975. 清楚ビッチ


【in/out 廣瀬陽翔→早坂有希

     倉畑比奈→長瀬真琴

     シルヴィア→市川ノノ】


 絶対に無理するな、と強く念押しされ『舐められてるなぁ』と若干不満げだったが、素直に聞き入れた様子の真琴。自陣からほとんど出ず、落ち着いてパスを回している。


 相方は有希。更にノノも加わり、三人による冷静なポゼッションで食い付く暇を与えない。最前線に残った文香は追い回し要員だ。


 常日頃から練習しているセカンドセット中心の構成なので、よほどのことが無い限りパスワークにミスも生まれないだろう。このまま凌げるか……。


 

「ん、もう?」

「早いわね……」


 すると東雲学園。

 再開から一分経たずタイムアウトを取って来た。

 隣に座る愛莉は相手ベンチを注視。


 山本さんを残し、真琴封じを命じられていると思わしき16番に加え、スターターの4番を投入。二人とも女子だ。コート内の男子はゴレイロと8番。


 俺と同じくらい出ている皆見は後半までお預けとして……いや、むしろこっちの方が怖いな。アイツだけチーム戦術から露骨に浮いていたし、この方が女性監督の色がより濃く出るかもしれない。



「どうなると思う?」

「なんとも言えんな……シルヴィアが下がって有希が入った分、重心が落ちて決壊するリスクは減ったかもしれへんけど」

「ノノにも何かしてくるかしら……」


 既に指示は伝えてあるので、このタイミングでの変更は無い山嵜。とは言え残り四分弱だ、早々大きな事故は起こるとは……。



「はいはいはいっ! フリー見つけてすぐ出しましょう! ペース落さないで!」


 左サイドに構えるノノ。一際大きな声で一年の二人を引っ張ってくれている。山本さんに寄せられるが、一歩持ち出して冷静にバックパス。ショルダーチャージにも動じない。


 狂気染みた運動量が注目されがちな彼女だが、意外とフィジカルも強い。当人曰く『ロリ巨乳アタック』だ。どっちかと言うと肉塊って感じだけど。



「ノノさんっ、リターンです!」

「はいはいよーっと!」


 右サイド、ハーフウェーライン付近でのキックイン。近付いてきたノノから再度預かり、有希は落ち着いてルックアップ。真琴に戻すと見せ掛け、もう一度ノノに渡しプレスを掻い潜る。


 当初の慌てっぷりからは想像も出来ない冷静さだ。有希がここまでやれるようになったのは本当にデカいなぁ……。



「あっ――――真琴氏、横ヨコ!?」


 ノノのバックパスとほぼ同着。

 慧ちゃんが喧しく叫び散らかした。


 タッチラインで構える真琴の元へ、最初有希に当たった4番と、16番が挟み込むように飛び込んで行ったのだ。


 同時に山本さんと男子8番もラインをグッと上げる。これは、さっき比奈が引っ掛かったのと同じ……!



「だからっ、心配し過ぎだって!」


 とは言え、足元のスキルに長ける真琴のことだ。ちょっとやそっとでは動揺しない肝っ玉もある。


 一度ハーフウェーラインを越えているので、ちょこんと浮かし簡単に琴音まで戻す。よし、上手く回避した。



「……っ!」

「琴音ちゃん、外で良いよ!」


 が、東雲学園の猛プレスはここで終わらない。


 16番がそのまま琴音の足元へ飛び込んでいく。ベンチから叫ぶ比奈に呼応するよう、琴音は右脚を振り切り外へ蹴り出して……。



「あっ!?」

「ゲェェェェーーッ嘘ォォオオ!?」

「痛ったァァ!?」


 二年コンビの悲鳴が響き渡る。距離が近過ぎて琴音も焦ったのか、クリアは上手く外へ飛ばず。


 押し上げて来ていた8番にカットされてしまう。加えてノノの戻りが若干遅かったため、前で持たれてしまった。



「あの馬鹿タヌキっ!! なんで戻ってないのよ!?」

「レフェリー、ファール!! 7番や!」

「世良っ、7番潰せ!」


 なにが最悪って、文香が自陣へ戻れていなかったのだ。恐らく見ていたのは俺だけ。戻ろうとした瞬間、山本さんに出足を潰された。


 審判の目が届かないところで、ユニフォームを引っ張り彼女を押し退けたのだ。不味い、数的不利に……!



「こっち戻して!」


 すかさず横並びになりパスを受けた山本さん。立ち直った文香が背後から、有希が左から寄せるが、一歩持ち出して前進。シュートだ!



「ぐぅっ……!?」

「っしゃあ! ナイスくすみんっ!!」


 インサイドで狙ったグラウンダー性のショットは、琴音が左脚一本辛うじて掻き出す。


 た、助かった……距離があった分、琴音も立ち直れたみたいだ。



「マコト! パス、ザツ!!」

「分かってます! すいません琴音先輩……!」

「お気になさらず! コーナーキックです、全員集中してくださいっ!」


 ベンチから飛んだシルヴィアの指摘に、やや申し訳なさそうな面持ちの真琴。

 まぁ確かにそうだ。琴音へのバックパスは二人のプレスを上手く回避していたが……そのせいもあって、ちょっと浮き球になっていた。


 そこへ16番の全力プレス。

 琴音のキックミスを誘ったわけだ。

 するともしや、今の一連のプレーも……。



「長瀬さんっ、来とるよ!」

「ハッ……!」


 聖来の声に反応したときには、もうリスタートで始まっていた。4番がゴール前へふわりと浮かせたボールに、真琴の対応は遅れてしまう。


 遅れたと言うか、8番が身体を寄せて真琴を飛ばせなかったのだ。頭上を越えた先には……16番!



「やらせませんよッ!!」


 ボレーは当たり損ないに。

 ノノが滑り込んで渾身のブロック。


 が、綺麗に滑り過ぎたのが逆に良くなかったのか。セカンドボールはエリア内の混戦へ巻き込まれ……。



「にゃにゃっ!?」


 ネットが、揺れる。


「やった……やったぁっ!!」


 我先にベンチへ駆け出したのは、ゴールを奪った山本さん。つま先を伸ばしたちょこんと合わせるシュートが、文香の太ももにディフレクション。


 直前でコースが変わってしまい、琴音は完全に逆を突かれる形に。泥臭いゴールだが、一点は一点だ。


 やられた。この時間帯で同点か……。



「かぁ~……耐えられなかったかぁ」

「交代策、バッチリ決められたわね……」


 愛莉と瑞希も惜しそうに口元を歪ませる。空気が重たくなるのも無理はない、なんせ大会初失点だ。琴音はもっと悔しいだろう。


 きっかけは真琴の軽率なバックミス。だがもっと前から紐解けば、8番の守備を警戒し愛莉を下げてしまい、出たがりな文香を残したこと。


 そして『一点リードで十分』というネガティブなマインドで挑んでしまった、チーム全体の意識の問題だ。



「……すまん。私のミスだ」

「いや、同調した俺も悪い……」


 責任は半々と言ったところか。結果論ではあるが、相手の戦略に囚わてしまった時点で見えていた同点劇。一発狙いの東雲学園を警戒するあまり、俺も峯岸も慎重になり過ぎた。



「ひぃぃ~サイアクやぁぁ~……!」

「大丈夫です文香さんっ! 今のは運が悪かったんです! 誰も怒ったりしてませんから!」

「せやかてウチが戻れとったらぁ……!」

「バカ言ってんじゃねーですよ! 世良さんが前に残ってることくらい全員分かってます! そーいう戦術なんですから! はいっ、さっさと起きる!」

「ニャうん゛ッ!?」


 優しい有希とスパルタのノノに無理やり引き上げられる文香。まぁなんだ。あんま言いたくないけど、彼女の責任もちょっとある。


 ディフレクションの場面は仕方ないが、ゴールへの意識が強過ぎたせいで、山本さんにみすみす翻弄されたわけだ。得点から遠ざかっていることもあって、短所が浮き彫りになってしまった。



「陽翔くん。もしかして、さっきの文香ちゃんのポジションも……」

「戻って来ないのを事前に研究しとったんやろな。あの位置ならボールからも遠いし、レフェリーも確認し切れない……ホールディングに躊躇いも無かった。あれは練習せんと出来へんわ」

「……凄いんだね、美桜ちゃん」

「とんだ清楚ビッチがおったモンや」


 ……クソ。思うようにいかねえ。

 こんなの墓穴を掘ったようなモノだ。


 いや、やめよう。文香も真琴も別に悪くない。自分の出来る仕事を必死に頑張っている。戦犯扱いなんてしてやるものか。


 ただただ流れを掴み切れない。それだけの話。意図せずともネガティブな事態に陥ってしまう……これが公式戦、生き残りを賭けた試合の難しさか。



【前半11分14秒 山本美桜


 山嵜高校1-1東雲学園高校】


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