981. 潰し甲斐がある


【in/out 世良文香→市川ノノ

     廣瀬陽翔→倉畑比奈】


「あとは頼むで市川! その無駄な脂肪使うてしっかりブロックしいや!」

「お任せくださいっ! あとでブッ殺すので覚悟決めといてくださいね☆」

(どういう感情やねんお前ら)


 予想通り、東雲学園はパワープレーに打って出て来た。俺はラスト二分の出場に備えるため一旦お役御免。


 当面の三分間は比奈と真琴、愛莉のノノがそれぞれラインを組み撤退戦へ挑むこととなる。俺が出場出来ない時間帯を耐え凌ぐため、時間を掛けて取り組んで来たパワープレー対策だ。



「スイッチ役は8番か……」

「向こうも男子のプレータイムを消費しているからな。お前と同じタイミングで5番と入れ替わる筈さね」


 男子8番がゴレイロのユニフォームを着て出場。愛莉の構えている右サイドへ入った。最後尾は変わらず山本さん。



「ついに来たっスね、パワープレー……!」

「こればっかりはレベルもなんも関係無いからな……耐えるしかない」

「パワーのプレーっていう、もう響きからしてカッコいいっスよね……!」

「ちょっと黙ろうか慧ちゃん」


 トータル残り五分間、数的不利の状況を守り切らなければならないわけだ。謎に興奮している慧ちゃんはともかく、人数でゴリ押しされるのだから守備側は大変な労力である。


 一度奪えばゴールはがら空きだが、一人多い相手に丁寧に繋がれてはそれも難しい。無理にパスカットでも狙おうものなら、空いている選手に易々と通され、簡単にフリーの状況を作られてしまう。



「落ち着いて、落ち着いて! シュートさえ撃たせなければ、守り切れるよ!」

「目を切らないでくださいっ! そうです市川さん、中に入られないように!」


 最後尾の山本さんを頂点に大きな三角形を作り、目まぐるしくパスを回す東雲学園。比奈と琴音が中心となって三人を動かし、シュートコースだけは防ごうと必死に声を飛ばしている。


 無論、ただ回しているだけではゴールも生まれない。どこかで仕掛けて来る。そのタイミングさえ見抜ければ、むしろカウンターのチャンスが……。



「長瀬ブロック! おっし!」

「愛莉さん、ナイスです!」

「グゥッ……!?」


 隙を見た8番のカットイン。愛莉が身体を投げ出し辛うじてブロック。逆サイドへと流れ相手キックインに。


 ボールは再び山本さんの元へ。パワープレー続行。そう、これが辛い。奪い処が見つからない間は、本当に耐えるだけなのだ。


 当たり前だが攻撃より守備の方が体力を使うわけで、それも終わりの見えない防戦一方では猶のこと消耗も激しい。



「うぅっ……なんだか急に、味方がおらんくなったみたいじゃ……!?」

「判官贔屓しやがって……」


 山嵜応援団を除くアリーナの観衆は、みんな東雲学園を応援しているようだ。すっかり変貌したスタンドの雰囲気に聖来も不安そう。


 これもパワープレーの嫌なところ。基本劣勢に立たされた際の戦術だから、中立の観客からすれば分かりやすいサインなので応援したくもなる。


 加えてゴレイロ(キーパー)が攻撃に加わるのは、サッカーや他のスポーツでは滅多に無いシーンだ。フットサルでは良くある戦術だが、その特異性も相まって『とんでもない事態になった』感とでも言うべきか。



 何かが起こりそう。

 大逆転劇が見られるかもしれない。

 期待混じりの予感が、アリーナ中を埋め尽くす。


 押せ押せの雰囲気を半強制的に作られ、せっかく作ったリードもすべて引っ繰り返されるかもしれないなんて。正直やってられない。パワープレー、本当に厄介な戦術だ……。



「マコくん危ないっ!」

「寄せろ真琴ッ!!」


 飛ばしのパスが11番へ収まる。左脚を振り抜くが、渾身のブロックで枠には飛ばせない。良いぞ真琴、集中出来ている!



『その調子よ! このままヒロが出るまで耐え切っ……って、まだ一分!?』

「時間経つの遅っせえな~……!」


 もう長いことパスを回されているが、四分の一しか経っていない。ずっとインプレーだから時計の針は進んでいるのに、いつもより経過が遅く感じる。


 瑞希とシルヴィアは居ても立ってもいられず、コーナーアークの辺りまで近付きプレーヤーたち鼓舞する。少しでも接触があれば『ファールだ!』『マイボール!』と絶えず喧しい。


 だがこれで良い。苦しいのはお互い様、ちょっとでも相手の隙を作れば試合を終わらせられるのだ。何か突破口さえあれば……。



「どうする、もう行くか?」

「まだだ。アイツらを信じろ……!」


 峯岸は動こうとしない。中々プレーが切れず交代しようにも出来ない状況だが、あくまで最初の三分は俺抜きで耐え凌ぐ腹積もりだ。


 分かってる。分かってるけど、こんなの落ち着いて見てられない。二点差でもこの圧力とプレッシャー、これも公式戦の重圧か……ッ。



【Fグループ最終節 後半11分10秒


 山嵜高校3-1東雲学園高校】



「へっ。慣れてねーなー。笑えるぜ」

「こればっかりは経験が無いとね……」


 大逆転劇への微かな道筋が光り出した頃。周囲の熱狂から逃れるよう、町田南の二人はいそいそと帰り支度を始めていた。


 フットサル界の絶対王者である町田南。パワープレーを受けるのは日常茶飯事と言っても良い。東雲学園の攻勢も山嵜必死の抵抗も、明海にとってはチグハグで滑稽な姿に見えるようだった。



「でもホントに良いのか?」

「なんだよ。帰りたがっていたのはキミだろ」

「そーだけどよーっ。あの感じならまだ分かんねーぜ? あっちの5番もプレータイム残ってるっぽいし」

「いや、本当にもう良いんだ。廣瀬くん抜きのパワープレーの守備陣形だけ、最後に見ておきたかったから。足りないデータはこれで全部揃った」


 ノートパソコンを閉じ席を立つ兵藤。美桜のミドルシュートをノノが滑り込んで防ぎ止め、スタンドからは大きな拍手が沸き起こった。


 だが兵藤はもはや、コートでの出来事に関心を示そうとはしない。国内屈指の強豪へ身を置き、幾多の死線を潜り抜けて来た彼の第六感が訴えていた。ここから先、スコアが動けど勝敗に違いは無い。


 山嵜の三点目はそれだけ大きなモノだった。廣瀬陽翔の成し遂げた偉大なる功績に気付いている者は、このスタンドで彼一人。



「最後まで見たいのなら残りなよ。相模さんにはそう言っておく」

「えーっ!? だったら良いよ! ぜってー変な尾ひれ付けて話すじゃねーか!」

「なら大人しく着いて来な。忙しくなるよ、キミもあの10番と同じだ。余計なことは考えない方が身のためかもね」

「は? どゆこと?」


 小馬鹿にされているとも気付かず暫し頭を捻らせる明海だったが、あっという間に遠ざかっていく兵藤に気付き、慌てて座席を離れる。


 歓声の隙間にブザーが鳴り響いた。山嵜最後のタイムアウトだ。やはり兵藤は関心を示さず、足早にスタンドを進んでいく。



(まったく、恐ろしい才能だ。一度でも比較してしまったことさえ馬鹿馬鹿しい……あれだけ粘り強く守っていた相手を、たったワンプレーで前に引き出すなんてね。そしてそのチャンスを逃さない技術の高さ……)


 三点目の起点となったシーンを脳裏で何度も繰り返す。当人はむしろ弱点と捉えているようだが、兵藤の考えは違った。


 パワープレーの準備をし始めたばかりの、意思統一が済み切っていない隙を陽翔は突いたのだ。あのタイミングでなければ三点目も、二点リードで迎える終盤も生まれてはいなかった。


 大局を見定める力は無くとも、肌感で勝負処が分かっている。兵藤の自覚する最大の短所であり、過去の経歴は関係なしに陽翔を心底リスペクトしている大きな要因でもある。



(困ったものだ。データは所詮データ、持ち合わせの才能には敵わないってわけか……信じてないけど、やっぱりあるんだろうな。そういうの)


 奇しくも彼のチームには、才能一本ですべてを蹂躙する似たような存在がいた。それもここ最近、彼女以上に手の付けられない二人目が現れたばかりで、兵藤の悩みは日に日に増すばかり。


 にも拘わらず、外へと繋がる薄窓に映った口角は、それはもう不自然なくらい釣り上がっている。内に込められた燃え上がるような闘志に引き寄せられ、兵藤は人知れず呟くのであった。



「だからこそ、叩き潰し甲斐があるってものさ――楽しみだね、廣瀬くん」

「待てっつってんだろー兵藤ォー!!」


 駆け足で追い掛けて来る小柄な少女へと振り返り、兵藤は不敵に微笑む。彼女に限った話ではない。自由気ままな猟犬たちが、自身の導きによって輝く様を。彼もまた心待ちにしているのだ。


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