948. 勝ちに来たんだ


「……よしっ」


 個室でユニフォームに着替え、鏡面に映る自分の顔を何度か叩く。愛莉のミサンガ、ユキマコから貰った両腕のリストバンド。髪の毛も新たに纏め直し、装備も万全だ。


 葉山中央は濃い水色のユニフォームなので、こちらは白のアウェーユニ。なけなしの部費で用意した自慢の戦闘服だ、気合も入るというもの。


 ロッカールームは試合中の二校が使っているので、男子の着替えは手洗いで済ませないといけない。女子が多いとは言え酷い扱いだ。まぁ良いけど。


 サブアリーナへ戻ると、各自軽くボールを蹴ったり柔軟をしたりと自由に過ごしていた。締め切ったドアの先からブザーの音と歓声が聞こえて来る、どうやら前の試合が終わったようだ。



「みんな、西ヶ丘が勝ちよった。6-2じゃ」


 偵察のためアリーナに残っていた聖来も帰って来た。こちらも順当勝ちか。


 すぐにベンチやスタンドの入れ替えが行われて、十分後には試合開始だ。いよいよその時が近付いて来た。峯岸が集合を促す。



「……大事なことはさっき言った。今更これといって話は無い。スターターはファーストセットだ。頼んだぜ三年生…………じゃ、私の仕事は終わり。あとは両キャプテン、それから部長。なんかスピーチよろしく」


 マイク代わりのつもりか、転がっていたボールを蹴り渡す。まずはチームキャプテンの琴音。

 早くも汚れが目立ち始めた新しいグローブで、飛んで来たボールを慌てつつもガッチリ掴んだ。


 円陣を組み彼女の挨拶を待ち焦がれる。全員の顔をグルっと一瞥し、琴音は一つ深呼吸を挟んで、ゆっくりと話し出した。



「……私にとって勝負とは、自分との戦いでした。学力考査や模擬試験……準備も本番も、常に一人だけ。それはそれで悪くないものでしたが……」


「……こうして誰かと一緒に、何かのために戦える喜びを、このチームで知ることが出来ました。感謝しています」


「この最高にワクワクした気持ちを、これから何度も、何回も味わいたいです……必ず勝ちましょう、皆さん」


 続いて瑞希へ投げ渡す。敢えて腿でトラップし何度か簡単なテクニックを披露した彼女は、ドガっとボールを踏んで意気揚々と切り出した。



「みんな、見たよな? ただの予選なのに、あんなにサポーターがいるんだぜ。こんなに恵まれたチーム、絶対無いよっ……あたしたち、恵まれてるんだよ! そーゆーチームになったんだよ! この一年間、頑張ってきたから!」


「だからさっ、応えたいんだ! 勝ち負けじゃない、どれだけ頑張ったかが大事だって、よく言うけどさ! でも違うっ! あたしたちが欲しいのは、みんなが求めてるのは……勝つことなんだよ!!」


「楽しいことだけじゃない、辛いときも苦しいときもある! でも、今までだってそうだった! それでも笑い飛ばして、歯ァ食い縛って、ここまで来たんだ! 笑いっぱなしのまま、ここまで来たんだよ!」


「なのにさっ、最後だけ泣いて終わるとか、あたしは絶対にイヤだねッ! 認めん!! 一番高いとこに立って、笑ってやるんだよ! そーだろ、長瀬!!」


 対面の彼女へ思いっきり右脚を振り抜く。強すぎるっての! と悪態を付きながらも、愛莉はしっかりとボールをキャッチした。



「…………この大会に向けて、みんな思うことは色々あると思う。私も一緒。もうすぐ始まるって考えたら、やっぱり緊張する。ちょっと吐きそうなくらい」


「でもそんな気分になるのは……それだけこの大会に、この夏に賭けて来たから。その気持ちだけは、他の高校には絶対に負けないって、信じてる」


「チームのために走ろうとか、そういうのは……本当に辛いときに、やっと考えるくらいで良いわ。それよりも、大事なことがあると思うの」


「……みんな、頑張って。自分のために。自分が誰よりも凄い、カッコいいんだって、信じて。それがきっと、チームの力になるから」


「私たち、そういうチームだと思うから。気付いたら誰かの力になっていて、勇気を与えられるような……そんなチームに、なれたと思うからっ!」


「勝ちたいのっ! 大好きなこのチームで、一番になりたいの!! わたしも頑張るからっ! だからみんな、一緒に……一緒に頑張ろうっ!! 絶対勝てる、勝てるから!! それが私たちの、この一年間の証明よっ!!」



 破れかぶれに叫ぶと、合わせてみんな手を叩き鼓舞し合う。肩を組み直し、誰もが感情のまま思いの丈をブチ撒けた。



「絶対勝とうね、みんなっ!」

「そうですよっ! ノノたちが一番です! 最強のチームなんですよ山嵜はっ!」

「力を合わせれば、絶対に勝てますっ!」

「見せつけてやろうよ! 自分たちの実力!」

「初っ端から躓いとる場合ちゃうでえ!!」

「シンデモカツ! ブットバス!!」

「声出してきましょー声!! 最後の一秒まで絶やさずに! 気持ち大事っス!!」

「フハハハハハッッ!! 我がイスカンダルの大いなる力、とくと暗黒魔界に焼き付けてくれようっ!! 準備は良いな貴様らッ!」

「わ、わしもいっぺー声出して応援する……っ! みんな、頑張りんせー!!」

「……さあ、最高の大会にしようぜ!!」


 何度も何度も声を飛ばし肩をバンバン叩き合う。腰を落とし深く潜り込んだ先には、みんなの最高の笑顔が広がっていた。


 なんて美しい、素晴らしい景色だ。

 なんて可憐で、頼もしいチームメイトだ。


 そうだよみんな。みんなと一緒なら、どんなに高い場所へも行ける。どんな壁も困難も乗り越えられる。今までと同じように、これから何度だって。


 思い出を作りに来たんじゃない。

 俺たちはこの場所へ……勝ちに来たんだ!!



「――行っくぞおおぉぉ山嵜いいいいぃぃぃぃィィーーッッ!!!!」


 キャプテンマークを巻いた瑞希が、この日一番の大きな声で叫ぶ。

 全員の掛け声が重なり、会場の天井をも突き破り、どこまでも伸びていくようだった。




*     *     *     *




『続きまして第三試合、グループF、山嵜高校対葉山中央高校の試合を行います。選手入場です。会場の皆さま、拍手でお出迎えください』



「おい愛莉、早く行けって」

「やだ。私が一番後ろ!」

「なんでもええやろ! はよ行けや!」

「昔っからこれだけは譲ったこと無いのよ!」


 女性のアナウンスと共にゲートが開く。出入り口から入場する形はプロの試合とは程遠い有り様だが、気になることも無い。愛莉と列の最後尾をわちゃわちゃ争っていて、そんなことに意識が向く暇も無かった。



「わっ……すごい!」

「ええもんやなぁ……」


 アナウンスの声と拍手はすぐに掻き消される。ファビアンら子どもたちがずっとチャントを歌っているのだ。お手製の小さな旗を振っているのは保護者会。この上ない最高のライトアップだった。



「うわー! あれ全員、山嵜の応援団なんすか? ヤバいっすね!」


 隣を歩く葉山中央の男性選手が話し掛けて来る。背番号は10番。彼がエース格なのだろうか。



「らしいな。心強い限りや、ホンマ」

「羨ましいわ~。ウチ体育会系の部があんま盛んじゃなくて、ああいうの全然やってくれないんすよね~。あ、オレ瀬川快セガワカイっす。どーも!」


 屈託のない笑みを浮かべ手を差し伸ばす。身長は俺より10センチほど低い。ミディアムの黒髪にやや細い目。

 印象的なビジュアルではない。お喋りをする気は無く、握り返した手はすぐに離してしまった。


 コート中央に整列し、主審のホイッスルでスタンドへ一礼。それから相手チームと一人ずつ握手をしていく。瀬川はここでも話し掛けて来た。


 

「なんか、めっちゃ注目されてるっすね! えーっと、廣瀬さん? っすよね? なんか有名なんすか? すいません、自分あんま詳しくなくて!」

「……さあ。俺もよう分からんわ」


 アナウンスが両校のスターターを読み上げる。背番号5番、廣瀬陽翔……その名が呼ばれてからというものの、スタンドは実に騒々しい。


 これによって正式に、俺が山嵜高校の一員であることがようやく世間へ知れ渡るというわけだ。まぁ今更か。他校は研究のし直しで大変だろうけどな。



 ここからスターター以外の選手はビブスを着て、両校顧問とマネージャーの待つベンチへ。コートにはファーストセットの三年生五人だけが残る。


 軽くパスを回し合い最後のウォーミングアップ。時間にして三十秒ほどだ。コイントスを済ませた瑞希が合流すると、すぐにホイッスルが鳴った。五人だけで円陣を組み、束の間のお喋り。



「どうやった? 向こうのキャプテン」

「んー? 向こうも女の子だよ。吉岡って人。なんか超ヘラヘラしてたわ。審判もそんなカンジ」

「つまり瑞希と一緒ってわけね」

「アァン? あたしはやるときゃやるんだよ!」

「はいはい、分かってる。頼りにしてるわよ」

「……へっ。締まんねえなァ~」


 愛莉と瑞希の軽快なやり取りに、比奈と琴音は笑いを堪えられずクスクスと息を漏らした。この瞬間ばかりはいつも通りの面々だ。



「……懐かしいね。一年前も、この五人で始まった」

「いつの間にか、随分と増えてしまいましたね」

「ねぇ~。琴音ちゃんはどっちが好き? いつもの五人でいるのと、みんなでワイワイ騒いでいるの」

「もうっ、比奈。意地悪なことを聞かないでください…………どっちも好きです。でもこの五人でいると、ちょっとだけ安心します」

「うん、わたしもっ」


 ホッと肩を撫で下ろし、二人は微笑んだ。開始前から大声で鼓舞するベンチの下級生たちを揃って眺め、今一度勇気を貰う。


 肩を組み直し、俺は小声で言った。

 三年生だけ。五人だけの内緒の話。



「……ええかお前ら。目標はセカンドセットに交代するとき『こんなに点差開いたらつまらない』とアイツらに怒られることや」

「あっ。いいねそれ。ハル、ナイスアイデア!」

「コールドゲームってあったかしら?」

「愛莉さん。それは舐め過ぎでは」

「あはははは。うんうん、でもそうだね、それくらいの意気で行かないとっ」


 大事な初戦だ。それ故、上手く行かないところ、難しい時間帯はどうしても出て来る。そんなときに頼れるのは、俺たち上級生だ。


 手本を見せてやろう。初戦の入り方。

 そして、俺たち五人のブレない結束力を。



「ハルト、声よろしく。もう声枯れちゃうそう」

「おうよ。任せとけ」



 さあ、始めよう。

 山嵜高校フットサル部、快進撃の第一歩を。



「――――行くぞッ!!」






【試合開始】


 GK

 No.1 楠美琴音  No.1 山下純誠

 FP

 No.2 倉畑比奈  No.4 三宅優華

 No.5 廣瀬陽翔  No.5 上里杏

 No.7 金澤瑞希  No.8 吉岡加里奈

 No.9 長瀬愛莉  No.10 瀬川快


【山嵜高校(神奈川)-葉山中央高校(神奈川)】


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