949. 最初にガツンと
特徴的なブザー音が鳴り響くが、サポーターたちの歓声で半分は掻き消される。
左エンド、葉山中央のキックオフで試合開始。
システムは互いに1-2-1、ミラーゲーム。
葉山中央はゴレイロに男性選手を起用している。男のフィールドプレーヤーは俺の対面にいる10番の瀬川だけ。こちらと似たような構図だ。
「行くわよみんなっ!」
「飛ばせ愛莉っ!」
最前線の愛莉を軸にラインを押し上げる。フィクソは吉岡という名の女性キャプテンだ。すると早速、右脚のトラップが僅かに後方へズレる。
「取り切れッ!!」
一気に距離を詰めボールを奪いに掛かる愛莉。いきなりのハイプレスで動揺したのか、8番吉岡は拙いキックで慌ててゴレイロへバックパス。
タッチラインへ大きく蹴り出される。よし、良い位置でのキックインだ。良いぞ愛莉、その守備意識はチームを助ける大きな力になる!
(随分と危うい動きやな……いや、ワンプレーで判断するのは危険か?)
ボールを取りに行く傍ら、早くも脳内を渦巻き始めた疑念。あの女性フィクソ、技術的に怪しいかもしれない。比奈や真琴のプレーに見慣れているからか、あまりにぎこちなく映ったのだ。
更に言えば男のゴレイロも。もっと余裕を持ってプレー出来た筈なのに、躱して持ち出したりパスを選択することも無く、外へ蹴り出してしまった。
「ハル、逆サイド!」
ボールをセット、対面の瑞希へミドルパス。特に邪魔されることも無くアッサリ通ってしまった。確かにマークは愛莉へ集中しているが……。
(まさか初心者ばっかり……?)
考え事はアリーナに響く歓声で打ち切られる。
瑞希が早々に勝負を仕掛けたのだ。
右足アウトを駆使し鋭くカットイン、対峙する瀬川は遅れを取っている。一歩踏み出して更に加速すると、あっという間にゴールが見えて来た。
「撃てるわよ瑞希っ!」
「もっちろーん!」
ディフェンス二枚に挟まれる格好となるが、シュートまで持ち込んでみせた。インサイドで巻き気味に放った一発は。
「ううぉーッ!! いきなりゴールっス!!」
「やったあ! 瑞希さん、ナイスですっ!」
ゴレイロの手を掠めネットを揺らす。ベンチとアウェー側スタンドは大歓声に包まれた。キックオフから10秒とちょっと、電光石火の先制点だ。
って、おいおい。
流石に呆気なさ過ぎじゃ……。
「ファール! 山嵜7番、プッシング!」
が、水を差すようなホイッスル。
ライン上を走る線審が右手を挙げファールを宣告。今度はため息とエクスキューズを孕んだ声援が飛び交う。
「えっ、今のファール!? どこが!?」
「左手で相手を抑えていたから、ファールだ! 気を付けて!」
両手を広げオーバーリアクションで抗議するが、若い男性の審判は取り合う様子も無い。首を傾げつつも素直に自陣へ戻る瑞希であった。
ううむ、ノーゴールか。
幸先良いスタートかと思ったが……。
(ファール……? 今のが?)
ところでフットサルの試合はコートのなかを審判が走り回るのでなく、サッカーで言うラインズマンがサイドを横断し、それぞれ半分ずつ監視する形となっている。主審と副審の二人構成だ。
今更こんな話をし出した理由はただの一つ。今のプレー、仮に瑞希が相手を押していたとして……ライン上からは見えない角度だったのでは?
「レフェリーちょっと辛いかもね」
「気を付けた方がええな。抗議は抑えめで」
「りょーかいっ!」
すれ違いざまに瑞希と声を掛け合う。
相手フリーキックから再開。
自陣でゆったりとパスを回す葉山中央。両サイドのアラが深い位置まで戻り、三人でラインを形成しポゼッションを組み立てている。
ピヴォの5番はフォローに降りて来ず、それでいて比奈がガッチリ捕まえているため、同数での守備が可能だ。イケる、奪い切れるぞ!
「ゴー瑞希!」
「任せんしゃいっ!」
またもトラップが乱れ、その隙に瑞希が飛び込んでいく。4番の女性も足元は怪しいな……よし、取った!
「こっちや!」
「行ったれハル!」
10番の瀬川が背走しているが、なんてことはない。背中を向けトラップし、素早く左脚でボールを引いて股下を狙う。はい、カンペキ!
「ううぉっ!?」
お手本のようなターンに瀬川はあっさり翻弄される。沸き上がるスタンドの声援を背に、ゴール目掛けて左脚を振り抜き……。
「ファール! 山嵜5番、ホールディング! ユニフォーム引っ張らないで!」
「ハッ?」
と思いきや、またもホイッスル。
プレーを止め振り返ると、先ほど瑞希にファールを宣告した審判がライン上から歩いて来て、胸元を何度か叩く。
「さっきから少し荒いよ! 気を付けて!」
「いやっ、触ってすらいな…………あぁ、はい。分かりました。すみません」
異議を唱えたところでジャッジは覆らない。一言言ってやりたいのは山々だが、こんな早い時間にカードを貰うのは勘弁だ。グッと抑え込む。
気を取り直し守備位置へ。再び葉山中央のフリーキックで再開、ゆったりとしたパス回しが続く。
ハイプレスには行かず、愛莉と瑞希もマーカーを注視し蓋をするリトリートへ切り替えたようだ。恐らく今し方の二つのファールで、コートに蔓延する微妙な空気を感じ取ったのだろう。
(誤審……誤審ってレベルか? そもそも見えてないんじゃないか……ッ?)
万に一つも八百長の可能性はゼロだが、だとしたら逆に不安だ。あの程度の接触でファールを取られたら、正直やってられない。
普段はもっと激しい強度で練習をしているし、町田南のフィジカルコンタクトだってこんなレベルじゃなかった。知らないうちにファールの定義が変わったのか? いやいや、そんな筈が……。
「陽翔くん、チェック!」
「分かっとる!」
ここで8番のフィクソから瀬川へ縦パスが入る。あまり良い体勢では無いが、瀬川は果敢にもドリブルを仕掛けて来た。
(それは甘過ぎやろ……ッ!)
お世辞にもスキルの垣間見えるプレーとは呼び難い。形ばかりのボディーフェイントはやるが、少なくとも俺には、山嵜には通用しない代物。
外へ追いやるようショルダーチャージ。すると瀬川は呆気なくバランスを崩し、コートの外へ転がって行った。マイボールだ。
「サンキューハルト!」
「愛莉、リスタート――」
ゴール前へ走り出した愛莉。
すぐさまボールをセットし前線へ……。
「ファール、ファール! 山嵜5番、オブストラクション! ちょっと、気を付けてって言っただろ! 次はカード出すよ!」
「なっ……!」
厳しい口調で俺を問い質す主審。度重なるホイッスルに会場からは深いため息。三つめのファールランプが点灯する。
ちょっと待ってくれよ。
こんなの、なんでもない普通の守備だ。
オブストラクションって、つまり進路妨害だろ? 先に脚を伸ばしているから、ボールには行っているのに……これすらもファールになるのか!?
「陽翔くん落ち着いて! 運が悪かったんだよ! ほらっ、ちょっと近い位置だから。集中しよっ!」
駆け寄って来た比奈が優しく肩を叩く。
危ない、無意識のうちに主審へ詰め寄ろうとしていた。後ろ髪を惹かれつつも、自陣に戻り守備位置を確認。嗚呼、モヤモヤする……。
「陽翔さん、ここは冷静に……もしや心証が良くないのかもしれません」
「心証?」
「髪型です。どうして今日に限ってそんな威圧感のある風貌なんですか。荒っぽいプレーをするのではと、先入観を持たれてもおかしくありません」
「んなアホ話があるか……ッ」
ゴールマウスに立つ琴音がそんなことを言う。まさか、そんなことで目の敵にされては堪らない。他に理由がある。
というか、半分くらいは気付いていた。
恐らく最初の猛プレスをキッカケに……。
「不味いわねこれ……噛み合ってないわ」
「……あぁ。そんな気がする。向こうがスローペースで入って来たから、こっちの守備強度が浮いちまうんだ」
愛莉も同調する。山嵜と葉山中央には明確なレベルの差があり、開始1分でそれは十分に分かった。故に、審判からバイアスが掛かっている。
依怙贔屓をしているわけではなくて、単にこちらの方がハードに動き回っているから、それだけプレーが荒っぽく映ってしまうのだ。
(これ、まともに試合になんのか……?)
困った。あのファール基準を試合通して続けられたら、不味い位置でのフリーキックや第二PKを与えかねない。
かといって、葉山中央のペースに合わせるわけにも……強度を保たないと対抗できないなんてことは無いが、リスクはリスクだ。流れを悪くする要因としてこれ以上相応しいものも無い。
「山嵜、ファール多いですねえ……」
「あの、さっきのは厳しく取り過ぎじゃ?」
「いや、あれは最初にガツンと言っておかないと。試合が荒れるのだけは勘弁ですからね……!」
主審と副審は若い男性だ。先ほどからウチに当たりの強い主審は、やや困惑気味の副審に対し自信たっぷりに語っている。
「審判さーん、すいませーん、ボールの位置ってここで良いんすかー?」
「あー、はいはい。その辺で良いよー」
(えっ!?)
キッカーの瀬川がボールをセットするのだが、主審は彼の指差した位置をロクに確認もしない。あまつさえ『その辺で良い』だと……?
「おい、今の聞いたか……ッ?」
「明らかにファールした位置よりゴールに近いんだけど……抗議する?」
「やめといたほうがいーよ、またなんか言われるかも。カードもらったらサイアクだし……はっは~。こんなとこにも敵がいやがったなぁ……?」
不明瞭なジャッジ。あまりに適当な裁量。
もしや、初心者なのはこっち……!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます