967. もっと優しく


 結局すべてのメニューに参加してしまった山本さん。これでは偵察に来た意味が……と落ち込む彼女を有希がバイト先のラーメン屋へ連れて行って、ここからがまた長かった。



「そうなんです! 高校も部活も、全部ソータが理由で選んだんですよっ!? なのに私のこと全然気に掛けてくれないし、昔より当たりも強いし、良くないよって言ってるのに、色んな人とすぐ喧嘩するしぃ……!」


 特製MAXラーメン(大)を啜りながら涙ながらに訴える山本さん。


 有希と比奈が愚痴を聞いていて、かれこれ一時間は店から出て来ない。駅まで送るために外で待機していたのだが、いよいよ面倒なって来る頃だ。


 まぁただ、恋愛マスターを気取る有希は見ていて非常に面白いが。山本さん二年生だから年下なのに。ウケる。構図が。



「気持ちは分かりますっ……どうしてこんなに想っているのに、気付いてくれないんだって、やっぱり考えちゃいますよね……!」

「早坂さんも経験が……?」

「もちろんっ! でも美桜さんっ、諦めたらそこで試合終了なんです! 恋愛とはつまり、その人と一対一の勝負なんですよっ!」


 有希も有希で山本さんの身の上に同情してしまったようだ。比奈の援護も合わさり、実体験に基づいた恋愛相談は一向に終わりそうにない。

 そろそろ良い時間だが止める権利が無かった。少なくとも俺だけは。



「で……どういう状況?」

「うん。一から説明する」


 今日分のレポートを終わらせ先ほど合流した愛莉だが、指定された場所が体育館でなくラーメン屋で、それでいて見知らぬ女を囲んでいるのだからこの反応も当然である。『先に帰る』と有希にラインだけ送り退散することに。


 比奈の予想通り、山本さんと皆見壮太は小学校からの幼馴染だった。

 長いこと片思いしていて、彼を出来るだけ近くで見ていたいがために、練習場所の近いフットサル部をわざわざ選んだそうだ。



「やっぱりサッカーの上手い奴って、必然的に女を泣かせるような男に育つのかしら……」

「俺を見ながら言うな」


 文香を雑に扱っていた俺とは違い、幼い頃は普通に仲の良い友達で、皆見も満更ではなかった様子。まぁあれだけの美人が常日頃から隣にいるのだから、意識しない方が無理な話だろう。



 ところが山本さん曰く、高校へ進学する少し前から……皆見の態度が徐々に変わって来てしまったのだそうだ。温厚で誰に対しても友好的だった性格が、ある時を境に一変してしまったとのこと。


 思春期特有の可愛らしい反発かと思いきや、どうやらそれだけでもない。

 山本さんだけでなく周囲の人間へも冷たく当たり散らすようになり、学校にもまともな友人がいないとか。


 サッカー部でも絶対的なエースとして君臨しながら、対人関係に苦しみ結局退部してしまった。

 移動したフットサル部でも、やはり傲慢な言動でチームメイトからやっかみを受けており、山本さんは相当頭を悩ませているようだ。



「ふーん……大変なのね」

「他人事やな」

「他人事でしょ、普通に。可哀そうだとは思うけど、こっちで何か出来るわけじゃないし。ていうか興味無いし」

「まぁな~……」


 部の今後に関係のあった橘田との一件はともかく、今回は完全なる部外者だ。俺も愛莉と同意見。そこまで興味無い。シンプルに。


 有希に新しい友達が増えそうなのは喜ばしいが、そうは言っても相手チームの選手、それも決勝トーナメント進出を掛けたライバル校のいざこざ。


 余計なお節介を焼いて日曜までに立ち直られたら困る。強豪(俺たち)相手にギリギリでチームとして纏まって、本来以上の力で立ち向かって来るとか、もう最悪のパターン。少年漫画なら100パーセント負ける展開。



「結構強いチームだって聞いてたけど、あの調子ならなんとかなりそうね。その皆見って人も、ハルトより上手いわけじゃ……そんな奴いないか」

「買い被るなよ。まぁでも、実力の他に付け入る隙があると考えれば、確かに儲けものやな」


 そもそもの話、俺たちの目標は全国優勝であって予選突破ではない。誰がどんな事情を抱えていようと、こんなところまで躓くわけにはいかないのだ。


 不安要素を抱える東雲学園だろうと、あくまで山嵜が先を目指すための土台に過ぎない。程良いスパイスで終わらせなければ。



「……ん。待って」

「やっぱ家帰んの?」

「そうじゃなくて……」


 普通に着いて来るからそのままウチかノノの部屋に泊まるのは確定として。何か気になることでもあるのか、パタリを足を止める愛莉。



「ハルト、本当に知らないの? その皆見って人」

「うん知らん」

「アンタはそうじゃなくても、向こうは違うかも」

「何が言いたい」

「だからほらっ。栗宮胡桃とかと同じってこと。知らないところで因縁作ってたりとか」

「もうええってそーいうの……」


 スマホを取り出して彼の名前で検索し出した。つまり、なんだ。皆見が急に拗らせ始めたり、山本さんへ冷たく当たり出したのは俺のせいだと、そう言いたいのか。んなアホな。


 彼の経歴は聖来が既に調べてくれている。生まれも育ちも東京で、接点はまったく無い。そもそも学年が下なのだから。


 一度だけU-15代表のトレーニングキャンプに呼ばれているそうだが、活動時期も被っていない。

 だいたいその世代なんて、一回だけ海外遠征へ行ったきりもう呼ばれてすらいないのだ。あとはずっと上の代に帯同していたし。



(或いは……いや、でもなぁ)


 川原女史の大演説が脳裏に蘇る。


 俺に影響を受けたサポーターや選手が大勢いるとして、皆見壮太もその内の一人である可能性は高い。堀と藤村も言っていた。プレースタイルは俺に瓜二つだと。


 若しくは南雲みたいに『なんでサッカー戻らないんだよ』的な逆恨みの線か。だとしたらそれは本当に知らん。いやまぁ、別に南雲にしたってそこまでは思っていないだろうが。


 栗宮胡桃に付けられている因縁すら本意でないというのに、余計なことで頭を悩ませたくはない。

 山本さんはともかく、皆見壮太も東雲学園も日曜に戦って、俺たちが勝って、それで終わりだ。



「ええよ、もう。忘れよ。試合には関係ねえし」

「んっ。まぁね」


 特に有益な情報は見つからなかったのか、愛莉はスマホをしまい早足にアパートを目指す。本当に泊まるのかよ。別にええけど。



「……幼馴染、かぁ」

「まだ掘り返すのかよ」

「そうじゃないけどさっ。ちょっとだけ羨ましいなって……文香もだけど」


 今度は二人の関係が気になるらしい。

 なにが他人事だ。興味津々じゃねえか。



「たまーに思うんだよね……もっと小さい頃にハルトと出逢ってたら、今頃どうなってたんだろうなって」

「多分やけど友達にすらなってへんで」

「んふっ。かもねっ」


 初対面時に感じた相性の悪さを考慮すれば、今に増してガキ臭い子どもだっただろう当時の俺たちなら、間違いなくこうはならないだろう。顔を合わせるたびに喧嘩でも始めそうな勢いだ。


 ただ俺も、少しだけ考えたことがある。文香に嫌な思いばかりさせてしまった反省ではないが、もっと優しく出来なかったのかな、なんて。


 そして、みんなともっと早く出逢っていたら。もう少しマシな小中時代を送れたのになって、ちょっとだけ思う。


 あとアレだ。高学年くらいの色んな意味で大人び始めたみんなとイチャイチャしてみたかったという非常に浅ましい企みが……うん、この話はやめよう。俺も禁欲のせいで思考がバグり始めている。愛莉のこと言えねえや。



「……でもきっと、好きになってたと思う。私から声掛けるんじゃないかな」

「出来んのか? 人見知りの男嫌いに」

「うん。だってハルトだもん」

「分っかんねえその信頼」

「だって私たち、一緒だから。きっと近くに居たら、それだけで気になってたと思う。みんなのこともねっ」


 飾り気の無い素朴な笑顔を咲かせ、アパートの階段を踊るように登っていく。エライご機嫌だな。急にどうした。



「あー、どーしよ。気にしてる場合じゃないんだけどな……その皆見って奴、試合終わったら一発殴っても良い?」

「出来もしねえことを……なに、どした」

「だって、ムカつくんだもん。なんか。あんな可愛い子をほったらかすどころか酷い扱いするって、ホントに男?」

「そんなモンやろ。男なんて」

「ふーん……じゃあやっぱり、ハルトは特別なのね」

「文香の前で言ってみろよ。殺されるでお前」

「でも今は違うでしょっ?」


 よく分からないが、皆見の山本さんに対する態度が気に食わないらしい。同時に俺の評価が上がる謎のシステム。仕組みが分からない。



「結局俺ん家かよ」

「別にするわけじゃないし……こないだ瑞希とノノ泊めたんでしょ? 不公平じゃない」

「はいはいっ。歓迎しますよ」

「前にも言ったでしょ。大会は大会、ハルトはハルトなのっ……こういうとこサボったら、勿体ないもん。今しか出来ないんだから」


 何故お前が合鍵を持っているんだ、と聞く前に開けられてしまった。


 扉の影に隠れひょっこり顔を出す彼女に、これ以上何を言う気にもなれない。なんだその可愛い彼女ムーブは。可愛すぎか。



「週末の試合、聖来が撮ってくれたからさ……それ観ながら、一緒に寝よ?」

「レポート片付けろよ。先に」

「……ばーかっ」


 いや、なにを笑顔でお前は。


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