955. 止めてみな!
葉山中央のタイムアウト。同時にこちらのメンバーはファーストセット中心へ。これと言って新しい作戦も無く靴ひもを結び直しコートへ赴くと、相手ベンチの様子が耳に入った。
「一点でも良いから返しに行くぞ! 向こうがコケる可能性もあるし、得失点差は出来るだけ縮めないと! 球際もしっかり戦って……」
若い男性顧問が熱心に指導を送る。いや、あれを指導と称して良いものか。具体的な戦術的提案は聞こえて来ない。
どうやらあの顧問も、コート内の現実が見えていないようだな……付け焼刃の根性論だけでは、主審の暴走とラフプレーを加速させるだけだ。いよいよこちらが能動的に対処しなければ。
「どうする? 時間使ってパス回す?」
「まさか。少なくとも先生は考えてないデショ、そんなこと。なんのために自分を残したと思ってるのさ」
唯一交代せずに出ずっぱりの真琴。心配する姉を生意気にも笑い飛ばし、ベンチを軽く一瞥。
「まったく、怪我してないって分かったら今度は無茶振りか。ライセンスは認めざるを得ないケド、選手の気持ちはもっとよく考えた方がいいネ」
「なんやお前。もう出たくないって?」
「逆だよ、逆。良いように利用されてるのがシャクなだけさ……まっ、監督の指示なら従うしかないケド。でしょ、瑞希先輩」
「ほかならぬ峯岸ちゃんの頼みならなぁ~♪」
琴音から再度キャプテンマークを受け取った瑞希。真琴とハイタッチを交わし何やらニタニタしている。アイデアがあるみたいだな。
「あたしも前半、ジャッジに気ィ取られすぎてフワフワしてたからさ。ちょっと反省したんよ」
「そうやったっけ?」
「あたしが思ったらそうなんだよっ! とにかくハル、もっと攻めようぜ。バッチバチに強度上げて、残りの時間……ぜんぶあたしたちのモンにするんだ!」
相手ゴールクリアランスから再開。10番の瀬川、男性のゴレイロはここでお役御免のようだ。プレータイムを使い切ってしまったらしい。
代わって入った女性ゴレイロがロングフィードを飛ばす。肉弾戦上等のスタイルに変化は無しか。やはり作戦もなにも無いな。
舐めるんじゃない。その程度の揺さぶりで、ウチの天才フィクソを出し抜けると思ったら大間違いだ。
「やぁァァッ!!」
今度は11番の男性ピヴォと激しく競り合う。どうやら杞憂で終わりそうだ。先の接触でビビるような奴じゃなかったな!
「陽翔さん! 拾えますっ!」
セカンドボールを回収。6番の男がすぐさま詰めて来たが、素早いダブルタッチで難なく往なし前進。アリーナがどよめく。
後ろからユニフォームを引っ張られるも構わず突き進む。おいおい、今度は倒れないとファール無しか? 相変わらず一貫性の無いジャッジだこと。
(ハッ、むしろ好都合やな……ならフィニッシュまで絶対に止めるなよ!)
真琴をコートに残した峯岸の意図が分かった。ファールを取られにくくなったのなら、フィジカルで優位に立てる俺と長瀬姉妹、そして瑞希のキープ力はむしろ追い風になるってわけだ。
どうやらこのままのスコアでクローズさせるつもりは微塵も無いらしい……良いだろう、御所望通りの結果を出してやる。
「うわっ、速い!」
「あれ本当に廣瀬陽翔なんだよね……!?」
「すっげえ、なんだあのスピード!?」
「髪型どうしたのかな……?」
「一人で持ってくぞ!」
色めき立つスタンドの声を振り払うよう更に加速。あっという間にゴレイロと一対一だ。って、他のディフェンスはどこに行ったんだよ。あと髪型イジったやつ後で殺してやる。俺はいま苛々しているんだ。
「お、空いとるやん」
「あっ……!?」
悪くない詰め方だが足元がお留守だ。インサイドで股下を抜く冷静なショット、ネットが静かに揺れる。カウンター、完結。
「次はお前や、瑞希!」
「ぬっふっふ!任せんしゃいっ!」
このゴールは堪えたのか、葉山中央の心はポッキリ折れてしまったようだ。山嵜の流動的なパスワークに一歩、二歩と遅れてしまう。
真琴とのワンツーで左サイドを抜け出す瑞希。前方には莫大なスペースが残っていた。さあ、ショータイムだ。
「――
圧巻の高速シザース。ボディフェイントからシザース、更にシザース! スピードと調子に乗った瑞希は誰にも止められない!
対峙する8番吉岡は決死の撤退戦へ挑む。が、幾度となく翻弄されバランスを崩し転倒。尻餅を着き、いったい何が起こったのかという表情だ。
キラキラと光り輝く悪戯な瞳が、ついぞゴールマウスを捉える。ここまで来れば精度もなにも無いだろう。ブチ込んでやれ!
「ぃぃよっしゃあああああ!! ゴラッソォ!!」
ポスト内側に直撃しゴールが数ミリほどズレてしまう。相次ぐドリブラーの超絶美技に、アリーナ中から歓声が爆発。
久しぶりに瑞希らしいゴールを見た気がする。キャプテンの重責が無意識のうちに枷を嵌めていた部分も少なからずあったのだろう。彼女が得点源として更に開花すれば、もう怖いものなしだ。
「ナイスゴール、瑞希!」
「まぁね~♪ で、長瀬はどーすんのぉ?」
「当然っ! 二桁狙うわよ!」
これだけの大差が付いて残り五分ともなると、中立の観客は負けているチームを応援してしまうものだ。だがアリーナにそんな空気は一切無い。
なんだかんだ言って、みんな綺麗な花や宝石が大好きなんだ。それもこんなに美しく、煌びやかに輝いているんじゃ、目を離せないよな。
「瑞希先輩こっち!」
「ナイスヘルプ!」
サイドで瑞希が受けるたびスタンドは大歓声。だが今回は主役が違う。さあ真琴、とびっきりキツイの出してやれ。きっと応えてくれる。
「姉さん!」
「……来たッ!」
ダイレクトで打ち込んだ鋭い縦パスは、僅かに愛莉の足元からズレてしまう。奪い処と見てマーカーが身体を寄せるが、愛莉はこれすらも利用してみせた。
「わわっ!?」
「うぉりゃああああアアァァッ!!」
背後からのアタックをもろともせず、逆に体重を預け引き摺り倒してしまった。いくら華奢な女子が相手とはいえ……相変わらず凄い体幹だ。
バランスを崩しながらも右脚を豪快に振り抜く。近距離から放たれた弾丸シュートが、ゴレイロの顔の真横を通過していった。威力に腰が引けたのか、名も知らぬ少女はピクリとも反応出来ない。
「愛莉ちゃんすごーい!」
「ほっほー。まるで重戦車ですねえ~」
「ええであーりん! それでこそデブの本懐やっ!」
「聞こえてるわよッ!?」
喜ぶついでにベンチの文香へ飛び込んでいく愛莉であった。気にしてるのか、体重。たぶん胸のせいだから平気だって。
最長身こそ慧ちゃんに譲ってしまったが、愛莉の女性離れしたパワフルなプレーは恐らく全国でも有数の代物だ。同じ女子では止められないだろう。
これでハットトリック。実力はさることながら、他校の選手たち、特に男子の視線は愛莉に釘付け。栗宮胡桃にも負けぬアイドル誕生も近いな。
「これで9点目ね……! で、最後は誰が決めるっ?」
「じゃ、そろそろ貰っとくネ」
「そう来なくっちゃ!」
時間も僅か。相手もパワープレーを仕掛けて来ないので、フィクソの真琴を中心にパスを回したい放題だ。
一つパスが繋がるたびに、スタンドの子どもたちは『オーレ!』と声を挙げる。すっかりホーム状態になってしまった。
さて、ここまで三年生に華を持たせてくれた頼れる一年へ、最後にとっておきのプレゼントでも渡しますか。
「受けろ愛莉!」
「任せてっ!」
サイドから斜めのくさび。愛莉が身体を張ってポストプレー、8番吉岡を完璧に制する。時間を作ったところで俺へリターン。
11番がスライディングで止めに掛かる。危なっかしい、俺じゃなかったら躱せないスピードで飛び込みやがって。
まぁ、躱すんだけど。
だって俺やし。
「嘘でしょ!?」
「空いたで真琴っ!」
シュートのフリをしてつま先でちょこんと浮かす。同時に飛び上がりスライディングも回避してみせた。ボールは並走していた真琴の足元へ。
ほら、撃ってみろよ。
遠くから狙う方が案外入るんだろ?
「はあああッッ!!」
右脚のキックは姉譲り。パシンッと小気味よい音を鳴らしゴールマウスへ一直線。バー下部へ直撃し、ネットへ吸い込まれた。
「なによ、やるじゃないアンタ!」
「痛ったいな叩くなよッ! これでもオフェンシブな選手だったんですケド!」
「綺麗なシュートでしたよ、真琴さんっ」
琴音も加わり歓呼の輪が広がる。気付けば10点目。町田南には及ばないが、俺たちも二桁ゴールを達成してみせた。
スコア以上のモノを強く感じる。デカい、デカ過ぎる。この難しい試合をこんな風に勝ち切れるのは、本当にデカいぞ……!
【後半08分01秒 廣瀬陽翔
08分59秒 金澤瑞希
10分15秒 長瀬愛莉
11分20秒 長瀬真琴
山嵜高校10-0葉山中央高校】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます