966. 失礼


「肩に黒の二本線? あぁ、言われてみれば入っていたような……」

「ならきっと、東雲学園の選手じゃ。昨日撮った写真とよう似てる」


 翌日の練習。聖来に尋ねてみるとすぐに正体が分かった。スペインの某レアルなクラブと瓜二つのデザインジャージ。


 試合中の様子を撮った写真と映像を見せてくれる。流石に解析度が低過ぎて、昨日見掛けた少女がどの人物かまでは分からないが……。



「クックック……相対認識領域の日陰者に過ぎなかった我々が、今となっては暗黒魔界に君臨する側か……いよいよペルセウスの玉座も散りて目前……!」

「ええからロンド混ざって来いって」


 自宅軟禁令を受けた先の四人を除いて、八中体育館で軽めのリカバリーに励む一同。突如学校の人気者となったミクルは昨日に増してすっかり有頂天だ。あとで力の差を思い知らせてやろう。


 まぁそれはともかく。翌週の試験を省けば、部内で今最もホットな話題だ。


 東雲学園。

 葛飾に構える私立高。


 偏差値から学校規模、そして予選グループの成績。何かと山嵜に似ているところが多いようで。



「で、どうやった? 研究の成果は」

「興味深いチーム、と言ったところさね。攻守ともにオーガナイズされている。腕の良い指揮官がいるみたいだな」


 地べたにお行儀悪く座り、ノートパソコンと戦術ボードを交互に見比べ頭を掻く峯岸。

 こっちに力を入れ過ぎて、試験問題はまだ完成していないらしい。お前まで学校から放逐されるなよ頼むから。



 山嵜と同様、予選を開幕二連勝で飾った東雲学園。昨日も塩原商業を二桁ゴールで一蹴していた。恐らく最初の大きな壁となり得るチームだ。


 決勝トーナメントへ進めるのはグループ一位のみ。三連勝で最終節を迎えたとしても、彼らに敗れればその時点で敗退となってしまう。


 得失点差はかなり開いているので、引き分け以上なら突破という有利な条件ではあるが……こういう時に限ってアッサリ負けたりとか、良くあるんだよな。リーグカップが大の苦手なセレゾンのトップチームを思い出してしまう。



「どうじゃ先生。勝てそうか?」

「普通にやり合えばな。スターターと控えで少し開きがあるし、基礎技術はウチの方が高い。十回やれば九回は勝てる相手……とは言え」

「おるんよな。その一回を拾うチーム」

「最初の二試合は下級生が中心みたいだな。この5番もトータルで10分しか出場していない……手の内を隠している筈さね」


 峯岸も気になるらしい。堀と藤村が教えてくれた東雲学園のエース。元トレセン選手で、つい最近までサッカー畑だったという彼。名前は確か、皆見壮太ミナミソウタだったか。


 彼がコートに居ると居ないで、東雲学園のオフェンス精度は段違いだ。事実、出場していない時間帯は二試合で一点しかゴールを奪えていない。

 組織化されたチームのなかで、唯一違いを作れる選手なのだろう。



「他の選手は?」

「ゴレイロの男子は普通に上手いな。特にポジショニングが良い。まぁフルタイムは出られない以上、必ずしも攻略する必要は無いが……女子ならコイツだな」


 背番号7番を背負うセミロングヘアの少女。最初の二試合に唯一フルタイムで出続けている選手だ。他の女性陣より技術的に一歩抜けている印象。


 恐らく主戦場はフィクソ。低い位置でボールを散らしリズムを作っている。守備の位置取りも中々悪くない。比奈と似たタイプかも。



「……この子っぽいな」

「なんだ。新しいカキタレか?」

「んなわけねーだろ。いや、実は昨日」


 先の一件を掘り返そうとしたが、体育館の扉がガガガガと大きな音を立てて、話は途切れてしまった。現れたのは川原女史。


 また差し入れでも持って来たのかと思ったが、どうやらそうではない。見知らぬ女性の首根っこをかなり乱暴に掴み、無理やり引っ張っているのだ。なんだ、穏やかじゃないな。



「廣瀬きゅーん綾乃せんぱーーい!! 怪しい奴とっ捕まえましたーー! 今度こそちゃんと仕事しましたよぉぉーー!!」

「痛い痛い痛いイタイッ!゛! はっ、放してくださいぃぃ~~っ!?」


「おい廣瀬、練習中にデリ〇ル呼ぶんじゃねえよ」

「俺はええけど相手に失礼と思わん?」


 流れでだいたい分かるだろ。

 どう見てもあの7番だって。






「うぅっ、どうしてこんなことに……!」

「さぁーて姉ちゃん、洗いざらい喋って貰おうじゃねーですか! 証拠は上がってんですよ証拠はっ! カツ丼食いますかァ!?」

「まさかの時のスペイン宗教裁判ッ!! 邪淫なるパイソンズの手先め、火祭りにしてくれよう!!」


 ノノとミクルが倉庫から大縄跳び用のロープを持って来て、綺麗に縛り上げてしまった。一同に囲まれ少女はすっかり涙目だ。


 薄いブラウンの髪色は有希よりやや暗く、背丈は真琴より少し低い。運動部っぽくない見た目だ。ウチの連中が言えた口じゃないが。


 遠目に見た姿や映像の中ではハッキリと分からなかったが、中々に整った顔立ちをしている。

 ぱっちりした目元と長いまつ毛にどことなく儚げ。ザ・清楚系とでも言うべきか。山嵜には居ない系統だな。



「陽翔くん、この子って……」

「みたいやな。アンタ、名前は?」

「ひぃっ!? あっ、や、山本美桜ヤマモトミオですッ、ごめんなさいもう帰ります、帰りますからぁぁ……!」


 エライ怯えている。どう考えても喧嘩腰のノノと会話の成り立たないミクルの方が怖い筈なのに。顔か。強面だからか。久々に悲しいぞ。


 埒が明かないので代わって比奈に話を聞いて貰う。昨日図書館付近で張り込みをしていたのもやはり山本さん。本当に、普通に偵察目的だった。


 ネットを中心に知名度爆上がり中の山嵜フットサル部。一方、対外試合をあまりやって来なかったこともあり、週末の二試合を除きロクにデータが無いわけだ。少しでも情報が欲しいのだろう。



「そっかそっか、キャプテンさんに命令されて……でも酷いねえ、データが取れるまで帰って来るな、なんて」

「あははは……よく分からないんですけど、私ってこういう役回りが巡って来る運命みたいで……もう慣れっこですっ」


 人当たり抜群の比奈に絆され、山本さんは数分と持たず懐柔されてしまった。後ろでロープを振り回すなノノ。お前の出番は無い。


 聞けば山本さん、チームの主力組であるにもかかわらずマネージャーの仕事も兼任しているそうだ。ただ様子を見るに、自分から申し出たわけではないのだろう。恐らく言い出しっぺは……。



「キャプテンって、もしかして皆見壮太か」

「えっ……ソータを知ってるんですかっ?」


 名前が挙がるとは思わなかったのか、山本さんは驚きを露わにする。良かった、取りあえず会話は成り立ちそうだ。もう目元だけプチ整形しよう。



「ダチから聞いてな。ええ選手やけど性格が云々」

「あぁ~……やっぱり、そういう評判なんですね」


 苦笑いで切り抜ける山本さん。どうやら『そんな人じゃない』と正面切って否定出来ない程度には覚えがあるようで。


 藤村の話では、選手権予選の前にサッカー部を辞めてしまったとのことだ。

 つまりフットサル部に異動したのはそれより後……なのにもうキャプテンを務めているとは。実績を盾に無理やり奪い取ったのか?



「うちは元々、男子がサッカーで女子がフットサルって感じで別れていて……でも冬にソータが、サッカー部の友達を何人か連れて来て、こっちに入ったんです。混合大会があるのは知っていたんで、そのまま一緒にチームになって……」


 なるほど、合点が行った。藤村の西ヶ丘を追い詰めるくらい強いチームだったのに、いきなり弱体化してしまったのは……共に有力な選手も、フットサル部に連れて行ってしまったからというわけか。


 外部からやって来た力でレベルが一気に押し上げられる……川崎英稜と似たような事情だな。そしてこちらも、似たような問題を抱えていそうだ。



「どうする? ホンマに帰すか?」

「いや、別に。元々今日は軽めの調整だけだからな。適当に見学でもさせれば良いさ。菫、お茶」


 顎で使われようとも二つ返事の川原女史は気にしないとして、山本さんはもう暫く八中体育館へ居座ることになった。


 主に有希が興味津々だ。まぁ、他校の選手とはあまり関わりが無いし、あったとしても日比野や栗宮胡桃みたいなネジの外れた奴ばっかだし。


 一見生真面目そうな山本さんとの交流なら、悪いものにはならないだろう。

 せっかく動ける格好なのだから、と縛り縄から解放された彼女をパス練習に誘う。


 最初は遠慮していた山本さんだが、段々と熱が入り動きにキレが増してきた。ソツのないキックフォームも、やはり比奈に似ている気がする。



「上手いね。フツーに」

「ウチの連中ほどやないけどな」

「そりゃまぁネ……でもこれ、自分らより山本さんのデータの方が集まっちゃうんじゃないの?」


 真琴が懸念するように、偵察のことなどすっかり忘れてしまった様子の彼女である。

 仮に比奈の仕掛けた狡猾な罠だとしたら恐ろしいが、まぁ違うだろう。そもそも山本さん、悪事に向いていない気がする。



「んふふっ。ソータ、だって。断り切れなくてここまで来ちゃったのか、それとも……もしかして幼馴染とかかなぁ?」

「やめとけって」


 掛けていない筈の眼鏡が怪しく光るようだ。

 そう、悪企みするのは決まってコイツだけ。


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