952. すべての想いを背負って


「いやぁ~強いね~。流石はアニキの仕込んだチームなだけあるよ」

「……なんだ来てたのか。今日試合ねえのに」

「偵察だよ偵察。こういう地味な仕事もキャプテンの役回りですからね~。あ、初戦勝利おめでと、トーソン」


 差が三点へ広がりゲームもひと段落付く頃には、バックスタンド後部座席に構える西ヶ丘高校の一同も、観戦よりお喋りに夢中になっていた。


 美少女揃いのコートに現を抜かす者も少なくはないが、大半の視線はベンチで声を張り上げる唯一の男性選手へ向けられている。

 悩まし気に首筋を擦るこの男、藤村俊介フジムラシュンスケもそのうちの一人だ。


 背後から聞こえた馴れ馴れしい声色に、藤村は僅かながら安堵の色を見せた。

 隣に座るや否や、声の主はスマホのカメラで幾度となくシャッターを切る。大阪で活躍する元チームメイトへ送るのだと軽快に笑った。



「予選表見たときビックリしちゃったよ~。西ヶ丘ほどのチームでもこういう大会に出るんだね」

「それを言ったら埼玉美園も同じだろ」

「ウチは元々女子の方が強いんだよ。実力も声のデカさもね。男子は常に振り回される運命なのさ……おっ、今の台詞カッコいいな」


 頬のそばかすを筆頭にあどけなさを残す青年、堀省吾ホリショウゴもまた、目下のコートで躍動する陽翔の元チームメイトである。


 プロからも注目を集める存在となった藤村には及ばないが、セレゾン黄金世代の一人として埼玉の強豪校をけん引する実力者。


 陽翔とこの場にいない南雲を含め、四人の交友の始まりは小学校中学年にまで遡る。

 常に飛び級で活躍していた陽翔との思い出はそう多くはないが、同期の戦友として動向を気に掛けている、心の拠り所だ。



「ウチは男子の部に毎年出てるからな。俺は経験無いけど。去年から一軍だったし」

「嫌味か~~い」

「女子サッカー部も調子良いし、インハイ予選とも被らなかったってだけ。コンディション調整の一環さ」

「ふ~ん。強豪校は大変だねえ~。名古屋での全国大会が終わったら、一週間もしないで東京で総体だってのに……忙しすぎない?」

「んだよ。何が言いてえんだ」

「だったら男子の部だけ出れば良かったんだよ。女子と一緒にやる必要全然無いよね…………アニキと戦いたかったんでしょ?」


 悪戯に微笑む堀を藤村は鼻で笑い飛ばす。同期のなかでも特に交友の長い彼だ、思惑はとうに見抜いていたのだろう。



「良いか、誰も言うなよ。こんなのチームの私物化以外の何物でもないからな」

「分かってる、分かってるって」

「……そうだよ。男子の部にしたって、本来は下級生を出す大会だ。そこを俺が捻じ込んだ。女子とプレーして視野を広げたいってな……まっ、選手権まで行ったご祝儀みたいなもんさ」

「キャプテンって便利で良いよね~」

「正直、春にアイツと再会するまで……心のどっかで見下してたんだよ。もうアイツはトップレベルの選手じゃない。同じ土俵に立つことは無いって」


 セレゾン時代、トップ下のポジションを主戦場とする藤村にとって、飛び級で活躍する陽翔の存在はまさに目の上のたん瘤。

 チームで結果を残しても、陽翔が上の世代や代表活動から戻ってくればベンチへ追いやられる。


 そして藤村はセレゾンから、彼から逃げ出した。同じチームにいる以上、プロへの道も閉ざされたまま。ユースへの昇格を蹴り西ヶ丘へ進学したのは賢明な判断だった。当時下した決断を、藤村は今も尊重している。



「今の俺らとアイツじゃ、そりゃもう雲泥の差だよ。俺はプロからもスカウトが来て、南雲なんか実際に試合出てるしさ……なのに、引っ掛かる」


「忘れられねえ。アイツにボコされた中学までの記憶が。たかが数年前だし、そりゃ当たり前なんだけどよ……南雲も一緒だってさ。プロで結果出しても、アイツに勝てるイメージが湧かねえって」


「だから、どこかで払拭しねえといけねえ。アイツに勝たねえと、自信持ってプロに行けない気がするんだよ……そしたらさ」


 ブザーが鳴り響く。山嵜のタイムアウトだ。


 ベンチへ戻って来た真琴へボトルを手渡し、コートを指差しながら入念に指示を送る陽翔。藤村は不敵な笑みを溢し彼を見下ろす。



「マジで節穴だった。功治から女だらけのチームって聞いて、正直舐め切ってたけどよ。その程度で落ちぶれる奴じゃなかったわ」

「だね~。久しぶりにプレー見たけど、変わってない。むしろ当時より……」

「ああ、余裕がある。しかもずっと笑ってやがるぜ、アイツ。あの頃からじゃ考えられねえよ」


 失意の最中、大阪を離れて一年半。彼のなかで起こった大きな変化は、スタンドから見守る二人にも届いている。


 藤村は改め、上京という決断を下した当時の自分に強く感謝していた。逃げ出したのも事実かもしれないが、あのまま大阪に残っていれば、リベンジの機会さえ訪れなかったのだ。堀も力強く頷いた。



「僕はトーソンとは、ちょっと違うけどさ。ポジションも違うし、ユース上がれなかったのは自分の実力だから。でも夢は見るよね。一度も勝てなかったアニキになんとか勝ってみたいって」


「みんな一緒だよ。アニキに勝てなかった悔しい気持ちを、今でもずっと抱えているんだ。それをプロの舞台だったり、違う場所でなんとか消化しようとして、一生懸命頑張ってる」


「やっぱ原動力って言うか、根っこの部分にアニキがいるんだよね。きっとこの気持ちは、僕らが大人になっても、仮にプロで活躍したとしても……ずっと残り続けると思う」


「一生のアイドル、僕らの憧れだよ。廣瀬陽翔は。だから僕とトーソンは幸せ者だ……正々堂々、アニキと戦って勝つチャンスが、まだ残ってる!」


「しかもあの頃より、ずっとパワーアップしたアニキと戦えるかもしれない! 最高だよ! ワールドカップでも、チャンピオンズリーグでも味わえない! この大会だからこそ、意味があるんだ!」



 送られてきたメッセージを見返し、堀はにんまりと微笑んだ。これから試合だという同期のトップランナーは今頃、陽翔の見慣れないユニフォーム姿を見て悔しさを滲ませているのだろう。


 内海だけではない。大場も黒川も。ちっとも興味無いと連れないメッセージを送ってきた宮本も。今は何処で何をしているかも不明なジュリーも。彼が大阪で残した跡を、きっとそれぞれの場所から見つめている。


 だからこそ堀も藤村も、本来なら参加する必要すら無かった筈のこの大会に、強い決意を持って挑んでいる。

 自分たちのためだけではない。廣瀬陽翔という一人の人間を基軸とした、より大きな意義のために。


 彼に纏わるすべての想いを背負って、この場所へやって来たのだ。今まで味わったことの無い高揚感に、二人は酔い痴れるばかりだった。



「取りあえず、僕らは決勝まで行かないとな。詳しくないけど、町田南ってメチャクチャ強いんでしょ?」

「らしいな。去年の男子王者だし、俺はやったことねえから詳しくないけど。まっ、俺らと山嵜の勝者が当たるだろうな……でも関係ねえ。ソイツらも倒す。決勝まで行って、アイツを見に来させようぜ。そしたらどっちが勝っても、俺らの勝ちってことだ」

「間違いないねっ!」


 拳を重ね健闘を称え合う。

 同時にアリーナへ歓声が広がった。


 山嵜の四点目だ。パスミスをノノが掻っ攫い一人で決め切ってみせた。堀は再びシャッターを切り、今し方のゴールを考察する。



「んん~、良いねえあの99番。良く走るし存在感あって。あのスピードで詰められたらミスも出るよ……ていうか可愛すぎない?」

「コートでその手の話は無しだろ……でも、確かに良い選手だな。廣瀬以外の女子もかなりやれる。特に9番」

「7番の子も上手いよね~。可愛いし」

「だからお前は……んっ?」


 今度は藤村のスマホが震えていた。恐らく相手は財部雄一だろう。様子を教えて欲しいと昨日から頼まれていたことを思い出した。



「ラベちゃん?」

「正解。あの人、応援してるとかなんとか言うけどよ。絶対俺らより廣瀬のこと気にしてるよな」

「手の掛かる子ほど、ってやつじゃな~い?」

「ちぇっ。優秀な教え子でどうも悪かったな…………え、はっ? ちょっ、おい省吾。これ見ろよ!?」


 慌てた様子でスマホを突き出す。何がどうしたと眉を顰めた堀も、送られてきた写真とメッセージに目を飛び出させた。


 あるホームページのスクリーンショットと思わしき画像。試合終了から時間が経過し、得点者が掲載されたようだ。暫く顔も見ていなかった元チームメイトの名前とその姿に、二人は声を揃えて驚愕。



『びっくりだよ。ちっとも知らなかった。これは思わぬ強敵だね……!』


 世にも恐ろしいスコアを記録した初戦の町田南。

 そのゴールのうち、半数を記録した選手。


 黄色と黒の縦縞に身を包んだ、浅黒い肌と無造作なパーマが特徴的な彼。

 僅か一年の間にセレゾン黄金世代へ強烈なインパクトを残した、陽翔にも劣らぬ天才プレーヤー。


 

「「――ジュリーじゃん(じゃねえか)!?」」


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