946. 順応性


「あれが葉山中央ハヤマチュウオウかな……女子多いね」

「わたしたちと一緒だ……っ」


 漸く会場入りしたのか、スタンド側に陣取り荷物を広げ始めた水色のジャージ集団。初戦の対戦相手、同じ県内の葉山中央ハヤマチュウオウ高校。


 早くも敵勢視察気分か、ユキマコの二人は食い入るように彼らの様子を注視している。時折笑い声が聞こえて来て、随分と和やかなムードだ。



「正直よく分からないんだよな、レベルが。小谷松にも調べて貰ったんだが、映像がどこにも転がって無かったんだよ」

「うんにゃ……取りあえず、フットサル部が無いことしか分からんじゃった」


 選手と同じジャージを纏い戦術ボードを抱える峯岸、座席に座りノートパソコンを広げる聖来は、難しそうな顔でこのように続ける。



「恐らく女子サッカー部の連中が主力だ。だが実績はほぼ皆無と言っても良い。去年、今年とインターハイは一回戦負け。男子も似たようなものさね」

「学校の裏サイトにハッキングしてみたんじゃが、これといった情報は掴めんじゃった……申し訳ねえ」

「地味に恐ろしいこと言ってるっス……」


 悪びれもしない親友にやや引いている慧ちゃんはさておき、どうやら葉山中央高校。まったくデータが無いようだ。


 恐らく今大会多く見られるであろう『サッカー部が調整のために参加する』パターンと思われる。女子サッカー部はチームの母数が少ない故、どうしても実戦機会が限られるからな……現状予想できるのはこれくらいか。


 無論、実績は無くとも油断は禁物。

 なんせ男女ミックスの大会は今回が初開催。


 他の高校だって、ウチに廣瀬陽翔や長瀬愛莉、更に栗宮胡桃の妹がいるとは予想もしていない筈。どんなウルトラCだってあり得る。



「聖来。他の高校はどうなんだ?」

鴨川カモガワ塩原商業シオハラショウギョウもおんなじじゃ。フットサル部は無えけど女子サッカー部はあって、男子の助っ人がおる……東雲学園シノノメガクエンだけは、フットサル部があるみてーだけど」


 眼鏡をクイっと上げ聖来は答える。この二週間ですっかり板に付いて来たな、マネージャー業務。余計な軽犯罪は辞めて欲しいけど。


 しかし、そうか。フットサルが本業のチームはウチを含めて二校だけ……今から行われる第一試合の両校も、女子サッカー部が母体のようだ。

 どうやら町田南や川崎英稜、青学館のような専門チームとの対戦は、最終節の東雲学園戦まで叶いそうにないな。



「フンッ、舐めてくれたものだ……フットサルをサッカーの義母姉弟のように扱う偽善者共に、アルテミスの栄華が掴めるものか」

「……っ! 比奈、比奈っ。未来さんの言っていることが分かりました!」

「良かったねえ~~」


 急に和ませるな。真面目なターンやろうに。


 ミクルの意見も分かる。フットサルという競技の特質性、そして男女ミックスがもたらす複雑なルール……一年掛けてこの大会のために準備して来た俺たちには、それだけでも大きなアドバンテージがある。


 一位しか抜けられない予選リーグ。こんなところで躓くわけにはいかない。目指すは全勝、それも圧倒的な差を見せつけての首位突破だ。



『そろそろ始まるわね……さあ、ウチもウォーミングアップをしましょう。早く身体を暖めないと、本番でガチガチなってからじゃ遅いわ!』

「いぇすいぇすっ! まったくルビーちゃん先輩の言う通りっスね! 分かんないっスけど!」

「なら黙っときいなホッシー」


 雰囲気は悪くない。愛莉は心配していたが、みんな初戦に向けてリラックス出来ている様子。

 この調子のまま試合開始を迎えたいところだ。そう、いつも通り。あくまでいつも通りに……。






 二階がメインアリーナ。その下にウォーミングアップ用のサブアリーナが併設されている。一つ前の試合から使うことが出来て、第一試合を観戦した俺たちはこちらへと移動。


 ちょうど中間地点に仕切りが設けられていて、互いの対戦相手が見えないようになっていた。ただ声は聞こえて来る。



「ふむう……なーーんか緊張感無い感じですよねえ、やっぱり。とても集中出来ているとは思えません……」

「おめーが集中しろ市川ァァ!!」

「ひいいいっ!? すいませーん!!」


 早速キャプテンマークを巻いた瑞希にドヤされ、慌ててパス練習を再開するノノであった。気合入ってるな瑞希。頼もしいわ。


 ただ、ノノが疑念を抱くのも納得してしまうのだ。隣でアップしている葉山中央の選手たちなのだが……なんかこう、無駄に騒いでいるんだよな。


 女子が多いのはこちらと同じだが、より『キャピキャピ』しているというか。キャピキャピが死語なのは分かっている。他に適切な表現が見当たらない。



「みんなー、もっと声出していこー! 向こうに負けないくらい元気にっ!」

「いよっしゃああああアアアアーーーーッッ!!」

「にゃっふううううウウウウ!!!!」

「順応性高いな……」


 比奈の掛け声に釣られ馬鹿騒ぎする慧ちゃんと文香。脳死ですぐに声が出せるの羨ましい。意外と大事なんだ、こういうのも。



「レベルが分からないのは怖いけど……それでも圧倒しないとね。初戦で崩れるのが一番怖いから」

「せやな。よしんば引き分けて得失点差の勝負にでもなったら、こればっかりは相手にもよるし……まぁ大丈夫やろ、それでも」


 フットワークを続ける傍ら、仕切りの先を気にしつつも愛莉は集中した様子で答える。うむ、良い顔だ。動きもキレている。


 すると扉が開いて、大会の運営スタッフがやって来た。峯岸に話し掛けている。どうやら第二試合の前半が終わったらしい。



「よし、そこまで。シュート練行くぞ」

「おっしゃあ! 気合い入れてけよてめーら!」


 ハーフタイムの間はコートが空くので、次に試合を行うチームに時間が宛がわれている。瑞希の号令にみんなも応え、続々とサブアリーナを後にする。


 そんななか、一人立ち止まった愛莉。荷物のなかが何やら光っていて、慌ててそちらへと向かう。スマホか?



「どした?」

「通知入れておいたのよ。町田南の試合」

「ああ。第一試合やっけ」


 大会のホームページ上で、試合結果は随時更新されるようになっている。他会場で行われている試合が終わったようだ。やっぱ気になるよな。


  町田南はグループH。調べた限り、他に有力な高校は見当たらなかった。彼らの実力を持ってすれば初戦は間違いなく取るだろうが……。


 スマホを滑らせて試合結果のページへ。

 顔を突き合わせ画面を覗き込む。



「「…………45対0!?」」


 よく似た素っ頓狂な声が、二人だけとなったサブアリーナへ響き渡る。衝撃のあまり、愛莉がスマホを落としてしまった。


 45点……45点!?


 ちょ、ちょっと待て。一試合は15分ハーフだから……ってことはつまり、一分間に1.5点のペースで決め続けたってことか!? しかも無失点!?



「ど、どんだけ強いのよ町田南……ッ」

「予選からここまで圧倒するのか……」


 対戦相手は茨城の無名校だった。得点者までは乗っておらず、どのような試合展開だったのかは分からないが……。

 栗宮胡桃と砂川明海が取りまくったんだろうな。そして来栖まゆが翻弄し、兵藤と鳥居塚がきっちり締めて、横村佳菜子は暇神と化したわけか。



「……ま、まぁ良いわ。こっちも二桁……って言いたいところだけど、相手のレベルもあるし……いつも通りにやれば良いのよ。とにかく勝てば良いのっ」

「せ、せやな。気合い入れ過ぎるのもな……」


 スマホを荷物へ戻し深呼吸。

 早足でサブアリーナを出て行く愛莉。


 町田南に左右されず、あくまで自分たちは自分たちのやることを。その落ち着きと心意気や素晴らしいが。にしても、やや動揺しているような気も……。


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