957. 日に日に凶暴化してる


『ジュリー? そうだよ。ジュリアーノ・カトウはウチの選手。去年編入して来てね、公式戦は今日が初めてだった…………声聞こえてる? うるさいのどっちの音かな』

「気にするな、続けてくれ」


 堀、藤村へ別れを告げ早足で帰宅した俺は、明日対戦する鴨川や東雲学園の研究も疎かに、奴の情報を収集し始めた。


 後ろで騒がしいのは瑞希。『また遅刻すっから』などと尤もらしいことを言い、お目付け役を兼ねて我が家へ泊まるようだ。パジャマに身を包みノノとスマホゲームへ興じている。


 ベッドの隅っこに寝転がり、パソコンを弄りながら電話。お相手は町田南のイケメン眼鏡こと兵藤慎太郎だ。忙しいなか時間を作ってくれた。



『確かセレゾンで同期だったんだよね。キミが負傷した試合も後半から出場していた……と記憶しているんだけど』

「詳しいな。アレを機に舞洲へほとんど顔出さなくなっちまってよ……最近のアイツについて、何も知らないんだ」

『なるほど、そういうことか。いやまぁ、僕も胡桃から少ししか聞いてないから、別に詳しくはないんだけどね。じゃあ情報交換しようよ』



 ジュリアーノ・カトウ。

 本名Giulianoジュリアーノ Kato カトウ de Paulaパウラ

 愛称はジュリー。日系ブラジル人。


 俺や内海、大場、黒川らで形成されるセレゾン黄金世代の一人だ。一方、サッカー関係者を除き世間からの認知度はあまり高くない。


 日本でプレーした期間が少ないからだ。俺が大怪我を負う半年前、彼はブラジルから単身やって来た。

 


 元々は母国ブラジルでプレーしていたジュリー。俺は参加しなかったのだが、そのクラブが日本へユースカップに参加するため来日した際、セレゾン大阪スカウトの目に留まったらしい。


 間もなくジュリーはクラブをクビになり、熱心に後を追っていたスカウトが『生活まで全面的にバックアップする』と約束を取り付け、提携する高校への語学留学という体で獲得しようとしたのだ。


 ところが、程なくジュリーを見出したスカウトがセレゾンを退団してしまい……ユース加入の話自体が一度は立ち消えになってしまった。


 しかもジュリーの家族が財産を投げ打って、彼の飛行機代をねん出し再来日した後の出来事だというのだから性質が悪い。詐欺みたいな話である。



「そのスカウト、江原と強化方針で何かと対立しとった奴でな。ただまぁ、ほったらかすわけにもいかねえし、特例でジュニアユースの練習に参加しとってん。スタッフの家に居候しながら」

『で、セレクションにも受かったんだ』

「確か財部の推薦で、ゴリ押しで受験枠に捻じ込んだって話や。江原は最後まで渋ったらしいけど」


 最後は実力で日本へ残ってみせたわけだ。当時から気紛れなプレーと守備難は健在だったが、類稀なオフェンスセンスで周囲を黙らせた。

 

 ユース生だった当時。内海、大場と並んでよく絡んでいたのがジュリーだ。まぁ例に漏れず、アイツの方から一方的にではあるのだが。


 日本語をまったく話せないので、ポルトガル語を学んでいた俺が唯一の話し相手だった。

 多くはつまらない冗談ばかりで辟易していたが、ほんの偶に真面目なサッカー談義を繰り広げて、結構盛り上がったっけな。



『仲、良かったんだ』

「言うほどやけどな。でも才能はピカ一や。1on1で俺とタメ張れたのはジュリーだけ。ドリブルは俺よかよっぽどええモン持っとるわ」

「随分と高く評価しているんだね……まぁ、僕も似たようなものだけど。実はさ、一緒に練習したことほとんど無いんだよ』

「そうなのか?」

『一昨日まで別メニュー調整で、滅多にコートへ顔出さなかったんだ。学校にはいるんだけどね、普通に。でもプレーを見たことはあんまり無かった。胡桃の伝聞だけだったんだよ。そしたら……』

「いきなり一人で20点取ったと」

『好き勝手やってくれたよ。明海なんて「パスが一回も来ねえッ!」ってベンチで不貞腐れちゃったんだから』


 クラスが違うので兵藤自身はジュリーとあまり交友が無いらしい。偶に見掛けると、いつも栗宮胡桃に引っ付いているのだとか。


 もう少し昔話を。俺の負傷離脱を機にジュリーはレギュラーへ定着。内海と共に黄金世代のダブルエースとして活躍していた。


 トップ昇格も間違いなしと言われていたが……俺がセレゾンを退団してすぐ、アイツもチームを辞めてしまったのだ。



『セレゾンを辞めた理由? ああ、初対面のとき聞いた。金銭面のトラブルだよ』

「金銭?」

『学校の寮に置いてあった家具を売り払って、現金化して母国の家族に送金したのがバレたんだって』

「アイツらしいな……ッ」


 ユース時代、ジュリーはいつも金に困っていた。晩飯が無いスパイクを買えない練習着が洗濯出来ない、という風に。日本語を話せないので、俺にお鉢が回って来ることも多く。


 ガスコンロが壊れたからと、無理やり家に着いて来たのはいつの出来事だったか……晩飯を作ってやって、二日くらい泊まって行ったな。

 両親のいない家が珍しく騒がしくて、ちょっとだけ楽しいとか思っていたり。


 そうか、なるほど。コンロに限らず寮の備品やクラブから支給された物も、全部現金に変えて母国の家族へ送金していたのか……。



『帰国してアマチュアクラブに入団したけど、すぐ辞めたんだってさ。日本の環境に慣れたせいで、色々と我慢出来なかったみたい』

「ああそういう……だからセレゾンの人間も近況が分からなかったのか」

『暫くは野良プレーヤーだったらしいね。そこを胡桃がスカウトしたんだ。ウチの特待生になって、混合チームでプレーしないかって』

「栗宮胡桃が?」

『そうだよ。大会に出ることが決まってすぐだったっけな……練習中に相模監督と「ちょっと出掛けて来る」とか言って、二週間も音信不通だったんだ。で、ジュリーと一緒に帰って来た』

「ブッ飛んでやがる……」


 奴が奴なら相模も相模だ。そしてアッサリと着いて来るジュリーも。全員頭おかしい。敢えてハッキリと言おう。頭がおかしい。



 セレゾン退団後、彼の動向を誰も知らなかったのだ。全員が『今は母国で頑張っているらしい』というふんわりした情報をなんとな~く共有していて、その実態は一人も把握していなかった。


 辞めた理由と以降の時系列もだいたい分かった。ともすれば次に、なぜ栗宮胡桃がジュリーを勧誘したのか。これが聞きたい。



『キミだよ。廣瀬くん。キミに関係のあるプレーヤーだから、わざわざ嫌いな飛行機に乗ってまでジュリーを連れて来たんだ』

「また俺絡みかよ……」

『しょうがないだろう。胡桃のキミへ対する執念は凄まじい。昨日なんて、キミの顔写真をゴールネットに貼り付けてシュート練習してたよ』

「こわっ……」

『ジュリーと一緒に』

「恨みを買った覚えはもっと無い……ッ!』


 いよいよ問い質さないといけないな。どうして奴がこうも廣瀬陽翔に拘るのか。会話が成り立たない、という最大の問題点は棚上げとして。


 まぁともかく、俺をよく知るジュリーを加入させたことで、廣瀬陽翔対策、もとい山嵜を打ち破る準備が虎視眈々と進んでいる……そういうわけだ。


 アイツが時折口にしていた『ミスター・J』とはジュリーのことだったか。

 でも一つ。アイツ『Giuliano』だから、言うならばミスター・Gだぞ。絶対に勘違いしてる。



「ありがとう兵藤、こんな時間に。ライバル校やってのに色々と教えてくれて」

『こちらこそ。むしろ準決勝まで上がって来てくれないと、僕らが困るんだ。胡桃の奴、日に日に凶暴化してるから』

「なんでまた」

『さあ。今日なんてジュリー以外と誰も話さなかったよ。マスコミもガン無視。いっつも好き勝手喋るのにさ』

「調子に乗るな貧乳宇宙人、と伝えてくれ」

『オッケー。一字一句漏れずに』


 通話を切りスマホとパソコンをベッドへ投げ出す。見上げた天井にジュリーの暢気な面がポヤポヤと浮かんで来た。そうか、日本へ帰って来たのか……。



(栗宮胡桃だけでも大問題やってのに、堀に藤村、しかもジュリー。よう知らんけど皆見壮太……全国への道は険しいな)


 コート上の出来事だけに集中したいのは山々だが、今日のボンクラ審判団といい見えない敵も中々に多い。例えば……。



「ハル、見て見て! ハルの記事のってる!」

「ついにこの日が来てしまいましたね……お、ここの新聞社は確かICHIGEIと取引のある……?」

「圧力掛けんでええから。見してくれ」


 スマホを投げ渡される。

 夜のネットニュースだ。


 って、スポーツ欄のトップ記事かよ。他に書くこと無いのか暇人どもめ……まぁ安斎みたいな奴じゃないだけマシか。



『元U-17日本代表、廣瀬陽翔。今度はフットサルで鮮烈`再`デビュー! 初戦を圧勝で飾る。チームメイトに囲まれ笑顔弾けた』


『あの「和製ロベルト・バッジョ」が帰って来た。今度は室内コートで、その才能をいかんなく発揮する――。


 一日(土)開幕した全国フットサル高校選手権ミックスディビジョンの関東予選に、U-17日本代表(元セレゾン大阪ユース)の廣瀬陽翔が登場した。


 所属する山嵜高校(神奈川)は廣瀬を除く全員が女性選手。しかし前半から同郷の葉山中央高校を圧倒し、12-0の大差で勝利を収めた。


 栗宮胡桃、羽瀬川理久など同世代のスタープレーヤーが数多く参戦する今大会、新たな特大トピックが加わった。

 廣瀬だけでなく可憐なチームメイトたちにも大きな注目が集まっており、明日の予選第二節では更なる活躍が――』



「ノノ、今すぐこの記事書いた奴に圧力掛けろ」

「音速の掌返し」


 スマホを投げ出し再びベッドへ項垂れる。今日はメディアがまったく居なかったが、明日以降は酷いことになりそうだな……俺はともかく、みんなに影響が出なければ良いのだが。



「いや~困っちゃうなぁ~。可憐なチームメイトだってさ、あたしたち」

「笑いながら言われても説得力ねーっす」

「市川も嬉しいんだろぉ~ん?」

「…………本望ですッ!!」

「いえーいっ!」


 目立ちたがり屋の二人は放っておこう。コイツらは大丈夫。何もしなくたって勝手に注目される。俺を守るんだインフルエンサー。



「ふわぁっ……おっと、もうこんな時間ですね。インタビューの練習でもしながら仲良くお寝んねといきますか」

「アホ、約束したやろ。つうか三人って……」

「一緒に寝るだけ! そんくらい良いっしょ?」

「…………はよ寝ような」

「うぇ~~い♪」


 寝支度は済ませた。明かりを消して三人で広いベッドに並ぶ。まぁ、注目されるのもそれはそれで悪くないか。


 将来のフットサル界のアイドル二人に挟まれて、安らかに眠りへ就けるのだ。この程度の弊害は甘んじて受け入れるべき、ということにしておこう。



「市川選手~、ごじしんのアピールポイントはなんですか~……?」

「このぷるっぷるのおっぱいで~~す、金澤選手はいかがですかぁ~……?」

「顔で~~す……」

「んははっ……嫌味にならないの強すぎ……」

「はよ寝ろ」


 感触の違う二つの壁に挟まれ、暑苦しいったらありゃしない。でも悪くないな。暑過ぎるくらいがちょうど良い、今だけは。



「…………成長したな、瑞希」

「ん~……? ハルのせいだよっ?」

「おかげ、やろ」

「ノノは褒めてくれないんですか~……?」

「もっとデカくなれ。俺のために」

「……むふふっ♪」


 日に日に凶暴化しやがって。

 なんもかも身体に毒だ。


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