962. 真の相手は
鴨川はセカンドセットへ交代。ゴレイロも男子に変わった。幾ばくかフレッシュさを取り戻し、守備の出足は中々に悪くない。
だが基礎技術では圧倒的に上回る山嵜。システムを2-2のボックスに変更、瑞希とミクルをサイドに張らせ守備網を掻い潜る。
「縦だッ、寄越せ!」
「未来ちゃんっ!」
真琴に代わり投入された比奈が今日も効いていた。縦への意識を強めた鴨川の攻めっ気を削ぐように、短いパス交換の中心となりリズムを整える。
と思えば、急転直下の鋭い縦パス。相手の重心が前掛かりになったところを的確に突く、実に厭らしいビルドアップだ。自信の表れだろう。
「上手いっ! ギリギリ!」
「割ってませんよ!」
左サイドの攻防。トラップと同時にちょこんと浮かし、伸びて来た脚をスルっと躱してみせる。すぐ傍のベンチで愛莉とノノはインプレーをアピール。
判定を待つまでもないだろう。低い体勢から繰り出されるドリブルは、傍から見ればボールを抱えて走っているようにも見えて面白い。
瞬く間にギアを入れゴール前へ進撃、ギュンッという音まで聞こえてきそうだ。
「やらせっか!」
途中出場の男子13番が決死のスライディング。
小柄なミクルごと潰してしまおうという魂胆だろうが……。
「喰らえッ! クリミヤ・ルーレット!!」
「わあっ! すごい!」
(安直だな……いやまぁ上手いケド)
ビブスを脱ぎ準備していた有希は興奮気味に叫ぶ。スライディングをルーレットで見事に回避してみせた。偉大な先人にも劣らぬ華麗さだ。
が、本家襲名にはあと一歩か。着地と同時にバランスを崩してしまう。ゴレイロが詰めていたからだ。交錯し転倒。
しかし、ボールはゴールのなかへ。
若干ケチは付いたが得点は得点だ。
あっさりとハットトリックを達成してみせた。
すぐに立ち上がりボールを回収。今度もパフォーマンスはせずさっさと自陣へ戻っていく。目立ちたがりのミクルにしては珍しい。
「まだだ……まだ足りぬッ!」
鼻息荒くボールをセット。早く再開しろ、ってか。困った、どうやら焼き肉どころじゃ済まないかもしれない。
前半は終始山嵜のペース。俺はここで一旦お役御免。代わりに投入されたのは有希だ。瑞希もシルヴィアと交代。
琴音以外は全員下級生。それも変則的なセットだが、パスワークに淀みは無い。
比奈は変わらず安定しているし、有希も下がり気味に構えバランスを保っている。
「じゃじゃ丸、あれホンマにミクエルか?」
「他の誰じゃ言うんか……でも、ひょんなげじゃ。あねーにパス出しょーるとこ、初めて見るなぁ」
ただそれ以上に、ミクルが真面目にポゼッションへ参加しているのが大きい。
文香と聖来も感心しているように、普段はまともに自陣へ戻らずゴール前でフラフラしている彼女が、普通にパスを出しているのだ。
止める・蹴るの精度はチームでも随一。相手の懐にスルっと入り込みシンプルに叩く姿は、まさにピヴォへ求められるポストプレーそのもの。なんなら愛莉より上手くこなしている。
「おいおい、あんなの出来るなら最初に言っといてくれよ……廣瀬、何か仕込んだのか?」
「さあ。意識の変化?」
守備意識と戦術理解度の低さを理由にメンバー入りを躊躇っていた峯岸だ。今日のプレーぶりに逆の意味で頭を抱えるのも頷ける。
にしても、いったいどうしてしまったのだろう。ドリブル以外頭に無い超個人主義のミクルとは思えない。そんなに焼き肉が食べたいのか?
「違いますね。ここに来てチームプレーに目覚めたとか、そんなんじゃないと思います」
「えっ?」
「見てくださいセンパイ。シルヴィアちゃんのポジションを確認しています……裏抜け狙ってますよ、ほらっ!」
ノノが叫ぶと同時に、コート内で動きがあった。右サイドで開いたシルヴィアが一旦比奈に預け敵陣へ駆け上がる。
ワンツーでスルーパス。かと思いきや、サイドへ走ったのはミクルだった。シルヴィアは入れ替わるように中央へ移動。
……いや、そうか。
中へ移されたんだ。ミクルのランニングで。
「ナンデヤヒナァァ!?」
「ごめーんシルヴィアちゃ~ん!」
狙い通りのパスが来ず憤慨するシルヴィア、申し訳なさそうに掌を合わせる比奈だったが、チャンスはチャンス。膨大なスペースが与えられる。
またも13番と対峙。今度こそ止めてみせると険しい顔で睨むが、ミクルの表情は涼しい。勝負はすぐに決した。
「ふおぉーッ!! な、なんスか今のっ!?」
「おーっ、やるじゃん! あとであたしもやろ!」
「出来るんスか!? あれを!?」
瑞希はともかく目を飛び出させる慧ちゃんを筆頭に、アリーナ中がどよめきで包まれた。足裏で引くドラッグバック、からのダブルタッチ。
いとも簡単に脇下の狭いスペースを通り抜ける。少し身体が当たったのか一度は転倒してしまうが、コートをカーリングのように滑りボールと共に前進。すぐに立ち上がった。
すかさずトーキック。シャープな振りから繰り出された強烈なショットは、不規則な弾道を描きゴレイロの手を弾いた。ネットが揺れる。
「よしっ! よし!! いよぉぉぉぉーーしッ!!」
「すごいミクルちゃんっ! ナイスゴール!」
厨二病はどこへやら。駆け寄ってきた有希をガン無視して、蹲りコートを何度も何度もブッ叩き吠え散らかす。ここまで良い意味で感情的なミクルは、ちょっと見たことが無かった。
「また一人で決めちゃったよ!」
「栗宮って、もしかしてあの人の?」
「妹もすげえじゃねえか!」
拍手と噂話で沸き立つスタンド。今日を皮切りに、多くの人々が彼女を知るのだろう。参ったな。高価な部位を沢山調べておかないと。
「やるわねアイツ……シルヴィアの攻めっ気を利用したってところ?」
「せやな。さっきのゴールでだいぶ警戒されとったし、サイドに張り付くのをやめて、マーカーの意識を逸らしたんや」
愛莉は感心げに頷く。ノノが言っていた通りで、暫く大人しかったのは言うならば巻き餌。わざと簡単に捌いて、敢えて存在感を消していた。
シルヴィアは縦の動きを蓋されていた。つまり、その先にはスペースがあるということだ。業を煮やしたシルヴィアが中へ走るタイミングをずっと窺っていたのだろう。
いや、違うな。シルヴィアが位置取りを変えたのも、そもそもパスワークが詰まっていたから。そしてそれも、ミクルが自陣へ降りていたから……最初からこの形を狙っていたんだ。
「セカンドセットのメンバー、考え直した方がええかも分からんで」
「まだまださ。自分の得意なプレーに固執している間は……だが、成長は認めざるを得ないな。不要なエゴを出さずとも、ゴールに直結する展開を自ら引き寄せたんだ。大きな一歩さね」
峯岸も満足げに顔を綻ばせる。とにかくドリブル、個人プレー第一だったミクルが、結果を残すために一度は我慢した。この事実が何よりも重要。
あくまでも『自分が決めるため』というエクスキューズは残るが、悪いことではない。チームを助けるプレーに変わりは無いのだから。
マジで凄げえよ、ミクル。頼もし過ぎる。
目立ちたがりの主役気取りに過ぎなかったお前が、本当にコートの主役へ、王へ生まれ変わった瞬間を。俺たちは目撃しているんだ。
「さ~てと~……もっかい身体暖めとこっかな~。長瀬は? どーする?」
「……分かり切ったこと聞かないでよ。私だって、もっと……!」
「へへっ! そー来なくっちゃな!」
拳を突き合わせビブスを脱ぎ捨てる愛莉と瑞希。そうだったな。主役になりたい奴はまだまだ沢山いる。勿論、俺も後半になったら……。
(譲って堪るかよ……!)
大変失礼な話であるが、みんなもう気付いていた。この試合、真の相手は鴨川じゃないのかもしれない。
誰が一番活躍出来るかの勝負。
つまり、エースの奪い合いだ。
【前半7分18秒 栗宮未来
9分50秒 栗宮未来
山嵜高校7-0鴨川高校】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます