988. 途端にやり辛い
「ったく、走った分チャラになってもうたわ。なんでこんな暑い日にラーメンやねん」
「文句あんなら食うなよ。奢りだぞ」
「ヘイ大将っ! 味玉二個追加で!」
「お前はちっとは遠慮しろ?」
思いのほか作ってくれたご飯の量が多くて、反省回も程々にみんな寝落ちしてしまった。徹夜の愛莉をはじめ試合の疲れも残っていたのだろう。
十時過ぎに目を覚ましたら瑞希以外はまだ寝ていたので、軽く汗を流そうと一緒にランニングへ向かったところ、三十分と経たず峯岸に呼び出される。
久々にラーメンが食べたかったらしい。久々と言っても一週間前に行ったばかりなのに。食い過ぎ。食べるのも早過ぎ。健康診断引っ掛かっちまえ。
「珍しくよく食べるな」
「寝たら腹減ったってさ」
「ガキか」
特製MAXラーメン大盛りを至福の面持ちで啜る瑞希を横目に、峯岸はテーブル卓へ電子タブレットを置く。この映像は……。
「ハッキリ言って、予選の四校とは比較にならないね。技術もフィジカル面も、相当鍛えられている。一筋縄ではいかないな」
「去年の準優勝チームやしな。腐っても」
やはり準々決勝の対戦相手、西ヶ丘高校の話をしたかったらしい。アイツを手放しで称賛するのも憚れる所存だが、でも強いチームだ。
何を隠そう、昨年の全国大会で決勝まで進んだ強豪である。惜しくも町田南に敗れ準優勝に終わったが、実績に掛けては山嵜と雲泥の差。
「毎年Aチームで出場機会の無い、下級生中心で参加しているみたいだな。ところがしかし」
「今年は何故か、そのメンバーが残っとる」
「藤村俊介を筆頭にな……要するに、冬の選手権にも出場した選手たちだ。ギリギリいっぱいの五人まで登録してやがる」
全国のレベルと公式戦の難しさを知り尽くした精鋭たちというわけだ。今まで対戦してきたチームとは異質のモノがある。
一方『去年の全国』とは毎年行われている男子の部を指していて、混合チームとしての実績は無い。共にプレーする女子サッカー部の選手たちが基本的には中心だ。狙い目があるとすればここ。
「一応、そっちもそっちでそれなりのチームみたいだけどな。インターハイも都予選ベスト8まで行ってるし」
「それなり、やな。確かに」
「ただどうかな……東雲学園の山本よりは落ちるか。トータルは悪くないが、抜きん出た個性を持ったプレーヤーが居ない」
聖来が撮ってくれた予選の映像は既に拝見したが、あまり『フットサル』をやり慣れていないチームという印象はある。
ゴレイロ、フィクソに藤村をはじめ男性選手を置き、オフェンスは女性陣に任せる戦い方を取っているが、見た限りはあまり機能していない。
それでも男子が前へ出て来て打開したり、リスタートからの素早い攻撃でゴールを挙げ、ちゃっかり勝利はしているのだが……チームとしての完成度はそれほど高くないようにも思う。
「まぁ、硬い試合にはなるだろうな。ゴレイロを男子がやってた時間帯は一点も取られていないし、何よりこの二人さね。私よりか詳しいだろ?」
「一人はな。コイツ、ハーフか?」
「日系ブラジル人らしいね。今どき珍しくもない」
キープレーヤーはなんと言っても、セレゾン黄金世代の一角。
当時はサイドに流れて打開するタイプのアタッカーだったが、上京後はボランチにポジションを移したようで。どこか忘れたけど、二部のプロクラブに練習参加していると聞いた。
180オーバーの恵まれた体格を生かし、中盤にどっしりと構えて捌くタイプの司令塔へ変貌している。
飛び出しのタイミングが良く得点にも絡め、守備もハードにこなす。チームに一人は欲しいグッドプレーヤーだ。
「デカいな……藤村より10センチは高い」
「公称190だってさ」
さて、そんな藤村以上に目を惹かれるのが褐色肌の大男。筋肉隆々、明らかに高校生の体格じゃない。周りが女子だらけのせいで余計に浮いている。彼も強豪サッカー部の精鋭か。
「
「んな奴を混合大会に出すなよ……ッ」
「それを言ったら廣瀬、お前だって似たようなものさね。女子相手にあの和製ロベルト・バッジョを送り込むなんて、反則も良いところさ」
電子タブレットをスライドし、彼の簡単な経歴の載ったページを見せてくれる。へえ、生まれも育ちも日本なのか。
最近増えたよなぁ、ハーフの選手。セレゾン時代に何度か対戦したけど、意味分からんとこに脚が伸びて来て、やりにくかったな。
これが生粋の外国人選手だと、アッサリ飛び込んで来たり妙に隙があって、意外と対処出来てしまうのだが。日本人特有の心遣いとでも言うか、そういうのが合わさると途端にやり辛い相手になる。
「残りの男子もサッカー部の中心選手さね。恐らくゴレイロ以外は入れ替わりで出場する形だ。お前が潰すんだぞ」
「はいはい、やれるだけやりますよ」
負ける気は更々しないが、久しくトップレベルでプレーしている男子とやり合った経験が無いのは気になるところ。
町田南とのスパーリングはたった五分だったし、川崎英稜の二人は根っからのフットサル選手だからな。
春から重点的に鍛えて来た上半身を含め、俺のフィジカルが現役のサッカー選手相手にどこまで通用するか……ここで遅れを取れば、みんなに負担を掛けてしまう。厳しい戦いは避けられない。
「ハルぅ~。早く食べてよ~」
「え、おん。なんなら食ってええけど」
「まじで!? じゃーもらう!」
途中から興味無さそうに聞いていた瑞希に残りのラーメンは任せ、ある人物へメッセージを送る。何か有益な情報を掴めると良いが。
『トーソンの弱点? 女慣れしてないとこ?』
「他ので頼む」
帰り道、すぐに電話が掛かって来た。お相手は同郷の堀省吾。決勝トーナメントへ進出した埼玉美園高校のクソチビ自称モテ男。
上京後も頻繁に絡んでいるらしいし、何かしら知っていると思ったのだ。というか、俺が知らなさ過ぎる。セレゾン時代もロクに話さなかったし。
『そーだなー。これと言ってウィークポイントが無いのが、トーソンの良いところでもあるからねー。こっち来てからすげえ鍛えたらしいし』
「だろうな。見れば分かる」
『あーでも、守備のポジショニングはちょっと怪しいかな~って。前に一回試合したんだけどさ、裏取って一点決めちゃったんだよね』
「裏ケアねえ……そもそも前に釣り出さないと、突くのは難しいわな」
『アニキなら簡単っしょ』
「ハッ。どうだか」
相変わらず敬っているのか舐めているのか分からない物言いだ。まぁ嫌いではない。間違っても好きではないが。アニキ言うな同い年が。
その後は他の選手についても幾つか情報収集。東京屈指の強豪とあって、今回登録されている選手も名の知れた者が多いようだ。
『松永ヂエゴ? あー、あれはヤバい。ヤバいってかエグイ。ぶつかってもビクともしねーもん。高校年代じゃ反則だよアイツ』
「そりゃまぁ、軽量級のお前には辛いわな」
「いやー、身体の使い方も上手いんだよこれが。小田切先輩の倍は強いね。でも脚は遅いよ。フットサルなら大して目立たないだろうけど』
なるほど、スピードか。となると奴らをはじめポジションの低い男を釣って、瑞希やシルヴィアに仕掛けさせるのが効きそうだ。こういう相手にこそ聖来を使ってみたかったなぁ……。
『しっかし大変だよね~トーソンも。プロ入り出来なかったら強制送還なんて』
「え、なんそれ」
『あれ知らない? トーソンの実家って、長いこと続いてる酒屋さんなんだよ。
「初耳過ぎる」
そんな出自だったのか藤村。永易スタジアムの近くに酒屋なんてあったっけ……イメージ湧かないな。どことなく道着が似合いそうな出で立ちではあるが。前掛け巻いて店頭に立つ藤村はちょっと面白そう。
『上京するときも半分絶縁くらいの勢いで、無理やり突っぱねたんだって。でもお父さんがどうしても店畳みたくないから、それならプロ入れなかったら良いよって、トーソンも折れたんだってさ』
「ほ~ん……優しいやっちゃ」
『いま練習参加してるクラブだって、神戸だよ神戸。地元めっちゃ近いでしょ? ああ見えて家族思いなんだよ』
「なのにモテねえのな」
『女子からは重たく見えるんじゃな~い?』
言わないようにしてたのに。
そんな事情ちっとも知らなかった。アイツもアイツで苦労しているんだな……まぁただ、帰る家があるだけマシだろって、思わないことも無いけど。
「んー? なにぃ?」
「……今日、どこで寝る?」
「ハルの部屋ぁー」
振り返る先には、満足げに目を細めぱんぱんのお腹を擦る瑞希。結局このまま泊まって行くようだ。みんなもまだ寝てるし、良いけどさ。
やっぱり、な。
帰る場所は、必要だよな。
『アニキー、誰か近くにいんのー?』
「俺の女。じゃあな堀、お互い頑張ろうな」
『え!? ちょっ、待ってそれ詳し――』
適当に通話を切り、暇していた彼女を迎え入れる。明日は早起きだ、しっかり走ってラーメンの分だけでも消化しないと。
「みんなまだ寝てるかな?」
「さあ。起きても終電無いけど」
「……じゃあ、ほぼ二人きり?」
「かもな。風呂どうする?」
「入るっ!」
気を付けよう。彼女と過ごす夜はいつも短い。
笑いっぱなしで、気付いたら明けてしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます