963. 誇りに賭けて
相手のミスを突き真琴が一点を追加。前半を驚異の八点差で折り返すこととなった。初戦以上の大差が付き楽勝ムードが漂ってもおかしくはなかったが、後半も山嵜の勢いは止まらない。
「ノノ! コッチコッチ!」
「はいはいはぁぁーい!!」
次に躍動したのはシルヴィア。前半こそミクルの影に隠れていたが、彼女が退いたことで出番が回ってきた。
ノノとのシンプルなワンツーでワイドに抜け出す。長いブロンドをお団子に纏め直し、マスコミの構えるサイドラインを疾走。眩いばかりの輝きが、フラッシュの焚かれた瞬間を僅かに上回る。
「おおっ、自分で行ったか!」
「あれだよ、トラショーラス監督の娘」
「ああ、You〇ubeに出てた子か! へぇ~、プレーも雰囲気あるなあ」
フェイントは一切使わず、スピードに乗ったドリブルでゴリ押し。五分五分の状態から仕掛けて来るとは思わなかったのか、対峙する女性アラは対処し切れず後手へ回った。
元より技術のあるオールラウンダータイプではあるが、やはり生まれ育った環境か或いはチェコの血筋なのか。まずはドリブル、ゴールを目指すという意識の強さがシルヴィアの大きな魅力。
くどいようだが、狭いコートと言えど味方はゴレイロを除き三人しか居ないわけで……こうやって一人で打開出来る、しようとしてくれるポジティブなマインドを持つ選手は、本当に貴重なのだ。
「ア゛ーーーーッ!!
「へへっ! わりーなっ!」
グラウンダー性のシュートはゴレイロの足元を抜く。枠も捉えていたが、彼女のゴールにはならなかった。
ファーに詰めていた瑞希が押し込んだのだ。せっかく良い形だったのに。中々流れのなかでゴールの生まれないシルヴィアである。
とは言えこれも仕方のないこと。サッカーでもフットサルでも、一番目立つのはどうしたってゴールを決めた選手だ。シルヴィアだけではない。まだまだ結果を残したい奴が沢山いる。
「違うんだよなぁ~。そーゆーハンパなシュートじゃダメなんだって! あたしが手本見せてやるよっ!」
今度は瑞希のターン。自陣でのキックイン、後半頭からフィクソに入っている有希へ一旦預けて受け直すと、彼女の背中を押し前線へ上がらせる。
「アイソレーションか……?」
「失敗したら責任取りなさいよっ!」
栗宮胡桃の十八番。味方を相手陣地に押し入れ真っ向勝負を仕掛ける個人技ゴリ押し戦術だ。こないだの映像観て影響受けやがったな。
発破を掛ける愛莉へグーサインを送ると、足裏でボールを舐め回しジリジリと前進。例の男子6番が近付いてきた。
「舐めやがって……ッ!!」
どうやら6番、アイソレーションの基本的な守り方を知らないらしい。まぁ気持ちは分かる。陣地に琴音を除いて瑞希しか居ないし、奪えば即ビッグチャンスだ。強引にでも取りに行きたいのは山々。
加えてこのアイソレーションという戦術。見方によっては『相手の守備を舐めている』と捉えられても不思議ではない構図だ。
しかも相手は根っからのボールプレーヤーで、見た目はギャル味の強い瑞希。なんとなく小馬鹿にされている気になる。俺まで。
だが言わせて貰えば、苛付いた時点で6番の負け。仮に敵陣で一人置き去りにされてしまえば、残りの面子が数的不利で守らなくてはならない。調子とスピードに乗った瑞希を相手に、だ。
「――うわっ、ヒールリフト!?」
「久々に決めたなっ!」
真琴はベンチから飛び出して叫ぶ。一度制止したこともあり、6番はチャンスを見て深いタックルを入れてきたが。
それを嘲笑うかのように、両脚でピッタリと挟み海老反りでジャンプ。物凄い高さまで上げている。あんなん俺でも出来ん。
姿勢を落としていた6番は、華麗に宙へ浮くボールと瑞希を唖然とした様子で見送った。あんぐり、の手本みたいな顔だ。
「ゆっきーリターン!」
「はっ、はい!?」
どよめくスタンドに釣られすっかり傍観者となっていた有希。ようやく我へ返り、飛んできた鋭いパスになんとか脚を伸ばす。
結果的にダイレクトの綺麗な落としになった。恐らく瑞希はここまで読んでいたのだろう。爛漫な笑顔が弾ける。なんと恐ろしい、天性の悪戯っ子め。
「見たかマスコミしょくんっ! あたしが! このあたしこそがっ!! 山嵜の超スーパーエース、金澤瑞希だああああーーっ!!」
シュートはもう流れ作業みたいなものだ。右脚でサクッと流し込み、近くにいたシルヴィアの手を引いてわざわざスタンドへ駆け寄る。
一人が構えていたカメラにグッと顔を寄せ何かを叫んでいた。負けじとシルヴィアも喋っている。二人とも興奮気味で中身が分からない。恐らくバレンシア語なのだろう。って、それじゃアピールにならないだろ。ええけど。
「ぐ、ぐぬぬぬっ……! センセー、ウチもはよ出してえな!? 百歩譲ってルビルビはともかく、ミズキチにええ顔されるんはイヤやっ!」
「なんでだよ」
「この胸の誇りに賭けて、負けられへんっ!」
左胸をドンッと叩きビブスを脱ぎ捨てる。ほら、やっぱり盛ってた。本当はサイズで勝てないから活躍する瑞希を見て苛々したんだろ。単純な奴め。
「ならついでに試してみるか……長瀬、用意しろ。どっちもだよ!」
【in/out 金澤瑞希→世良文香
シルヴィア→長瀬愛莉
市川ノノ→長瀬真琴】
これで奇しくも、箱根へ訪れた四人が同時にコートへ。真琴と有希、愛莉と文香がそれぞれ横並びの2-2だ。練習でもほとんど試していない形。
「って、バランス大丈夫か?」
「いや、私の見立て通りならむしろ安定する筈さね。早坂が計算出来るようになったら、一度試してみたかったんだ」
自信満々の峯岸。そこまで言うのなら様子を見てみよう。でも本当に上手く行くのだろうか? ユキマコはともかく愛莉と文香って……。
「真琴ッ! こっちよこっち!」
「アホ言うな! ウチやまーくん! 姉貴やからって忖度する必要ないでっ!」
別に不仲というわけではないが、同じピヴォの選手で俺を巡っても何かと張り合っている二人。コートの上でも相性はあまり宜しくない気がする。
実際、真琴もどちらに出すべきか若干困っているようだった。と、そうこうしている間に相手のプレスが……!
「マコくん!」
「やばっ……ごめん有希!」
「大丈夫っ!」
慌てて横パス。
素早いチェックに襲われ、ピンチ到来か。
「ああもうっ、仕方ないわねっ!」
「愛莉さんっ!」
と、思いきや。有希は想像していたよりずっと冷静だった。ダイレクトでシンプルに縦へ放り込むと、これが降りてきた愛莉へズバっと収まる。
やや前掛かりになっていた鴨川は、またも裏を突かれる形となった。愛莉がパワフルなポストプレーで時間を作り……いや、自分で行くか!
「――離れろおおぉぉぉォーーッッ!!」
「なあっ!?」
背負っていたのは男子の13番。試合前の様子を見る限り、今日は男との接触プレーなど到底出来そうになかったが……ガッツリ身体をぶつけて、強引に前を向いてみせる。
想定以上のパワーと迸る圧力に、13番は腰が引けてしまったようだ。確かに男子にしては小柄だが、だとしても女の愛莉に負けるって。
まぁでも、愛莉の気迫と縦への意識がそれだけ強かったということか。あの調子なら多少胸に当たったくらいじゃ動じない筈。
「あっ、しまっ……!?」
「にゃっはーー! もーらいっと!」
とは言え流石に力んでしまったか、渾身のマン振りショットはジャストミートせず。ファーで構えていた文香の足元へズバリ。
結果的に最高のラストパスとなった。足裏でピタリと収め、あとは決めるだけというところだが……。
「にゃーーーーッッ゛!?」
「ええええそれ外しますうううう!?」
隣のノノも思わず絶叫。ゴレイロとの距離が近かったというのもあるが、インサイドで流し込んだシュートはポストを叩いてしまった。
更に運の悪いことに、リバウンドは愛莉の足元へ転がってしまう。今度こそ外すまいと、力強くフローリングを踏み込み、一閃。
「――どんなもんじゃああああ嗚呼ああっっ!!」
ドッカンミドルが豪快にネットへ突き刺さる。女性離れした強烈なショットに、もうゴールは見飽きただろう観衆も再び沸き上がった。
エースの称号は私のモノ。とアリーナ中へ証明するかの如く。魂の叫びへ呼応するようにブザーが鳴り響く。鴨川のタイムアウトか……。
「こういうことさね。前で張りっぱなしの世良に痺れを切らして、長瀬姉が自然と低い位置でポストプレーをするようになる。するとどうだ?」
「背後にスペースが生まれて文香が活きると……ホンマに狙ってやったんか? マグレちゃうん?」
「そこで早坂だ。妹は前に出たがるからな。優位な状況でパスを回すと、無理のある縦パスが多くなる」
まぁ言われてみれば……スキルも高く選択肢の多い真琴と違って、有希は基本的に『出せるところ』にしか出せないからな。愛莉が下がったことで、自然とパスコースが生まれたわけだ。
一見凸凹な四人だが、それぞれの長所と短所が上手いこと噛み合って、結果的に『正解』が導き出された、と言ったところか。
にしてもリスキーな組み合わせだとは思うけど。文香がプレゼントパスを外したところまでは想定してないだろ。絶対に。
「しっかし世良はなぁ~。な~んでああいうのは決められないのかねえ」
「急にボールが来たからですよ」
「やめろノノ。ヤナギサワはええ選手やぞ」
ともあれこれで11点目。昨日に引き続き大差での勝利は確実となった。みんな様々な形ではあるが、それぞれ大いに目立っての快勝。
揃いも揃って個性出しやがって。
本当に俺のハットが霞んじまったじゃねえか。
まぁ、なんだ。嫌な気分でもないけれど。
【後半03分09秒 金澤瑞希
04分57秒 金澤瑞希
07分28秒 長瀬愛莉
山嵜高校11-0鴨川高校】
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