951. 水を得た魚


 先制ゴールの後も大味な裁定に変化は見られなかった。軽い接触ですぐにホイッスルが鳴り、両チーム合わせて五つずつファールが宣告されている。


 だが、試合の流れは少しずつ。着実に山嵜へ傾いていた。要因は最後尾に構える二人の存在が大きい。



「ダウンダウン! 落ち着いて、しっかり回そう! 大丈夫だからっ!」

「瑞希さん、少し下がり気味に!」


 比奈と琴音が絶やさずコーチングを入れてくれる。主審のジャッジに大きな変化が無いことを見抜き、敢えてゲームを追い付かせる方向へシフト。


 結果的に、山嵜が圧倒的にポゼッションを握る展開となる。勢いのまま押せ押せで進めていたら、また墓穴を掘ってしまっていたかも。



「サンキュー比奈! ナイスフォロー!」

「こちらこそっ!」


 失点を機に前線からプレスを敷いて来た葉山中央だが、比奈との華麗なワンツーで守備網を回避。

 連中の守備は決して効果的とは言えない。単にギアを上げただけで、戦術的なモノではなさそうだ。


 

「行きますよ、愛莉さんっ!」

「任せて!」


 コートを横断するふんわりとした軌道のパントキック。琴音も冷静だ。攻め急がずに上手く時計の針を使っている。


 時間と空間を巧みに利用した、二人の落ち着いたプレーイング。葉山中央は取り処を絞り切れず、攻守の意図が中々整わない。宙ぶらりんのままコートに放置されているような状況だ。



「凄いな比奈先輩……危ない位置で晒されても、ちっとも動揺していない」

「あの程度のプレスでミスするような玉じゃないさ。どうだよ、ベンチから見る同じポジションの先輩は。違いがよく分かるだろ?」

「ですね……技術以上に、やっぱり才能があるんだと思います。流れとか雰囲気をコントロールする力……みたいな」


 ベンチの真琴は感心気に呟き、比奈のプレーを黙々と観察する。前に出て潰したがる真琴と異なり、比奈の特徴はやはりこの部分だ。



「あとちょっと、一歩で取れるのにっ……! どうして……!?」


 ボールを追い回す傍ら、5番の女性ピヴォは悔しそうに歯を食い縛る。比奈の飄々とした姿とは実に対照的。


 常にバランスを崩さずゲームを整えてくれる彼女の存在がどれだけ有り難いことか。おかげで俺も愛莉も、そして瑞希も冷静さを失わずにいられる。


 先日の紅白戦で峯岸に言われたことを思い出す。やっぱりオレ、基本的に試合の流れや雰囲気を考慮出来ないプレーヤーらしい。先制点の後に敢えてゲームを落ち着かせるなんて、考えにも及ばなかった。



「陽翔くんっ。右サイド……」

「ああ。ちょうどそのつもりやった」

「お願いねっ?」


 自陣深い位置からのキックイン。すれ違いざまに言葉を交わし、すぐ傍を離れていく。彼女も相手の穴に気付いたようだ。


 任せっぱなしでは終われない。もう前半も半ば、プレータイムの制限を考慮すると後半も途中からしか出場出来ないだろう。


 お膳立ては貰った。最高の脇役から。

 なら主役は主役らしく、期待に応えるまで……!



「――こっちや!」

「陽翔くんっ!」


 中央の比奈に預けると、一気に斜めへ走り出す。鋭いくさびのパスをセンターサークル内で受けドリブルを開始。



「ハル、サイド!」

「頼んだ!」


 瀬川の守備に遭う直前でボールを放し、左へ開いた瑞希へ展開。突然のスピードアップに葉山中央は着いて来れない。



「行っくぜええええーーーーッ!!」


 そのまま縦をブッ千切る。派手なフェイントは無いが、単純なクイックネスで上回った。4番と8番が身体を倒しシュートブロックに入るも……。



「Whoa! キレッキレです!」

「はーくんがフリーや!」


 左脚を振ると見せ掛け足裏でタッチ。完全に二人を振り切ってみせた。自由の身となった瑞希は落ち着いて、逆サイドに走り込んだ俺へラストパス。


 ゴレイロが詰めて来たが、予測していた分こちらの方が余裕もあった。まぁ、無くても決めるけどな。こんなプレゼントパス、外せるかよ!



「うわっ!?」

「怪我すんなよ!」


 右足つま先でちょこんと浮かし、ゴレイロごと飛び越えてみせる。勢い余って身体はコートの外へ出てしまうが、シュートはしっかり枠へ収まった。



「おっしゃー!! これはデカいっス!!」

「流石にぃにじゃ!」


 ベンチも飛び上がって喜び合う。ちょうど身体の流れた先にスタンドの応援団がいた。身を乗り出してガッツポーズを決めるのはファビアンたち。



「ヒローーッ!!」

「ヤッター! ヒロのゴールだ!」

「モットヤレンダロー!!」

「たりめえやろっ! 見てろお前ら!」


 一緒に連れて来たという小学生の友達らも嬉しそうに手を伸ばす。暫く応えているとメンバーも駆け寄って来た。



「サンキューハルっ! ひーにゃんナイスパス!」

「それほどでも~! チャンスだと思ったら、本当に決めちゃうんだから! 二人とも凄いっ!」

「エンジン掛かって来たわね!」


 まさに個と組織の融合した完璧なゴール。目指して来たスタイルが目に見える現実のモノとなり、みんなも嬉しそうだ。


 肩を組みコートへ戻るとブザーが鳴り響いた。葉山中央がタイムアウトを取ったようだ。流石に悪すぎる流れを止めに来たか。



「へへっ、ねえ見てハルっ。あれ、西ヶ丘だよ。いやぁ困っちゃうねえ~、ついにあたしたちもベール脱いじまったな~♪」


 ニヤニヤと笑う瑞希の指差す方角には、スタンドの高い位置から試合を見守るエンジ色のジャージ集団、西ヶ丘高校。目を凝らすと藤村の姿もあった。


 初戦から俺と愛莉の決定力、瑞希のテクニックがいかんなく発揮され、先の対戦校も震え上がっていることだろう。

 完全ノーマークだった無名の私立高に、こんな化け物が何人もいるんだ。どれだけ対策しても追い付きやしないさ。



「ハッ。これくらいで驚かれても……比奈の縦パスが起点になったことに、あの中の何人が気付いたやろな?」

「くすみんの安定感にもな!」

「厄介なのはまだまだいるけどねっ」


 アクシデントこそあったが、もうすっかり過去の話だ。その程度の弊害で俺たちは止められない。この大事な初戦……完璧な形で勝ってみせる!






 タイムアウトを機にメンバーはセカンドセットへ交代。安っぽいチェアーに寄り掛かり水を飲んでいると、試合はすぐに再開した。


 一人の男性選手は前後半30分のうち、20分しか出場出来ない。葉山中央もそれは同様で、瀬川とゴレイロを女性に交代し、新たにフィールド上へ二人の男性選手が投入された。6番と11番だ。



「心配無さそうやな」

「ええ。10番よりだいぶ落ちるわね」

「マコの方がうめーっしょ。余裕で」


 男子が二人の相手に対し、山嵜は女性オンリー。ポゼッションこそ葉山中央に譲っているが、素早い寄せでチャンスを作らせていない。


 ノノと文香を中心としたイケイケのハードプレスは圧力がある分、今日の審判とはやや相性が悪いようにも見えるが……ここまでファールは一つも無い。どうやら投入前に布石を打ったようだな。



「さっき何を話したんだ?」

「見ての通りさ。奪い切らなくても良い、パスコースだけしっかり切れってな。そうすれば勝手に自滅する」

「わっ、監督悪い顔~♪」

「まぁな~」


 比奈の茶化しに満更でもない峯岸であった。だが曰く、峯岸監督の采配はバッチリ的中している。


 全員が入れ替わっている葉山中央だが、総じて足元の技術が低い。パスは遅いしトラップもすぐに乱れるのだ。判断スピードも明らかにウチより劣る。


 加えてセカンドセットの強みである機敏で激しい守備。そのせいで葉山中央は、攻撃のスピードがまったく上がらないまま。


 

「フンッ、あの程度の相手に苦戦しよってからに。頼りない上級生め……」

「そう言うなよ栗宮。何度も言うが、初戦の難しさはどんな大会でも同じ。普段出来ていることがまったく出来なくなるなんて、よくあることさね」


 ミスジャッジの連発はともかく、ある程度の苦戦も峯岸にとっては想定内だったのだろう。だからこそ、敢えてファーストセットでスタートした。


 俺たちがこの苦難を乗り越えれば、調子ノリが多くメンタルのブレが大きいセカンドセットの面々も余裕を持って試合へ入れる。水を得た魚のように躍動するというわけだ……そう、こんな風に。



「痛ったァァァァ゛゛!!!!」

「えっ!? いや、何もしてな……!」

「ファール! 葉山中央11番、プッシング! ファイブファールです!」


 なんてことない接触でノノがすってんころりん。スタンドからは歓声と悲鳴が両方ずつ。第二PKの獲得によるものか、ノノの巧みな演技に沸いているのか、どっちかは正味分からぬ。



「いま触ったかな? 11番さん」

「たぶんユニフォームにも触れてないわね……」

「アレは可哀そうっス……」


 両軍共に前半序盤から溜めていたファール回数のツケを、まずは葉山中央が払わされることに。ノノお得意のマリーシアで山嵜が第二PKを獲得。


 これだけ反則に厳しい審判なのだから、オーバーリアクションで倒れれば間違いなくファールになると踏んだのだろう。ちょっと下手くそだったな、今の演技は。まぁ貰ったもん勝ちだけど。


 キッカーはシルヴィアが務めるようだ。

 さあ、決められるかな。



「――モロタァァ!!」


 豪快に振り抜いた右脚がコートへ着地する前に、ネットが激しく揺れた。女性ゴレイロはまったく間に合わない。


 大喜びでファビアンたちの元へ飛び込むシルヴィア。ノノと文香も背後から興奮気味に彼女へ圧し掛かる。交流センターの花形がついに結果を残し、スタンドはてんやわんやの大騒ぎだ。



「早坂、お前も前半ラストから行くからな。しっかり準備しとけよ」

「はいっ! よぉーし、わたしも……!」


 ベンチ組はホッと胸を撫で下ろし控えめにハイタッチ。これは決まったな。俺の出番、今日はもう回って来ないかも。


 さあどうする、葉山中央。そして他校の諸君らよ。俺や三年生ばかり注視していると、アクの強すぎる下級生たちも黙っちゃいないぜ。



「最初の三分間が嘘みたい……良い雰囲気ね」

「まだまだだ、こんなものは。雑魚相手に何点取ったところで……ッ!」

「はいはい、分かったから栗宮。あとで出してやるからいじけんな」


 ミクル、その感想はちょっと違う。

 俺たちが強すぎるんだよ。



【前半06分40秒 廣瀬陽翔

 前半08分17秒 シルヴィア・トラショーラス(PK)


 山嵜高校3-0葉山中央高校】


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