968. 卒業


 翌昼休み。暇していた比奈と食堂へ出向くとサッカー部の連中に居合わせた。


 顔を合わせる機会が無かったので、週末の結果をそれとなく聞いてみる。校内で誰も噂をしていなかったので、なんとなく嫌な予感はしていたが……。



「あー、PK負けか」

「そっかぁ……残念だったねえ」

「ずーっと支配してたのに、最後まで取れなくて……コイツらPK外すしさ」

「コイツらじゃねえ、俺とテツだ……!」

「かっつんは悪くないんだよォォ~~……」

「だから謝られても困りますって……」


 ガックリと肩を落とす谷口。通りでテツオミも克真もグロッキーだと思った。

 神奈川は出場権が二枠あるから、あと一勝で全国だっただけに悔しさも一入だろう。冬の選手権までお預けか。残念。


 相手はノーシードで勝ち上がってきた無名校で、下馬評は山嵜が圧倒的有利だったらしいが……粘り強い守備に遭いチャンスを作れなかったようだ。これもまた一発勝負の醍醐味で怖いところ。



「全然、悪い展開じゃなかったんですけどね……葛西先輩なんて、多分このままなら予選得点王ですし。オフェンスは絶好調だったし、守備も安定してたし……あの試合だけだったんですよ」

「そんなに良い守備されたのか」

「一人だけ前に残して、あとはドン引きって感じで。どこに出しても引っ掛かって、また作り直して……気付いたらフルタイムでした」


 克真も力無く語る。最初から相手はPK狙いで、見事術中にハマってしまったというわけか。

 まさに俺と峯岸が懸念している『十回中九回は勝てるが、残りの一回を拾って来るチーム』にしてやられたと。上手く行かないものだな。



「先輩も、マジで気を付けてくださいね。下手に知名度上がっちゃうと、相手ももうなりふり構わず来ますから」

「ちょうどその話で持ち切りや。な、比奈」

「そうだねえ。美桜ちゃんに聞いたんだけど、皆見くんって人、すっごく良い選手らしいから。警戒しないとね」

「……え、皆見?」


 なんの気なしに上がった名前に克真は反応を見せた。知ってるの? と比奈が問い掛けると露骨にモゾモゾ。なに緊張してんだよ純情か。



「えっと、皆見壮太ですよねっ? フロレンツィアの一個先輩ですよ。試合するんですか?」

「東雲学園ってとこのエースらしいで」

「そうなんですかっ? サッカー部じゃなくて?」

「辞めてフットサル部に移ったとかなんとか。なんや知らへんかったのか?」

「いやぁ、別に仲良いとかじゃ無かったんで……進学先も聞いてなかったですし。でも、上の世代なら一番上手かったですよ。一回だけU-15呼ばれてますし」

「あぁ、それだけ知っとるわ」

「確かチームから初めて代表招集されたとかで、しかも飛び級だったから、もう大騒ぎでしたよ」


 どうやら直属の先輩らしい。これは思わぬ収穫だ。彼の情報はネット上にもほとんど転がっていない。ちょっと聞いてみよう。



「ユースに上がらへんかったのな」

「そう言えば、聞いたことあるかもです。夏頃に打診があったけど断って、急に高校サッカー目指すようになったって」

「なのに辞めちまったのか、サッカー部」

「みたいですね……なんでだろう?」


 一個上の先輩なのでそこまで深い事情は知らないようだが、ともかく皆見壮太、聞いていたよりしっかりとした実績があるようだ。



(腑に落ちん)


 堀や藤村が目を掛けるほどで、世代別代表にも呼ばれるような選手なのに、こうも情報が少ない理由がよく分からない。


 俺が一人バグっているだけで、育成年代のプレーヤーなんてよほど目立った実績が無ければ、取り上げられる機会も早々無いとは言え……もっと噂を聞いても良いと思うんだけどな。



「……ん、ちょっと待て。飛び級って言ったか?」

「そうですよ。中二のときU-15のトレーニングキャンプに呼ばれてました。その一回きりですけど」

「……俺の一個下だよな?」

「あれれ? もしかして陽翔くんも知り合い?」

「いや、そうやないけど……」


 古い記憶を辿る。皆見が中二のとき自分は中三で……俺はU-17の世代別ワールドカップへ出場するため、そっちの世代に帯同することが多かった。


 引っ掛かったのはトレーニングキャンプ。記憶が定かならその年、U-15世代では夏の一回だけだった筈だ。俺は参加していない。


 していないのだが……その後、U-15代表は欧州遠征に行ったんだ。そして俺は、その遠征にだけ参加している。ワールドカップから帰って来て、とんぼ返りでそのまま合流した。


 暫くイングランドに居たんだから、わざわざ日本に帰らせるなよ、と愚痴垂れていた記憶がある。確かにある。



「入れ違いやな……俺と皆見」

「ふぇっ? どういうこと?」

「トレーニングキャンプって、控えている大会に参加する選手を決めるセレクションの意味合いもあるんだよ。だいたい30人くらい呼ばれて、そっから三分の二になるのが通例で……なあ克真、皆見って欧州遠征は?」

「行ってないですね……えっと、先輩?」


 ピンと来ていない様子の克真と比奈。分かっているのは俺だけのようだ……まぁわざわざ言い触らすようなことも無いか。 



(逆恨みの線あったぁ~……)


 愛莉の推理は半分くらい的中しているかもしれない。要するに、俺が欧州遠征へ急遽参加することになったせいで、皆見が外れた可能性がある。


 ずっと上の代で活動していたのに、貴重な欧州遠征だからと協会が俺を呼び寄せたから、皆見のような当落線上の選手が割を食ったわけだ。しかも聞いた話じゃ、俺とよく似たプレースタイルらしいし。


 アイツがこっちに来なければ、正式に代表の一員になれたのに……みたいなことを思われていても不思議ではない。

 いやまぁ、だとしても知らんけど。皆見の実力が足りなかった以外の理由が無いけど。俺は悪くないって絶対に。



「ええわ、その話はやめよう。不毛過ぎる……なあ比奈、昨日山本さんから聞かなかったか? なんで性格が一変したのか」

「あ~。そこは美桜ちゃんも分からないみたいなんだよねえ。様子がおかしくなったのが、二年前の夏くらいからだったって言ってたけど」


 人差し指をピンと立て比奈は首を捻る。もう半分答え合わせだ。


 二年前の夏……克真の話と統合すると、ユースへの昇格を蹴ったのもその時期だから、このタイミングで何かしら問題が起きたということ。



(嫌な予感しかしねえ……)


 アイツが中三のとき俺は高一。その年の夏前、俺はユース選手権で大怪我を負い第一線から離れた。被っている。被り過ぎている。色々と。



「あの、ちなみにですけど……皆見先輩、先輩の大ファンでしたよ」

「あ~決定打来た~……」

「元々ウイングの選手だったんですけど、先輩の影響受けて段々トップ下がメインになって、そこでの活躍もあってキャンプに呼ばれたくらいで……あれ、先輩?」

「もう良い。なにも話すな……ッ」


 決め付けるに早計とは思わない。

 いい加減に自覚するべきだ。


 川原女史も言っていた。廣瀬陽翔というプレーヤーは、自覚せずとも様々な人間に多大な影響を与え過ぎている。


 内海や南雲を筆頭に、未だにメディアの前で俺の名前を出すくらいだ。更に言えば、川崎英稜の弘毅、白石摩耶。青学館の日比野栞。何より栗宮胡桃……多くの選手が俺の存在を意識している。


 直接口には出さないが、堀と藤村も似たようなものだろう。アイツらは世代のトップランカー。

 本来ならフットサルの、それも男女混合大会に顔を出すようなレベルの選手じゃない。二人の狙いはどうしたって……。



(……もっかい締め直さねえとな。こりゃ)


 マスコミとの確執が終わったら、今度はコートでのゴタゴタとは。まったく、俺の身体にはいったい幾つの因縁が絡みついているのか。


 気分悪い。どいつもコイツも、あの頃の俺をいつまでも引き摺ってやがる。こちとらとっくに山嵜フットサル部の選手なんだよ。



「どこ行くの?」

「聖来んとこ。ユニフォーム、もう何枚か発注出来ないか聞いて来る」

「発注? どうして?」

「ようあるやろ。試合終わった後に交換するやつ……それで満足してくれればええけどな」


 席を立ち一足先に食堂を抜け出す。本当にやるかはともかく、何かしらの施しが必要だとは思うのだ。正しくは、引導を渡す、か。


 卒業出来ないのなら、俺が突き抜けば良い。

 要するに、俺が見たいんだろ。

 だったらこっちから動いてやるよ。


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