950. 黙らせてやる
瀬川のフリーキックは枠を大きく外れる。一先ずピンチを脱した山嵜だが、流れが一向に好転しない。要因はコレだ。
「キックイン、葉山中央ボール!」
「えっ……わたし、触ってないです!」
「いや、最後に右足に当たったから! ほら文句言ってないで集中して!」
「あ、あれぇ~……?」
敵陣へ飛び込んだ比奈が華麗なパスカットを決め、そのままドリブルで侵入。一度は相手に防がれアウトプレーとなるも、こちらのキックイン。
となる筈が、主審のジャッジは逆。この判定にはファビアンら子ども応援団たちも不服だったのか、不満混じりの声がスタンドから聞こえて来た。
(またかよアイツ……ッ)
この手のミスジャッジは初めてではない。
似たような判定が続いている。
理由が少しだけ分かった。あの主審、ポジショニングが悪いんだ。というか、俺たちのパススピードに着いて来れていない。
そもそも相手よりスピーディーに動いているから、そのせいでボールが外に出たとき『最後に触ったのだろう』と軽率に判断してしまっている。
「副審! ちゃんと主審とコミュニケーション取って確認してください!」
「あ、はい、すいません……!」
ベンチから峯岸が叫ぶと、副審は申し訳なさそうに頭をペコリと下げる。
審判の判定が絶対であるスポーツではまず見られない光景で、乾いた笑いも零れるというもの。
主審が主審なら副審も問題。開始時からずっと自信無さげで、主審に対しても物怖じしている印象だ。根っこの性格が控えめな方なのかもしれない。
「ファール! ファール! 葉山中央10番! ホールディング! 駄目だよやり返したら! フェアプレー意識して!!」
「えっ、引っ張ってないっすよ!?」
「言い訳も駄目! ちゃんと見てるから!」
一方の主審だが、こちらはハッキリとモノを言うタイプと言うか。いやまぁ、それは審判として当たり前の態度ではあるのだが……。
自分のジャッジに絶対の自信を持っているのは構わないが、微妙な判定を繰り返すので、イマイチ信用が置けない。
理不尽なジャッジに悩まされた経験は幾つかある。セレゾン時代に行った海外遠征や世代別ワールドカップでは、外国人審判から不可解な判定にも遭った。
だが山嵜フットサル部からしてみれば、これはあまりに望外。初めてにもほどがある経験だ。
思えば一年前のミニ大会、大阪遠征、川崎英稜との練習試合……どれも審判は専門でプレーしている人が務めていた。
恐らくだが主審も副審も、女性プレーヤーを相手取った経験がほとんど無いのだろう。
加えて男女混合の大会だから、接触プレーに対して過剰に反応し過ぎているのだ。これは流石に盲点だった。
(頼むって……! ちゃんと協力して、コントロールしてくれよ!)
どれだけ良い形で攻めていても、度重なる理不尽なミスジャッジで流れをぶった切られる。愛莉の決定力、瑞希のドリブル、そして俺の個人技。ここまでほとんどお目に掛かれていない。
ファールのたびに主審が強く言及してくるので、嫌でもみんな委縮してしまっている。葉山中央の面々も実は似たようなものだった。
「どうする峯岸、代わるかッ!?」
アウトプレーの隙を縫いコート脇に立つ峯岸へ声を掛ける。悩ましげに首を捻り、絞り出すような声でこう語った。
「……いや、まだだ。というか、セカンドの面子と相性が悪すぎる。もっとファール取られるかもな……」
「ならアイデア出してくれ! 流石の俺もこの状況は初見過ぎる! しまいにはキレるでアイツ!」
「落ち着け、落ち着け廣瀬! だったらフィジカルコンタクトを避けるしかないだろう……! まずは一点さね、アレを試してみろ」
「……アレって、アレか?」
「そう、アレだよ」
背中を一押し、コートへ送り出される。
敵陣右サイドで山嵜のキックイン。確かにそうだ、フィジカルコンタクト無しでゴールを奪うとしたら……。
「おい、ボレーに自信がある奴は?」
「私を見ながら言われても」
「頼む愛莉。ホンマは初戦で使いたくなかったけどな、背に腹は代えられん」
「……オッケー。じゃあよろしく」
反対のタッチラインへ向かいボールをセット。ここでも例の主審は、やや苛立った様子で俺に絡んできた。
「キミ、わざわざ逆サイドに来なくてもいいだろう。時間稼ぎは駄目だよ」
「いや、時計止まってるじゃないですか」
「そうじゃない。他の試合もあるんだから、サクサク進めてくれ! あとキミね、さっきから少し態度悪いよ!」
どうでもいい話を広げて勝手にヒートアップする。ずっとこんな調子だ。
嘘みたいだろ。オレ、一度も抗議すらしていないんだぜ。偏見だよ偏見。ハーフタイムで髪の毛降ろしたら態度も変わるのか? アァン?
呆れたものだ。目の前の試合より大会のスムーズな運営が優先か? それとも夜に予定でもあるのか? 無名校同士の対戦だからってコイツは……。
(……ったく、見てろボケが。だったら実力で黙らせてやるよ……ッ!)
秘密兵器、というほどでもないが、密かに練習して来た攻撃パターンがある。正確には『パクった』んだけど。まぁよくある戦術だ、文句は言わせぬ。
要するに、ゴールへ近付けば近付くほど相手と接触する機会も増えて……結果的にこちらのファールになっている、そういう状況。
だったら話は簡単。
ゴールと遠い位置から狙えば良い。
「はい、キックイン! 再開するよ! 4、3、2……!」
(真横でデケえ声出すなアホ)
言うほど簡単じゃないけどな。それに一応は秘密兵器だ、予選の一試合目からお披露目はしたくなかった。
こんなに強力な武器を持っていると知られたら、間違いなく対策を取られるからだ。ただまぁ、これも出し惜しみの範疇なのだろう。
誰かが言った。出た釘は打たれる。
だが出過ぎた釘は、案外打たれない。
あともう少し、俺だけの可憐なヒロインでいて欲しかったよ。でもここまでだ。やっぱりお前が輝かないと、山嵜フットサル部は始まらない。
見せつけろ、愛莉。お前の真の価値を。
最初の仕事だ、必ず仕留めろ――!
「ブチ込めッ!!」
残る二人も、言葉を介さずとも分かっている。彼女がフリーになるため敢えてゴール前で構え、マーカーの意識を外すよう動いてくれた。
逆サイドに大きく開いた愛莉。放たれたロブ性のパスへ機敏に反応し、左脚をグッと踏み込む。そして。
「――――やああああアアアアッッ!!」
インパクトと同時に唸るような咆哮。振り上げた右脚はカッターナイフにも似た鋭利な軌道を描き、コート丸ごと切り裂くようだ。
低い弾道の強烈なボレーシュート。コースは若干甘かったが、瑞希が相手のフィクソを退かしてくれたおかげで、真っ直ぐゴレイロへと向かって行く。
「アッ!?」
弾丸ボレーは男性ゴレイロの膝上へ着弾。あまりの速度に処理を誤ってしまったのだろう。無回転で飛んで来たボールはソレと同時に、不規則な弧を描き。
「――きゃっほおおおおオオオオーーーーッッ!! 愛莉センパーイ!!」
「おっしゃあっ!! ナイス姉さん!」
「ええであーりん! ぱーぺきやっ!!」
沸き上がる山嵜ベンチ。ほどなくスタンドからも、どよめきと共に大きな歓声。ネットに収まった球体はゆっくりとゴールマウスから零れ落ちる。
「ようやった愛莉! マジ愛しとる!!」
「さっすが愛莉ちゃん!」
「ア゛ーー!! 初ゴール欲しかったのにぃ!!」
「凄いです、愛莉さんっ!」
「…………いよっしゃああああああああ!!」
その場で蹲った愛莉。ガッツポーズを決め獣のように吠える。スターターたちが駆け寄り歓呼の輪が広まった。
町田南、というか鳥居塚の必勝得点パターン。キックインからのダイレクトボレーだ。難易度は高いが枠に飛べば一点モノ。
映像を見て必死に研究した甲斐があった。まぁ勉強したのは愛莉だけど。俺はなにもやっていない。普通に蹴っただけ。
「うっわ~……確かにあの9番、ずっと上手かったけど……あんなシュート持ってるのかよ……ッ」
「ちょっと、どうするの!? アレやられたら今のままで守れなくない!?」
「ねぇ~、どうしよっかね~……?」
10番の瀬川は女性選手に囲まれ冷や汗を垂らしている。葉山中央の全容も見えて来た。恐らく女子サッカー部の面々はほぼ全員初心者で、瀬川と男子のゴレイロに依存しているのだ。
だが瀬川にしても、愛莉のシュートを止め切れなかったゴレイロにしても……なんならウチの女子の方が上手いレベルだ。
行ける。絶対にイケる。審判に邪魔されようと関係ない。この試合、絶対に勝てる。もっともっと、大きな差を付けられる……!
「レフェリー! 今のはどう見てもゴールですよね! そうですよねェ!!」
「えっ、ああ、うん。そうだな。反則は特に無かった……かなぁ……?」
俄然ボルテージを高めた俺たちに、主審は曖昧な受け答えに終始するばかりだった。そうだ、それでいい。ちょっとは大人しくしていろ。
良いよ、技術が足りなくても。試合の後に用事があるのなら、そっちのことでも考えていろ。その間に俺たちは、もっと上へ進むから。
【前半04分22秒 長瀬愛莉
山嵜高校1-0葉山中央高校】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます