941. 仁義なき悪戯《タタカイ》 PART12 ~夢、叶えし者~


 現在残っている容疑者を纏めよう。


 省かれるのは被害者の俺とノノ。財布を最初に発見した瑞希。まさかやるとは思えない聖来とミクル。傍観者として楽しんでいるシルヴィア。そして……。



「このイタズラ選手権も長いことやって来たが……まだ、それでもまだ、有希は違うと思う。コイツはそんなことはしない」

「いやー、そろそろゆっきーあるんじゃない?」

「探偵の勘がそう言っている……!」


 着目すべきは『スルメ箱のなかに混入させる』という残忍極まりない手法。スマホをイカ臭くするなんて、有希の頭では考え付かない。



「ほら見ろ、ちょっと寂しそうな顔をしている」

「……わたしもそろそろ参加したいです……っ」

「怒られちゃうからネ。普通に」

「可愛いゆっきーかわいい」


 シュンとする有希を慰める真琴と瑞希。

 間違いない。態度からしてコイツらはシロ。



「これで残っているのは瑞希を除く三年生、文香、そして慧ちゃん……まぁ琴音と慧ちゃんも無いやろ」

「人数増えたからって推理が雑すぎでしょ」

「黙れ愛莉……っ! こうでもしないと話がまるで進まないんだ……!」

「真実はいつも一つなのです……っ!」


 先ほどから何度も煽っている愛莉は間違いなく怪しい。容疑者側に回ると急に悪知恵が働くからなコイツ……油断ならない相手だ。


 一方、ここでも『イカ臭いスマホ』というキーワードが光る。確かに愛莉はむっつりだ。救いようのないむっつりである。

 だがそれ故に、部内では一切下ネタを口にしない。加えて文香も、この手のワードに関しては少々敏感だ。


 ……そうか。最近特に、日常的に際どい下ネタをブッ放している奴が……下ネタという概念そのものみたいな奴が一人いやがった。



「比奈。大人しくお縄に着け」

「いっつもわたしが疑われてるなぁ〜……絶対に愛莉ちゃんが怪しいと思うけど〜?」

「見てくださいよこの満面の笑み! なんてことない顔して、こうやってすぐ罪を擦り付けるんですこの人はっ! 慣れたモンですよまったく!!」

「落ち着けノノ、術中にハマるな……!」


 倉畑比奈。選手権無敵の女である。そして何故か滅多にターゲットにならない。みんな怒らせたくないんだと思う。笑う。


 撮っていたスマホを愛莉へ渡し、俺たちの前へ立ち塞がる。さあ、どんな醜い言い訳をしてくれるかな。



「陽翔くんなんじゃない? 実は」

「……は? なんですと?」

「おい馬鹿、話を聞くんじゃない……!」

「自分がスマホを隠されたフリをして……ノノちゃんのお財布も隠したんだよ。さっき騒いだのはカモフラージュってこと♪」

「貴様いよいよ許さんぞッ……!!」


 とんでもない推理を披露し始めた無敗の女王。なるほど、俺がノノを陥れるための策略ってわけか。上手い言い訳だな。


 ふざけやがって。確かに俺はノノを玩具にするのが大好きだが、だからと言って自分のスマホをイカ臭くするほどのリスクを取るわけが……。



「なるほどっ……! これは盲点でしたっ!」

「え、ちょっ、おいノノ」

「それ全然あり得ます……! そうですよっ! 練習が終わって最初に談話スペースへ戻ったのは陽翔センパイ……! ノノのスルメ箱にスマホを隠す時間はたっぷりあった筈ですっ!!」

「ウッソやろお前……」


 恐ろしい事態になった。

 比奈の言い分を丸々信じただと……!?



「そしてお手洗いで悠々と着替えて、帰って来るや否や叫んだのですっ! 俺のスマホが無い、誰の仕業だと! 更にセンパイはこうも言いました! 今日は注意、怒らないと!!」

「なーるほどな~。確かにハルにしてはオーバーリアクションだと思ったわ。自分が疑われないよーに、わざとデッカイ声出して……」

「陰湿なのはアンタだったみたいね」

「待てお前ら、冷静に考えろっ! こんなでっちあげを信じるってのか!? 今までこの女が選手権で何をして来たッ! 忘れたとは言わせへんぞ!!」


 不味い、流れが固まってきた。様々な角度からの指摘が、あたかも事実かのように語られて……ロジックが一本化してしまっている。


 下級生たちの前ではちゃっかり下ネタを避け、しっかり者を装っている比奈だ。みんなも『確かに』『そうかもしれない』と口々に言い合う。



「にゃっは~ん。確かにはーくん、ちぃとアピール感が強かったかも分からへんな。隠された~困っとるで~って。今日は怒らないけどなぁ、へへ~んって、そーゆうんを感じたなぁ~……?」

「性格悪いからね兄さん」

「シャザイ、ハラキリ! メツブシ!!」

「にぃに、そねーなんしてしもうたんか……っ?」


 みんなの疑うような視線が一身へ集まる。クソ、俺も俺で『どう考えても比奈が怪しい』以外の推理が披露できない状況……駄目だ逃れられない。



「さあさあっ、ドゲザの時間ですよ陽翔センパイ! 用意は出来ましたか!!」


 こうなってはノノの意見は変わらないだろう。はぁ、まったく…………仕方ない。


 ここは一つ、流れに乗ってみるか。

 どう足掻いても茶番だこんなものは。



「つまりお前は、俺が自分のスマホを自分で隠した……自作自演だと?」

「そういうことや…………工藤」

「……しゃあねえなあ、バーロー」


「何故お二人とも急にモノマネを」

「え、知ってるのね琴音ちゃん」

「ドゲザねことコラボしていたので……」

「¡Vaya! コーナン!」

「ルビーちゃん先輩、それホームセンターっス」


「バーロォー……早く罪を認めてください……」

「なんで市川もその声やねん」

「バーロォー……! 貴方が犯人です、陽翔センパイ。土下座しな……!」

「んなん工藤〇一言わへんやろ」

「バーロー……!!」

「他にレパートリー無いんかアンタら」



 ……………………



「……どっちで言えばええんや」

「良いから普通に話しなさいよ」

「ンンッ…………罪を認める? 自作自演……? そんな言葉、お前の口から聞きたくなかったなぁ!…………バーロー」

「あ、モノマネで行くんスね」

「せやかて工藤、アンタは……!」

「悪いな工藤。俺は財布をスルメ箱に混入させていない……! 真犯人は別にいるのさ……っ!」

(新一が二人いるっス……)

「そんな、まさかッ!?」

「本当さぁ……!」

「『探偵さ』みたいに言いやがる……!? ……クウウゥゥゥゥーーッ! すいませんでしたああああああ!!」


 あっさりカウンター土下座を噛ますノノ。

 どんどん軽くなるな、謝罪の最敬礼。



「今なら水に流してやる。立て、市川ノノ。このなかに俺たちのスマホと財布を隠した犯人がいるんや……!」

「センパイ……っ!! 分かりました、今度こそ一緒に戦いましょう……!」

「絶妙に信用出来んがまぁ良いだろう……!」


 固い握手を交わし推理再開。

 モノマネはまだ続いている。



「と言っても、犯人はもう決まったも同然や……状況証拠、イカ臭いというキーワード。これらから導かれる犯人はただ一人……!」

「ええ、間違いありません……!」

「……倉畑比奈ァァァァ!!」


 揃って指を差しキメポーズ。

 楽しくなって来た。何故か。いよいよ。



「あーあ。やっぱりそこに落ち着くんだ」

「土下座しな、バーロォー……!」

「ようやく比奈センパイの土下座が拝める日がやって来たんですね……! あ、バーロー」

「忘れるくらいなら普通に話しなさいよ」

「はぁぁ~……しょうがないなあ、二人とも」

「観念しろ。俺たちこそ高校生探偵だ……ッ!」

「そうさ……探偵さっ!」


 大きくなっても頭脳は同じ。

 真実は、いつも一つ!!






「わたしは陽翔くんのスマホと、ノノちゃんの財布を――――隠していない」

「なぁっ……!?」

「なんやとォッ……!?」

「あー、悲しいな~。わたしって二人からそんな風に思われてるんだ~。犯人扱いなんて酷いなぁ~。心が傷付いちゃったなぁ~!」


 ガックリを膝を付き項垂れる俺たち。

 そして、土下座。割としっかり目の。



「あははははっ!! 新一もうボロボロっス!」

「なにが探偵よアンタたち」

「珍しくハルが振り回されてんな」

「ノノ、ザマー!!」

「それは普通に悪口やでルビルビ」

「にぃに……かっこわりぃ……」


「あり得ない、そんな馬鹿な……!?」

「じゃあ誰が犯人だって言うんですか……ッ!? こんなイタズラを思いつく人、あとは瑞希センパイくらいしか……!」

「だが瑞希は財布を隠していない……ッ!」

「それとも愛莉センパ――」


 するとそのとき。

 俺たちの背後に回る人影が。


 渾身のドヤ顔を並べ、は呟く。






「――わたしが廣瀬さんのスマホを隠しました」

「そして自分が、ノノ先輩の財布を」

「「なにーーーーーーーー゛ッッ!?」」

 

 絶叫轟く談話スペース。


 これ見よがしに満面の笑みでハイタッチを決めたのは、何を隠そうユキマコシスターズ……!



「嘘やろお前ら……ッ! ついに悪事へ手を染めてしまったのか……!?」

「さっき言ったじゃないですかっ! わたしも参加したかったんです!」

「まぁ偶にはネ」

「そんなっ……!? えっ、じゃあ、犯人が別々なのに……どうしてノノはこんなバカみたいな推理を……!?」

「比奈先輩に相談したんです。同じ場所に二人のモノを隠せば、必ずノノ先輩が同一人物説を信じてくれるって」

「アアアアァァ゛嗚呼゛ああ゛アア゛ーー゛やられたァァ゛ァァア゛ア嗚呼゛ーーーー゛!!゛」

「わ~い、また勝っちゃった~♪」


 再び黒幕がいたパターンだ。比奈のプロデュースなら、この二人もスルメ箱へ隠すことにやらしい意味を見出すことも無い。


 そしてノノのアホ推理が外れると同時に、自分へ非が向けられることもすべて分かっていて……意図的に他の面子を容疑者から外してみせた。


 思えば俺たちは、最初から同一犯の可能性しか考えていなかった。

 すべては比奈の策略、掌の上で踊らされていたに過ぎなかったのだ。おのれ黒の組織め……ッ!



「……完全、敗北や……ッ」

「名探偵、敗れたりィィ……ッ」


 項垂れ地面を拳で叩き付ける俺とノノを余所に、ついに選手権へ参戦を果たした二人をみんなが取り囲み『よくやってみせた』などと褒め称える。


 なんということだ。ついに一年生まで犯人になるなんて。だがまだ勝負は終わっていない……ならば今度は、お前たちもターゲットだ……ッ!!



「必ず、必ず復讐してみせる……ッ!!」

「やってやろうじゃねーですか……! イタズラ選手権、第二章の始まりってわけですねェ……!」

「帰って作戦練るぞノノォ!!」

「目にもの見せてくれるわァァァァ!!」





「あー、楽しかった♪ ……んふふっ。未来ちゃんも次は参加する?」

「…………ふん。気が向いたらな」

「わあっ、ほんとに~? えっとね、まだ実行していないイタズラがこんなにあって、ほら見てこれ。ノートに纏めてるんだけど……」

(真の権力者はこの女か……)


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