958. 理屈抜きで


「にゃはぁ~、昨日の今日でこんなんて……あきまへんなぁ」

「どうやって突破したものか……」


 朝から小雨の降り注ぐ東京・府中市郊外。


 大会二日目。全員揃って同じ電車で会場へ向かったが、直前で足止めを喰らってしまった。傘片手に建物の影から様子を窺う俺たち。


 関係者用の出入口に多数のマスコミが集結している。カメラクルーも含め三十人弱と言ったところ。まったく、通路まで塞ぎやがって。


 他校の選手にも話し掛けている。大方『あの廣瀬陽翔と対戦する感想は』なんてしょうもないことを聞いているのだろう。同じグループかさえも調べずに。どうせその程度の知識量だ。



「昨日の夜ニュースになったばっかりなのに、やっぱり凄いんだねえ陽翔くん」

「関心しとる場合ちゃうで姉御。はよ退かさんと身体も冷えてまうわ。言うてはーくんも、喋ることなん一つもあらへんやろ?」


 安斎に詰められた一件が脳裏を過ぎるのか、マスコミ各位へブーッと唇を尖らせる文香。

 その通り、俺を心配をしてくれるのも有難いが、雨のなか待ち惚けとはいかない。


 問題はどうやって退かすかだ。俺が出て行けば大半は事足りるが、自己犠牲に基づく手段はみんなが納得しないだろう。


 というか怒られる。もっと自分のこと大事にしろって。嬉しい。



「クックック……! ならば致し方あるまい! ここは第二次メッサモッチャ作戦、オールスターバージョンと参ろヴぉああアアッ゛!゛?」

「ちょーっとお出掛けして来ますね~! シルヴィアちゃんカモーン! 瑞希センパイは通訳よろしくですっ!」


 襟元を引っ張り上げ連行するノノ。彼女の筋力でも持ち上げられるミクルの体重って。メシ食え。


 何やら企んでいる様子の金髪トリオ。待ち構えるマスコミの元へ意気揚々と乗り込んでいく。なるほど、俺より目立つ気か。



「どーもどーも初めまして! ノノ、市川ノノですっ! You〇uberやってて、チャンネル登録者数が二万人! 更にこちらがあのトラショーラス監督の娘であルヴェアア嗚呼アアア゛ア゛ーー゛ッッ!?」

「ワタシ、ルビー! スペインソダチノイーオナァァ゛ァ゛ァアア゛アア゛ー゛ー゛ッッ!?」

「ギェヤあ゛あアア゛アアァ゛ァ嗚゛呼ああ゛アアァァ゛゛!゛?」


「アカン! 弾き飛ばされてもうたっ!」

「三人のビジュアルと話題性を持ってしても止められないなんて……! そんなに陽翔くんのコメントが欲しいの!?」

「比奈。ふざけている場合ですか」


 マスコミ軍団が押し寄せて来る。嗚呼、ジャージの色でバレてしまった。無駄死にだ。比奈に至っては楽しんでるし。誰か真剣に止めろよ。


 と、ここで金髪トリオ最後の刺客、瑞希がドンと立ち塞がる。連中の意識を逸らせるような秘策があるとは思えないが……。


 

「ぬっふっふ……! そう、あたしこそ山嵜フットサル部のキャプテンにして絶対的エース! その名も金澤瑞希ィや嗚呼ほわァ゛ァァ゛ァー゛ン゛!!」

「あーーッ! 天丼はズルいでミズキチ!」

「カナザワせんぱぁぁーーーーーい!?」


 文香、慧ちゃんの絶叫と共に、早朝から府中のお星さまとなる。瑞希、お前のことは忘れない。あといつの間にか押し潰されているミクルも。



「あーあ。囲まれちゃった……」

「わわわわ!? ど、どうしようっ……!?」


 真琴の手を握りビビり散らかす有希。完全に包囲されてしまった。

 仕方ない、こうなっては後の祭り。適当に一つか二つコメントでも残しておくか。



(あれっ?)


 全員俺目当て、というわけではないようだ。

 マスコミは半分ずつくらいに分かれている。


 女性のインタビュアーも結構いるんだな。俺に取材する奴なんて中年のオッサンか知識人気取りの若い男くらいかと思っていたが。


 彼女らが向かった先は……愛莉?



「長瀬選手! 今日の試合について、意気込みをお願いしますっ!」

「ふぇっ……わ、わたしっ!?」

「ご存じですか? 廣瀬選手の記事がネットニュースに掲載された際、隣に写っていらっしゃった長瀬選手へ非常に注目が集まっているんです!」

「はへっ!?」

「『可愛すぎるフットサル選手』『なでしこの新たな逸材』『グラビア業界も熱い視線』などなど、SNSを中心にネット上で大変話題なんですよ!」

「ち、ちょっと、あの……っ!?」


 複数の女性インタビュアーがつらつらと語る。マイクとカメラを向けられ愛莉は大パニックだ。ただでさえ人見知りなのに。可哀そう。



「廣瀬先輩と肩を組んで、スタンドにガッツポーズしとる写真じゃな……まぁ長瀬先輩ぼっけぇ美人じゃし……」

「こうも囲まれちゃあ私の手には負えんな……気乗りしないが応援を頼むか……」


 遠い目をして顔を引き攣らせる聖来と峯岸であった。いや、助けてやれよ。聖来はともかく仕事してくれ監督。


 と、愛莉の心配ばかりしている場合ではない。安斎と比べれば楽な相手かと思ったが、やはり一筋縄ではいかないか。



「廣瀬選手! セレゾン大阪を退団し暫く表舞台から遠ざかっていたわけですが、今回の混合大会へ出場するにあたってどのような経緯が?」「セレゾン大阪を退団した経緯について詳しくお伺いしたいのですが……」「羽瀬川選手は廣瀬選手に代わるサッカー界の新星と呼ばれていますが、彼について何かコメントは?」「あっちの女の子可愛いよねえ! 昨日良い写真出てたけどさあ、どんな関係なの~?」「今回の現役復帰に伴い、サッカー界やファンの方々から大きな期待が寄せられています! どのような心境でいらっしゃいますか!?」「目線コッチくださーい!!」「久しぶりだね廣瀬クン! ワールドユースのとき現地で取材したんだけど覚えてるかな!」「どうしてサッカーではなくフットサルなんですかー?」「男女ミックスの新設大会ということで、廣瀬選手の経歴から言えばやや不釣り合いなようにも思われますが……」「廣瀬選手!」「なでしこのエース、栗宮胡桃選手とも親しいと聞いていますが、実際のところは!?」「廣瀬選手!」



(うわぁ~だるぅ~……)


 当時から扱いがまったく変わっていない。俺の才能を評価する者、ピッチ外の事情を詮索する下賤な輩。その他諸々。怠い、全員漏れなく。


 もうセレゾンを離れて一年以上経つというのに、一体全体なにがどうなっているのだ……たかがプロのなり損ないである俺を、どうしてここまで執拗に追い続けるのだろう。分からん。



「あー!! すみません、すみません! 生徒への取材は原則お断りしているんですよー! 今後学校側から会見等の機会を設けますので、お引き取りいただけないでしょうかー!!」


 すると、雑踏の外から女性の甲高い叫びが聞こえて来る。連中の声よりもひと際大きく、ほぼ全員の意識がそちらへ集中した。


 囲まれているので声の主が分からない。ウチにあんな声色の奴いないし、顧問の峯岸ならそっちにいるし……誰だ?



「困るんですよー! メディアへの露出は可能な限り控えて欲しいって、ご家族からも相談されているんです! 度が過ぎると警察沙汰ですよー!?」

「はあ? いやいやいや、何もそこまで……」

「報道の自由とか、無いですから! プライバシーですから全部!! とにかく、お引き取りくださーーい!!」

「ううぉっ、なんだ!?」


 ニョキッと伸びて来た腕に物凄い力で無理やり引っ張られる。次第に群衆の中から抜け出し、アスファルトと再会を果たした。


 強引に関係者出入口へ連れ去られる。連中がバラけたことでみんなも自由を取り戻した。

 峯岸に連れられ観客用の入場口へと走る姿を、ドアが締め切られる前に確認した。良かった、無事脱出出来たみたい。


 にしても、あのごった煮のなかから俺だけ引っ張り抜くとは凄いパワー。いったい誰が助けて……。



「川原先生っ!?」

「ふぅーっ、危ない危ない……! あっ、大丈夫だった廣瀬きゅん!? 怪我しなかった!? もうちょっとギューってした方が良いですかッ!?」

「そ、それは結構ですが……ッ」


 スーツ姿で目を血走らせる長身の女性。


 救世主の正体は限界オタクにして慧ちゃんの恩師、川原女史であった。あの怪力も納得だ。それと、よだれ垂れてます先生。拭け。



「ありがとうございます、助かりました……でもどうしてこんなところに? 普通に観に来たんじゃないんですか?」

「えへへへっ……! 実はボランティアで、大会の運営スタッフやってるの! ほらっ、入館証!」

「な、なるほど……公務員ってそういうの参加して大丈夫なんですか?」

「調べてないから分かんない! 言わなきゃバレないし、たぶん平気だと思う! それに廣瀬きゅんの活躍を一番間近で見れるのはここだからッ……あ、綾乃先輩! ちょっと待っててね!」


 スマホを取り出し俺を視姦しつつ涎を拭きながら電話。ああ、先んじて峯岸が応援を頼んでいたのか。ごめん、仕事しろとか言って。


 どこどこで合流云々と連携を済ませ通話を切る。今回の件は大いに感謝だが、余計な借りを作ってしまった気がしないでもないな……。



「はぁぁ~、やっぱり凄いなぁ~……まだこんなに人気があるなんて、流石は廣瀬きゅん……!」

「ホンマ勘弁してほしいっすよ……二年も前にサッカー辞めた普通の高校生の、どこにこんな惹きがあるんでしょうね」

「えっ? だって廣瀬きゅん、まだ二年前だよ? そんなの当たり前だよ……! みんな廣瀬きゅんが何をしているのか、ずっと気になってたんだから!」


 限界オタクに何を言われようと聞き入れる度胸は無い。目がガン開きなの怖いから本当に辞めて欲しい。素面が分からん。知りたくもないが。



「確かに上手い選手や有望な若手は沢山いる……でも違う。ワールドユースでの活躍だけじゃないんだよ? みんなどこかで廣瀬きゅんを一目見て、一瞬で虜になっちゃったんだから……っ」

「……川原先生?」

「観客の度肝を抜くアイデア。ひと時も目を離せない強烈なオーラ。年齢離れした落ち着きとえっちいボール裁き…………みんな分かってる。日本のサッカー界に、も一人しかいないって……!」


 変なスイッチでも入ってしまったのか。ますますうっとりとした恍惚の笑みを垂れ流し、川原女史は語るのであった。



「上手い下手とか、そんなのじゃない。廣瀬きゅんはわたしたちみたいな、なんでもない人間にさえ……新しい世界を、未来を、可能性を感じさせてくれる」


「凄い、カッコいい、面白いって、理屈抜きで思わせてくれる……フットボールの魅力がぜーんぶ詰まった、最高のプレーヤーなんだから!!」


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