1002. 散れッ!


「やっぱ強えーな西ヶ丘……」

「うーん、ここも……落ち着かないなあ」

「うわっ、危ない!」


 開始早々のピンチを皮切りに、肝を冷やし続けるホームスタンド側の山嵜高校サポーターたち。既にプレータイムは三分を経過。


 インターハイ敗退に伴い、決勝トーナメントから応援団へと合流したサッカー部の面々。総勢五十名近い新たな軍勢の中心は、フットサル部とも親交の深い葛西武臣、茂木哲哉、谷口大吾、そして一年の和田克真。


 最前列で試合を見守っているが、特に大吾は居ても立っても居られないのか、ピンチのたびに席を立ち上がり落ち着かない様子。



「凄いな……こないだの紅白戦で慣れたと思ってたけど、公式戦となると全然別物だ。あの廣瀬くんでさえパスミスがある」

「いや、ミスじゃないですよ。単に出し処が無いんだと思います。スペースもほとんど無いし、一人で持ち続けると危険ですから」

「そうなのか?」

「はいっ。フットサルはボールが外に出ると、時計も止まりますから……下手にキープするより、流れを切って陣形を整えたいんだと思います」


 なるほどそんな戦い方が……と関心深げに頷く大吾。陰ながらフットサル部の練習に参加している彼の意見だ、きっと正しいのだろうと、一旦落ち着いて席に座り直す。


 短い時間ではあるが両競技を経験し、陽翔から幾度となく薫陶を受けて来た克真だ。両チームの狙いが彼にはハッキリと見えていた。



「やっぱ男が二人いるとキツイよなぁ~。あの11番も長瀬ちゃん並みにデカいし……」

「それもですし、キッカーに寄せ切れてないのが良くないです。たぶん、市川先輩のチェイシングで出し処を制限したいんでしょうけど……ちょっとハマってないですね」

「市川? あー、そういやスターターか……え、つまりどういうこと?」


 首を傾げる武臣に、克真はコート中央奥、左サイドラインの辺りを指差し、このように解説を始める。



「単に高さで対抗するなら、倉畑先輩じゃなくて真琴を起用する筈です。セカンドボールを回収して、イニシアチブを取りたいんですよ。でも西ヶ丘の……やっぱ凄いですね、藤村俊介」

「まぁな~。流石はプロ入り目前の逸材だわ」

「なんと言ってもポジショニングですね。落下地点の予測がめちゃくちゃ上手い……4番もそうですけど」

「はっはぁ~……良く見えてんな克真」

「鍛えられてますから……要するに、市川先輩と藤村俊介がどうしてもミスマッチなんです。左サイドを制圧されていて、簡単にクロスを上げられてしまう……ここもですっ!」


 深い位置からのアーリークロス。シンプルだが威力あるライナー性のボールに、11番外木場が頭から突っ込んで行く。


 マークしていた比奈はジャンプさえ許されず、フリーで合わせられてしまう。これも枠を逸れ危機を脱するが、一点モノのシーンだ。



「うっひゃ~! 危っぶな~い」

「捕まえ切れてないですね……山嵜は基本、ローテーションをしないでポジションを守るので……こういうミスマッチが頻繁に起こってるんです」

「ほえ~。でもヒロロンは動かないんだ?」

「動けないんですよ。4番がずっとオーバーラップ狙ってますから……一瞬でも右サイドを開けたら、そこから抉じ開けられます」

「はっはぁ~ん……そうは言っても、藤村をなんとかしたいよねえ~」


 お決まりの能天気な声色は変わないが、哲哉の表情にさえもやや硬さが垣間見える。この序盤、ゲームの主導権は明らかに西ヶ丘の手にあった。


 一向にボールが落ち着かない。徹底的にロングボールを放り込んで来る西ヶ丘に対し、山嵜は跳ね返すだけでも精一杯。


 痺れを切らし愛莉がバックラインまで戻って来るが、逆にセカンドボールを拾えない悪循環へ陥っていた。回収役として期待されたノノも、男手二人に往なされ本来の強みは発揮出来ていない。



「ていうか……一緒だよね、西ヶ丘。選手権のときと。フットサルじゃなくて、ずっとサッカーやってるって感じ」

「な~。ロングスローがキックインになっただけで、やってること同じだわ」


 大吾、武臣も難しい顔で同調する。対戦経験こそ無いが、西ヶ丘サッカー部のプレースタイルは色々な意味で他校からも評判だ。



「まぁ、古典的なキックアンドラッシュだよ。今どき珍しいけど……でも、強いんだよね。高体連だとこういうチームがさ」

「なんか、発展性が無いですよね」

「ところが勝っちゃうんだよ。高校年代では体格差だけで大きなアドバンテージになるからね。今年優勝した青森松田アオモリマツダだってそうだろ?」

「まぁ確かに……」

「特にトーナメントだと、そういうチームの方が有利だったりするんだよ。パスワーク主体と言っても、高校レベルならミスも頻発するし……一点が勝負に繋がる一発勝負なら、理に適った戦い方なんだ」


 深いため息と共に大吾はますます険しい顔つきへ。克真もそれ以上は何を言う気も無くなり、再びコートへと目線を下した。



(だったら尚更負けられないっすよ、廣瀬先輩……フットサルの大会で、サッカーに負けるのだけは……!)



【in/out 市川ノノ→世良文香

     倉畑比奈→長瀬真琴】



「早く戻れ市川っ! 交代!!」

「ファァァァァ゛ーーーー゛!! まだなんもしてないのにいいイイィィ゛!!」


 お冠の峯岸に呼び付けられ、ぷんすかプンプンと湯気を立てたノノがベンチへと駆けて行く。気持ちは分かるが仕方ない。ミスマッチが過ぎる。


 開始から四分。いよいよ現編成では埒が明かないと踏んだのか、早々に交代が行われた。フィクソを真琴に、ピヴォに文香が入る形だ。



「無理すんなよ真琴! 行けたら持ってけ!」

「ハァン? どっちだよ!」

「どっちもや!」

「ったく、無茶苦茶だなぁ……!」


 元より守備者より司令塔としてのタスクが多い比奈。身体を張る守備ではどうしても不利に働く。ロングボールを跳ね返しつつカウンターの先鋒となるのなら、360度鼻の利く真琴の方が適任だ。


 そして前線の居残りも、ワンタッチでゴールへ迫れる文香の方がスピード感もを出せる筈。後方から良いパスを供給出来れば、少ない時間でゴールへ迫れるだろう。賢明な交代策と言える。


 まぁしかし、後出し感は否めない。

 最初からこうなると分かっていれば……。



(こうも割り切って来るとはな……)


 兎にも角にも、事前の情報とスタイルが違い過ぎる。予選グループでは男子と女子がチグハグな距離感でパスを回していて、それほど脅威に映らなかったという面もあるにはあるが。



「ハルト、11番のマークは?」

「そのまま真琴に任せる。愛莉は4番や。キープ出来なくてもええ、遠目からでもガンガン撃て。まだゴレイロからの繋ぎが無いからな、隙があるかもしれん」

「う、うん……でもやれるだけよ?」

「それでええ」


 勿論男子二人は相当厄介だが、それ以上に問題なのが11番だ。ただデカいだけでなく、ちゃんと身体を張れる。


 ほとんど慧ちゃんみたいな選手だ。プレーに力みも見えず、ソツなく淡々と攻め込んで来るので掴みどころが無い。


 ただでさえ男子が二人出ているだけでも想定外なのに、上背のあるプレーヤーが更に一人増えたのだ。

 もうポゼッションとかイニシアチブとか言っていられない。無理やりでも張り合わないと、ゴリ押しで潰される。



「はいっ、マイボール!」

「でかした真琴!」


 唯一小柄なプレーヤー、女性の14番と奪い合いこちらのキックインにしてみせた。漸くパスを回せそうだ……さあ、どこまで出て来る?



「なんや、遊びに来たのか?」

「いつまで経っても来ねえからな!」


 右サイド寄りで受けるや、すかさず藤村がチェックに入る。無理に奪いに来る様子は無い。あくまでリトリート、受け身の守備か。


 西ヶ丘にしてみれば、リスタートから素早く攻めに転じることでチャンスを作れるのは既に立証済み。焦って潰そうとする理由も見当たらない。


 こちらとて不用意なカウンターは避けたいところ……とは言え、どこかでリスクを負って攻めないと、スコアは動かないまま。



「んだよ、ビビってんのか!? あの廣瀬陽翔がァ!? 俺なんて、視界にも入らないクソ雑魚だったんじゃねえのかよ!!」

(黙らっしゃい皆見二号が)


 琴音へバックパスすると、ニヤニヤと意地汚い笑顔で煽り散らかす藤村。俺が攻めあぐんでいる姿がよほど面白いのだろう。


 まぁ気持ちは分かるけどな。

 視界に入っていなかったのは事実。


 だから試合前に言っただろ。お前の実力は認めてるよ。先週の皆見と違って、チームを牽引し勝たせられるプレーヤーだ。今の藤村俊介は。

 

 なので、お前の相手はしない。

 他に試してみたい奴がいる。



「……散れッ!」


 バタフライみたいに両腕を大きく広げ、コートの隅へ移動するよう促す。愛莉、真琴、そして文香は敵陣へと走り出した。


 スタンドは大いに沸き立っている。サッカー擬きばかり見せられて、いい加減飽きて来ただろう。なら期待には応えねば。


 そろそろ始めるぞ。フットサル。


 見ててくれ、瑞希。これ大好きだろ?

 お前がコートに居ないなら、俺がやってやる。



「来いよッ! 4番!!」


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