乗るタイプではなさそうだ。構いやしない。俺もお喋りは好きじゃないし。
右サイド寄りからゆったりと侵入。足裏でボールを舐め少しずつ距離を縮める。松永も迂闊に飛び込むような真似はしない。
なるほど。こうして向き合ってみると、縦にデカいはデカいが横幅はそれほど無いんだな。頻りにステップを踏み位置取りを細かく修正する姿を見るに、潰すより刈り取る守備の方が得意そうだ。
(だったら……)
左腕を広げ、人差し指をクイクイと折り曲げる。すぐに逆サイドの真琴が反応して、少しだけフォローに降りて来た。
11番がチェックしているとは言え、ここからワンツーで崩される方がリスクは大きい。松永はほんの一瞬だけ、視線を右へズラしてしまう。
――――今だ!
「ヂエゴ、縦ッ!!」
「ッ……!?」
インサイドで蹴り出し一気に加速。
トップスピードで縦へ仕掛ける。
すかさずブロックに入る松永だが、僅かに準備が足りなかった。スピードに乗った俺に身体をぶつけ切れず、やや遅れて並走する形となる。
藤村と14番はフォローに入らない。彼の守備力を信頼し敢えて任せたのだろうが……それ、失敗かもな!
「撃てるよハルっ!!」
身を投げ出し止めに掛かった松永を、素早いダブルタッチで躱し切る。ラインは……割っていない!
「マジかよコイツ……っ!」
「フォロー遅せえんだよ!」
慌てて藤村もスライディングで飛び込んで来るが、これも上回った。コンパクトな振りから放たれた左脚トーキック。
狙いはゴレイロの肩上。
腕を伸ばしても届かない絶妙なコース。
そっちがサッカーしかやる気が無いなら、俺たちは徹頭徹尾、フットサルで対抗させて貰う。その最初の一手が、これだ!
「――――だらっしゃああああっっ!!」
「いやっふううーーッ!! さっすがセンパイ!!」
不規則な弾道を描いたシュートは、ゴレイロの指先を擦り抜けポストへ直撃。勢いのまま逆サイドのネットを揺らした。
爆音の歓声が広がるアリーナ。ゴール裏まで走り切ると、ベンチから飛んで来たノノに捕まり押し倒される。すぐにみんなも駆け寄り、歓呼の輪が広がった。
デカい、デカ過ぎる先制点だ……!
「マジでヤバすぎますっ!! めっちゃ興奮しました抱いてください!!」
「一か月我慢しろッ!」
何故かノノが馬乗りされ、みんなにボコボコにされていた。輪を抜け出すと、遅れてベンチからやって来た瑞希が顔を覗かせる。
「ホントに決めんじゃん! やばっ!」
「悪いな、十八番パクっちまって」
「……んーん。ナイスゴール!」
会心のハイタッチが決まり、瑞希は満開の笑みを綻ばせる。ご満足いただけたようで何よりだ。
重苦しいムードは消え去った。
さあ、ここからは笑いっぱなしだ。
【前半05分07秒 廣瀬陽翔
山嵜高校1-0西ヶ丘高校】
「悪い……止められなかった」
「気にすんな。切り替えようぜ」
肩を落とす松永の背中を叩くなど、気丈に振る舞う藤村ではあったが。女性陣に囲まれ悠々と自陣へ戻る陽翔を前に、内心穏やかではいられない。
(確かにヂエゴはそんなに速くねえけどよ……あり得ねえ。靭帯切り掛けた奴のスピードじゃねえだろ……!)
味方を囮に使った縦への強引なドリブル突破。
セレゾン時代から陽翔が得意とするプレーだ。
併せて言及すると、この手の単独打開は同じようなポジションを主戦場としていた藤村が最も苦手とするところ。
陽翔の動きを参考にしろ、と財部から度々指摘されていた中学時代の苦い思い出も脳裏を過ぎる。
(完全にこっちのペースだったのに、一人で決めやがって……だりぃ、怠すぎる。また嫌いになりそうだわ……)
心のなかで盛大に舌打ちを噛まし、スコアボードを一瞥する。刻まれた1がこの試合にどれだけ大きな影響を及ぼすか、もはや言うまでもない。
何より、これまで散々煮え湯を飲まされて来たスペシャルワンの復活を、嫌でも意識せずにはいられなかったのだ。
「ねー藤村くん。やっぱ5番は二人掛かりで潰した方が良いんじゃなーい?」
「……いや、大丈夫だ。ヂエゴを信用しろ。向こうの8番も結構競れるから、ポストプレーは慎重にな」
「そう? ん、おっけー」
ダイナミックなプレーとは対照的に、のほほんとした面構えが印象的な11番の外木場へ簡単に指示を送り試合の再開を待つ。
と言うか、他のことを考えられなかった。それが悪手だと気付いていても尚、藤村は余裕を持てなかった。
(俺が不安になってどうする……! やることは変わらねえ、アイツを意識しないで、ウチらしく戦えばチャンスは作れる……!)
強化の一環として女子サッカー部と協力関係を結んだは良いものの、同じコートへ立つようになってまだまだ日が浅い西ヶ丘。どちらもロングボール主体のスタイルを持ち味としており、自ずと戦い方は限定される。
予選では『フットサルらしく』プレーしようとする余り苦戦を強いられたが、むしろ本来のスタイルへ舵を切る良いきっかけになった。事実、徹底したハイボール戦術に山嵜はまだ対応し切れていない。
この試合まで温存されていた外木場の存在もプラスに働いた。試合の流れは明らかに西ヶ丘にある。失点シーンも崩されたわけではない。
しかし、だからこそ。
先制ゴールがあまりにも重い。
よりによって、廣瀬陽翔に叩き込まれてしまった。
「ヂエゴ、やり切るぞ!」
再開直後。号令を受け取り、すぐさま松永は最前線の外木場へロングフィード。真琴と激しく競り合い、巧みにマイボールにしてみせる。
フォローに入った藤村は愛莉のチェイスを力づくで制し、やや遠い位置から右脚を振り切る。シュートは枠へ飛んだ。
だがコースが甘い。ほぼ正面に行ってしまい、琴音の冷静なパンチングで機を失する。これには藤村も唇を噛む。
女性ゴレイロ相手に止められた悔しさからではない。あまりにも単調過ぎる攻めだったと、後から気付いたからだ。
(ヤバイ、ヤバイやばい……ッ!? こういうことやってるとアイツが……!)
悪い予感は即的中する。14番のキックインが逆サイドへ流れ山嵜ボールとなると、陽翔はすかさずボールをセット。
左脚をさっと振り抜き、低い弾道のロングフィードを供給。抜け出していたのはサイドに流れた文香。
「ヂエゴ、遅らせ――なぁッ!?」
驚きのあまり声も出る。松永が寄せ切る前に、文香はトラップもせずダイレクトボレーを選択。後ろから飛んで来たボールを直接叩いてみせた。
これが見事に枠へ飛ぶものだから、スタンドからもどよめきが飛び交う。惜しくもゴレイロの正面を突きゴールとはならなかったものの。
「ええで、ええで! ナイスはーくん!」
「決めろやボケッ!! 完璧なフィードやったろが!」
「次は決めますぅぅ~~!!」
軽口を飛ばし合いながら守備位置へと戻る二人に、藤村の脳裏は最悪の未来予想図でいっぱいになった。
あの手の高速カウンターは、むしろ西ヶ丘が狙っていた形。それをこちらよりも高い精度で再現して来た。
『それくらい、こっちも出来る』
『次は逃さない』
強烈な無言のメッセージが藤村の左胸へ突き刺さる。やはり思い出してしまうものだ。昔から彼はこうだった。
針の糸ほどの僅かな隙間でさえ、あの男は見逃さない。そこからじわじわと侵食し、すべてを喰らい尽くすのだ。
(だ、駄目だ、このままじゃ……! 前半のうちに何かを……違いを作らないと、そのままやられる……ッ!)
早々に気付いてしまったのは、彼にとって幸か不幸か。恐怖に駆られた大味な決断が思わぬ形でゲームを動かすのは、それからおよそ五分後のことである。
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