953. どこまでも気紛れ
【前半終了 ハーフタイム
山嵜高校4-0葉山中央高校】
上々の。
いや、完璧な前半だ。
ノノの追加点以降は相手にシュート一本さえ許さず、ポゼッションも圧倒的優位を保ったままクローズしてみせた。
ロッカールームへ引き下がり暫しの休憩。部屋は男女ごとにカーテンで仕切りが作られていて、遠慮なく着替えも出来るようになっている。
にしても薄っぺらいガードだが。ウチはともかく他の高校から文句出ないのかな。
「あ、もう少し待って陽翔くん。愛莉ちゃんがまだ上脱いでるから」
「ならええやん」
「ちょっとは気ィ遣いなさいよッ!?」
カーテンを開けると愛莉が濡れタオルで身体を拭いている最中だった。試合中にそんなこと気にしねえよ。男として見るな。今だけは。
遅れて琴音と、それから峯岸がロッカールームへ現れた。用意されたホワイトボードへすぐさま文字を書き込んでいく。
すっかり様になっているな。ちょっとニヤニヤしてるし。やっぱり嬉しいのか監督扱い。
「わざわざミーティングするまでもないとは思うけど、まぁ一応。四点差は大きなリードに見えるが、フットサルでは決してセーフティーリードじゃない。予選は得失点差も関係して来るからな。油断はするなよ」
威勢の良い掛け声が木霊する。
この展開でもみんなの集中は切れていない。
全勝すれば関係の無い話だが、仮にどこかと引き分けて勝ち点で並んだ場合、次に明暗を分けるのは得失点差。
町田南でさえ手を抜かず45点も奪っているのだ。願わくばウチも二桁は取っておきたいし、失点は可能な限り避けたい。
「主審のジャッジは後半も変わらない。安易に縦へ蹴るのは避けろ。特に長瀬姉、下手に身体張るとファールが溜まっちまう。気を付けろよ」
「はい、分かってます……!」
「市川も。さっきのシミュレーションは逆アカデミー賞モノさね。気付かれる前に控えておけ」
「へーい、心得まーす」
「攻守のバランスは悪くない。まっ、お前らならこのレベルの相手はどうってことないだろうが……でも気を付けろよ。他校の連中はウチに夢中だ。一つも隙を見せるな、次の試合も意識して行け」
その後は下級生を一人ずつ呼んで、前半の動きを事細かくレビュー。なんだか懐かしい光景だ。セレゾン時代を思い出してしまう。
どれだけ試合前に気合を入れても、ハーフタイムになると文字通り中弛みしてしまう……これはどんなチームにでもあり得ることだ。
葉山中央の監督は名ばかり顧問のようだし、劇的な変化をもたらすことは無いだろうが……でも警戒しないとな。初戦は何が起こっても不思議じゃない。
「痛い痛い痛い痛い゛イタイ゛ッ!! ちょっと慧、もっと抑えてって!?」
「いーや!これくらいやっとかないと後々響くっス! はい行きまァァス!!」
「いったああああアアアア゛!?」
長椅子に横たわり慧ちゃんのマッサージを受ける真琴。彼女にしては新鮮な女々しい姿に、ロッカールームは笑い声が溢れた。
恐らく前半終了間際に相手と腰を打ったのが気になったのだろう。なんでああいうところはファール取らないのかねあの主審は……やはりシンプルに技術が足りないんじゃないか。
「大丈夫か真琴。そんなに痛めたのか?」
「いったたたた……あぁ、いや、そんな大したものじゃないケド。ちょっと強く当たったから、念のために」
「怪我にも気を付けないとな。聖来もアップしておいた方が良いんじゃないか?」
なんの気ないジョークのつもりだった。のだが、聖来は持ち込んだタブレットを怪訝な顔で注視しており、黙りこくったまま。
「ああ、ごめん聖来。今のは別に意地悪で言ったわけやなくて……」
「にぃに。これを見てくれんか?」
どうやら気を悪くしたようではないらしい。ずっと撮影してくれていた試合の様子を再生し、聖来はある場面で停止させた。
「いま言うとった……長瀬さんと相手がぶつかったとこじゃ。8番の選手。でーれー遅れて当たりに行っとる」
「せやな。レイトタックルや」
真琴がパスを出した後に8番の女性選手……吉岡というキャプテンだったか。彼女が突っ込んで来て転倒したシーンだ。
「それともう一つ……早坂さんも」
「あ~、ここなぁ~。ウチもベンチから見とったけど、おもっきしアフターで削りに行っとったわ。あれでファールならんのはよう分からへんなぁ」
文香も眉を顰めこのように指摘する。サイドでパスを受け仕掛けたと同時にスライディングを喰らった場面。
有希が倒れなかったので笛は鳴っていないが、脚に掛かっていたら結構危なかった。ボールを見ないで後ろから削りに行っている。
「……陽翔さん。皆さんも聞いてください」
ここで琴音が手を挙げる。そう言えば彼女、一人だけロッカールームに戻るのが遅かった。峯岸と一緒に帰って来たのだが……。
「残り一分を過ぎた頃から、そのような危ないシーンが幾つかありました。どれもファールには至りませんでしたが、後ろから見ていても危険だと思い……」
「もしかして琴音センパイ、さっき審判になんか言ってきたんですか?」
「はい。後半はしっかり見てください、と。あまり相手にはされませんでしたが」
グローブを巻き直し琴音は神妙な顔つき。どうやら全員少しずつ心当たりがあるのか、顔を見合わせて不安そうだ。
「え。じゃあ点差が付いたから、ラフプレーが増えてる……ってこと?」
「可能性はゼロじゃないわ。私も昔やられたし……意図的じゃなくても、無意識のうちに荒くなるって、結構あるあるよ」
唯一ピンと来ていない瑞希に代わり愛莉が答える。確かにそうだ。怪我をさせようとしているわけではなく、どうにか追い縋ろうと無理なプレーが増えた結果、余計なファールが増える。
俺がセレゾン時代に負った怪我も、まさにこれが原因だった。前半で大きなリードを奪い、雨の降るスリッピーなピッチコンディションも災いし……深く入ったレイトタックルを喰らった。危うく靭帯を切り掛けたんだ。
「そうだな……確かに『ジャッジの裁量が変わらない』と決めつける方が安易か。悪いな楠美、嫌な役回りさせちまって」
「構いません。これもキャプテンの仕事です」
「うむ。じゃあ作戦変更。いや、変更と言うほどでもないが……入りの一、二分は少し様子を見よう。明らかに変化が見えたら、早い時間にタイムアウトを取る」
後半のスターターが発表された。ノノだけ出ずっぱりで、比奈、瑞希、愛莉が再投入される。少し痛めた真琴は大事を取ることに。
まだ大きな怪我こそ出ていないが、ちょっと嫌な予感がする。まさか葉山中央もわざと削ってくることは無いだろうが……。
10分間のハーフタイムを終え、早速後半が始まった。すぐにボールを奪いポゼッションを握る山嵜。ここまでは良いとして。
「どう見える? 廣瀬」
「……顔色は良くないな。足取りも重い。気落ちしとるのがよう分かるわ」
どうやら葉山中央、ハーフタイムの間に効果的な手を打てなかった様子。メンバーはファーストセットに戻ったが、前半よりも更に動きが怠慢だ。
最後尾でキープする比奈。左へ開いた瑞希へ斜めに付ける。寄せの甘さを見抜き、瑞希は一気に縦へ仕掛けた。スペースはあり余っている。
「うわっ!?」
「危ないッ!!」
すると、だ。後手を踏んだ10番の瀬川が、かなり遅れて右脚を放り出しドリブルを止めに掛かった。交錯し転倒する瑞希。
流石にこれが笛が鳴った。まったくボールへ行けていないアフターチャージだ。間違いなくカードが出る、筈だった。
「キミ、気を付けて!」
「う、うっす。すいません……!」
(……えっ、カード無し?)
主審は素振りさえ見せない。前半はあれだけ神経質にチェックしていたのに、これは対象外なのか!?
「レフェリー! 今のはカードじゃないんですか!?」
「ボールに行っていたからそこまでじゃない! ほら、ベンチは静かに!」
なけなしの抗議はアッサリと制される。馬鹿を言え、どっからどう見ても脚にしか掛からないタックルだろう。
いや、それより倒れたままの瑞希だ。
救急バッグを持った聖来と共にベンチを飛び出る。
「大丈夫か瑞希っ!?」
「っったぁぁ~……! まーじ危ねえ、あとちょっとでひねってたぜ……!」
どうやら軽い打撲で済んだみたいだ。痛みを堪え顔を顰めているが、それより怒りの方が勝っている様子。
ホッと胸を撫で下ろす。良かった、瑞希が離脱したら流石に大打撃だ……とは言え、悪い予感が的中してしまったか。
フリーキックから再開。愛莉の強烈なシュートは僅かに枠を外れた。ベンチへ戻った俺は峯岸と顔を突き合わせる。
「間違いない……あの若造、判定基準をガラッと変えやがった……!」
「あれでカード無しは最悪や……!」
ファールに該当するかは明確なルールで定まっているが、その度合いは審判によって委ねられる。前半の主審が最たる例だ。
一方、後半から調整を入れることもさして珍しくはない。恐らく主審も副審と話し合い、前半のファール基準を少し反省したのだろう。
それ自体は別に良い。よくあることだ。
だがもっと問題なのが……。
「なんか、ヤバいカンジっスか……?」
「あぁ、物凄くヤバい。良いか慧ちゃん、今のファールが後半の基準になるんだ。つまりどういうことか分かるか……っ?」
「……あっ! じゃあ、これから似たようなファールがあっても……カードが出ないってことっスか!?」
「どうしてもそうなっちまう……」
一度決めた基準は覆せない。前後半で差が生まれることはあっても、同じエンドで違う裁量のファールは出せないのだ。というか、出すべきではない。選手が混乱してしまうから。
つまりこの後半。葉山中央があのペースで、意図せずともラフプレーを繰り返して来たとしたら……怪我人が出る。間違いなく!
(おいおい、いくら初戦だからって……こういう難しさまでは想定してねえよ……ッ!!)
どこまでも気紛れな奴だ、フットボールの神とやらは。いったい俺たちに、どれだけの試練を与えれば気が済むのだろう。
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