964. 合掌


 タイムアウトの際に『初戦より点取ったら銭湯奢り』と峯岸が発破を掛けたのも効いたのか。最後まで手を休めることなく攻め続ける山嵜。


 愛莉のポストプレーからミクルから左脚を振り抜き、12点目。直後のキックオフ、今度は愛莉が全力チャージで相手フィクソから強引に奪い取り、そのままゴール。13点目。そして14点目は。



「やっ……やったあ!」

「おっしゃ! ナイス有希っ!」


 愛莉のミドルシュートをゴレイロが弾き、零れ球を押し込んでみせた。待望の大会初ゴールだ。大喜びの真琴の元へ飛び込み、ベンチは今日一の眩しいフラッシュで包まれた。


 終了間際には慧ちゃんも初出場。空気を読まないノノと文香が最後まで攻め続けるので、一度もボールに触れなかったのは残念だが、初めて味わう公式戦の空気は良い経験になった筈だ。


 ほどなくブザー。試合終了。


 これといったアクシデントも無く、普通に勝ってしまった。鴨川も前半の大量失点で早々に折れてしまったのだろう。

 瑞希は文句を垂れるだろうが、スターターの選考も大当たりだった。峯岸には感謝しないとな。


 そしてセクハラのチャンスさえ与えられず、シンプルな実力と言う名の壁に阻まれた、ベンチで真っ白に燃え尽きている鴨川男性陣へ。合掌。



「流石に明日のトップニュースはミクエルちゃんですかねえ~……ノノのユニで涙拭くのやめてくれません?」

「ウチも点取りたかったぁぁ~……!!」


 豊乳を騙った罰だ。


 結局後半は俺の出番も無く。五得点のミクルも含め、主役は完全に持って行かれてしまった。

 でもアイツらもおかしいんだ。『点取って来い』って言われて本当に取れるって、普通じゃないからな。



「まったく、こうも上手く行くと張り合いが無いね。もう少し苦戦してくれないと、私の出番が無いんだが。あと保科も」

「ええやん、偶には。これまでアクシデントが多過ぎたんだよ……今のうちに良い思いしておこうぜ」


 荷物を片付けながらボサッとした顔で呟く峯岸に、柄でもなく意味のない笑みが綻んだ。

 気ィ抜き過ぎだよ、と怠い肩パンを喰らうまでの不毛なやり取り。


 気持ちは分かる。序盤に苦しい思いをしておけば後々リターンは大きい……だが言わせて貰えば俺は、俺たちはもう十分苦しんだ。


 あとは頂点まで駆け上がるだけの、ひらすらに楽しい時間だ。過度な重圧も悩んでいるフリも、何もかも馬鹿らしい。



「さっさと着替え済ませろよ。通路にマスコミがいるかもしれねえからな」

「へーへー。分かった分かった」

「おいっ、聞いてんのかあ?」


 試合中メインスタンドに溜まっていた取材陣は、終了のブザーと共にほとんど姿を消していた。どこへ向かったかも大方見当は付いている。


 そう心配するなって。余計なことは話さないから。ただ、今ならあの頃よりずっと、マシなコメントが出来るんだろうなって。それだけだよ。



【試合終了】


 栗宮胡桃×5

 廣瀬陽翔×3

 金澤瑞希×2

 長瀬愛莉×2

 長瀬真琴

 早坂有希


【山嵜高校14-0鴨川高校】



「廣瀬選手! インタビュー宜しいでしょうか!」


 誰よりもゆっくり、優雅に着替えと帰り支度を済ませ、他の面々がロッカールームから消えたのをわざわざ確認してから部屋を出た。


 そして予想通り、今朝と同様アリーナの外へ出たところで複数人に囲まれる。

 先ほど峯岸に聞いた関係者用の出入口を使えば彼らと鉢合わせしないで済むのだが、敢えて使わなかった。


 朝の騒ぎを考慮して、今日は再集合せず電車に乗ってすぐ直帰するよう伝えられている。要するに、自ら出向いたのだ。



「他の連中は? 他にも聞きたい奴おったやろ」

「あっ……そ、そうなんですけど、他の通路から帰られてしまったみたいで! なのであの、是非お話だけでも……」


 当時の塩対応ぶりはサッカーメディアの間でまぁまぁ有名である。恐らくダメ元で聞きに来たのだろう。応対したこと自体に驚いているようだった。


 面白いものだ。あの頃は欠片の興味も無いどころか、邪魔で邪魔で仕方なかった彼らが、ずっと小さく大人しい生き物に見えてしまう。



「まず、勝利おめでとうございます!」

「はいどーも」

「前半のみの出場ながら、見事なハットトリックでした! ゴールシーンを振り返っていただいても……」


 お決まりのテンプレートから始まり、一つずつ丁寧に答える。奥に構えている中年男性は、スラスラと喋る俺を見て目を丸くしていた。

 まぁそりゃそうだ。こんなにしっかり質問に答えたこと、一度も無かったもんな。



「すいません、こちらからも! 廣瀬選手、今日の活躍を見る限り、まだまだサッカーに戻っても十分に通用するのではないかと、そのような印象を抱いた方も多かったのではないかと……」

「代弁する意味あんの? それ」

「あぁ、いや、その……」


 どことなく見覚えがあると思ったら、確か有名なサッカーメディアの番記者だ。セレゾン時代にも取材に来ていた筈。


 若干の棘が出てしまったのはご愛嬌として、まぁ答えてやろう。連中が一番聞きたいのはこれだ。内容はともかく。



「サッカーに戻らないのか、って?」

「つまり可能性があると?」

「なにが『つまり』だよ。なんも言うてへんやろ揚げ足取るな…………決めてません。ウチのサッカー部も強いんで、今から参加しても邪魔者っすよ」

「では卒業後に復帰する予定が?」

「それも決めてません。白紙です」


 露骨に肩を落とす何人かのインタビュアー。ここでちょっとでも可能性を示唆したら、せっかくのミクルのトップニュースが台無しだ。



「プロへの道はもう諦めてしまったんですか?」

「せやから白紙やって」

「ですが廣瀬選手。SNSなどでの反響は目にしていますよね? 貴方のプレーをもう一度、より大きな舞台で見てみたいと、多くのサッカーファンたちが声を挙げています。同期の内海選手との共演も……」

「ほんならアイツに言っといてください。俺が追い付けなくなるくらい、遠くでプレーしてくれって。海外とか」


 昨日ラインでジュリーの話をしたばかりだった。早く試合を観に行きたいと嘆いていた彼の情けない面が思い浮かんで、つい軽く噴き出してしまう。


 そんな俺の姿を連中は、少々呆気に取られたような様子で見守っていた。先のしつこいインタビュアーがこんなことを言う。



「……失礼ですが、雰囲気、変わりましたね?」

「そうっすか?」

「ええ。笑っているところを初めて見ました」

「そりゃそうっすよ。あの頃はもう、笑えることなんて一つも無かったんで」

「では……今はあると」

「いやもう、沢山」

「……充実されているんですね」

「まぁ、おかげさまで」


 こんな風に軽口を飛ばし合うなんて、当時は考えられなかった。別に得意になったとか、そんなんじゃないけど。でも、たかがこんなものだったんだな。今ならちっとも苦に思わない。



「すみません。一個だけNG出していいっすか?」

「はい、どうぞ?」

「サッカーの話。オレ、今フットサル選手なんで。そっちだったら幾らでも答えます。今までの分も含めてじゃないっすけど」


 俺ばかりが主役になる時間は終わった。なろうと思っても出来ないときはある。今日みたいに。


 だからこそきっと、こういうところは俺は負担すべきなんだ。みんなは心配するだろうけれど。でも、やりたいんだ。


 白紙とは言ったけれど、なんとなく見えていること。考えていることはある。


 俺だけじゃない。最高に輝いているみんなの姿を、もっと見て貰いたい。俺を救ってくれたフットサルの面白さを、色んな人に知って欲しい。


 これこそ、廣瀬陽翔という存在の証明なんじゃないかって、そんな気がする。

 まだまだ曖昧でフワフワしているけれど、一か月後には正解だったって、胸を張って言えると、そう思うんだ。



「では、今の目標を教えてください」

「このチーム、メンバーで出来るだけ長く、沢山試合をすること。大会を楽しむこと。最後まで勝ち続けることです。それしか考えてません」

「すみません! 最後に一言良いですか!? こちらのカメラに向かって!」

「……フットサル、面白いっすよ! 絶対全国まで行くんで、観に来てください! 最高に面白いゲーム見せますから!」


 少し派手に笑い過ぎただろうか。記事に載ったらみんなは勿論、セレゾンの連中にも馬鹿にされること間違いない。


 でも構わない。それくらいが良い。

 あの頃とは少し違うけれど、一緒だ。


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