976. 分かっちゃいない


「うぅ~死にたいぃぃ~……」

「許さん。大人しくしとけ」

「いやぁ~! 怒るならちゃんと怒ってやぁ~!!」


 不貞腐れてしまった文香をベンチで慰めている間に、前半も残り僅か。代わって投入された愛莉のおかげもあり、ポゼッションは変わらず山嵜。


 同点後、男子の8番がすぐ下がったのだ。プレータイムの問題もあるだろうが、これは素直に助かったと言わざるを得ない。愛莉への対策は後半にやって来る筈。それまでに立て直せる。



「ノノ、シンプルに!」

「ほわっと!?」

「ああもうっ、言わんこっちゃない!?」


 が、そう簡単には終わらせてくれないのが東雲学園。コート中央でキープするノノを、あっという間に山本さんと4番が囲んだ。


 真琴が縦に付けた瞬間だ。いくら色んな意味で分厚いノノでも、二人掛かりの守備相手は厳しい。ボールを奪われる。



「はぁっ!!」

「愛莉さん、ナイスです!」

「ありがと有希っ! 真琴、もっとしっかり見てから出して! もう囲まれてたわよっ!」


 ここはすぐさまフォローに入った愛莉が外へ蹴り出し、カウンターの目を潰してみせた。有希のバックアップも早い。良い守備だ。



「あれも対策済みっぽいね」

「どっちが?」

「どっちもだよ。縦パス出る直前、明らかに陣形変わってたもん」


 気が気でないのか立ちっぱなしで試合を見守る瑞希。そのままライン際まで近付き、真琴へポジショニングの指示を送る。


 これは俺も気になっていた。セカンドセットでは最もスキルの高い真琴だが、元々オフェンシブな選手だったせいか、時折『ひょいっ』と流れ作業的に出してしまうキックがある。


 バイタルエリアでの細々とした交換では有効だが、低い位置でやると相手が食い付くキッカケになる『意志薄弱なヌルいパス』にもなってしまうのだ。先ほど琴音に出した雑なバックパスと同じ。



「市川はこれが怖いんだよな……オンザボールで過信し過ぎる癖がある」


 そして峯岸が指摘するように、ノノにも悪癖がある。サイドで受けるとそうでもないのだが、中央でキープすると一人で強引に打開したがるのだ。


 半端に上手い彼女だから『イケるかも』と思ってしまうのだろうが、練習中も俺や真琴にあっさり潰されることが多い。オフザボールでの秀逸さと比べれば、多少精度が低いという程度の代物ではあるが……。



「あっ……今の、分かったかもっス! イチカワ先輩がサイドからスス~っと中に来て、そしたら真琴氏が縦にパスして……」

「ご名答。二人の癖が重なった、まさにその瞬間や」

「おぉ~……! なんか、フットサル分かって来たってカンジっス……!」

「良かったね」


 慧ちゃんの言う通り、そこまで計算済みで今のプレスを仕掛けたとしたら……ちょっと凄い守備練度だな。練習時間をほぼそっちに割いているのか。


 くどいようだが、足元の技術は決して高くないのだ。皆見と8番が抜けたらパスワークはしょっちゅう乱れるし、山本さんも配球に苦心している。


 つまり、徹底した守備の約束事と集中力を武器に、この試合まで無失点で切り抜けていたということ。


 峯岸が必要以上に警戒してしまうのも頷ける。あの女性監督、かなりのキレ者のようだな……それに応える女性陣の頑張りも素晴らしい。



「ふぅー……終わったか」

「でーれー肩の凝る試合じゃなあ……」

「我は一ミリも疲れていないのだが。おい」

「今日は無理。死んでも出さん」

「ダニィッ!?」


 漸く前半終了。ブザーと共に重い腰を上げた峯岸の後を追い、山嵜一同はさっさとロッカーへ引き下がる。

 ミクルは……ほっとくか。ベンチで遊ばせておこう。身体動かしたいだろうし。そもそも指示聞かんし。


 華麗なハーフタイムショーで、この堅いゲームを解しておいてくれ。何かしら余興でもないと、息も心も詰まってしまいそうだ。



【前半終了 ハーフタイム


 山嵜高校1-1東雲学園高校】



「やめだ、やめ。これ以上は首が回らなくなる……スターターは廣瀬以外ファーストセット。右アラはトラショーラスが入れ」

「急にIQ下がりましたね」

「うるせー市川。もう疲れたんだよ……というか、私がアレコレ捏ね繰り回してもダメだ。全部対策済みじゃどうしようもねえ」


 ロッカールームへ現れるや否や、峯岸は首筋をポコポコ叩きながらかったるそうに言い放った。そういや寝違えてたんだっけ。首。



「悪かった。私一人で自滅したようなモンだ。向こうが切れてるからって、良い気になって頭脳戦挑んで……コートの実態が見えていなかったんだよ」

「先生……そんなことないですよ」

「いーや。私が悪い。圧倒的に悪い! 死ぬほど不機嫌だ! つーわけで長瀬姉、この試合ブッ壊せ」

「はいっ?」


 せめてもの気遣いをブン投げられポカンとした様子の愛莉。まぁそうだ。この悪過ぎる流れを打破するには……それしか無いよな。



「いつも通りやればええねん。俺も反省しとる。いくら予選突破の掛かった試合やからって……楽しむのを忘れちゃあな」

「そういうこった。金澤、トラショーラスに少し遊ばせてやれ。倉畑とフォローし合って、圧倒的に支配しろ……前半の二の舞は踏むなよ?」

「んっ、おっけー」

「おいおい……もっと出来るだろ、キャプテン!」

「へいへい! 瑞希ちゃんに任せんしゃい!」

『頼むわよミズキ!』

『おめーもな! 足引っ張んなよ!』


 峯岸とシルヴィアに発破を掛けられ、瑞希も気合を入れ直す。この調子なら大丈夫だろう。後半は彼女らしいプレーが見られる筈。


 下手に相手の出方を窺うから、バランスが崩れるのだ。守備重視で来ているということは、俺たちの攻撃力を恐れていると同義。


 だったらもう、相手が想定した以上の出力を持って、効率ガン無視で殴り倒すのみ。リスク上等で攻めなければ。



「賛成です。我々は元より、守り切るようなチームではありませんから……時に比奈。さっきのミス、引き摺っているんですか?」

「あー……やっぱり、分かっちゃう?」


 交代後から自棄に静かだと思ったのだ。失点にこそ繋がらなかったが、ピンチを招いたあのシーンがどうしても引っ掛かるのだろう。


 俺から一言言ってやっても良いが……必要無さそうだな。比奈のことは琴音が一番よく分かっている。余計な茶々は厳禁。



「ミスをするなと、そんなことは言いません。私も完璧ではありませんから……でも、大丈夫です。その時は私が、すべて止めてみせます」

「琴音ちゃん……っ」

「勇気を持ってチャレンジしてください。駄目なら逃げても良いんです。私とみんなで、必ず貴方を助けます」


 比奈の手を握り熱っぽく訴える。嗚呼、良いなあ。ミクルのハーフタイムショーよりよっぽどメンタル解れるなぁ……。



「……ありがとね、琴音ちゃん」

「彼の言う通り、これほど難しい試合は初めてかもしれません。それでも……楽しむべきです。この逆境だからこそ、です」

「んふふっ。珍しいね、そういうこと言うの」

「どこかの誰かに影響されてしまいました」


 さあ、こちらは問題無し。

 あとはアイツらかな。



「姉さん。久しぶりにアレやろ」

「エ゛ッ……嫌なんだけど」

「良いから、早く! 自分が一番分かってるんだよ! この感じで後半行きたくないんだ!」

「仕方ないわね……はい、行くわよ!!」

「もっと!」

「調子乗んな!!」

「まだまだぁ!!」


「……え、何やってんのアイツら」

「あはははっ……小さい頃、よくやってたそうですよっ。どっちががミスしたり落ち込んでるときに、ああやって気合を入れ直すみたいです」

「なんその初出し情報」


 互いに頬をビンタし合う長瀬姉妹。親友の有希さえ軽く引いてしまうほどの勢いだ。どういう信頼関係だよ。いやまぁ、集中出来るなら良いけど。



「お前も一発行っとくか?」

「……痛いのはイヤ」

「だったらシャキッとしろよ……お前の仕事はなんや。答えてみろ!」

「……ゴール」

「あとは!」

「前からの守備……!」

「そう、他になんもやるな! 俺が何度でも良いパス届けてやっから! 結果出してみせろよ!」

「……にゃああああ!! やったるわいッ!!」

「おしっ! それでこそ文香!」


 大声と共にスクっと立ち上がり、全力のハイタッチ。掌がヒリヒリする。だがこれで良い。このくらいがちょうど良い。


 頭使って攻めたり守ったり、それはそれで楽しいけど。今の俺たちにはちっとも必要無い。本能の赴くまま、120パーセントで立ち向かうのだ。



「行こうぜ、みんなッ!!」

「しゃー!! 絶対勝つっスよぉー!!」

「みんな、頑張りんせー……!」


 時間制限を告げるベルが、特大の掛け声と重なる。


 四戦目が東雲学園で良かった。このタイミングで締め直せてよかった。今日のゲームを境に、俺たちは更に強く、逞しくなれる……!



【グループF最終節 後半開始


 山嵜高校1-1東雲学園高校】



「行けシルヴィア! やり切れっ!」

「マカシトキィ!!」


 ロッカールームでの宣言通り、山嵜は序盤から飛ばしに飛ばした。自陣でちんたら回すのを止め、両アラのドリブルを基点にガンガン攻めまくる。


 先鋒はシルヴィア。ここに来て、彼女の好戦的なプレーが優位に働いている。対峙する4番は腰が引けているようにも見えた。



「良いですよシルヴィアちゃん! どんどんシュート撃ちましょう! シュートで終わるの大事ですっ!」


 振り向きざまの一発は枠を逸れるが、山嵜は一切気落ちしない。こちらのボルテージに釣られ、観衆からの声援も増えて来た印象。それともミクルが暖めてくれたのだろうか? どっちでも良いけど、良い傾向だ。



「バランス崩れて来てないか?」

「かもな。今のも7番のフォローが間に合っていなかった……ったく、結局ゴリ押し

でどうにかなるのかよ。お気楽な連中さね……!」


 とか言いつつも楽しそうな峯岸である。何だかんだで彼女も本望だろう。さて、こうなればなるべく早く勝ち越しゴールが欲しいところ。



「先生っ。向こうが動くみたいじゃ」

「っと。我慢出来なかったみたいだな」


 男子の8番と皆見がビブスを脱ぎ、次のアプトプレーから投入されるようだ。こちらの勢いを削ぐために、リスク込みで先手を打って来たか。



「行けるか、廣瀬」

「いつでもどーぞ!」

「よしっ! 飛ばして来い!」


 こちらもビブスを脱ぎ準備。シルヴィアと交代だ。心配するな、すぐに蹴りを付けてもう一度コートへ送り込んでやる。


 中々プレーが切れないので暫しの待機。すぐ隣には皆見。暫くベンチワークに気を取られ忘れていたが、時間が経ち頭の冷え具合は如何なものか。



「ハッ。俺らに合わせてご登場か。後手後手だな」

「…………」

「チッ……無視かよ。つまんね」


 駄目だ。まったく変わっていなかった。


 この様子ではハーフタイム中、女性監督からの指示も無かったようだ。やはり皆見、チーム全体からあまり信用されていないのか。


 まったく、分かっちゃいないな。このゲームで一つの結果も残せないようなら……また居場所を失うかもしれないってのに。


 そのままでは選手としてのプライドはおろか、唯一味方でいてくれる幼馴染の信頼まで粉々になるぞ。可哀そうなのはむしろ山本さんの方だ。



(まあ、俺が壊すんだけど)


 手遅れになる前に、いい加減気付けよ。

 お前だけだぞ。一人でプレーしてる奴。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る