982. 芽生え始めた希望
【後半13分01秒 タイムアウト
山嵜高校3-1東雲学園高校】
「オッケー、奪われないで良く攻め切った! 向こうは確実に消耗している! 特に9番の裏は狙い処、リサーチ通りやれば必ず仕留められるから!」
選手たちと同じだけの汗を流し鼓舞を続ける女性指揮官。頼もしい返事が矢継ぎ早に飛び交い、指揮官はチームの変化を如実に感じ取っていた。
「ここからはローテーションで回すだけでなく……一発で裏を取れる、そういう選手が必要だ。勿論出し手も。準備は良いな、壮太!」
「……ああ」
8番からユニフォームを受け取る皆見。意見する者は誰もいない。あれだけ敵対心を露わにしていた4番の鈴原も、祈るような面持ちで彼に語り掛ける。
「お願い、皆見……アンタなら取れる、逆転まで持ってけるから……ッ!!」
「……鈴原」
「今までのことは水に流すから!! 私だって行きたいよ全国!! こんなところで負けたくないッ、絶対に勝ちたい!! その為にはアンタの力が必要だって、分かってる!!」
「舞ちゃん……っ!」
「美桜っ、頼んだわよ! 一本でも通せばゴールなんだから! キッツイの出してやって!!」
涙ながらの叱咤に感激してしまったのか、美桜も溜め込んだものを溢れ返させる。チームメイトが彼女を囲むと、退いた8番も皆見の元へと歩み寄った。
「イケんだろ、壮太。俺が全国へ連れて行ってやるって、お前が言ったんだぜ……壮太が言ったから、俺も信じてここまで着いて来たんだよ」
「……分かってる。分かってるって……ッ!」
「山嵜は強えーよ。廣瀬陽翔もヤバイ選手だ……でもそれでも、皆見壮太も負けていないって、俺は本気で信じてる!! 来年じゃねえ! 今年行くんだよ、全国へ!! お前と、このチームと行きたいんだ!!」
ブザーと共に肩を叩き、皆見をコートへと押し出す。振り返った先には、プレータイムの制限でもう出場出来ない、サッカー部から引き連れた二人。
そして、逆転を信じ必死に声援を飛ばす、つい数分前まで犬猿の仲だった女性陣たちの姿がある。加入以来、一度だって見たことの無かった光景に、皆見の心拍数はかつてない高鳴りを覚えていた。
(結果を……結果を出すんだ……ッ!)
皆見も分かっている。鈴原が語った通り、そして自身も打ち明けたように。
すべてのわだかまりが溶けたわけではない。チームとして纏まったかと言えばそんなこともない。厳しい状況に置かれていることも事実。
それでもチームは、自分たちは。目の前の試合に、巨大な敵に打ち勝ちたい。全国の舞台へ進みたいという、確固たる想いを重ね、今このコートに立っている。
それだけは否定出来ない。
今度こそ、信じてみたい。
笛が鳴り、試合が再開された。
最後尾の美桜は変わらず、皆見は左サイドへ構え対面の陽翔と向き合った。無駄口を挟んで来る様子は無い。陽翔のポジショニングを注視しつつ、皆見はゴールへの道筋を思い描いた。
(いっつもそうだ……俺だけ頑張って、一人でプレーして……それでどうなった……!なにか手に入れられたのか……!?)
昔から上手いは上手かった。葛飾の世代ナンバーワンプレーヤーと呼ばれ、代表入りのチャンスも掴んだ。そこまでは良かった。
だが、何かが足りない。トップレベルへ到達するためのあと一歩を、皆見はずっと探していた。
そんな時。遥か遠方、大阪でプレーする彼の姿を目の当たりにした。これこそが探し求めていた答えだと皆見は確信した。
なのに、彼へ近付こうとすればするほど、これまで通用していたプレーさえ覚束なくなった。彼がトップレベルから消えてからの二年間は、特に顕著だった。
ユース昇格の打診を蹴ったのではない。『前までは良かったけど、今のお前では通用しない』という、事実上の戦力外通告だった。
誰にも打ち明けられず、自らの意志で東雲学園を選んだのだと、自身にも半ば言い聞かせてすらいた。
「兄さん、裏ケアしっかり!」
「分かってる! 集中しろよっ!」
「……美桜、もっと素早く回せ! それじゃ出し抜けねえ! 俺を信じろッ!!」
「ソータ……うん、待ってて……っ!!」
繰り返されるパスワーク。皆見は陽翔に負けないくらいの声量で、美桜を筆頭に何度も、何度もチームメイトへ指示を送る。
(この人だってここまでやってんだ……なのに俺が、俺如きがサボってどうすんだよ……ッ!!)
東雲学園サッカー部でも、皆見は上から数えた方が上手い部類だった。だが圧倒的ではない。独善的なプレー故、先輩たちは良い目で見られなかった。
それでもフットサル部へ勧誘してくれた指揮官、サッカー部から着いて来てくれた二人をはじめ、才能を認めてくれる人間は少なからずいた。
だから勘違いした。甘えてしまったのだ。
皆見はこの瞬間、ようやく気付いた。
(ここだけじゃねえ。俺は今まで、どこでどんな結果を残して来た……!? ただ好き勝手やって、周りを困らせているだけだって……分かってただろ!?)
事情はともかくフットサル部へ流れて来たとき、美桜は手放しで喜んでくれた。
とてつもない戦力アップだと喜んで言って回る美桜を信用し、女性陣も最初は歓迎してくれた。たった半年前のことだというのに、皆見はすっかり忘れていた。尤も、美桜が喜んだ本当の理由までは察していない彼だったが。
(いっつも……いっつもそうだ……!!)
ただ上手いだけ。目立つだけでは。
真のエースには。絶対的存在にはなれない。
愛莉に言われた通りだった。そして図らずも、対峙する山嵜の絶対的エースに、現実を突き付けられた。
ならば彼に残された道は。
ゴールという結果。ただ一つ。
だが、それだけだ。
たったそれだけで、すべてが赦される。
「ポジション変えるぞッ!」
反対サイドでパスが回る間、皆見はコーナーアークに構えていた11番を呼び寄せる。縦のラインを組んでいた陽翔と愛莉はそこから動かない。
キープしていた美桜は同時に逆サイドへと流れる。ポジション変更によりパスコースは一時的に減った。その隙を突くつもりだろう。すぐさまノノが美桜の足元へ食らい付く。
「ほっほー! それじゃジリ貧ですよぉ!」
「……っ!!」
ノノの激しい守備にもめげず、美桜は必死に身体を張りキープを続ける。
後ろ向きのドリブルとなったことで、全体の重心も下がった。奪い処と見るや、一気にラインを上げ回収へと向かう山嵜。
「美桜っ、顔上げろ!!」
切り裂くような皆見の絶叫。11番がフォローへ入っている姿が見えた。後ろには陽翔が着いていて、とてもパスを出せる状況ではない。
だが、このひと声が効いた。
「ちょっ、ノノ先輩!?」
「ゲエッ!?」
無理やりにでも11番へ戻すとノノは思ったのだろう。アタックを緩めパスコースを警戒するようなポジションを取った。
しかしそれが仇となる。美桜に反転するだけの余裕を与えてしまったのだ。勇気を持った鋭いターンに、ノノの出足は遅れる。
「愛莉、裏ッ!!」
「えっ……ウソ!?」
次のプレーを予測した陽翔がすぐさま叫んだが、愛莉の反応は一歩遅れた。押し上げられたラインの裏を狙っていた皆見。
「――――ソータっ!!」
この日何度目か分からない、美桜から皆見へのロングフィード。前半序盤のチャンスを最後に、一度も開通しなかったホットラインが。
残り一分ジャスト。
ついに、実を結んだ。
「うわっ、ヤバそのパス!?」
「マコくん! 琴音さんっ!」
『ダメよっ、間に合わな――』
騒然とする山嵜ベンチ。
シルヴィアの声は途中で途切れてしまった。
トラップなど不要と言わんばかりに、皆見は飛び上がった勢いのまま右脚を振り抜いた。ダイナミックなジャンピングボレーが炸裂。
左45度からの強烈なショットが、ゴールマウスを一直線に襲う。急転直下の特攻劇に、琴音は左腕を伸ばしはしたものの。
指先を掠め、ネットを貫く。
ゆったりと零れ落ちるボール。
「――っっっっしゃああああアアアアアアアア!!」
皆見の咆哮と共に、スタンドはこの日一の大歓声で激しく揺れ動いた。絵に描いたような完璧なボレー。残り一分での追撃弾。
ベンチも飛び上がって歓呼の輪を広げる。あらゆる要素が東雲学園を後押ししている、そう思うのも仕方ないような光景だった。
「ソータ!! ソータ!! 凄い、すごいよ!! ナイスゴール!!」
「……まだだ! まだ二点必要だ!」
駆け寄った美桜に支えられ、皆見はすぐさま立ち上がる。憑き物の取れた晴れやかな表情を前に、美桜は溢れ出る丈をグッと飲み込み、力強く頷いた。
皆見はゴレイロのユニフォーム姿のまま自陣へと駆け戻る。奪い返したらまたパワープレーだ。ベンチへ下がる必要は無い。
試合は即座に再開。自陣でパスを回し、時間を稼ごうとする山嵜。焦っているのは山嵜だ。もはやどちらが勝っているのか分からないほど。
「奪える、奪えるぞッ!! 前からガンガン行こうぜ!! こっからは俺たちの時間だ!! 勝つぞみんなっ!!」
一段と声を張り上げる皆見に釣られ、東雲学園の出足は呼応するように鋭さを増す。
皆見は左胸へと押し寄せる、濁流のような鈍い揺らめきを感じずにはいられない。
(なんだよ、今じゃなくても良いだろ……ッ!!)
このチームに加わってから、初めて覚えた感情だった。彼女たちとプレーするのが楽しい。自分は今、最高に輝いている。この時間がいつまでも、出来るだけ長く続けば良い。心が躍るようだった。
――やっとだ。
やっと俺は、このチームの一員に。
みんなの認めるエースになれた。
「行けっ、美桜! 次はお前が――!」
弾む声色を靡かせ、皆見は歌うように叫ぶ。
だが、その一秒後。
仄かに芽生え始めた希望は。
「――ハルト!!」
まるで最初から無かったみたいに。
いとも簡単に、吹き飛ばされた。
【後半14分00秒 皆見壮太
14分09秒 廣瀬陽翔
山嵜高校4-2東雲学園高校】
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