935. 大切な場所
白熱する紅白戦もいよいよクライマックス。
が、結果は既に決まってしまった。
「おっしゃああ!!」
「ええぞ愛莉っ!」
三点差が付いた直後、今度は愛莉のパワフルなヘディングシュートが炸裂。
キックインからのリスタート、ロングボールに飛び込みゴールをこじ開ける。
何だかんだで愛莉は四点目だ。やはりストライカーは常に結果を出し続けることで、更にパフォーマンスを上げていく生き物。
非公式の紅白戦とは言え、本番に向け良いスタートを切れた筈。得点力不足に悩まされる心配は無さそうだな。
さて、なんとか一点を返したいセカンドセット。再びミクルを投入し、今度は教科書通りのパワープレーに出る。
しかし足取りが重い。ほぼ交代無しのフルタイムぶっ続けで走っているし、こうなるのも致し方ないか。
「貰っ……グエエェェ゛ァァ゛ッッ!?」
「甘いぜチビ助ッ!」
シュートモーションへ移ったミクルへ、懐を抉る瑞希の激しいタックル。堪らずミクルはコート外ヘブッ飛ばされる。このセカンドボールを琴音が拾い上げ、すかさずルックアップ。
「琴音ッ!!」
「陽翔さん!」
地面へ叩き付けるパントキック。この一か月間、セービング特訓と合わせて練習して来た代物だ。低い軌道で足元へズバリ。
「ああもう最悪ッ!?」
「ハルト!」
辛うじて戻って来れたのは最後尾の真琴だけ。俺と愛莉、更にガラ空きのゴールを同時に見なければならない。流石に無理があり過ぎるか。
余裕を持って愛莉へ横パス。捨て身のブロックを嘲笑うかのようにリターンが来た。流し込み、ゴール。これで8-3。
残り時間は十秒ちょっと。結局終わってみれば、後半だけで六点を奪う圧巻の逆転劇となった。明暗を分けた要因は様々だが。
『も、もう駄目……! 動けないわ……っ!』
「お疲れさまですシルヴィアちゃん。あんだけ守備で振り回されたらカウンターの元気なんて無いですよねェ……」
地面へ突っ伏すシルヴィアをノノが引き上げる。このように疲れていないのはノノだけだ。俺、愛莉、瑞希の個人技に度々翻弄され、トランジションがちっとも効かなくなってしまった。
やはりゲームコントロールに掛けて、セカンドセットの面々は課題も多い。峯岸の力を借りて一度はリードを奪ったが、最後まで続かなかった。
「……まだや、まだ終わってへん!! まーくん、すぐウチに出して!」
キックオフで再開。真琴へボールを下げると、文香は一気に前線へ駆け出す。どうやらまだ諦めていないようだ。
その折れない心は認めるところだが、あとは試合を終わらせるだけという状況の俺たちからゴールを奪うのは……。
「舐めとんちゃうわァァァァーーッッ!!」
「はっ!?」
山なりのロングボールに飛び付く文香。
えっ、なにその跳躍力。棒高跳び?
「にゃあああアアァァ嗚呼アアーーーーッ!!」
愛莉顔負けの超アクロバットなジャンピングボレーだ。いや、ほとんどバイシクルシュートか。宙に浮いたまま、右脚をブルンと振り下ろす。
ボールと一緒にぶっ飛んで来るので、これには比奈も怯んでしまう。シュートはワンバウンドし、琴音の足元を通過。
「ううぉおおーー!! なんだ今のシュート!?」
「世良さんすごーい!」
「いいぞいいぞーッ!!」
「見て見て! すっごいの撮れちゃった!」
今日一のスーパーゴールにアリーナからは割れんばかりの大歓声。まるで試合に勝ったかのような盛り上がりだ。
あの野郎、美味しいところ持って行きやがって。確かに物凄いゴールではあったけど、なんで四点差で負けているこの時間帯にやるんだよ。
「す、すっげぇ~……」
「これで四点差や! 追い付くで市川!」
「いやぁ……流石にもう時間が」
「はにゃっ?」
今度はファーストセットのキックオフで再開。するとほぼ同時に克真がホイッスルを鳴らした。ファイナルスコア、8-4で試合終了。
文香はポカンとした顔をしている。
アイツ、終盤だって気付いていなかったな。
綺麗にオチを作るんじゃない。
「おっし、勝った!! いやぁ~危っぶねえ~」
「まっ、順当勝ちってところ?」
「あははは。最後のは凄かったねえ」
「すみません、あれは無理でした……」
「怖かったよな。よしよし」
三年生たちはコート中央に集まり歓呼の輪を広げる。ベンチの有希と聖来もホッと一息。セカンドセットの面々はグッタリと地面へ倒れ込む。
両セットの強みと弱点。どちらも再確認出来た最高の紅白戦だったと思う。これが大会では一つのチームになるのだから、まったく心強い限りだ。
「なんだ、結局二点だけかよ」
「ゴールはゴールや」
「もっと派手なのを見たかったんだけどな。今の世良みたいなやつ」
「楽しみは後に取っておくに限る……やろ?」
「ったくお前は……じゃあ良いよそれで」
峯岸と一言二言交わし、固く手を握る。
彼女の采配力も大きな収穫だ。頼りにしてるよ。
公式戦のルールに則り、全員揃ってコートへ整列。克真のホイッスルで一礼すると、アリーナは惜しみない拍手と歓声に包まれた。
へえ、こんなに沢山観戦していたんだ。気付かなかった。ざっと数えても五十人くらいいるな……おっ、サッカー部に生徒会組。手でも振ってやるか。
「みんなすごかったよー! 大会頑張ってーっ!」
「試合観に行くからなーっ!」
「あとで会場と時間教えてくださーい!!」
「長瀬さーんこっち向いてーーッ!!」
「ノートルダムせんぱーい!!」
「有希ちゃーん! カッコよかったよー!」
万雷の声援にやや困惑するみんなだが、自然と笑顔が溢れていた。顔ファンと思わしき男子の声に愛莉だけ若干居心地悪そうだが、まぁなんでもいいや。そしてYou〇ube上の名前で呼ばれるノノ。カオス。
「すんげえ人だっ……これみんな、わしらを応援してくれとったんか?」
「せやで。ええ景色やろ?」
「……えへへへ。ひょんなげえ。選手でもねえのに、泣いてしまいそうじゃ」
ジーンと込み上げるものがあるのか、聖来は胸を抑えほんのり微笑んだ。
数々のド派手なプレーが生徒たちを大いに引き寄せた。それも勿論あるのだろうが……みんな俺たちを、フットサル部そのものを応援してくれているんだ。聖来にもきっと伝わったのだろう。
「……勝ちたいね。絶対に」
「はい。必ず全国へ行きましょう……」
鳴り止まない歓声。比奈と琴音も少し目を潤めていた。俺も同じだ。こんな風に応援してくれるサポーターをしっかり見つめるのは、実は初めてだったり。
いつも試合が終わったら挨拶もしないでロッカーに引き上げていたんだよな。内海や大場が引き留めても無視して。この素晴らしい景色を味わう余裕さえ無かったなんて、本当に勿体なかった。
視界いっぱいに広がる、スタジアムには程遠いアットホーム過ぎる世界。キャットウォークやアリーナの端に集うみんなの顔を、一人ずつ見ていた。
彼らのおかげで、どんなことさえも実現出来るように感じる。凄いな、応援の力って。まさに十二人目の選手って感じ。今は六人目、か。
「ハルト、ちょっと泣いてる?」
「目にゴミが入っただけや」
「はいはいっ」
激闘の疲れもあっという間に消えてしまうようだ。みんなにバレないよう背中裏でこっそり手を繋いでくる愛莉、俺も強く握り返す。
「こんなこと言うの、まだちょっと早いけど……山嵜に入学して、このチームに入って良かったなって。なんかさ、すっごい暖かいの」
「……愛莉」
「自分のためにも頑張るけど、他にも大切なモノがあるって、教えてくれる。チームのために、みんなのために頑張れるのが、どれだけ凄いことか……みんなのために勝たないとって、そういう気持ちになるわ」
「……ああ。せやな」
はじめは読み方さえ分からなかった、地元から遠く離れた高校。選んだ理由も『大阪から遠いから』という酷く適当なもの。編入して数か月は居場所すら無く、一人ぼっちだった。
あれから一年が経った。最高の仲間に囲まれて、友達に恵まれて……今や
……勝ちたい。
みんなのために、頂点を掴みたい。
最高の景色を、彼らに見せてやりたい――。
「おいてめーら! 来週の土曜だからなっ! 絶対に観に来いよ! その次は来週、八月は名古屋! ……絶対、ぜったい優勝すっからなああ!!」
瑞希が一歩進んで大きな声で叫ぶ。
俺たちはもう一度、深く頭を下げた。
拍手が鳴り止まない。梅雨空のなか、このアリーナだけが暖かい何かに包まれている。そんな気がした。
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